第1話 新米と異世界の定食屋
ここは、『グリューフェル王国』の王都『グリュクスタット』。幸運の女神に見守られた緑豊かで穏やかな国の、一番の都会。
そんな街の路地裏の更に奥に、知る人ぞ知る隠れ家的な定食屋がある。その店の名前は『お食事処ともしび』。
私はしゃもじを手に炊飯器を覗き込む。アパートの部屋から延長コードで電力を供給した、一升炊きの炊飯器の液晶には『あと5分』の文字。
「アカリ…!まだですか?!」
横から、白緑色の髪を首の後ろで一つに結わえた美形の男性、ヒスイさんがソワソワしながら私にピタリとくっつく。そのついでに彼も液晶を覗き込んだ。
「あと5分!」
「5分…?!あああ、待ちきれません…!」
ヒスイさんは、両手にシュタッと自分用の茶碗と箸を装備した。食べる気満々の様子。
「私だって待ち遠しいよ!でも、炊飯器さんのお許しがでるまでは我慢しないと…!」
そう、私達はご飯が炊けるのを今か今かと待っている。
…これは、ただのご飯ではない。今年一番新しいお米…すなわち『新☆米』なのだ!!
新潟の米どころに住む者にとって、その年の初新米はやっぱり特別だ。有難い大地の恵みと、農家さんの汗と涙と努力の結晶は、最高の状態で頂かねばならん!…とまではいかないけど、その位の心意気ではある。
(最初の新米、ヒスイさんはどういう反応をするだろう)
楽しみでフフフというにやけ笑いが堪えきれない私は、カウンターにずらりと並べられたたくさんのおかず達を見渡した。本日は、ビュッフェスタイルゆえに大皿での提供となっております。
本日、お食事処『ともしび』の昼営業は貸し切りとなっている。
数日前、初新米が我が家に届いた時に、この貸し切り営業を決めたのだ。その名も『新米を味わう会』!
私が皆に新米を食べてもらいたいたくて、常連さんに声をかけて計画をした特別な会だ。
新米と、ご飯に合うおかずをお腹いっぱい食べてもらいたい。だから、腕によりをかけてご飯に合うだろうと思うものをたくさん用意した。
例えば、創設メニューの『酒粕入り豚汁』、実家で採れた蕪菜を使った『浅漬け』、ご飯のお供ド定番の『鮭フレーク』、『昆布の佃煮』、『特製ツナマヨ』に、ピリ辛止まらん『麻薬卵』、おふくろの味代表『きんぴらごぼう』『いんげん豆の胡麻和え』。それから…
「よし!」
私は菜箸を手に、コンロでシュワシュワ音を立てている鍋に向かった。菜箸で一つつまみ上げると、カラリとキツネ色に揚がった唐揚げが現れる。『ともしび』定番メニューの唐揚げは絶対に外せないよね。
油切り用のバットに次々に並ぶ唐揚げ達に振り注ぐ視線を感じ、チラリと横を見ると、ヒスイさんが食い入る様にそれを見つめていた。
「…あの、アカリ…」
「だめでーす」
「そんな!まだ何も言ってないじゃないですか!」
「おっと、それは申し訳ない。では、どうぞ」
「ひとつ、味見…」
「だめでーす」
「ぬううう!」
ヒスイさんは悔しそうに身悶えた。…そんなにか?
私は唐揚げのコンロの火を消して、別の鍋に火を入れる。こちらは、唐揚げとは別の料理だ。蓋をとると、フワリと醤油と砂糖の甘くて香ばしい香りが広がる。鍋の中には分厚い豚バラ肉の塊があめ色に輝いている。和食の定番『豚の角煮』だ。コレも確定でご飯に合う。
唐揚げのつまみ食いに失敗したヒスイさんは、こちらの鍋にターゲットを移したのか、近くに寄って鍋から漂う香りを吸い込んだ。
「…コレは初めて見る料理です。この色、このテリ…この香り!これが美味しいことは、最早食べなくてもわかりますね!」
「じゃあ食べなくても大丈夫k…」
「食べますぅ!!」
ヒスイさんは食い気味に必死の形相で私の両肩を掴んで揺らした。涙目になっている。…そんなにか??
