講義中過去編
相変わらず人が多い。さて、心理学科ということをはじめに語りまして、授業を受けているわけですが、これがまぁ、集中できないもんでして。まず第一に横に優斗がいて集中できない。第二に過去がぐるぐるしてるんだよな。あと、胸が思ったよりも重い。男のアレがどのくらいあったか測ってないけど、肩に来るだけでマジで重い、痛い。
女の子はこれを毎日耐えているのかと尊敬した。他の女の子たちが視線に入って来る。この子たちも肩の痛みに悩んでるのかな?なんてことを思ってしまう。まだ、男としての性欲も残っているのだろう。ああ、ムラムラする。こいつの腕を胸に挟んでみたい。あったかそう。
まずコイツの心自体があったかいからな。あと、俺より可愛いことすんな。女の俺の立場無くなるだろうが。ああ、コイツの可愛い行動もまた語ってやりたいが今日は俺の話だ。
てか、コイツの字男らしいよな。なんかこうグニャっとしてるけど、なんとなく読める感じ。大胆と言うか単純に字が汚いだけかも。いつもはパソコンで書いてるのに珍しいな。
銅鐸でも乗ってるのか?重い。鳴らしてやろうか?いや、胸か。物理的にか?いやちょっと待て今は授業中。そう思いだし、姿勢を直そうと背筋を伸ばす。
無理に後ろに引っ張ったからか更に痛くなる。周りの子たちはこんなに頑張っているのに。慣れる日が来るのだろうか。これは、疲労か?いや、この俺が疲れるなんてあるものか。気合が足りないんだ。気合。そう思うのに思考が過去に引き戻される。
俺は昔、親から服のセンスが女だと言われたことがある。俺はそんなつもりはなかった。ただ、妹に着せたら似合いそうとか、親がネイビー好きだしネイビーっていいよな?と思って見ていただけだった。でも、よく思い返せば、可愛いと思った服がレディースだったり、これいいなと思って見た服の丈が女の子だったりしたなぁ。なげぇよ、思い出話。講義中だろ帰って来いよ。
「クライアント中心療法はロジャースが~」
俺、こいつ嫌い。ロジャースの「そうですね」療法は煽っているようにしか思えないから。そう思いながらもノートにはしっかりメモをしておく。さっきから、少しずつペンが重くなっている気がする。そしてまた思考は過去がフラッシュバックする。
そもそも親父はセンスがないし、母親が買って来たものしか着ないし、自分では買わないという完全人任せの人だからだろう。自分で選ぶのめんどくさかったし、母親の言うことで間違いはなかった。
何もかも人任せではいけない。それは分かってるからバイトもちゃんとしてる。で、身長が伸びなかったのはアフロディーテのバカヤローのせいだと思っている。普通に身長があればもてたのではないか。
しかも女性の平均身長並みで男性の平均の8%オフってのが完全に遊んでる。しかも江戸の男性の平均が158センチだと言われている。たしかに江戸時代は凄いけど、俺がなりたいわけじゃない。しかも、今は現代である。近世でも近代でもなく。
伸びなかった身長、つかなかった筋肉は俺を反対方向に走らせた。つまり「男らしく」から「女の子の方」に変わっていった。ただ、男らしさの呪縛から逃げたかったから。男って皆170センチ越えていて筋肉もムキムキらしいというのが俺の頭の中にずっと残っていた。
教科書にふと目を落とす。ABC理論か。読んで思った。
今考えてたことと完全に一致。「男性の平均身長が171センチだから、全員が171センチを越えているわけではない」と言うことを俺は知っている。事実そうだから。
で、超えてない現実は変えられないから、可愛くなろう。受け止め方の変化だね。これで、何が救えた?
そして、手に入れたのが、今の多彩な声だった。
始まりは単純だった。カラオケで親に歌が下手だと言われたから。言われたせいで嫌いになって18まではカラオケに寄り付かなかった。だって危険で絶対に被害に巻き込まれる場所だと考えていたから。その後、大学で1人でカラオケの練習をしたのはいい思い出だ。最初は何を歌っても最高で79ぐらいしか出なかった。
最初は全然声が出なかった。地声が低すぎて女性ボーカルは全部オク下。男の歌もオク下。誰かに聞かせる気もなかった。ただ自分の内なるエネルギー、フロイトの言うリビドーに身を任せてそれを開放したかっただけだった。
そこから1年ちょいしたらhiDまで出るような裏声を手に入れた。それでも、今聞くと可愛くない。そして、つい先日やっと3オクターブぐらい出るようになった。LowFからHiFという3オクターブ、ワンチャンもっと広い可能性まである。
そして、なぜか女になった。なぜ?
