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正親と威知依

近所の白狐

作者: 果実

■ 近所の白狐 



 パチン、パチン、パチン

……なんでこんな事になってしまうのだろう。

 考えたって現状が変わるわけではないのは分かっているのに考えずにはいられない。

 僕は今、パチン、パチンと音を響かせながら大きなはさみで庭木の手入れをしている。

 後ろでは憎たらしい事に、開け放たれた縁側に年老いた老夫婦と僕の連れである威知依いちいが和気藹々とお茶を飲んでいる。

 これが我が家であれば、手伝いも仕方がないのだが、他人の家だ。

 ちなみに、僕は庭木職人ではなく高校生である。

……なんでこんな事になってしまうんだろう。

 また同じ事を考える。

 理由は分かっている。

 威知依のせいだ。

 僕が庭木の枝を切り落としている後ろでのん気にお茶とお菓子を食べている威知依がいつも元凶なのだ。

(あいつ、家に帰ったらただじゃ済まさないから。)

 心の中で毒づきながらも、パチン、パチンとばらばらに伸びている庭木の枝の長さを整えながら、ここに来てしまった経緯を思い返す。


 昼過ぎ、威知依を連れて家を出た。

 どちらかというと、暇そうにしていた威知依に連れ出されたという方が正しい。

 僕も暇だったし、ちょっと散歩して帰ってこよう、くらいにと思っていた。

 高校生が自宅の近所ブラブラと散歩をするなんて、ちょっと爺臭いけどやってると結構楽しいのだ。

 都心に近いワリには、自然がたくさん残っているので季節の移り変わりが見ていて楽しい。

 まあ、元気が有り余っている威知依の相手をするというのが散歩をする理由の大半を占めているが。

 その威知依はむやみに飛び跳ねながら僕の前を歩いていた。

 ちなみに威知依は、10歳前後の男の子の姿をしている。

 こんな変な言い方をするのも、威知依が人間ではなくあやかしだからだ。実際の年齢がどれくらいかなど分からないからだ。

 話を聞いている感じでは300歳は超えていると、僕は予想している。


 散歩のコースだが、僕の家から少し離れたところに雑木林があり、その奥に小さな神社がある。

 大きな櫟の木があり、どんぐりがたくさん落ちている事から、この付近の住民からはどんぐり神社と呼ばれている。神社と言っても、神主もいない無人の寂れた祠のような神社だ。

 我が家の裏庭を突っ切り、囲いを越えるとすぐに雑木林があり、そこからどんぐり神社まで行く。

 そして、神社で一休みをして帰ってくる、というのが散歩のコースだ。

 ゆっくり歩いて、休憩して1時間程のコースだ。


 僕と威知依は我が家の敷地を出て、人気がない雑木林を歩いてどんぐり神社へ向かっていた。

「おおーい、ちかーー、正親まさちか。はやく来い」

 いつの間にかずいぶん先へ行ってしまった威知依が遠くから僕を呼んでいる。

「威知依、どこにいるんだよ!」

 僕は、威知依の姿が見えないので、立ち止まって叫んだ。

「こっちだ、こっち」

 威知依が呼ぶ声は、どんぐり神社へと続く古い石畳を横切った先、雑木林の奥から聞こえていた。

 僕は声を頼りに威知依がいると思われる場所へ走る。

 石畳の道を横切り木と木の間を走り抜けると少し先に不揃いな柵矢来さくやらいの上にしゃがみこんでいる威知依の姿が見えた。

「おー、正親。こっちだこっち」

 他人の家の柵矢来の上で何をやっているんだか、

「威知依、他人の家に勝手に入り込んだり塀に登ったりするなって言ったじゃないか。迷惑だぞ」

 僕の頭と同じくらいの位置にしゃがんでいる威知依をひっぱり下ろす。

「おや、来なさったかい?」

 柵矢来の内側から声が聞こえて、僕は少し驚いた。

 人影など全くなかったのだ。

「ああ、来た来た。正親だ」

「ほほ、それはそれは、ありがたいのぉ」

 柵矢来から頭のてっぺんさえも見えない声の主は、時代劇役者の様な古めかしい言葉遣いで話す。

 しかし、何がありがたいんだ?

