1話 「命より重いものってなんですか?」
桜咲き誇る春。
1不慣れなスーツに着られた男が一人。
スーツの襟元は僅かに曲がっていて、
ネクタイの締め方も心許ない。
男の名は水島来夏、22歳。
今日から「時空観光開発会社タイムツアーズ」のツアーガイド8課に配属が決まった新入社員だ。
彼の足元にある桜の花びらは、どこか乾いていた。
香りがない。まるで印刷された情景の中みたいな違和感が来夏の心をくすぐった。
「ピョンピョンピョン。ピョンピョン。 ピョン!
ヨウコソ。ワタシノナマエハ、ホワイト七号。
気軽ニカワイイ七号チャンとオ呼ビクダサイ。
ヨクゾマキマシタネ、エライデスヨ、水島来夏。
我社ノ紹介映像ハ、ゴ覧ニナリマスカ?
社員証ト、メイカード ハ、コチラニ。」
この少し偉そう白うさぎ人形は 、
会社のサポートロボットのようだ。
来夏は驚きで固まった。
「あ、あぁ!大丈夫です!あの…
メイカードって…?」
来夏は動揺しながらも答える。
「メイカードトハ、会社内ノ全テデ使エル、
「通貨」デス。大切ニスルトイイデスヨ。
人間ニトッテ、金ハ、命ヨリモ、重イデスカラ。」
「そう…なんですかね、僕は命よりも
重いものってないと思います。」
「………オカシナコトヲイイマスネ、水島来夏。
マァイイデショウ、時期ニ貴方ノ先輩トナル
人間ガ来ルデショウカラ待ッテナサイ。」
コツコツコツコツ…女性独特のヒール音を響かせ
真っ白な廊下を足早に歩く人間が一人…とまた一人
「貴方が新入社員?」
「おや、これはこれは…随分若いのが入ってきたじゃないか、ココは場を和ませる為のジョークでも一つ…」
「やめてください反応に困ります。」
振り返るとショートカットの目鼻立ちの整った、
鈴のなるような甲高い声の美女と、渋い声と落ち着いた所作が特徴的な俗に言う「イケおじ」と呼ばれる男性がいた。
2人を前に来夏は息をのみ、勢いよく声を発する。
それは来夏が何度も何度もイメトレを重ねた瞬間だった。
「は、はい。本日付で配属となった水島来夏です。
本日は」
「無駄会話は不要です。
自己紹介ありがとうございます。
私の名は卯月霞。ツアーガイド5年目、年齢24歳
趣味は動物の世話。どうぞよろしく。
…ほら、貴方の番ですよ。」
「そんなに急かさないでよ〜霞ちゃん。
僕は鬼瓦紳おにがわらしん、
ツアーガイドになってもう30年は経つかなぁ。
前は違う課に所属してたんだけど、
出戻ってきちゃったんだ。年齢は内緒だよ」
二人は和やかに自己紹介を終えると
少しの沈黙の後に、霞は来夏に何か言いたげな、
僅かに苦しい表情をした。
「あの…勘違いならごめんなさい。
水島って…貴方水島博士のご子息で……?」
「…!!ち、違いますよ、あはは!
そんな訳無いでしょう!
僕があの犯罪者の血縁者だなんて!あはは」
焦りの色を見せる来夏。
まだ何か言いたげな霞。
「と、とにかく油を売っている時間はありません!
我々にはタイムツアーズ社への貢献が約束されて いるのですから…!
さぁ、課長の元へ行きましょう。」