プロローグ
祖母が亡くなったのは、小学校2年生の時だった。
痩せ細って枯れ枝のような手足。なのに、足はぼっこりと膨らんでいる。
乙窪んだ眼窩。
水分の抜けて干からびた皮膚。
祖母は、半年ほど前から食事が摂れなくなり、1ヶ月前には水分を摂る事も儘ならなくなった。
点滴と酸素の管で生き延びる祖母を、祖母が横たわる病室のベッドの隣で眺めていた。
医者と話した母が病室に戻ってきた。
「おばあちゃん、もう生きる力がなくなっちゃいそうなんだって。」
母が言う。何も言葉が浮かばず、母の顔を見て、また祖母の顔を見た。
今まで困った事があれば祖母はその導しるべとなるような言葉をくれた。
こんな時、祖母なら何と言うだろうか。いくら考えても、答えは出ない。
「…帰ろっか。」
母に促され、頷いた。
それから1週間後、祖母は亡くなった。
私は告別式の控え中、棺の近くにいた。
「なんだか恥ずかしいねぇ。こんなんになっちまって。」
隣に祖母がうっすらと透けて立っている。
「いっぱいお客さん来たね。」
「そうだよ。色々助けたし、助けて貰ったからね。」
「おばあちゃん」
「うん?」
「もう苦しくない?」
「そうだねぇ。痛くもないし、苦しくもない。でも、実は最期もそれほど苦しくなかったよ。息が詰まったーと思ったら、体が軽くなってた。」
「そうなの?」
「そうさ。生きてる時の方がよっぽど苦しい想いしたよ。あの人、若い頃に死んじまって、女手ひとつであの子達育てて。危ない目にも怖い目にも遭ったし、殺される想いもしたしね。」
祖母は10代で未亡人となったが、家業も継いで母と母の弟を育てた女傑だ。
生前の祖母から何度かその話は聞いていた。
「運が良かったよ。それでもどうにかなったし、あの子達も立派になった姿も見れたしね。何より孫がこんなに大きくなるまで生きてられると思わなかった。」
祖母は笑う。
「だからね、蜜子ミツコ。あんたも心配せず生きなさい。死に方は選べないけど、生き様は選べるから。」
黒く蠢く闇が背後から私を見ている。
黒なくなって、触手の塊のようになった祖母が大きな口を裂いて笑う。
「カキョウ様が助けてくれるから。」