第5話 各々の思惑
「……以上が私からの報告の全てです」
報告を終えて神童が席につき、視線を周囲へと移す。
……各々の反応はそれぞれ違うものの、半信半疑の状態だ。信じがたいことではあるが神童という男がこのような場で、王の目の前で今回の大事を冗談で話すわけがない。彼なりに確信を持った上での発言である、と。
「なるほど、確かにそれが本当ならばこれは一大事だ。このまま放っておけば災厄の再来が現実と化してしまう。
……しかしながら神童隊長。それはあなたの推測の話でしかないのでは?」
「レイアは私の言ったことが真実ではないと考えるのか?」
科学的思考を持っているレイアからしてみれば、神童の言っていることは的はずれなことであった。そもそも古来から伝わっている伝記そのものとて真実かどうかはわからない。
それなのにたかが一般市民――しかも一人の子供の言い分を真に受けて行動に移るのは早計すぎる。
「当たり前であろう。いくらあなたや六道隊長が『大陸の開祖』の血を受け継ぐ者といえど、それとて私は一途に信じているわけではないのだ。それなのにどうしてこのような夢物語のようなことを信じられようか?」
「……確かに、その荒波光輝という男の子がかの異世界から来たかどうかはまだわかりませんからね。それに、仮にそれが本当だとしてもその少年が我々に手を貸すという保証もない」
レイアに続き、エルサまでもが反対の意を示した。
光輝が本当に伝記に関係のあることなのか、そして有益な存在になりうるのか――簡単に決められるようなことではない。
「……彼に敵意はない。現に今も――」
「それは彼に戦う力がないからでは? もしも彼らが魔法を使いこなすようになったとき、私達に刃を向けないと、そう言い切れますか神童隊長?」
エルサは神童の言葉を遮り問いかける。
人が抗うには意思だけではない。当然のことながらそれ以上に強力な『力』が必要となる。もしも力も勝算もなしに抗うならばそれはただの自暴自棄だ。今の光輝にその力はない。知識さえない。
だがしかし、この世界ならばその力はてに入るだろう。彼らと同等の、下手すればそれ以上の力が。光輝が力を得たときどちらに転ぶかなど――それは神にしかわからないことだ。
そのような不穏分子、放置などせずにいっそのこと……処分してしまったほうがよい。エルサの脳裏に光輝にとっては残酷な思考が浮かぶ。
「その時は私が彼を殺す。それでよいだろう?」
「神童……」
「彼を我が陣営に迎え入れたのは他でもないこの私だ。責任は全て私にある。だからこそ、今は万が一に備えた決断を諸君に願いたい。これは下手すればルミエールだけではなく、この世界全てを巻き込む可能性さえあるのだから」
神童が鋭い眼光でエルサを見つめ、その後隊長全員に向けて言葉を発した。今までの彼を知っているものからすれば信じられない言葉だ。
隊長の中で誰よりも仲間殺しを嫌っている神童が緒隊長が集まっているこの場所で宣言した。「荒波光輝が我らにとって害となる男ならば、自らの手で決着をつける」、と。
それだけ神童がこの件について本気で考え、そして光輝のことを信じているということだった。
何も知らずに困惑している者への慈悲か、あるいは同族への信頼か、はたまたただ純粋に彼の一途な心情からか。
なんにせよ、神童がこの事について自らの意見を曲げるようなことはないだろう。そういう男だ、神童竜也という人間は。
「……私は神童隊長の仰る通りだと思います。
レイアやエルサの言うことはもっともではありますが、伝記に記されていることと比べれば至極ましなことかと」
「俺も竜也――神童隊長に賛成だ。
その光輝という男がこちらに反意を示したところで、何の脅威にもなれはしない。だが、災厄が発生すればそれはすなわち大陸全土の脅威となる。
ならば今は光輝という男を見張りつつ、彼を説得して災厄に備えることが上策、と考える」
神童の心境を察してか、ソフィアと直人が彼を支持する。どちらも正論だ。
いくら強大な存在に成長しようとも所詮は一人の人間。しかも経験の浅い子供。限界があることだろう。
ならば彼を受け入れ、こちらに協力するように話しかけたほうがよい。
各々の意見を出しあったところで今まで何も口を挟まずに傍観を決め込んでいたホールトンが前に出る。
彼は全体のまとめ役的存在だ。五人の隊長より場数をふんでおり、人一倍戦略眼が広い。
「……神童よ」
「はっ!」
「一週間だ。一週間荒波光輝を探ってくれ。それでもなお信用できる男ならば、私が直接話そう。
――それでよいでしょうか、陛下?」
ホールトンは主へと視線を移す。
フローラはしばし考える素振りを見せて――そして甘美な笑みを見せた。
「ええ、構いません。私としてもその少年には興味があります。神童隊長、是非とも彼を世話してくださいね」
「はっ! 必ずや陛下のご期待に応えて見せます」
「はい。――それでは、本日の会議はこれで終了とさせていただきます」
「それぞれ任務を続行、指定の場所へ帰還せよ」
フローラとホールトンを残し、隊長達は臣下の礼をとって退出する。
彼らに続いてホールトンも退出しようとするが……それをフローラがとめた。
「ホールトン、あなたはどう考えますか? この事について」
「……今のところは何も。ゆえに神童に命じたまでです」
