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LAST MAGIC  作者: star
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第1話 日常の終焉

 この世界には当然のことながら現実的なことと非現実的なことがある。

 例えばの話しになるけれど、世界に魔法なんて存在しないし、地球を滅ぼすような隕石なんて落ちてこないし、人類を消し去るような大洪水なんて起きないし、龍だとか精霊だとかそんなファンタジーまがいな存在なんてありえない。きっとこの世界には実現不可能なことに関心を抱いたり、あるいは希望を夢見た人たちが創り出した幻想なのだろう。


 そう、この世界には普通のことしかありえない。それ以外のことは、結局は空想の話しでしかないのだ。

 普通のことしか起こらない。毎日同じことの繰り返しが永遠に続いていく。……実に、つまらない。面白みがない世界だ。平凡な日常の中でも人がやることは限られている。束縛された中で生きていくなんて、俺には耐えられない。それならいっそ自由に生きていたい。


「俺はそう思うのだが、果たしてお前はどう思う? ――真央?」


 実に理にかなったことを俺は隣で一緒に歩いている幼馴染であり、クラスメートである女性に話しかける。

 髪は橙色のセミロングで髪色と同じように橙色の瞳。同年代の女子生徒並みの身長でありながらもその可愛さと綺麗さがバランスよく整った美貌、そして出るところが惜しむことなく出ているその体が周囲の視線を釘付けにさせる美人高校生――水里みずさと真央まお

 幼馴染の上に朝一緒に登校するとはまさに夢のような設定なのだが、残念ながらフラグの一本さえ立たないのが現状だ。(俺の死亡フラグを除いて)


「少なくとも、そんな浅はかな理由で学校を休めるほど現実は甘くないと思うけど?」


 真央は俺の深刻な悩みをばっさりと切り捨てた。

 我が幼馴染はどうやらこの世界に文句はないらしい。残念だよ、理解してくれると思ったのに。真央のような才色兼備な人には通じないか。


「……ちっ! これだから最近の若い連中は。抗うことを知らず、ただ現実を受け入れるなど……!!」


「いや、同じ歳だし。大体あなた前も無言欠席だったんだし、これ以上学校を休むとそれこそ出席日数足りなくなるわよ?」


「前回はあれだ。風邪をひいたんだ」


「あら、馬鹿でも風邪をひくのかしら……ああそっか、今は夏だもんね」


「喧嘩売ってんの?」


 真央は首をかしげて考える様子を見せる。その仕草は実にかわいらしいのだが、その後の言葉で台無しだ。

 何この人? たった一人の幼馴染いじめて楽しいの? なんで俺が風邪をひく原因が夏風邪だけなの?

 大体俺だって成績はそれほど悪くない。良い時は下の上あたりだし、体育に関して言えばトップクラスだし。


「どうせ風邪なんて言っといて、ゲームでもやっていたんでしょ?」


「なぜばれたし」


 いや、それでも俺は悪くない。なかなかヒロイン√に入れなかったんだもん。

 なんどもセーブとロードを繰り返し、選択肢を試行錯誤して……ようやく突入したと思ったら気がついたら授業終わっているんだもん。


「何年幼馴染やっていると思っているの? あなたのことなんて、すべてお見通しよ」


「マジで!? じゃあ、まさか俺がひそかに保管している真央の寝相写真の隠し場所とかも……!?」


「……ちなみにそれはどこに?」


「本棚の上から2段目と4段目。背表紙が別の独和辞典になっているけれど、実はあの中に真央の18年間の写真と動画のデータが入ったUSBとかはすべて保存して……」


「後で確認するね」


「……しまったああああ!!!! は、謀ったな貴様!?」


「いや、あなたが勝手に墓穴を掘ったんでしょ」


 なんという高密な罠だ……相手をその気にさせて気を緩ませ、一瞬の隙をついて情報を奪い取るとは! 真央はこんな孔明なみの策士だったのか!

 俺が生まれてからこの日まで18年間、誰にも渡すことなく見せることもなくずっと守り続けてきた唯一の宝が……!!


