第2話 現実は戦場
「……一体何の冗談だよ」
自分に何度も問いかける。無意味かもしれないけれどそうせずにはいられない。それほどまでに俺にとっては衝撃な出来事だった。
俺が気を失っていた間に一気に周りは変わり果てていた。――今までいた場所とはまったく異なる風景。突如聞こえてきた爆発音。燃え盛る見知らぬ町。逃げ惑う人々、追う兵士たち。むしろこれを間近で見て、それでも混乱しないような人間がいるのならばぜひとも見てみたいものだ。
夢だというならば今すぐ覚めてほしい。幻覚だというならば早く開放してほしい。
俺は、一体どうすればいいんだ……?
ひとまず俺は兵士であろう者たちが来る方向とはまったく別の方向へと逃げる。俺と同じように逃げている人達とはまた別の方向にだ。もしも敵の狙いがこの人達だというのならば一緒に逃げることの方が危険だ。それに、その人達まで俺に危害を加えないという保障はまったくないのだから。それどころかこれさえも演技なのかもしれない。
建物の影に見つからないように姿を隠す。……どうやらこちらのほうにはまだ敵の手は及んでいないようだ。
そのまま俺は行く場所もわからずに町を駆け巡る。地理もわからないのに歩き回るのは危険だが、それでもその場に居座って敵の接近を許すほうがなおさら危険だ。
しかし、走り続けていても周囲の建物はやはり俺が見知ったものとはかけ離れている。少なくとも俺が住んでいた場所ではないな。……いや、この世界がまだ現実かもわからないのにそんなこと考えても無意味か。
再び角を曲がると大きな一本道にでた。しかしながらその先に人の姿はまったく見えない。
ここを抜ければ大丈夫、俺はそう思ってさらに加速した。
……走り抜けようとしたまさにその時、突如近くの建物が爆発した。
「な、なんだ……!?」
音を立てて崩れ落ちる建築物。
爆発によって生じた煙が次第に晴れていき……そしてそこから先ほど見かけた兵士たちと同じ武装をした人達が出てきた。
「ひゅ~……さっすが部隊長。惚れ惚れしますけど、やり方が荒いっすよ」
「こうしたほうが手っ取り早いだろう。無駄に迂回して時間をつぶす必要などない。……む?」
「やばっ……」
見る限り20人近くはいるな。おそらく今これを壊したのは目の前で部隊長などと呼ばれている大柄な男なのだろうが、一体どうやったんだ?
その男は左手に剣を持っているものの、剣一本で家一軒をこわすことなんてできないし、他に武器を所持している様子はない。その代わりに、空いている右手からはなぜか煙のようなものが出ている。何か消耗品でも使ったのだろうか?
……考えても仕方がないな。それよりもこうして発見されてしまったんだ。果たして話し合いが通じるかどうか……
「何だ、まだ逃げ遅れた者がいたのか」
「どうします部隊長。見たことのない格好してますよ。少なくともアムールの一般人には見えませんけど」
「……は?」
部隊長の男に話している男の内容がこちらにまで聞こえてくる。
――『アムール』だと? 話から察するにここの地名のことを言っているのか? それならば理解できる。
何せ俺の格好はコンビニ帰りのままのために、私服の状態だ。Tシャツの上にグレーのパーカーを着て、下はジーパンをはいている。しかし、先ほどここで見た人々はやはり服装も現代のものとは違って布地で作ったような衣服であったし、見た目だけで違うのだ。そんな男が一般人なわけがないよな。
まずい、なおさら怪しまれることになってしまった。
「……関係ない。敵ならば排除するだけだ」
どうやら話し合いなんてできそうもない。相手は俺を殺しにかかってくるようだ。
相手の部隊長と呼ばれている男が俺に向かって右手を伸ばす。
「『ブレイズ』!』
「なっ!?」
理由はわからないが、危険を察知した俺はすぐさま体を横にそらす。
すると、敵の右腕からなにか炎のようなものが一直線に飛び出してきた。……反応が一瞬遅れていたら危なかった。先ほどまで俺がいた空間を通過していき、壁を巻き込んで爆発した。
先ほどの建物の崩壊はこれか!!