「ベックの認知療法が~」
ああそうだった。講義に集中しよう。姿勢を直していく。どんどん胸が机に吸い寄せられていく。おかしい。俺は磁石なんて持ってないし、机は鉄じゃない。何で吸い寄せられているんだ?吸い寄せられたのは胸だけではなかった。また、思考は過去へ。
目覚めた朝、俺は優斗の言葉で大体察した。伊達に小説で性転換物とか異世界ものとか書いてない。どうせ男の時はモテないんだろ?なら女になりたいと祈ったのがダメだったのか?ちなみに俺は「おっしゃー」と内心喜んでいた。優斗はどうだったのだろう。嬉しかったのかな、それとも、寂しくなったのかな。こいつは見返りを求めずに優しくしてくれた。自分の金で見てるアニメを一緒に見せてくれた。
何も求められないのって意外と辛いんだな。
もし、今横にいるコイツが一緒に暮らしてくれるなら、それも良いし。ただ、1つ大きな問題がうちの親である。親と優斗の関係は心配していない。アイツは不器用だけど、気が遣える。それに比べて俺は親に報告するの面倒だからと黙ってるし、親は俺をみていないと感じる。
ああ、どうすればよかったのだろう。英語を褒められた時、親以外なら嬉しかった。でも、親は「もうちょっとできるんじゃない?」と更なる努力を求めてきた。英語なんてやり方わかれば誰でもできる。単語を並べるだけだから。言語だから。日本語だって話せてるんだから話せるだろうよ。
小説だけは違う気がする。小説は俺の心を吐き出すゴミ捨て場だった。叶わない恋だったり、現状への不満だったり、憧れだったり。ただ、逃げたかった。
1つ目の大学時代に精神を病んだのも親が英語の資格取れば良いと言ってきたからだった気もする。そして、自分はもっとできなければならない。この俺なんだからと間違った方向に尖って行った。
「この俺なんだから当たり前」
この価値観が俺を作っている。この美少女の身体もそのうち当たり前に思えてしまうかもしれない。それはダメだ。そのためにはやっぱりコイツが欲しい。
コイツは尖ってない優しい見方をしてくれる。なんで、俺は尖ってしまったのに、コイツがアニキと慕ってくれてるのだろうか。年上だけど、子どもっぽいしな俺。
ちなみに現在俺は授業を聞き、ところどころ矢印や高い低いを表すHとLなどを使い、ノートをまとめながら過去を思い出している。
そういえばこの価値観てどこから来たのだろうか。俺も人並みに褒められた気はしている。しかし、いつでも親の誉め言葉には続きがあった。次は「この資格がいいのではないか」とか「誰誰にはできないわね」とか。将来を思う親視点の愛。受け止めている。知っている。だけど、納得はできていない。俺はトップになりたいんじゃない。ただ、居場所が欲しかった。
期待されているのはわかっていた。俺は難関大学と言われるC大学の2番目に難しい総合政策学部に入学した。難関大学に受かった時親は別の方を押していた。しかし、受かっておきながら行かないという選択肢と親の名誉を思うと難関大学で頑張るしかないと思った。
そこで、全部英語で行われる授業をいくつも取った。しかし、英語でやっても日本語でしても課題提出は難しかった。ある日突然行けなくなった。それを親には言えなかった。心配をかけたくないし、期待を知っていたから。学費の浪費と言う罪悪感を抱えながら、俺は生きていた。いや、死んでいなかったが正しいかもしれない。「生きている」なんていう言葉ではなかった。少なくとも、自分の人生を選択して自分で「生きて」いたかと言うと生かされていたの方が近い気がする。
ああそうだ。授業。
「ABC理論と言うのはエリスが唱えたもので~」
エリス?パッドの?んなわけないよな。どこの誰か知らんがエリスとノートに書く。ABC理論と言うのは行動と信念と結果と言うものの頭文字をとってこう呼んでいる。そういえば、コイツって俺のどこを見てるのだろう。結果でもなければ過程でもない。全体を人と見てる感じ。なんかそういうのかっこいい。
「結果は変えられない。けれども、受け止め方と行動は変えられる。結果だけを見ずに、家庭も過程も大事にしてほしいものですな」
んなこと言われなくてもわかってる。だがしかし、信念が変わらないから困ってんだろうがよ。行動を変えたら結果が変わる。ええ、そうでしょうね。過去は変えられないから、受け止め方を変えるどうやって?