「あなたの中の孔明はどんだけレベルが低いのよ……まったく。いくら部屋に誰もいないからって、ふざけすぎないでよ? 私はあなたのこと、あなたの両親に任されているんだから」


「もはや真央が俺の保護者かよ……まあ、あながち間違ってはいないのか」


「そうよ。どうせああた一人じゃあろくな生活を送りそうにないもん」


「人をまるでダメ人間みたいに言うな!!」


「自分の言ったことを振り返ってみなさい」


 俺がダメ人間だと? 今すぐ撤回してもらいたい。それじゃあダメ人間と呼ばれている人たちがかわいそうだろ。



 ……真央の言うとおり、俺の部屋には誰もいない。

 アパートに一人で住んでいるのだから当然といえば当然のことだが……それ以前に、俺には両親がいないのだから。


 両親は俺が中学生のときに二人とも病死した。

 もともとうちの家系は早くに他界してしまう人が多いと聞いていたものの、それでも当時の俺はその現実を受け入れられなかった。兄弟もいなかったのだから当たり前のことだと思う。一緒に生きていた家族がみんないなくなってしまったのだから。

 今でこそ親戚の人に養ってもらっているが、それまでの間俺は幼馴染まお以外は誰とも会いたくないほど思いつめていた。もしあのときに真央がいなかったら俺まで死んでいたのかもしれない。真央には本当に感謝してもしきれないな。


 今は高校に通うために近くのアパートで暮らしているのだが、たまに真央が料理を作りに来てくれる。家事が苦手な俺は大助かりだ。これで彼女とか言えたらもっとよかったんだろうけどなあ……


「……駄目だ、さすがにそれは駄目だよな」


「ん? 何か言った?」


「いや、なんでもない」


 とっさに口にでてしまったようだ。真央が俺を不安げに見つめているので大丈夫と返した。

 俺も一体いつまで生きていられるかわからないんだ。しかも、それなのに目標という目標を見つけられずに、ただ無駄に毎日を過ごしている。

 そんな情けない俺と理想の女性像である真央では、どう考えても不釣合いだ。


 ……やめよう。こんな風に後先のことを考えるなんて俺らしくもない。未来のことよりも、今日という日を生きていかないとな。


「……よし、仕方ない。今日も学校に行くか! 行くぞ、真央!!」


「え……ちょ、ちょっと待ってよ――光輝!!」


 俺――荒波あらなみ光輝こうきは通学路を走り出した。

 夏休みと言いながら課外などを行う高校には一通り文句を言いたいところだが、仕方ない。今日もいつも通りの日常を開始しよう。



――――



「……ようやく今日の授業も終了か……」


 夏休みだというのにもかかわらず、朝8時から午後の5時まで学校にいるという……果たしてうちの高校は『休み』という単語の意味を理解しているのだろうか? それとも理解したうえで古来から伝わる日本語を冒涜しているのだろうか? 休みとは我々人間にとっては欠かせないものだというのに、なぜわざわざ学校に来ているのやら。そこまでして給料がほしいのかね?


 俺たちが高校3年生ということで受験を控えているので先生たちは教育熱心だ。

 今日も課外だけではなく、放課後までのこされて担任教師との熱い一対一の面談を行った。これで若い女性新任教師とかいうのならフラグも立ったのだろうが、男のベテラン教師が担任だ。そんなことがあるわけもない。

 大学は就職のためにも進学しようと考えているが……どうも気が進まない上に、成績のことも考えると進学先は絞られてくる。スポーツ実技ならば可能性はかなりデカイわけだが。


「おーい、光輝! そっちも終わった?」


「ん……ああ、真央か。今まで待っていてくれたのか?」


 教室の外では真央が待っていた。すでに教室の中には誰もおらず、俺だけが帰宅準備をしているところだがどうやら今まで待っていてくれたらしい。


「か、勘違いしないでよね! 別にあなたのこと待ってたわけじゃあ……ただ学級委員長といて、戸締りを任されただけなんだからね!」


「ツンデレ乙」


「誰がツンデレよ!」


 できれば今の声を録音して永久保存しておきたいくらいだ。それくらい見事なツンデレっぷりだった。

 ちなみに真央はうちのクラスの学級委員長も任されている。クラス換え後、先生の一声により誰の反論もなく任命されたのだ。クラスの良きまとめ役……といっても、もうすぐ卒業のため特段仕事があるわけではないけどね。


「いいからさっさと帰る! 先生方も、私たちがあの異常現象に巻き込まれないようにできるだけ早く下校するように言っているんだから」


「だったら最初から学校に来させるなって話だよね」


「…………光輝がはじめて正論を!?」


「俺はいつでも正しいことしか言ってないわ!」


 ここ最近、異常現象が日本の各地で起こっているとニュースで報道されていた。

 建物であったり、木や街灯といったものが一夜のうちにどこかに消え去ってしまうというものだ。跡形もなく、完全に。それは盗まれたとか壊されたとかの領域を完全に超えた次元でである。

