第3話 異世界
二人と合流した俺は彼らについていって無事に戦線を脱出した。その途中に何度か敵軍と遭遇もしたけれど、二人が難なく撃退していたのだ。
彼らの剣で、そして彼らが放った何かで。その剣筋も見張るところがあったものの、やはりそれ以上に気にかかるのは彼らが使ったなぞの力だ。
……さきほど相対していた敵の部隊長と同じ力だった。いや、正確に言えば違う部分があるのだろう。現に炎というよりも雷のようなものであったり、衝撃波のようなものを放っていた。……まあ分類としては同じものとして考えていいだろう。どうやら本当に特別な力があるようだ。その人にだけ使える何かが。
俺たちが街の郊外に出たころ、気がつけば街に上がっていた火の煙も完全に消えていた。救援行動の傍ら、消火活動も行っていたらしい。敵――帝国軍とか言っていたか? とにかく街に攻め寄せた敵は全員討ち取ったか、自国へと撤退したらしい。
部隊長がやられたことで指揮官を失い、指揮系統が乱れた隙をついての波状攻撃。敵は流れを取り戻すことはできずに、そのまま敗れていった――とのこと。全部二人が言っていたことだけどね。
郊外に建てられた大きな白いテントまで案内される。二人が入るテントは他のテントと比べると一回り大きく、特別なものだということが一目瞭然だ。どうやらこの二人はなかなか高い地位にいるようだ。さっき『私の名にかけて』とか言っていたが、どうやら過言ではないようだ。
中はちょっとした作戦会議の場になっていて、机の上には地図と戦力図のようなものが置かれている。
……地図は細かい場所の表記されているために地名のことはよくわからないけれど、少なくともここは日本ではない。日本で今のような激しい戦いが起こっていたならばいろんな意味でびっくりだけどね。
味方の軍勢を示しているのであろう青い凸のマーク、そして敵の軍勢を示しているのであろう赤い凸のマーク。それらが集結しておるところがおそらく先ほどの街の名前。
――――『ポレモスタウン』。うん、まったく聞いたことがないよ。絶対日本じゃないよ、カタカナの上にタウンだもん。一体ここはどこの国だよ。どこまで俺は飛ばされたんだよ。言っとくけど俺は今まで日本から出たことがないようなシャイボーイだぞ?
「さて、少年よ。改めて謝罪させていただく。救援が遅れてすまなかった。あと少し遅れていたならば、君の命はあの業火に飲み込まれていたことだろう。……本当にすまなかった」
「い、いえいえ。気にしないでくださいよ。それよりもこちらこそ、助けていただいてありがとうございます」
黒い髪の人が頭を下げてくる。……が、こちらから言わせてもらえば頭を下げられても対応に困るだけだ。なにせ居場所もわからずに、ただ殺されそうになっていたところを助けてもらい、そればかりか安全な場所まで案内してもらったんだから。感謝こそすれ、責める理由なんてない。
「そう言ってくれるとこちらもありがたい。君の寛大な心に感謝するとしよう。
……自己紹介が遅れたな。私はルミエール軍第三騎士団隊長、神童竜也だ。ここは我が部隊が陣を敷き、警戒している。帝国軍もうかつにはこちらに手をだせないだろう。しばらくはここで身を休めてゆっくりしていくといい」
本当に身分が高い。がたいの良いこの男がこの部隊の隊長だった。
日本人のように黒い髪を肩にかかるほどまで伸ばしていて容姿も整っている。隊長の風格がたしかにある。
……しかも名前が日本人らしい。神童という苗字は珍しいけれど、竜也という名前は聞いたことがあるし黒髪のことも重なってますます日本人のように思えてしまう。
しかしながら神童さんは『ルミエール軍』と言っていた。敵の部隊長が言っていたことと同じように、やはり日本の場所ではない。
「レイ、お前も挨拶を」
「……一般人に名乗る必要なんてないだろ、何で無駄なことを好むんだ。
えー、はじめまして。ルミエール軍第三騎士団副隊長を務めているレイ・ストラーです。どうぞよろしく」
……最初に神童さんには聞こえないように小声でつぶやいていたけれど、俺には聞こえていたぞ?