と言うか、あまり意地悪をすると、あとが怖い。私は用意していた小皿に煮崩れた角煮の破片を乗せた。
「まったく…はい、味見ね」
「〜〜〜っ、アカリ!いただきます!」
ヒスイさんは早速、角煮の破片を口に運んだ。ホロホロに煮込まれた豚バラ肉がトロリ、ホロリと解ける。脂の甘みと生姜の風味と醤油とみりんの甘辛い味が最高に美味しい。そして、罪深い。
「…っ、美味しいです!こんなに軟らかくなるものなんですね…!」
しかし、予想以上に白いご飯が必要だったようで、ヒスイさんは炊飯器を物欲しそうに見つめた。
「ご飯、欲しくなるよね?」
私がニヤリとして尋ねると、ヒスイさんは苦笑いして頷いた。
「はい…!」
ちょうどその時、炊飯器が炊き上がりのメロディを奏でた。私とヒスイさんは弾かれたように顔を上げ、一瞬で炊飯器の前に集まる。
「…開けるよ?」
「はい!」
パカ…と炊飯器の蓋を開けると、ぶわりと湧き上がる湯気と炊きたてのご飯の香り。それを美容ミストよろしく顔に浴びつつ、その先に目を凝らす。
湯気の中には、光を反射する様に輝く純白のお米様がホカホカに炊き上がっていらっしゃった。
「…なんと美しい…」
ヒスイさんがほぅ…とため息をついた。私はフフフと笑いながら、汚れを知らない雪原の様な純白にそっとしゃもじを入れる。
米の粒を潰さないように、サックリとほぐす様に…私が動く度にいい香りがフワリと舞い上がる。だいたい全体的にご飯をほぐし、最後に小皿に一口分だけよそう。
「はい!味見どうぞ」
小皿をヒスイさんに手渡すと、彼はそれをじっと見つめてから厳かに口に運んだ。
「……ッ」
ヒスイさんは少し噛み締めたのち、目を丸くする。暫く味わって飲み込むと、私の方を向いて困惑したように呟いた。
「…瑞々しくて甘い…」
「でしょ!」
百点満点の反応、ありがとうございます!と言わんばかりに満面の笑みを返す私に、ヒスイさんはまだ呆然と空になった小皿を見つめていた。
「これが、今まで食べていたご飯と同じ…?今までのとは味わいが違う、ような…」
「それが新米の良さなのよ〜」
「こんなに美味しいなんて聞いてないですよ?!これでは、ご飯だけで成立してしまいます!しかも、更にここに唐揚げやこのおかずを…?」
ヒスイさんはオロオロしながら、さっき渡した角煮の皿と炊飯器を見比べた。
「ウフフ…」
私は悪巧みをしている様にニンマリと笑う。
ご飯だけでこれだけ美味しいのに、更にこれに『合う』おかずが合わさったら…
「…どうなると思う?」
ヒスイさんが「ヒュッ」と息を飲む音が響いた。彼は事の深刻さに気付いたらしい。
そう…、この新米様に合うおかずが出会ってしまったら、もう箸が止まらなくなってしまう。 食べ過ぎてお腹がはち切れるか、全て食べ尽くすか…その二択だ。糖質が…なんて想像もしたくない。
そうしていると、入り口のベルが『カランコロン』と軽やかに鳴った。見ると、いつもの顔ぶれが片手を上げて店内に入って来ていた。
「よぉ!お嬢、来てやったぞ」
「お招き…ありがと…」
「いらっしゃい、二人とも!」
凸凹コンビはヒスイさんの定位置に近いカウンターの端の椅子に並んで座った。
2人分のグラスに水を注いでいるヒスイさんに、私は小声で小さく囁いた。
「…あの二人は新米の美味しさに抗えるのか、楽しみだね!」
「…アカリは、料理に関してたまに悪魔的な発言をしますね…」
「そこも可愛らしいですが…」と思いつつも口には出さないヒスイさんは、私を複雑な眼差しで見つめて苦笑いをした。
その後、開かれた『新米を味わう会』では炊きたての新米の美味しさと、それに並び立つおかず達の味の暴力に屈し、悶絶する常連客の雄叫びが大通りまで響いたとか、響いてないとか…
そんな彼等はまるで輪唱の様にこう叫んだと噂されている。
「おかわり!」と…。
『お食事処ともしびへようこそ!!〜おかわり〜』
はじまり、はじまり!
第2話は11月7日、20時20分に更新します




