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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第七十八話 幸せの絡繰り でござる

 館から外に出ると、冷たくも爽やかな空気が出迎えてくれる。目前に広がる庭の景色は早朝特有の鮮明さを見せていた。


 空を仰げば、夜と朝の狭間に広がる幻想的な色彩の帯は失われつつあり、代わりに澄み渡った光に満たされようとしている青と白の画が目に入る。


 本日は快晴だ。


 俺は空を仰ぎつつ、ごきごきと固まった首の筋を鳴らす。


 すると、話し声が聞こえてきた。咲ちゃんとおきよさんの声だ。そちらの方を向けば、二人が井戸から水を汲んで桶に移している姿が見えた。


「よっ、お早う。侍女さんたちは相変わらず早いね。ご苦労様」


「あら、武様。お早うございます」


「あ、おはようございます」


 俺が片手を挙げそう言いながら近づくと、二人ともにこやかに笑み挨拶を返してくれる。


 んーむ。やはりあちらの世界だと、こんなの考えられないな。女の子と爽やかに朝の挨拶? ないない。絶対にない。賭けてもいい。


 親父、母ちゃん、すまん。やっぱ俺こっちの子になるわ。


 思わず親不孝な事を考えてしまうが、これは当然許されるべきだろう。待遇があまりにも違いすぎる。


 きっとあちらの世界は俺の事が嫌いなんだ――――そう確信を持てる程度には明確な差があった。


 そんな事を考えていたら、気がつくとおきよさんがジーーッと俺の顔を見つめていた。


 それに気がつき、そちらを向いて「何か?」と尋ねようとしたのだが、その前に彼女はニッと笑う。


 ぞわ~~~~っっ。


 第六感が何かを知らせてくる。冷たい物が背中を走った。


 ロックオンされたぞ――と警報が鳴り、レッドランプが激しく点滅している。


「な、何かな?」


 それでも聞かずにはいられない。多少腰が引けているのはやむを得ないだろう。


 しかし、俺はか弱い生まれたての子鹿だった。


 獲物のそんな弱々しい姿を見て、捕食者はなお一層に笑みを深くする。そして、言った。


「た・け・る・さ・ま~? ……菊ちゃんのお結び、おいしかったですか?」


 俺は絶句した。感は正しかった。


 何故だ。何故知っている?


 俺は慌てた。


 そんな俺を見てとても楽しそうにしているおきよさんの横には、「おきよさん。駄目ですよ、そんな……」なんて言いながら、横目でチラチラとこちらを見て、明らかに俺がその問いに答えるのを待っていると思われる咲ちゃんがいる。


 これは――――、どう見ても昨夜のあれ、筒抜けになっているよね…………?


 な・ん・で・だ? Tell me why ――――!!


 あの時色々見たけど、カメラ回ってなかったじゃん。人いなかったじゃんッ!


 俺の脳みそは今、高速で記憶を画像解析していた。しかし、やはり誰もいない。


 どういう事だ?


 そう思うが、この状況で口に出来る言葉などいくらもなかった。


「な、なんの事かな?」


 定石である。


 とりあえず、しらばっくれてみました。


 ここで、「何故それを知っているのだ?」などと直接聞くのは素人のやる事だ。画面の中で微笑む美少女たちと、手に汗握る真剣勝負を繰り返してきた俺には分かる。


 そんな事を聞こうものなら、間違いなくフィッシュ・オンだ。一度口に刺さった釣り針は、しっかりと俺を捕らえて放さないだろう。


 いま俺は高速で頭を使っていた。しかし、敵はそんな俺を待ってはくれなかった。


 次の凶弾が俺を襲う。


「惚けなくても良いですよ? 私たち昨夜のあれ見ていましたし」


 おきよさんは、しれっとそう言い放った。


 って、な、なんですとーーっ?!


 声を出そうとするのだが、酸欠の金魚のように口がパクパクと動くばかりで声が出ない。


 お握りの事を聞かれた時に(これは知られているだろうなあ)と覚悟はしていた。


 だが、”見ていた”かよっ。


 間違いなく俺は確認したよ?! 君ら一体どこにいたのさっ??


「いや、だって……」となんとか紡ごうとする俺の言葉に、おきよさんは『いやいや、皆まで言うな』と言わんばかりの訳知り顔で、首をフリフリ答えてくれる。


「武様の部屋の前の空き部屋」


 ふへ?


「『この残ったのを半分こしよ?』…………ごちそうさまでした」


 ツヤツヤとした顔で満足そうに、おきよさんは言う。とても良い笑顔だった。


 ……………い、いやーーーーーーーーーーーーッ!!