金髪金目という、完全に日本人離れしているこの飄々としてつかみどころがない男――レイは副隊長か。年齢は俺とさほど離れていないよう若く見える。まだ二十歳前後だろうか?
「えっと、俺は荒波光輝といいます。助けていただいて本当にありがとうございました。どうかよろしくお願いします」
俺も挨拶を返す。名前を出すことは危険なのかもしれないが、それでも敵対の意思はないようだし問題はないだろう。むしろ偽名なんて使って後に変な状況になっても困る。
「荒波君か。このたびはさぞ大変だっただろう。休む前に、傷の治療をせねばな」
「……まずここに座ってください。治療しますので」
「あ、はい。わざわざすみません」
近くの空いている席に座らせてもらう。
……傷というのは敵の部隊長の炎によって焼かれてしまった頬のことだろう。止血は済んでいるものの、やはり痛みはあるしこのまま残しておくわけにはいかない。
俺が座って傷を見せると……なぜかその箇所にレイが手を当ててきた。
「……はい? あの、え……治療、じゃないんですか?」
「そうですよ~。傷を残しておいて、後で文句を言われちゃたまりませんからね」
「……いや、それなら普通に包帯とかでお願いしたいんですけど。何でこんな……」
「『ヒール』」
「なっ!?」
突如男の手が白く光り輝く。……驚いたものの、先ほどの戦いで見せた攻撃の光とは違う。
その場で静止している光はだんだんその輝きが収縮していき、そして最後には完全に消えうせた。光が消えたのを確認して男は頬から手を離す。
「はい、治療完了です。せいぜいミーに感謝するんですよ」
「レイは回復系統の魔法にも通じていて、我が隊の中では貴重な存在なんだ」
「……おおおお!!」
恐る恐る自分の頬を触ってみる。
……傷がなくなっている。先ほどまで傷跡となっていた箇所が、完全に元通りのきれいな肌になっている。痛みもまったく感じない。
これは何の手品なんでしょうか? もう医者なんていらないじゃないか。
「……どうしたんですか? さっきから気になってたんですけど、どうもあなた様子がおかしいですよ」
「え!? そ、そうっすか?」
「だって初級魔法を見ただけでその驚きようですし、それにさっきの戦いだってどうもあなたは怪しかった」
「……たしかに私も君の事は少し気になっていた。避難所とは逆方向に単騎で逃げていたこともそうだが、その格好も。君が只者とは思えないのだが……」
あ、まずい。どうやら住民たちは避難所に逃げていたようだ。それで他の住民たちと一緒に逃げていなかったことが完全に裏目に出ている。二人とももはや俺のことを疑惑の目でしか見ていない。
……しかし、今この二人『魔法』とか言ったか? まさか、ここは俺がいたところとはまったく関係のないようなところなのか?
どうするべきか。本当のことを言ったところで信じてもらえるかどうか……いや、変な嘘をついてさらに怪しまれるよりはましか。なにせ俺は何もわかっていないのだから。
「まず一つお答えしますと、俺はたぶんここの人間ではありません」
「ん? なんだ、旅の途中だったということか?」
「……いや、隊長。それよりも『たぶん』って言っていることに突っ込んでくださいよ」
「ええ、旅とかそんなことではなく……レイさんの言うとおり多分って言ったのは、俺自身がここのことをわかってないんです」
「……わかっていない?」
神童さんが難しい顔をしている。
言葉で説明するというのがこれほど難しいことだったとは! いや、なんて言って良いのか言葉が見つからねえ!!
