みんなー、どうせ婚約破棄するならお見パしようぜ!
「……婚約破棄、しようと思う」
文机に肘をついたアルフォンソが重々しく打ち明けると、生徒会室の面々は目を瞠った。
「殿下、まさかミリアと」
「いや、そうではない。……ただ、何をするにもまずは身綺麗になってからだろう?」
アルフォンソはキリリとした面持ちで、誠実なようでそうでないようなことを宣言した。
――何をってナニを?
その場にいた誰もがそう思ったが、そこは由緒正しき王立魔法学園生徒会執行部である。皆が賢明にも口を噤んだ。
沈黙は金だ。
「今度の学園主催のパーティでロザリンド嬢に宣言しようと思うんだ。協力してくれるか」
「……おそれながら、殿下」
次期国王であるアルフォンソに頼られるなど、大変な栄誉である。
しかしながらこの一大事、唯々諾々とこれを請けるわけにはゆかぬ。意を決した生徒会書記のメーガネンは恐る恐る手を挙げた。
「僕もパーティで婚約破棄をしようと考えていたのです」
「なに。まさか、お前もミリアを」
「いえ、僕はマリ……ンンッ。いまのご時世に親の決めた婚約というのは、人道的にいかがなものかと思いまして」
メーガネンは眼鏡をクイと上げながら尤もらしいことを嘯いた。
「あ、実は俺も!」
副会長のノーキンスも勢いよく挙手した。
「俺の婚約者、お固くて話が合わなくてさあ」
「実は僕も」
「俺も……」
それを皮切りに王立魔法学園生徒会執行部の面々が、我も我もと手を挙げ始める。
「お前らもか」
アルフォンソが顔をしかめた。
「みんな婚約破棄したすぎだろう。生徒会の面々が一斉に婚約破棄を突き付けるのは、さすがに外聞が悪い。ここは俺に譲れ」
「でも卒業まであまり日もありませんし。パーティが終わったら結婚まで一直線です。やるならここしかないですよ」
アルフォンソの横暴に、会計担当のカーネルが異議を申し立てた。
「むむ……」
生徒会室を揺るがす難題にアルフォンソが唸っていると、びしっと垂直に挙がる手があった。
「僕にいい考えがあります」
ククイ。
なんかものすごく碌な考えじゃなさそう。
「来月に生徒会が主催する予定の卒業パーティを、お見合いパーティにするんです!」
「は?」
意味が分からない。
それ以上に、得意満面の眼鏡面がなんかむかつく。
「なぁに、卒業前のちょっとした余興ですよ。世はまさに自由恋愛時代。下々もすなるお見合いパーティなるものを催して、束の間の恋愛ごっこを楽しもうという趣向です」
「はぁん、なるほど。まだ相手のいない者たちには有難い催しだね。卒業前に人脈を拡げるいい機会にもなる。たまさか、予定外のカップルに何かあったとしても――」
「――当生徒会は関知いたしません」
チャライネルの言葉を引き取って、メーガネンはドヤった。
「よし、次のパーティはお見合いパーティに変更だ! 者ども、ぬかるなよ!」
王太子の山賊のような掛け声に、王立魔法学園生徒会執行部は発足以来の団結を見せた。
お見合いパーティの開催が学園内に報じられると、老若男女の胸を様々な思いが去来した。
ほぼほぼ全員参加の卒業パーティが、いきなりお見パに変わったのだ。特に出会いを求めていない生徒からは困惑の声も多かった。
教師陣からも当然、風紀が乱れるのではと懸念の声が上がったが、自分も恋愛結婚だったという校長の肝入りで、諸々の条件を付されたうえで許可がおりてしまった。
――美しい俺達がカップルになる姿を目にすれば、異を唱える者などおるまい!
――キター、ここにきて玉の輿チャンス到来?
――ぼぼぼ、僕も頑張ってお嫁さん探すぞー。
――子爵令息で手を打とうかと思ってたけど、あたしの美貌ならワンチャン上を目指せるかも。
――お見合いとかどうでもいいけど、うまい飯出るといいな!
――教師向けのイベントもやってくれないかしら。あーん、あたしも結婚したーい!
――絶対に資産家の令息をゲットするんだから!