 おきよさんは歳なんか俺と変わらないくせに、「若いっていいよねー」とウンウン頷いている。



 ――――既婚者の余裕デスカ?



 咲ちゃんはキャッとか言いながら、やや赤く染まった頬に両手を当てて、くねりくねりと体を(よじ)っていた。



 ――――咲ちゃん? さっき、おきよさんを(たしな)めようとしてくれていた君はどこに行ってしまったとデスカ?



 つか、やっぱそういうオチかよっ! なんか妙に幸せすぎると思ったんだよ、ド畜生ーーッ。


 むき出しの土の上に膝をつく俺。


「そ、そうか……。だから誰も来なかったんだ……」


 それに気づき、口から思わず漏れた。


「そりゃあ菊ちゃんの晴れ舞台ですもの。邪魔なんかさせはしませんよ。旦那に頼んで、警備兵の皆さんにも自重して頂きました。菊ちゃんの為だと言ったら、皆さん喜んで言う事聞いてくれたそうですよ? 菊ちゃん、ここでは姫様と共にお姫様みたいなものですから」


 漏れ出た俺の言葉を拾ったおきよさんは、そう言ってカラカラと快活に笑う。


 え、えーっと? それはつまり、現場こそ二人にしか見られていなかったものの、色々と皆さんに筒抜けって事? 侍女たちのあの視線は、やっぱり気のせいじゃない?


「………………」


 俺は無言でスックと立ち上がる。目指すは自分の部屋だ。


「きゃっ。ああ、吃驚しました。武様、いきなりどうなされたと言うのです?」


 おきよさんは突然立ち上がった俺に驚き、目をぱちくりとさせながらそう聞いてくる。


 俺はサムズアップをしながら、明瞭に答えた。


「うん。ちょっと首を吊りに行ってくる」


 俺の爽やかな回答に、しばし動きが止まるおきよさん。咲ちゃんも小首を傾げた。


 しかし俺が「じゃあ」と言って立ち去ろうとすると、二人は慌てて動き出した。


「え? ちょっ、ちょっと武様? いけませんっ。いきなりそれはどうかとっ」


「た、武様? 落ち着いて。ね? ね?」


「ええぃ。放してくれ、二人とも。ちょっと死んで、生まれ変わってからまた来るわっ! このままではここで生きていける気がしないっっ!!」


 迅速に部屋に戻ろうとする俺の左右から、おきよさんと咲ちゃんが飛びかかってくる。女の子を力尽くで振り払う訳にもいかず、俺は容易に捕らわれてしまった。


 なんたる不甲斐なさよ。


 大体何これ? これじゃあ、放送室内でキャッキャウフフな事をいたしてみれば、全校放送のスイッチが入っていましたよ。ベイベ――――って古典的展開そのものじゃないか。


 あれはアニメやゲームだから許されるのであって、リアルであったら死ねるんだよっ。


 それから何? さっき、おきよさん聞き捨てならん事言ってたよな。旦那に協力してもらって? 要するに信吾の奴も一枚噛んでるって事? そう言う事?


 クックックッ。フフ、アハハハ。イカしてる。イカしてるよ、信吾おぉぉおっ! 憤怒で脳のシナプスが焼き切れそうだぁっ。この事は忘れない。絶・対・にだっ。


 思わず口からクフッとかクケッとか、人が出してはいけない声が漏れる。自分でもそれが分かる。しかし、漏れ出す『音』が止まらない。


 俺を抑える二人は、どん引きで顔を引きつらせていた。


 それでも衝動が抑えきれない。


 侍女二人をぶら下げて、俺は見上げた空に映る信吾の幻を睨み続けた。心の中で毒を吐きまくる。


 しばらくそうしていると、流石にテンションもレッドゾーンから降りてきた。


 それを確認して、やっと二人は俺から離れる。


 つか今の今までどん引きしながらも腕を放さなかったのは、二人ともすごいと思います。


 しかし二人とも地面にしゃがみ込み、肩を上下させていた。


「ハァ、ハァ、ハァ……。もう武様っ! いきなり不穏当な行動をしようとしないで下さいっ!!」


 荒い呼吸の治らないおきよさんに叱られた。咲ちゃんも肩を弾ませながら、いつも穏やかな彼女には珍しく、ちょっと怒りながらコクコクと首を縦に振っておきよさんに同意している。


 俺のせいでこうなっているのになんなのだが、二人とも本当に疲れ切っているように見えた。実に大変そうである。

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