「……ええと、実を言うと気がついたらあの街にいたんですよ」
「なに!?」
「それは、何者かに連れ去られてアムールに来たってことですか?」
「……えっと、俺のほうから質問してもいいでしょうか? アムールってのは先ほどの街のことですか?」
「そうだ。アムール地方は我がルミエール王国の西側に位置する繁華街であり、ミランドル帝国と領土を接している場所だ。ひょっとして君はルミエールの外から来たのか?」
「…………えーっと、そのルミエールというのはどこにあるんでしょうか?」
「ラインツェル大陸の東部に位置する国だ。地図で見るなら……ここだな」
神童さんは大きな地図を広げて俺にそのルミエールという国の位置を示す。
……しかし、その地図に描かれている大陸の絵が俺の知っている世界のものとは完全にかけ離れていた。地図にはユーラシア大陸のような形の大陸の中で国がいくつかに分かれており、その中の東部が『ルミエール』となっている。
「……神童さんすみません。どうやら俺、この大陸出身ではないのかもしれません」
「は?」
「……どういうことだ荒波君。ならば君はどこから来たというのだ?」
この大陸出身ではないということに疑問を感じる二人。どうやらこの世界ではこの大陸出身者で固まっているようだ。
「信じてもらえないかもしれませんけど、俺はこことは全然違う場所にいたんですよ。
外出時に、突如俺の周りに黒い霧みたいなのが充満して、そして霧が俺の体を包み込んで……気がついたらここにいたんですけど……」
「……黒き霊門、ですね」
「ああ。おそらくは闇の精霊王の暴走だろうな……たしかにそれならば、彼が突如あの場に現れたことも、彼の行動も理解できる」
「……ブラック、ゲート? 闇の精霊王?」
俺の不可解な現象で何事かを悟ったのか、二人の口から聞きなれない単語が飛び出してきた。この大陸で起こっていることなのか? ひょっとしたら、あの異常現象のことも知っているのだろうか?
「……荒波さん。どうやらあなた、とんでもないことに巻き込まれたのかもしれませんよ」
「と言うと?」
「……はじめに言っておこう。今君がここにいる世界は、君が今までいた世界とはまったく違う世界――異世界だ」
「なっ!?」
二人は納得しているようだけど、俺は二人の言葉に驚愕の色を隠せない。
……異世界? いや、確かにここにきて起こっていたことは現実ではまったく信じられないことだったけれども、世界が違うだって!? じゃあ俺は、世界を飛び越えてきてしまったってことか!?
「荒波君が驚くのも無理がない。だが、おそらく間違いないだろう。
……君がいた世界で、何か最近おかしなことがおきていなかったか? 人の力ではどうすることもできないような、何かが」
「は、はい。たしかにありました。いきなり街にあった建造物が突然消える異常現象が……」
「――その現象こそ、『黒き霊門』という現象ですよ」
「……あの、さっきから言ってましたけどそのブラックゲートって何なんですか? それに精霊王とか、魔法とか……この世界は一体どうなっているんですか?」
レイの話にいまいちついていけない。こちらの専門単語を出されても俺にとっては初耳なのだ、理解できなくて仕方のないことだろう。
「そうだな。ならば簡単に説明しておこうか。
このラインツェル大陸はそもそも、いくつかの精霊王と呼ばれる神聖な存在たちによって作られたものと言われている。精霊王は今も存在し、各地で世界のバランスを保っているのだ」
「そして、精霊王の力はこの世界に大きな力を与えている。その中でもっとも大きな役割を果たしているのが――精霊石です。ただの石ではないので壊さないでくださいよ?」
そう言ってレイが胸元からペンダントを取り出した。白色に光り輝く小さな玉だ。
「この精霊石というのは、精霊王の影響を特に受けている地で発掘できる石のことです。
ミーたちはこの石を媒介として、それぞれに特化した魔法を使いこなすことができる」
「……さっきのが本当に魔法。しかし媒介にするってことは、自分自身にもある程度の力があるってことか?」
「ええ。その人に備わっている……簡単に言えば一種の才能のようなものですね。まあ今回はそれほど重要ではないので説明はぶっとばします」
「このように精霊石には多大な力が秘められている。これで精霊王という存在がかなりの力を持っていることがわかるだろう?」
「ええ」
神童さんの言うとおりだ。それくらい言われなくてもわかる。精霊王というやつがいるだけで周囲の石に特殊な力を与えているんだ。それなのに元となっている精霊王の力が弱いわけがない。少なくとも神童さんやレイさんよりもずっと上の力を持っているのだろう。
「そして精霊王にもそれぞれ言い伝えられている力がある。その中でも闇の精霊王の力の一つ――それが『黒き霊門(ブラック・ゲート)』だ」