「おい、おばば。そちら側へ正親を連れて行ってもいいか?」

「良いよ。その先に裏口がある。そちらからお入りなされ」

「おう。んじゃ、入らせてもらうぞ」

 僕はなんとなく嫌な予感を感じながらも、威知依に手を引かれて裏口から柵矢来の内側へと足を踏み入れた。


 裏口の敷居をまたいだ瞬間、ピリリとした張り詰めた感覚が体を走り抜けた。

 何事も、しまった、と思った時はもう遅い。

 この時もそうだった、柵矢来の内側はあいつらの、人ではない妖しの領域だったのだ。

「威知依ー!!」

 なんてことしてくれたんだ、と言わんばかりの形相で、僕は威知依を上から睨んだ。

 この様に、妖しの領域に入り込むことは、人にとって危険なことだ。

「なんだよ。何をそんなに怖い顔をしてオレを睨むんだ。ちゃんと招き入れられたから問題はないだろう?」

 と、威知依に睨みは全く通じていなかった。

 確かに、人が招かれもしないのに妖しの領域に入る事はルール違反であるから、僕と一緒の時に何も言わずに領域を超える事はしないでくれ、とは言った。

 しかし、この話は最低限のルールであり、本当は僕は妖しの領域には入りたくないんだ、と念を押していたのに。僕の話は半分しか威知依の頭に残っていなかったということになる。