――君が可愛すぎてモテモテになったら困るなあ〜。
――やだぁ、私にはレオくんだけだからねっ。絶対ふたりでカップル成立しよ♥
――お見合い? 親の了承も得ずに? まあ、優秀な人材と繋ぎをつけるにはいい機会かもね。
一抹も二抹も不安を残しつつ、お見パの幕は切って落とされた。
荘厳なシャンデリアの下に、◎の形に椅子が並べられている。
『ではまず、お見合いメリーゴーランド開始しまーす。なるべくたくさんの人とお話してくださいね♪』
パーティグッズの三角帽子をかぶった校長が、魔導拡声器を使って司会を開始した。
二重丸に並んだ椅子に向かい合って座り、向かい合った相手と順繰りに会話していく余興だ。制限時間は5分。時間が来ると魔法仕掛けの椅子が勝手にスライドする仕組みだ。
ガートルード先生の発案で、本物のお見合いパーティにもあるスタイルらしい。
わたしも聞いた話ですけど、と前置きしていたが。
先生たちは大人なので何も言わなかった。
参加者は胸に付ける番号札とメモ用紙、そして投票カードを渡される。
最終的に気に入った相手の番号を書いて箱に入れ、マッチすればカップル成立である。
なお諸々のコンプライアンスに配慮して酒類は無し、投票する相手の性別に制限は設けない。
③「おいミリア、ちゃんと俺に投票するんだぞ」
⑥「はあい殿下」
②「ぼぼぼ、ぼくの領地はちょっと遠いけど、酪農が盛んで」
⑭「えー辺境伯さまなのお? すごーい」
⑤「はじめましてー♥君可愛いね♥」
④「やだーレオったら♥」
⑤「おいおい名前で呼ぶなよ♥」
④「わたしたちもう一回婚約してみちゃう?♥」
㊴「趣味は、狩りかな!」
㊷「そうか、私もだ」
㉔「……あら、チャライネル様には婚約者はいらっしゃらないの?」
①「まあ爵位も継がないしね、自由恋愛の申し子ってやつだよ。よかったらこの後どう?」
㉔「いえ、結構ですわ。では卒業後はどうやってお暮らしに?」
①「実は女性向けのブティックを構える予定でねー。ほらこれなんか……」
㉔「まあ……」
教諭「ガートルード先生、見回りお疲れ様です」
教諭「主任もお疲れ様ですー。よかったらこのあと打ち上げいきませんかぁ?」
「……つまらん」
宴もたけなわ。
アルフォ……いや、3番は辟易していた。
お高く止まった婚約者に嫌気が差し、型にとらわれない6番の魅力に惹かれた3番だったが。
会場には同じような女が山ほどいたのだ。
同じようなピンク色のヒラヒラしたドレスを着て、皆が躾のなっていない舌っ足らずな話し方。値札でも見るような目で媚びるように自分に擦り寄ってくる。
3番は、急に真実の愛が色褪せていくような気がした。
「さあ、誰に投票しようかしら」
24番は迷っていた。
腐っても婚約者のいる身である。下手な男とカップルになるのは拙い。
かといって投票したのにカップルになれないというのも外聞が悪い。
投票しても問題なく、フラレても取り繕える相手といえば――。
24番は嫌々その番号を書いた。
『それではお待ちかね、マッチングタイムでーす♪』
ビンゴゲームとフリートークも終わると、校長の三角帽子がピンク色に変わった。
『出会ったその日に咲く恋もある!5番レオンハルトくんと4番ミシェーレ嬢!』
⑤「えっ、まさかあ♥」
④「やだー、嬉しい♥」
校長が番号を読み上げると、胸につけていた番号札が輝く。
さすが王立魔法学園。教職員の技術力も高い。
『さあどんどん行きましょう。2番ボブくんと14番アンリエッタ嬢!』
「チーズケーキ食べに行くねー」
「よよよ、よろしくお願いします……」
あっここ結構イイ感じなんだ。
ここだけの話、アンリエッタ嬢もたくさんミルクが出そうである。
『おっとここで大番狂わせ、42番ジュリアンくんと39番ノーキンスくん!』
「こういう場は苦手で……」
「鷹狩りに行く約束をしたのだ!」
マッチョ×マッチョのカップリングに、ギャラリーはやんやの喝采である。
一部女生徒がよく分からない興奮の仕方をしている。
大盛り上がりの中、ロザリンドはひとり臍を噛んだ。
「その手がありましたのね……」
別に恋人にこだわらなくてもよかったのか。
なら自分も仲のいい女友達と結託しておけばよかった。
つい固定観念に囚われ、殿方しか選べないと思い込んでしまっていた。
『さて、次はビッグカップルの誕生です!3番アルフォンソ殿下と……24番、ロザリンド嬢!』
「えっ……えええっ⁉」
ロザリンドの胸の番号札が金色に輝いた。
『いやあ、さすが本物の婚約者同士。アツアツですねえ』
何も知らない校長先生は、ピンク色に頬を染めて嬉しそうだ。
アルフォンソは苦しゅうないというように喝采に向かって手を振っている。
しかしロザリンドは困惑していた。
自分が投票しても不自然ではなく、且つ絶対に成立しない相手。
それが絶賛浮気中の自分の婚約者、であるはずだったのに。
「殿下、これはいったいどういうことですの」
「ん、なにがだ」
「なんでわたくしに投票しましたの⁉」
「別に不思議はあるまい。俺たちは婚約者なのだから」
「ミリア様はどうなさいましたの⁉」
「……ミリア? さあ、なんのことだか」
ちなみにミリアは成金貴族のカーネルとカップリングした。
賢い女は損切りも早いのだ。
マッチングタイムも恙なく終了し、お見合いパーティーは盛況のうちに幕を閉じた。
カップルが成立したもの。
気の合う友人を見つけたもの。
恋人との愛を再確認したもの。
同僚とふたりきりの打ち上げにこぎつけたもの。
肩を落とすロザリンドに、チャライネルがそっと囁いた。
「ロザリンド嬢、今度お宅に訪問してもいいかな。例のサンプル生地を持ってさ――」
おっと、卒業後の販路を拓いていたものもいましたね。
栄えある王立魔法学園、生徒会主催卒業パーティ改めお見合いパーティ。
カップルになれなかった者たちも卒業間際の思い出を胸に、それなりに満足して帰路についた。
――ただひとり、ロザリンドだけが不幸だった。