「本当は何か心当たりがあるのではないですか? だからこそあなた自ら荒波光輝と直接会うと言ったのでは?」
まるでホールトンを問い詰めるように話すフローラ。
いつもの穏やかな話し方とは一転している。彼女にも何か思い当たることがあるのかもしれない。
「……何もありません。しかし、」
「しかし?」
「おそらく神童の言っていること、そして伝記に記されていることは本当です。その少年には必ずや何かあると考えています」
「……そうですか。わかりました。引き留めてしまい申し訳ありません」
「いえ、それでは失礼します」
ホールトンは一礼して部屋を去った。
一人廊下を歩きながら……彼は呟いた。
「嘘などではない。本当だ……必ずや、災厄は起こる……!!」
足を速めながら、まるで何かから逃げるようにホールトンは進んでいく。
それは紛れもなく――――恐怖から来るものだった。
――――
某国某所。
アルミナ城には遠く及ばないものの、そこら辺に建ち並んでいる住居とは比べ物にならないほどの大きさ・堅牢さを誇る城があった。この国を象徴するようなものだ。
室内にもなかなか装飾が施されており、建物の内部にいる人間が並大抵のものではないということを表している。
その中でも一つの部屋――赤絨毯、赤いカーテンなど、赤一色で装飾された部屋がある。
電気も眩しいほどに設置されており、この部屋の住人が普通の人間ではないということを表現している。
その部屋に一人の女性がいた。
赤いロングストレートヘアーの、スタイルのよい女性だ。その女性は何かを感じ取ったのか突如立ち上がり、誰かを呼んだ。
「桜! 桜はいる!?」
「ん? どうした、サラマンダー? 何か用か?」
呼ばれて部屋に入ってきたのは桜と呼ばれた小柄な女の子。まだ小学生くらいの背丈だ。肩までかかる紫色のハーフアップ。赤い紐で結んでいる。
――彼女の名前は春風桜。桜の愛称で周囲に親しまれている少女である。
「ライはどこにいるかわかる? 呼んできてほしいの」
「ライを? わかった。すぐに見つけて呼んでくる」
とてとて、と音を立てるように歩いていく桜。その様子を見ていると心が安らいでいく。
……三分ほどしてお目当ての銀髪の青年が部屋に入ってきた。その背中に桜を背負った状態で。
桜 はそれが嬉しいのか頬を緩めている。しかも子犬が尻尾を振り回すように、纏めている髪を回している。一体どれだけ喜びを表現したら気がすむのだろうか? ライと呼ばれる男も満更ではなさそうだ。
「……よく来たわねライ。ひとまず桜を何処かに放り投げてくれない?」
この様子が腹ただしかったのか、サラマンダーは先ほどよりも一段階低い声で、桜を指でさしてそれあつかいで言っている。さすがの鈍いライも彼女が不機嫌であることに気付き、背負っている桜をおろして諭すように優しく話しかけた。
「桜ありがとう。カレンは僕と二人で話したいようだから、君は部屋に戻っていてくれないか?」
「……私は、いてはダメなのか?」
「いやダメとかそういうことじゃなくてね……」
「ダメ?」
「……」
桜は首を傾げて不思議そうに問いかける。
男――ラインハルト・フラガはこの表情を見て困惑した。
「だからね、桜これは」
「……ダメ?」
「…………」
今度は今にも泣きそうな悲しそうな目でライを見つめる桜。
この「ダメ?」をはっきり断るような人間はそうそういないだろう。少なくとも私は断れない。
ライも思わず折れそうになってしまったが、しかしそこは騎士。心を鬼にすることを決意した。
「今は部屋に戻ってくれ。明日は一日中桜と一緒にいてあげるから」
何とも甘い鬼がこの世にいたものだ。
しかも「今は」と条件付きでさらにご褒美もつけているのだから、他者が聞いたら呆れること間違いない。
横から見ているサラマンダーもライの様子にますます腹をたてるが、同時に「今度私もやってみよう」と心のなかで決意を固めた。
「……今日、一緒に寝てくれたらいい」
「うん、いいよ。じゃあ良い子だから桜は部屋に戻ってね?」
こくん、と大きく縦に頷いて桜は退出する。
どうやらライは自分が爆弾発言したことに気がついていないらしい。彼が振り返ると……そこには赤い修羅が待ち構えていた。
「……ええと、カレン。それで話って何だい?」
サラマンダーをカレンと呼ぶ少年、ライの頬を一筋の汗が通っていく。それに対してサラマンダーは恐ろしいほどの笑顔を浮かべている。
「さて、何だったかしら? たしか、女心を弄ぶあなたを調教することだったかしら?」
「え!? ちょ、ちょっとまてカレン。一体いつ僕が女性の心を弄んだ!?」
「……自分の行動を振り返ってみなさい!」
「だから一体僕が……」
ライの抗議の声もむなしく……彼はサラマンダーから放たれた炎の渦に飲み込まれていった。
――――
「……それで、カレン。用件は何だい?」
服が所々焼き焦げ、体もボロボロの状態でライは問いかける。普通の人間なら致命傷のはずなのだが、
彼の体質が彼に味方した。
サラマンダーもしばし拗ねていたが、ライの言葉で大事を思い出したのか、表情を真剣なものへと変える。
「……先ほど、闇の精霊王の気配を察知したわ」
「なっ!? 本当か!?」
「ええ。しかも、効果が『反転』している」
それだけでライは全てを悟った。事態の急変を。
そして、これから起こりうるであろう災厄を。
「……それじゃあ、これは」
「最悪のパターンね」