 僕は小さなため息を吐き出すことになった。


 そこへ威知依がおばばと呼んだ老婆の声が近づいてきた。

「何を突っ立っていなさる。こちらへ来てくだされ」

 目の前にある母屋の向こう側、さっき威知依が柵矢来の上にしゃがんでいた方角から現れた老婆は白銀色の髪の毛をした和服姿だった。

 見ると、老いているとはいえ、涼しい切れ長の目が印象的な品の良さそうな美しい顔をしている。

「おばば、邪魔してるぞ」

 威知依はたたっと老婆に駆け寄り挨拶をした。

 入ってしまった以上、礼儀正しくしておかないと、後が怖い。

 僕も老婆に歩み寄って、

「こんにちは。お邪魔します」

 と言って頭を下げた。

「ほほ、礼儀正しい人の子じゃ。よう参られたな、ささ、こちらへ」

 僕の肩の位置に頭のてっぺんが届くか届かないくらいの背の老婆に連れられて、裏庭へ移動すると、開け放たれた縁側にもう一人座っていた。

「よお、じいさん元気にしてたか?」

「元気にしとったとも。お前さんも相変わらずのようじゃのぉ」

 ふさふさした白い眉毛の下に隠れた目でこちらを見ている老爺に僕は頭を下げた。

「お前さんもよう来てくださった」

 老爺はにこやかに笑って威知依と僕を自分の隣に座らるように手招きする。

 どうも、威知依と老夫婦の会話からして、威知依は何か理由があって僕をここに連れてきたようだ。

 厄介ごとは遠慮したいんだが・・・。

「おい威知依、どうして僕をここに連れてきたんだ」

 老爺の隣に座る前に、僕は少し不安を抱えて威知依の耳元でこそっと呟いた。

「おお、そうだった。じいさんが庭木の手入れをしていたんだが、腰を痛めてしまったんだ。そこでオレが手伝ってやろうと思ったんだが、どうも上手くできないんだな」

 そこまで言った威知依は庭の縁側から向かって右端の方にある庭木の1本を指差した。

 伸び放題になっている反対側の木と比べるとかなり緑の頭が小さくなっている。しかも、形が揃ってないのででこぼこだ。

「お前がやったの?」

 僕の問いに威知依はバツが悪そうにへへと苦笑して頷いた。

「そこでだな、もうかたっぽの木は正親にやってもらいたいんだ。お前、器用だろう?」

「器用とかそういう問題じゃあないだろう。どうしたらあんな風になるんだよ」

 無様な姿をさらしている庭木を眺めて僕はため息をついた。

 あれじゃあ、木もかわいそうだ。

「申し訳ないがのお。年寄りを助けると思ってやってくれないかねぇ」

 老婆がお茶と茶菓子を僕と威知依にすすめながら言う。

 こうやってお茶や茶菓子を出された以上、手を付けなくとも恩を売られたことと同じだ。

 頼みごとを了承しやり遂げなければ、後からひどい目に合わされるかもしれない。

 妖したちは人間の年寄り達よりも礼儀や恩・義理にうるさいのだ。

 僕は出されたお茶を飲んで立ち上がった。

「分りました。反対側の1本だけでいいんですね」

 僕を見上げている老夫婦に尋ねる。

 二人はにっこりと笑って頷いた。

「あの1本だけで結構じゃ」

 老爺が答える。

 老婆はささっと用意していた大きなハサミを僕に手渡した。

「脚立は、奥の用具要れの前にございます」

「おばば、じいさん、良かったなぁ。正親はオレよりも数十倍器用だからな。安心しろよ」

「はっはっは、お前さん程庭木の手入れが下手な者もそうそうおらんよ」

 老爺はずずっとお茶をすすって答えた。

 全く、いい気なもんだ。

 僕はそう思いながらパチン、パチンと庭木の手入れを始めた。


 パチン、パチン、パチン。

「ふうー、終わった」

 庭木の枝を整え終わり、脚立から降りた僕は、手の甲で汗を拭った。

 我ながら、キレイに整えられた事に満足な気分だ。

 しかし、慣れない大きなハサミを長時間使ったので、両腕の筋肉がにガチガチに硬くなっている。

「これは、筋肉痛確実だな」

 僕は自分の腕をさすりながら呟いた。

「おおおお、キレイに整えてくださったな。礼を言うよ。して、お前さんの名前を聞いていなかった。コレも何かの縁じゃ、名を教えてくれんかの?」

 老爺が杖を突きながら僕の横に並んで庭木を眺め、視線はそのままで話しかけてきた。

 あまり、妖しのやつらに名を教えるのは嫌なんだが、この老夫婦はとても感じが良かったし、ご近所でもあるから、と思い名を教える事にした。

神林正親かんばやしまさちかです」

 僕は老爺の方に向き直って言った。

「ほほ、神林とな。その名は知っておる。昔からこの地に住む大きな地主の名じゃ」

「はい、そうです」

「神林の家には、お前さんのようにわしらと通じる力を持つ子がよく生まれるようじゃ。ほっほ」

 そうなのだ。僕の家は寺や神社など、特別な血筋の家系というわけではないが「見える」者が多いのだ。僕はその血を濃く継いでいるらしく幽霊なんて普通、人ではない妖しまで見えてしまう。

