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『小さな同居人』

作者: ミオ
掲載日:2026/09/11

夜、窓を閉めようとして、ふと壁を見ると、小さな影が動いた。


「……ん?」


近づいてみる。


白っぽい壁紙の上に、五センチにも満たない小さな子がいた。


指先ほどの身体。

細い四本の脚。

そして、こちらをじっと見つめる黒い目。


「赤ちゃんじゃん」


逃げるかと思った。


けれど、ぺたりと壁に張りついたまま動かない。


しばらく見つめ合ってから、私はスマホを取りに戻った。


写真を撮って、家族に見せる。


ずっと同じ場所から動かない。


「飼いたい」


自分でも、なぜそう思ったのかわからなかった。


ただ、あまりにも小さくて、頼りなくて。


このまま外へ出したら、猫に見つかるかもしれない。

鳥に食べられるかもしれない。

寒さに耐えられないかもしれない。


「この子、うちに来たんだもんね」


そう言って、私は小さなケースを用意した。


土を敷いて、隠れられる場所を作り、水を入れる。


そして翌日、ホームセンターへ行った。


店員さんに聞きながら、食べられる小さな餌を買った。


帰ってきてケースを覗く。


隅っこの壁で固まっていた。


「怖いよね」


私は少し離れたところから眺めた。


最初の数日は、ほとんど姿を見せなかった。


夜になると、そっと顔を出す。


私が近づくと、すぐ隠れる。


「また逃げた」


それでも毎晩、ケースを覗いた。


今日はいる。


今日は餌を食べた。


今日は少し大きくなった気がする。


そんな小さな変化が、妙に嬉しかった。


ある夜、初めて餌を食べるところを見ることができた。


小さな身体が、一瞬だけ跳ねた。


「食べた!」


思わず声が出た。


彼は何事もなかったように、また壁に張りついた。


「……かわいい」


それから私は、すっかりその子の世話が日課になった。


朝、仕事へ行く前に水を確認する。


帰ってきたらケースを覗く。


夜になったら餌を用意する。


名前もつけた。


「モリちゃん」


あまりにもそのままだけれど。


呼ぶたびに愛着が湧いていった。


何週間か経つと、少し大きくなった。


そして、ある夜。


ケースの蓋を開けた瞬間、飛び出した。


「あっ!」


慌てて探す。


家具の裏。

カーテンの陰。

窓の近く。


そして見つけた。


最初に出会った、あの壁だった。


また壁にぴたりと張りついていた。


あの日と同じ場所。


ただ、あの日より少しだけ大きくなっていた。


「……ここが好きなの?」


彼は答えない。


ただ、壁をゆっくり登っていく。


私はしばらく眺めていた。


そして、ふと思った。


この子は、最初からここで生きていたんだ。


私が拾ったから生きているわけじゃない。


この家に来て、壁を這って、虫を食べて、夜を越えて。


小さな身体でちゃんと生きていた。


「そっか」


私は蓋を閉めなかった。


「好きなところにいな」


ヤモリは窓の隙間へ向かって歩いていった。


そして一度だけ振り返ったように見えた。


「また遊びにおいで」


窓を少しだけ開ける。


夜の風が入ってきた。


外へ消えていった。


その翌日から、ケースは空っぽになった。


それでも私は、毎晩壁を見るようになった。


そして数日後。


夜、電気を消そうとしたとき。


壁に、小さな影がいた。


「……モリちゃん?」


彼は何も答えない。


ただ、壁にぺたりと張りついている。


私は笑った。


「おかえり」


その小さな影は、まるで当然のように、壁をゆっくり登っていった。

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