「例えば、ゆで卵を作ろうと水を入れて卵をレンジでチンして爆発したとする。爆発した結果は変えられない。だから、爆発した卵という新しい料理を発明したっとこのように考えるわけで~」
過去をラップで包んでレンジでチンしたら何かできんのか?
爆発した過去という新しい料理、何それ?作ってみたいかも。これを人は黒焦げの歴史、黒歴史と呼ぶ。白歴史がないのは戻れないからだと思う。だって、歴史になった瞬間に過去だから。歴史は今じゃない。
あ、レンジでチンいいかもしれない。周りの学生がしんとして静まり返ったこの教室に急にレンジでチンの音が響いたとしたら、かなり面白いかもしれない。よし、ノートの欄外に「レンジでチン」、ノートの真ん中には「ゆで卵→爆発した卵→爆発卵という料理」と書き込んでやった。何このポジティブだけど何も救ってないたとえ。
そういえば、この前の身体で献血した時、赤血球も白血球血小板全部多かったし、血小板に関してはたしか基準値を超えて、上限突破してた気がする。そら血が流れんし、「ギュッと握ってください」と言われるわな。
しかも、喉は渇くし、トイレは近くなるし、朝は低い体温のせいか起きにくいし、起きたら起きたで腰と肩の痛み、カラオケの後だと足が筋肉痛。
とりあえず、献血来たらまた、しよう。あの、指先刺すやつ嫌いだけど、献血で血を抜かれてるのは別に何ともない。生理来たらヴァンパイアみたいに血を欲するのだろうか。血と言えばワインだよなぁ。アメリカからペリーが持って来たのを生娘の血だと当時の人は思ったらしい。明らかに色ちげぇよ。もっと赤くて黒くて、重い色をしている。ワインは何百年と熟成できる。ワインが死ぬまでに無数の人が死ぬ。それだけに人の血は赤く熱く燃えて灰に変わるほどの重さと黒さがある。
てか、バンパイアに血を吸われてるのか?瞼が重いし、胸重いし、痛い。あと炭酸飲みてぇ。のど乾いた。ばばんばばんばんばん。それ温泉や。温泉におんねん。怨念はおんねん。んなわけあるかぁ。
まぁじで体の重さ急に増えた?なんか俺が負ぶさっているような。人は過去を背負って生きているなんて言葉を聞くけれど、こんなに過去って重たかったっけ?まぁでも、重いはずだよなぁ。俺ほど楽して生きてる奴なんてそうそういないはずだ。親がそれなりに頑張って貯金してくれたから、別に何の不自由もなかった。両親も仲が良く、兄弟仲もいいしな。
ノートは気付くと文字で満たされていた。受け止め方とかクライアント中心療法とか書いてた。いつの間に書いたんだろう。
「これで今日の講義は終了です。お疲れさまでした」
あ、終わった。立って帰ろう。それにしても、眠たいし、体重いし、のどが渇く。なんか、もがきながらも最後まで生きたいと望む渇望と似たのどの渇きだった。のどが砂漠に変わる。長閑な喉かな。なんて今ギャグいらねぇよ。
今日は何をしようか。色々手続き残ってるしなぁ。
「ふ~終わった。優斗帰ろ?」
そう言って立とうとした瞬間、視界が暗くなってくる。なんか、視界のが白い気がするし、焦点が合わない。まるで死ぬ直前のような景色。音が遠くなる。何だこれは?俺は死ぬのか?この1日で。最後の日だから、望みがかなったのか?この感覚を俺は知っている。何度も小説で読み、病床に最後の息吹を残して亡くなった、ばあちゃん、ひいばあちゃん、ひいじいさん。もう何人もの死を見てきた。皆、安らかな顔だった。
おやすみ、俺。とこしえの眠りの中へ。