 今のところ人的被害はなく、その消えた方法なども一切明らかになっていないために信じていない人はまったく信じていないものの、それでも心配している人は心配しているし、危惧している人さえいる。

 ちなみに俺は全然信じていない。『これを好機に、学校休みになんないかな?』 と考えているレベルだ。


「しかし、真央は異常現象のことを信じていたのか……ひょっとして、怖いの?」


「な……そんなわけないでしょ! ただ、光輝が不安で夜も眠れないんじゃないかなーって思ったりして……」


「ふむ。確かに最近はエロゲのせいで夜も眠れないな」


「いっそ消えちゃえばいいのに」


「ヤンデレになった!?」


「どこがよ!?」


 ふむ、今日も真央は絶好調だな。鋭いツッコミだ。

 だがさすがにこれ以上話を長引かせると冗談抜きで時間の都合上よろしくないので、そろそろ下校するとしようか。真央も忙しいだろうし。

 ……待てよ。誰もいない放課後の教室で、美女と二人っきり。


「まさか誘ってたの!? 学校だというのに、そんなに大胆に……ごめん、気づけなくて!」


「どういった解釈をすればそういう結論にいきつくのよ!?」


「へぶしっ!?」


 勢いよく真央の肩をつかんだら、俺が訴えるまもなく頭上から腕が振ってきた。

 ……くそっ。何も言わずに、下校しておいたほうがよかったのか……



――――



「……それで、結局今日はなんて先生に言ったの?」


 帰り道の途中で真央が俺に質問をしてきた。今日の進路相談のことだろうな。


「地元の大学のことを話して、それに向かって勉強しているって言っといたよ」


「まだ、特にやりたいこととかないわけ?」


「……あったなら、こんな風に考えることもなかったんだろうなあ……」


 俺から言わせてもらえれば、夢があるやつがうらやましい。目標があるやつがうらやましい。

 だってそれは、自分が一生懸命になれるほど、夢中になって努力するほど、その人にとっては大切なことなんだから。


「でももう夏休みだよ? いい加減進路くらいは確定しておかないと……」


「わかってるさ。実技試験のこととかも考慮にいれてるし、俺だってやるときはやるよ」


 親戚の人にお世話になっている身だし、あまり負担はかけられない。浪人などもってのほかだ。就職にも影響してくるだろうし、俺も実際一年を余計にかけてしまうのはいやだ。


「夏休みの宿題をまずは今日一日で終わらせるか。まったく、受験生に宿題なんてだすなって話だよ」


「そういうこと言わない。私も今度付き合ってあげるから」


「ここで告白ですか、真央さん……」


「なんで今の流れからそこに行き着くの!?」


「すべての道がローマに通じているように、俺にとってはすべての道が告白に通じているんだよ」


「無理ありすぎでしょ!」


 相変わらず真央をいじるのは楽しいな。反応が新鮮だ。

 頬を赤くそめて恥らっている姿がなおさら彼女を愛おしく映す。


「まあ冗談はおいといて……いや冗談でなくてもいいけど。わざわざ来てくれるのはありがたい。よろしく頼むよ」


「そういう風に素直な生き方をすれば、光輝ももてるのに……」


「これが性分でね。自分の生き方を変えるつもりはないよ。それに、他の女性と付き合ったりでもしたら真央も困るだろ?」


「もてない男の言い訳なんて聞きたくないけど」


「……な、なかなか言うじゃないか」


 やばい、俺の胸にクリーンヒットした。どうして人の急所を的確に粉砕するのかなこの子は!?

 俺とて立派な男だ。異性に対する欲の一つや二つ、ないわけではない。しかしもうじき高校を卒業するというにもかかわらずいまだに春は来ない。……あかん、目から汗がでてくる。


「別にいいさ。俺は一人で生きていくから」


「……そこで私の名前は出さないんだね」


「ん? 何?」


「なんでもない!」


 真央が何か小声でつぶやくが、あまりに小さくて聞こえなかった。問い返すもののそっぽをむかれてしまう。一体何なんだか。

 18年間ずっと一緒に過ごしているものの、それでもやはり考えていることがわからないことがある。女性というものは難しいからな……


 その後は進路のことなど忘れてたわいもない話をしながらアパートへと帰った。

 このときは想像さえしていなかったけれど、もっと真央と話をしておけばよかったと、俺は思う。



――――



「……っしゃあ! 夏休みの宿題、終了!!」


 帰宅後、我ながら珍しくひたすら勉強机と向かい合った。先生より渡された宿題という試練を終えるためだ。

 こういう長期休みに出される宿題というものは早々に終わらせておくに限る。後々に残しておくと十中八九ろくな目にあわない。なにせ、今までがそうだったからな!! だが、今となっては達成感に満ち溢れている。これで今年の夏休みは有意義に過ごすことができるだろう。