「その力は一言で言えば『転送能力』。闇の精霊王が標的とした物質を精霊王の思うがままに転送することができる、たとえそれが異次元のものだとしても。――と言われています」
「……転送能力ですか」
「ああ。今までも精霊王の力が暴走し、同じような現象が確認されている。まず間違いないだろう」
それじゃあ俺はあの世界からこの大陸に転送されたってことだ。なるほど、たしかにそれならば話も理解できる。日本で起こっていた異常現象も、すべては闇の精霊王の転送能力の仕業。暴走と言っていたのもそういうことか。
「しかしながら、もしも本当に闇の精霊王の仕業だとしたら大問題ですよ」
「……え? どうしてだよ?」
「……それはな、荒波君。その転送は……」
「精霊王は人からの干渉を完全に嫌っているんですよ。自己はかけ離れた存在であるということを示すように。現に今まで暴走したとしても、人が転送されるようなことはなかった」
「そうなのか? それじゃあ、どうして俺が……」
「だからそれが問題なんですよ。――今までありえなかった人の転送が、今回初めて起こったんですから。現にそちらの世界でも今まで人が転送されるようなことはなかったでしょう」
「……ッ!?」
レイの言うとおりだ。日本でも建物などがなくなることはあっても、今までは人がいなくなるようなことは一切なかった。だからこそまだ言うほどの危険視はされていなかったのだから。
……しかしながら、今回は俺がこちらの世界につれてこられた。つまりは変化が起こっているということだ。精霊王に何かあったのか、原因はわからないが。
「……それで、俺は元の世界に戻れるんですか?」
物事をよく知っていそうな神童さんに問いかける。
俺が日本に、元の世界に戻れるのかどうかを。変化が起こっているというのならばなおさら気になる。
「それについては何とも言えない。……力になれなくてすまない」
「……いえ、いいんです」
神童さんでもダメ、か。となると日本に帰るにはもともとの原因である精霊王に会うしかないのだろうか? それが無理ならばこちらの世界にずっと居座ることになるのだが、果たしてどうしたものやら。
「心配しないでくれ。そういう事情ならば仕方がない。君が元いた世界に帰る手段が見つかるまでは、ここに身を寄せていてくれてかまわない」
「え!? いいんですか?」
「隊長が言ているんですから、誰も文句は言えませんよ」
「あ、ありがとうございます!」
なんともうれしい提案だ。正直な話、ここで生きていける自信がない。それこそ精霊や魔法と言った存在があるのだから。しかしながら、この二人が保障してくれるというのならば、これ以上心強いものはない!
「まだ頭が混乱しているだろう。今日はもう休むといい。……マリー! マリーはいるか!?」
「は、はいっ! ただいま!!」
神童さんが誰かを幕内へと呼び出す。
……外から女の子が入ってきた。俺よりも頭一個分ほど小さい女の子だ。まだ中学生くらいじゃないだろうか?
歳相応のかわいらしい顔。まだ未発達な体。茶髪と、頭の先から伸びているアホ毛が特徴的だ。
余談だが俺はこういう妹がほしいと思う。
「彼を今空いているテントへ案内してくれ。荒波君、彼女は三番隊の隊員だ。彼女に案内してもらうといい」
「マリー・ローレンツといいます。よろしくお願いします……えっと、」
「荒波光輝だ。よろしくたのむ、マリー」
「はい、荒波さん。ではこちらに……」
「それじゃあ神童さん、レイ。ありがとうございました。また明日お願いします!」
「ああ、ゆっくり休んでくれ」
「文句は受け付けないのでご安心を」
神童さんとレイに挨拶を済ませてマリーについていく。こんな小さな子まで軍隊に所属しているというのだから驚きだ。……まあ魔法があるのならば年齢とかは関係ないのかな?
「……なあ、ちなみにマリーは何歳なんだ?」
歩きながら気になったことをマリーに質問する。
マリーも嫌そうな顔はいっさいせずに答えてくれた。
「私ですか? 私は15歳ですけど」
「15か。そんな歳で普通に軍に所属するようなものなのか?」
15歳ともなればまだ十分子供だ。遊びたい年頃でもあるだろうし、家族離れだってしていないような年齢。それなのに戦場にでるような職場に所属するのは難しいことだ。
「……人それぞれでしょうね。他国には10歳ですでに戦場に出たという人もいるほどですし、別に珍しくもないですよ。何か戦う理由があるのなら、軍に加わるしかないですから」
「そっか。マリーにも色々事情があるんだな」
「……」
突如マリーの足が止まる。顔も伏せて、何かをこらえているようだ。
よく見ると、彼女の右手が力強く握り締められている。……あれ?ひょっとして俺、地雷踏んだか!?