「わしの名を言っとらんかったの」

 しばらく無言でにこにこしていた老爺がぽんと手を打って言った。

「わしは白狐のながれじゃ。水が流れるの流じゃよ。連れ合いの婆さんはあけじゃ。朱色の朱じゃ。何か困ったことがあれば尋ねて来なされ。相談に乗ろう」

「はい、ありがとうございます」

 僕は頭を下げた。

 妖しのヤツラが名を明かすことは珍しい。

 僕は相当彼に気に入られたらしい。その事が嬉しくて、流の爺さんに向かって微笑んだ。

「可愛い人の子じゃのぉ。さて、もう一杯茶を飲んで帰らんか」

「いいえ。今日はもう帰ります。お茶とお菓子ありがとうございました」

 僕は流の爺さんの誘いを断り、威知依を呼んだ。

 良い妖しではあるようだが、長居は無用だ。

「おーい、威知依、帰るぞ」

 縁側で老婆、朱の婆さんと話をしていた威知依は、僕の呼び声にぴんと反応してかけて来た。

「帰るのか?」

「うん」

 僕は頷いて答える。

「じゃあ、爺さん、婆さん、また来るから。達者でな!」

「失礼します」

 僕と威知依はそれぞれに白狐の老夫婦にわかれの挨拶をし、裏口から外へと出た。

「さて威知依、持ってる物を出してみろ」

 僕は、裏口を出たところで威知依の襟首を掴んで言う。

 妖しのヤツラの家から、たとえ持たされたとしても何かを持ち帰ると後々面倒なことになるのだ。

「な、何のことだ?オレは知らんぞ。ポケットの中身なんか知らんぞ」

 へどもどして威知依は言い訳を言う。

「僕は別にポケットの中など言ってないんだけどね~」

 そういって威知依のズボンのポケットに手を突っ込んでみると、紙に包まれたお菓子が2つ入っていた。

「あああ、オレのお菓子!」

 取り上げたお菓子の包みをそっと裏口の内側に置く。

「もう持ってないだろうな」

 威知依の服についているポケット全てに手を突っ込んで調べると、ズボンのサイドのポケットにも別のお菓子が3つも入っていた。

 僕は呆れた目で威知依を見た。

「な、なんだ。いいじゃないかお菓子くらい。婆さんがくれたんだ!返せ!!」

 バタバタと暴れる威知依を押さえ込んで、全てのお菓子を裏口の内側に返す。

「何度言ったら分るんだ!物を貰っても返すんだよ!」

 そして、ぐいっと威知依を引っ張って来た道を引き返す。

 威知依はぶつぶつと文句をいい、僕に引きずられるがままで自分で歩こうともしない。

「正親のケチ、ケチ、ケチ!」

「あー、うるさいな。お菓子くらい我慢しろよ。毎日おやつを食べてるだろう?」

「それとこれは別だ!」

 雑木林に戻ってきたのを確認して、僕は小さなため息をつく。

「だいたい、自分だって恩だ義理だと言うクセに、いい気なもんだ」

「オレは、やると言ってやったものに対して恩を売るような事はしないぞ」

 威知依はフンと鼻を鳴らして僕を睨む。

「お前はそうかも知れないが、白狐の婆さんたちがそうとは限らないだろう?」

「ううっ・・・・・・・しかしなー、あのお菓子はこっちでは扱っておらんのだぞーー」

 威知依の言うこっちとは、僕たちが日常生活を送っている人の世界のことだ。

「おばばが旬の材料で作ったものばかりなんだぞーーー」

 何が原材料になっているのか、わかったモンじゃないな、と思ったがそれは口には出さなかった。

 威知依たち妖しは僕達が食べないような物まで口にするのだ。

「ううう、お菓子~~」

 よほど心残りのようで、威知依は情けない声を出して白狐の家を振り返っている。

「威知依、情けない声を出すなよ。回り道して、コンビニでシュークリームを買ってやるから」

「本当か!?しゅーくりーむを買ってくれるのか?」

 シュークリームは威知依の大好物で、大抵のことは、このシュークリームで機嫌が直る。

「ああ、買ってやる。でも、夕飯前だから、1つだけだ」

「おばばのお菓子は忘れてやる」

 威知依は偉そうに言うと、ピョンピョンとスキップをしながら歩き出した。

 全く、推定300歳以上のくせに思考回路は子供だ。

 だけど、こういう威知依は嫌いではない。

「おい、正親!早く来いよ!」

 前方から威知依の声に急かされて僕は歩く足を速める。

「威知依、後ろ向きで歩くと危ないぞ」

 ゴン!!

「い、痛てぇぇ」

 注意は遅かったようだ。

 電柱に後頭部を打ち付けた威知依は情けない声を出してうずくまる。

「アハハハハ」

 僕は涙目になっている威知依の腕を引き、コンビニへと続く道を歩く。



2011/08/14 加筆・修正しました。

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