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1.プロローグ

ツバルという国をご存知だろうか?


人口約12000人、国土面積約26㎡程度の小さな島国で、最高海抜が5mほどと極めて低くいため2050年には国土のほとんどが水没するとも言われている国である。


そんな国が──────────────あった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「おーいさくら!!今日は大漁だぞ~!!!」


昨日の大雨はどこへやら、というほどに眩しい太陽に照らされて網の中の魚が輝く。


「昨日一日中雨だったから、お魚さんも元気なんだね~」


肩ほどで切りそろえられたきれいな黒髪の少女、さくらが振り向いて言う。


「何をのほほんとしてんだよ!見ろよこれ、でっけー鯛だぜ!!」


「そんなこと言って、隼人がいつもはしゃぎすぎなだけだよ…。」


伸びきった髪を雑に束ねた少年、隼人は恥ずかしそうに腰をかく。


「ま、まぁこの話はいいとしてさ、今日はどこに行ってみる?この辺じゃトー〇ーシネマズはもう行ったしイ〇ンも行った、マ〇イも行ったしな……あとはもう沈み切ってるし……。」


「あ、そしたら私いちまるく?ってやつ行ってみたいかも。この間見つけた雑誌に、昔の女の子たちがこぞって行く場所だって書いてあったもん!」


「でたよ乙女なところ。全然いいけど、それどこにあるんだ?」


「たしか……あった、これだ。東京の渋谷?らしいよ。とりあえず行ってみない?」


「そうだな、んじゃメシは移動しながらにすっか!」


隼人が立ち上がって大きな伸びをする。


「にしても……こうなる前はどんな景色だったのかな……。」


見渡す限りの水。

かつてカップルが愛を温めていたであろうベンチにはフジツボが張り付き、五重塔を模したモニュメントは小魚がひっきりなしに出入りしている。

緑がかった水の下をのぞくと体長2mはあろうかという魚が気持ちよさそうに泳いで小魚の群れを散らしていく。



人類は自然に勝てなかった。

温室効果ガスを規制し、環境の保全を行い、護岸工事に埋め立てを行ってきた。

しかし、文字通りの水面下で進んでいく自然環境の変化にはついていけず




──────────世界は、水没した。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



俺は水に囲まれた世界で産まれた。

親父が言うにはもうずっと昔からこの世界はこうらしい。

俺の知る世界なんてものは灰色のコンクリートでできた四角形がすべてだった。

食べるものは毎日同じような魚とよくわからない草。

会話をする人なんて親父とイツゴロウとかいう変なおじさんだけ。

母さんは3年前に死んだ。


正直なところ飽きていた。

毎日同じことの繰り返し。食べるものも、話すことも、見る景色も。


そこに、現れたのが桜だった。




遠くの海面に見える木の板とその上に乗っている何か。


「親父、なんか流れてきたんだけどあれってさ……。」


「んぁ?っておいおい人間じゃねぇか!ロープだせロープ!!」


親父が見たこともないような取り乱し方をしていてつい笑ってしまった。

瞬間、頭に衝撃。


「はよ持ってこい!カギのついたやつな!」


「痛って~!!!叩くことはないだろ!!!」


急いで倉庫へ走る。


「たしかこの辺だっけな……あった!」


整頓されたかごの中にカギのついたロープを見つけた。

急いで立ち上がったら棚に頭をぶつけた。


「ぐっ……なんか今日は運がないな……。」


ふと見ると、棚に飾った写真の中の母さんが心なしか笑っている気がした。 

写真機なんて前時代の遺物はもう使えるもののほうが少ないだろうし、これは貴重な宝物だ。


「んなこと考えてないで早くしないと!」


何かが起こる気がした。


「親父待たせた!これ!」


ロープを投げ渡すと、親父は迷いなく木の板に投げつけた。

カギが引っかかり、それをすぐに引き寄せる。シンプルにすごい。


なんとか引き上げると、それは俺とも親父ともイツゴロウさんとも似つかない姿をしていた。

例えるなら母さんみたいな……。


「女の子じゃねぇか。なんだってこんなとこに1人で流されてきたんだ?」


「オンナノコ?こいつのこと知ってんのかよ?」


「人間のメスのことですよ。」


いつの間にかイツゴロウさんも来ていた。


「人間のメスはオンナノコって言うのか……。」


「とりあえず息はしてるし一回お前のベッドに寝かせて目が覚めるまで待とう。いいな隼人。」


親父がオンナノコを抱えて歩き出す。


何だか知らないが、不思議な気持ちで胸がいっぱいだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ん…ここは……?」


「あー、ちょっと待ってな。」


親父を呼びに行く。


まてまてまてなんだあの声は?鈴みたいな声とか言うのか?

