4話 「もう助からないの。」
「すみません、真央はいますか?」
そう先程いた少女の名を口にする女性が尋ねてきた。40代ぐらいであろうか…綺麗に切りそろえられた髪、明らかに金と手間がかかっている爪。
その姿を見て霞は瞬時に察した。
「ご依頼ですか?お客様の情報を部外者に易々と口外してはならない規則でして、その質問には答えられません。」
女性は霞の声を聞いて慌てた声で霞に掴みかかった。
「真央は来たんですか?!今日この場所に!?」
「ですからお客様の情報は口外出来かねます。」
女性は顔が真っ青になり、その場でへたりこんだ。
「おやおやぁ、美しいお声が聞こえると思ったら貴方ですか?僕の小鳥さん?」
部屋の奥から出てきた紳は女性の手を取って歯の浮くようなセリフをつらつらと並べ始めた。
すると女性は正気を取り戻し始め、
ゆっくりと言葉を紡ぐように語る
「あ、あの、真央は来たんですよね?じゃあ…あの子、父親に会いたいとか言ってませんでしたか?」
「真央さんのお母様ですか?」
紳の後ろにいた来夏は咄嗟に答えるが、
前に立っていた霞に獣のような眼で睨んだ。
来夏はぎょっとしたが、女性が縋り付くような目でこちらを見てくるので見ないフリをした。
「やっぱりあの子…。勝手に…」
「あの人が勝手なこと言うから…!」
先程の気の狂った声を発していた人間とは思えないようなボソボソと不安げに喋る姿を見て来夏は本当に同じ親子なのか頭の何処かで少し疑問に思った。
「お願いします!私に依頼させてください!!
今日中で!!」
「今日中?!それは急すぎませんか?!」
「止めなきゃ行けないんです!
あの子が父親に会うのを!じゃなきゃ…じゃなきゃ…!!」
あぁもう!!!と大きな声をだして髪を掻き毟る、
最初の落ち着いた印象を見受けられる姿はもうどこにもない。
「かしこまりました。先程は無礼な対応誠に申し訳ございませんでした。本日中の時間旅行となると緊急の旅行扱いとなり追加料金が発生し…」
「構わないわよ!!!!いいから早くして!!
早くあの人から真央を引き離さなきゃ!!!」
「それは出来ません。お客様。」
来夏は意味がわからなかった。
あの卯月霞が、この仕事に誰よりも敬意と愛を込めている人間が「NO」を突き出している。
「なんで…?どうして……?ほら、金なら出すわ。いくら?いくら必要なの?ねぇ言って?言ってよ」
「私が出来ないといったのは。 他のお客様のご依頼を叶えられなくするような内容は出来ないといったんです。」
「どうしてもと言うなら担当者である私を納得させる理由を、ここで述べてください。」
来夏はあぁ、そういう事かと胸をおろした。
卯月霞は案内人である以前に、
一人の女の子の味方なのだ。
そして、味方であるということに理由など不要なのだ。
「…うの、とられちゃうの。真央が。」
「…は?」
「あの人は…真央の父親は…私の元旦那なの。」
「だから…もう一度でも会うと真央はあの人に取られちゃうの。私だけの子供ではなくなるの…」
「あの人は、もう助からないの…」