「わ、悪いマリー。変なこと聞いちゃったか?」
「いえ、大丈夫ですよ。……ああ、荒波さん。ここが空いているテントです」
「おお、ありがとう」
マリーは気丈に笑顔で返してくれた。
……強いな。肉体的にじゃなくて、精神的に。15歳ともなればどこか他人にもっと脆さや弱さを見せても問題ないような、むしろ当然でもあるのに、彼女は必死に隠そうとしている。自分の中に秘めている。
「いえ、それではゆっくりお休みください」
俺に向かってお辞儀をしてマリーは立ち去っていった。
礼儀もなっているし、本当に良い子だよな。何か事情があるみたいだけど、機会があったら聞いてみるか。ああいう子は放っておけないんだよな。
神童さんが軍への加入を認めているってことは隊長陣も認めているんだろうし。
……まあ、それよりも今は自分のことを優先か。
テントの中に入ってベッドに腰掛ける。正直な話、もう頭がいっぱいだ。
――異世界。魔法。精霊王。
日本とは、地球とは色々と違いすぎる。ありえないことが多すぎる。
……しかし、だからこそ面白い。
「ある意味これは、俺にとっては楽しい冒険だな」
一回こういうのも味わってみたかったんだ。
退屈な日々なんかよりも、繰り返される毎日よりも、こうした波乱万丈な生活を。
あの時は怖かったけど、今はなぜか無性に胸が高まる。力を得て体験してみたい。
……もしも真央が聞いたら散々に馬鹿にするんだろうな。あいつはそういうのは冗談であろうと嫌うだろうし。
そういえば、真央に連絡さえできないのはさすがにつらいな。きっと心配しているだろう。あまり無茶はしないでほしいのだが、連絡手段さえないためにどうしようもない。
「……へっ。今色々考えたところで仕方がないか。今日はもう寝るとしよう」
気絶していたとはいえ、日本で丸一日過ごした上にこちらの世界で全速力で走り回ったんだ。俺の予想以上に疲労がたまっている。
ベッドに横になるとあっという間に眠気が襲ってくる。
寝心地はそれほどよくはないけれど、眠れないということはない。
俺は瞳を閉じて、そのまま意識が消えていった……
――――
「レイ、なぜだ? なぜ私の言葉を途中でさえぎった? なぜ彼に本当のことを言わなかった?」
三番隊隊長専用のテント。
光輝が去った後も神童とレイの話は続いていた。神童がレイに問い詰める。先ほどの光輝との会話でレイがした行動の理由を。
「……嘘は言ってないですよ。全部本当のことじゃないですか」
「ああ、たしかに本当のことは言った。だがしかし、すべてを話はしなかっただろう」
神童にしては珍しくレイに対して責めるような口調だ。常日頃から部下想いな彼からしてみれば異常な光景だろう。だが、それほどまでに先ほどの件は重要なことだったということの証である。
「あそこで本当のことを話してもなおさら混乱するだけです。だからですよ」
「……それはそうだが、しかし……」
「時が来れば話す、それで良いじゃないですか。変に彼を刺激しないほうが良い」
「……そうだな。もしも文献のとおりならば、彼が来たことには意味があるのだから」
レイの意見に神童もしぶしぶ手を引いた。どこか納得のいかない顔をしているものの、これが最善のことだと信じて。
「――『異世界からの人の転送』。文献には一つだけ記載されていたことがある」
「今から200年ほど前。複数の人間がこの地に降り立ったと」
「しかしながら、本来ならばありえないことだ」
「……常人の肉体では、異世界への転送に耐えられずに絶命する」
「だからこそ、精霊王とて間違っても生命体を異世界から転送はしないのだ」
「つまり、あの男――荒波光輝は」
「かの一族の、血を受け継ぐものということ」
「そしてそうだとすれば……」
「この世界は、再び崩壊の危機を迎えるだろう……!!」