 時計に視線を移すとすでに夜の11時を指そうとしていた。

 夕食を済ませているものの、勉強に集中しすぎたせいか小腹が空いたな。やはりなれないことはするものではない。

 ひとまずコンビニにでも言って軽食でも買ってくるとするかな……



――――



「ありがとうございました!」


 というわけで、アパートから徒歩5分くらいのコンビニに行ってサンドイッチと飲み物1本を買ってきた。24時間営業って今考えるとすばらしいな。一人暮らしになってからは頻繁に利用するようになっているせいで、もはや常連客だ。

 今日ももうすぐ終わる。明日からは(本当の意味で)夏休みに入るわけだが、果たしてどうするか。

 ……そうして俺がこれからの計画について考えると、突如ポケットにしまっていたケータイがなり始めた。開いてみてみると……真央からだった。



「もしもーし。どうした真央?」


『あ、光輝。今どこにいるの? せっかくアパートにまで来たのに、誰も出てこないんだもん」


「あー悪い。今コンビニに買出しに行ってた」


 そういえばさっき下校途中に、今日来てくれるとか話していたな。もう11時だし、すっかり忘れてたよ。しかしそうなると待たせるのはまずい。こんな夜中に女子高生一人を外に出させたままというのはよくないからな。


「すぐに戻るよ。走れば2、3分でつくだろうし。ちょっと待っててくれ」


『うん、わかった。でも気をつけて帰ってきてよ?』


「……本当に保護者みたいだな。確かに今日は霧が発生してるけど、そんな心配するようなことじゃないって」


 そう。コンビニを出たあたりから周りには霧が発生していた。

 街灯が少ない場所にこのような霧まで出てきて、明らかに危ない空気ではあるが、もうここらへんはすっかり慣れているからな。交差点とかも少ないし、事故とかもなく帰れるだろう。


『……霧? こっちはそんなの全然ないけど……」


「え?」


 それはおかしいな。ここからアパートはそれほど離れてはいない。それなのに、向こう側はこの霧が全然発生していないなんて…………だが、たしかにこの霧おかしいな。

 かすかな光を頼りに見てみると、この霧がかなり黒く、濃く見える。いくら夜だからってこんなに黒く見えるものなのか?


「……とにかく、すぐそっちにむかう。だから……うっ!?」


『光輝?』


 真央に話していると、突如風が吹き荒れた。思わずひるんでしまい、その場に立ち止まった。

 しかも風はやむことをしらず、どんどん向かい風となって俺の体を襲う。それにつられて霧も動き始めた。


 次第に風も霧も動きを変えて、気がついたら俺を囲う様な形となっていた。

 暴風と黒い霧のようなものが重なって周囲の様子を確認することさえできないほどに強く、濃く、深く。


「なんだよこれ……風も、霧も。おかしいだろ」


『ちょっと、本当に近くにいるの? 何かあったの!?』


 まだ会話中だったようだ、真央の声が聞こえてくる。どうやら本当にここでだけ起きているらしい。いくらなんでも、こんな暴風が近場で確認できないのはおかしい。

 まさか、これもさっき真央が話していた異常現象と関係があるのか?


「大丈夫、心配するようなことじゃないから……」


【……見つけた】


「……え?」


 何だ? どこからか声が聞こえてくる……いや、違う。耳にじゃない、頭の中に直接声が入り込んでくるような……なんだ、これ!?


「真央、今何か言ったか!?」


「ううん。何も言ってないけど……」


 やはり会話先の真央の声ではないようだ。当たり前だよな、今まで何度も聞き続けてきたんだから聞き間違えるわけがない。


【――の血を継ぐ者よ。約束のときは来た】


『ねえ、私もそっちに行くよ?』


「……ッ!? あ、いや……」


 また、あの声が頭の中に響いてくる。しかし今回はなぜか最初のところが聞き取れなかった。聞き取りにくいというか、何かノイズのようなものに遮断されて、声にさえなっていない。