仕組みはわからないけれど、まずい。俺は敵に背を向けて元来た道を走り出した。
「逃がさん! 全員、追え!!」
しかしやはりそう簡単に逃がしてはもらえない。
兵士たちは俺にどんどん迫って来る上に、先ほどと同じ攻撃が放たれている。走りながら意識を集中させ、体を左右に動かし、時には飛んで回避していく。……だが、攻撃はどんどん苛烈していく。なんだよこのゲームみたいな攻撃は!? ためらいなんて微塵もかんじさせずに打ってくるが、玉切れの概念はないのか!?
「ふざけんなよ……!」
走る。とにかく走る。すでに体のあちこちが悲鳴を上げているが、そんなこと関係無い。ここで足を止めてしまえば、それこそ俺が死んでしまうのだから。
交差点へ差し掛かり、俺はスピードを緩めることなく右へと曲がって行く。
「うおっ!!」
「ん? ……何者だ、貴様!?」
「まだ生き残りがいたのか?」
だが、ちょうど曲がった先に敵の別働隊が待ち構えていた。俺に気づいた兵士は剣、槍を向ける。
気づかれてしまった以上は別方向に逃げるしかない。再び進路を変える。
……進路を変えようと足先を向けた瞬間、俺の顔のすぐ横を炎が通過して行った。
「…………ッ!!」
頬は綺麗に一直線に削り取られ、血が放出される。
……今の攻撃で気絶してしまったほうが、俺にとっては良かったのかもしれない。
前方には部隊長率いる一個小隊。反対側にも別働隊が待ち構えている。
「無駄だ、すでにここら辺一帯は我々が完全に包囲している」
「よく逃げたとほめてやる。……だがここまでだ。我が帝国軍には討ち損じることなどあってはならぬ。たとえ、子供一人であろうとな……」
「っ……!」
前後左右、すべてが敵。完全に囲まれてしまった。別働隊の人数も含めると30弱ほどか。とてもじゃないが、一人で切り抜けられるような状況ではないな。
……夢であってほしかった。だが、俺の頬から流れている血が、そこから生じている痛みがそれを否定している。これが、本当におきている――受け入れたくない現実だと認めてしまっている。
嫌だよ、何だよこれは。こんな何も理解できずに、こんな非現実な出来事に巻き込まれて、俺は死ぬのか?
兵士たちが武器を構えて牽制し、そして部隊長は先ほど同様に右手の先を俺へと向けてきた。そして光をまとう手。――攻撃の構えだ。
どうあっても逃げられるわけもなく、かといって防ぎきれるわけもない。
俺は頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。そうでなければ攻撃の前に恐怖で押し殺されてしまいそうだったから。
瞳を閉じて、その最期の時を待つ。そして何かが衝突した激しい爆音。そして鈍い音。
――――しかし、いつまでたっても俺を襲うはずの痛みは訪れなかった。
「……?」
疑問に思ってゆっくりと顔を上げる。
すると俺を撃とうとしていた兵士達は全員倒れており、その代わりに二人の男が俺を挟むように立っていた。
「……え?」
事態に頭が追いつけず、疑問の声が上がる。
おそらくこの二人が周囲の敵を一掃したのだろう。二人の手には剣が握られており、服に返り血を浴びている。そして相手の兵士たちは……ぴくりとも動かない。
しかし、二人だけで一個小隊をたった一瞬で……しかも、俺を傷つけることはなく、だと? なんなんだ? これは、本当に現実なのか?
「そこの君、大丈夫か?」
「駄目ですよ。一般ピープルがこんなところに出てきたら。ミー達がいなかったら……今頃その体、蜂の巣になってましたよ」
「え……あ、はい。大丈夫、です……すみませんでした。ありがとう、ございます」
そんな俺を気遣うようにその男達が声をかけてきた。先ほどの敵を倒したことも考えると、どうやら俺に敵意はないようだ。
「こちらこそ救援が遅れてすまない。ここから先は私の名にかけて君を安全な場所まで案内しよう」
「は、はい」
言われるがままに俺は二人についていく。名前も知らないような男たちだが、なぜか俺は安心できた。この人達ならば、俺に危害はくわえないだろう、と。
……これが、俺とあいつらの出会い。
そして全てを巻き込んでいく物語の始まりだった。