親父とも俺ともイツゴロウさんとも違う、記憶の中の母さんとも違う聞いていて気持ちが落ち着かなくなる声だ。

灰色の毎日に染まっていた心がふわふわと不思議な感覚になっている。


「お、親父、オンナノコが起きたぜ……。」


「どうした隼人。顔が真っ赤だぞ。」


親父がニヤニヤしてからかうように答える。

べ、別に真っ赤になんてなって……ないよな?


「いや何言ってんだよ。それよりどうすんのあのオンナノコ。」


「とりあえず事情を聞いてみないとな。」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「目が覚めたようでよかった。それで、なんだって君みたいな子がこんなところに1人で流されてきたんだ?」


「え、えっと、お母さんとお父さんと、一緒にいかだに乗って、人のいる場所に行こうって言ってて……。」


私は記憶をたどって答える。

以前は山で暮らしていた。野菜も果物もあって、少ないけど動物もいた。

そこでお母さんとお父さんと仲良く暮らしていた。

でも、山火事が起こった。家は燃え、小さくても豊かな山は黒くて臭くて貧しい土地になった。

だから、なんとか別の場所を、人のいる場所を探して海に出た。

それで、それで……。


「たしか、昨夜はひどい嵐だったな。もしかして……。」


目の前のおじさんが怪訝そうな顔で続けていう。


「君の近くに君のお母さんとお父さんらしき人影は見えなかった。だから、その……。」


「死んだんですね。私だって動物の命をもらって生きてましたからいつかその時が来ることくらいはわかってますよ。ちょっと寂しいですけど……。」


野イチゴとクルミでおやつを作ってくれたお母さん。鹿の皮であったかいお布団を作ってくれたお父さん。そのどちらもいつかは死ぬのはわかっていた。

でも、もう会えないのか。


気が付けば涙が溢れていた。


「あ、どうした!大丈夫か?どっか怪我でもしたか?」


おじさんを呼んできた少年が私のことを心配そうにのぞき込んでくる。


「うっ……ぐすっ……。大丈夫……。でも、お母さんとお父さんが……。」


「えっと、その、それはしんどいよな……。」


少年は泣き出した私を見てあたふたしている。

そりゃそうだ。助けたと思ったら急に泣き出して困るに決まってる。


「隼人、俺はイツゴロウさんの漁の様子を見てくる。あとは任せた。」


おじさんは困った顔で逃げるように部屋を出ていく。


「……」

「……」


気まずい時間が流れる。


「その、さ、なんて言うかな……」


「なに……?」


涙を拭きながら少年を見る。

なんか顔が赤い。


「もし、あんたが嫌じゃなかったらだけどさ……」


「私、さくらっていうの」


「えーーと、さくらが嫌じゃなかったらさ、俺たちの家族にならない?そしたら寂しくないかなとか思うし俺強いからなかなかいなくなるなんてこともないしその……」


何かをごまかすようにやや早口に少年が言う。


「家族に?……いいかも、それ。」


少し考えて答える。


「ほんと?俺、隼人っていうからよろしくな。」


「よろしくね、助けてくれてありがと。」


私に、新しい家族ができた日だった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



気が付けば変な提案をしていた。

家族になろうってなんだよ、どう接すればいいんだ。

どうにかしてあげようとか思ってつい言ってしまったがどうだったんだろう。


「家族に?」


目の前の()()()()()───さくらは押し黙ってしまった。

まずい、これはまずいことを言ったか?

それもそうだ、家族を失った人に突然変なことを言ってしまったんだ。そりゃ嫌に決まってる。



とっさに冗談だったと言おうとして───


「いいかも、それ。」


ほっとした。


「ほんと?俺、隼人っていうからよろしくな。」


「よろしくね、助けてくれてありがと。」


さくらが微笑んで言う。


わかった、この気持ち。

可愛いと思ったんだ。


一目惚れだった。


それはそうと、俺に家族が増えた日だった。

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