 頭の中に響いているせいなのか、どんどん頭が重くなってくる。真央に返事をすることも容易ではない。


【もう一度、――と共に……】


「……? ま、お。悪い、けど、もう……」


『え? ……光輝? 光輝!!』


 負担に耐え切れずに、体から力が抜けていく。俺はその場に倒れこんだ。

 真央の心配する声が聞こえてきたけれど、声もろくにだせない。


 そして、俺はそのまま気を失った……



――――



 光輝が住んでいるアパートから彼が普段使うコンビニは離れていない。彼も言っていたが、歩いて行けるほど近くにある。

 さきほどまで光輝を彼の部屋の前で待っていた真央であったが、彼との電話が途切れたことで動き出した。一目散に彼がいるはずの道へと走り出す。


(大丈夫。きっといつもの悪ふざけのはず。だって今だって特に異変はないし……)


 道中にも光輝が言っていたような暴風も霧も、何もなかった。だからこそ真央はまた光輝が自分をおちょくっているのだと思った。向こうに着いたときには意地悪に笑うのだと。しかし、一向に光輝の姿が見えない。コンビニに近づくにつれて不安が大きくなっていく。

 最悪のケースが彼女の頭をよぎったが、首を大きく横に振ってそのイメージを消し去る。


「光輝! 光輝!!」


 夜中に近所迷惑だという考えなんてもはやどうでもいい。彼に聞こえるように叫ぶ。

 そして最後の曲がり角を曲がる……曲がったところで、真央は立ち止まった。


「……これ、光輝の携帯?」


 道端に光輝が使用している黒い携帯電話が落ちていた。確認すると最近の着信履歴には『水里真央』と表示がされてあり、これが荒波光輝の携帯電話だということを証明している。

 さらにそのすぐ近くに彼の財布とおそらく彼の購入物であろうレジ袋が落ちていた。

 ……しかし、肝心の光輝の姿はない。


 荷物をすべて拾い上げ、真央は光輝の名前を呼ぶ。しかし返事はない。コンビニの中にもすでに彼の姿はない。近くの隠れ場所になる場所すべて探しても見つからない。


「……!! 光輝……光輝!!」


 真央はもう一度、力の限り名前を呼んだ。

 ……しかし、彼女の声に答えるものはいない。暗闇の空間に彼女の声がむなしく響き渡り、そして消えていった。



――――



「……ッ。あ、れ? 俺、なんでこんなところで……」


 目を開けるとなぜかそこにはいつものベッドではなく、地面だったために驚きをかくせない。

 自分の記憶を掘り返してみるとしよう……ああ。そういえば俺コンビニの帰り道に、異常気象に巻き込まれて気を失ったんだった。


 ひとまず立ち上がって服の埃をはらう。汚れてしまっているが洗濯機にかければ大丈夫だろう。

 どれくらい時間がたったのかはわからないが、とにかく真央と会わなければならない。なにせ通話の途中で気を失ってしまったのだからあいつには多大な不安をかけてしまっただろう。


 そう思って俺はアパートに向かって再び歩こうとして……そして、異変に気づく。


「ここ、どこだ?」


 おかしい。先ほどまでは俺の見知った住宅街だったにも関わらず、いつの間にか周囲の町並みが中世のヨーロッパの建物のようにその姿を変えていたのだから。だが一変した風景に驚いている暇はない。

 いつの間にか俺の持ち物もすべてなくなっている。携帯も、財布も、食料も。

 盗難にでもあったのだろうかと疑問に感じるが、しかし先ほどの異常現象とこの風景がそれを否定する。むしろ幻覚を体験していると言われた方が納得できそうだ。


「……でも、リアルすぎるだろう。どっからどう見ても本物にしか見えないぞ」


 ためしに建物を触ってみるものの、かなり頑丈で本物のようだ。幻覚というものは知らないけれど、それでもこんなに本物に限りなく近くはできないはずだ。


 いや、このさいそんなことはどうでもいい。今はなんとしても真央との連絡をとらないと。これ以上あいつには負担をかけたくない。

 ……しかし、携帯もない状況でどうやって真央と連絡を取る? こんな何もわからない状況下で……


「うお!? ……な、何だ!?」


 俺が思考をまとめているときに、突如爆発音が聞こえてきた。

 かなり近くで起きたようだ。ためしに大通りに出てみると火の手も確認できた。


 さらに、それに追い討ちをかけるようにどこかに逃げる人々と、それを追う武装した人達の姿が見えた。


 ……今までは教科書などの本でしか見た事がなかったけれど、おそらくこれは――本当の戦いだ。ここが本当の戦場だ。

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