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9 聖女の相談窓口、はじめました(ただし命がけの遠征付き)

いつもご覧くださって本当にありがとうございます。

「具合が悪いようですが大丈夫ですか?」


 エミリアーナは不意に話しかけられて振り返る。


「ママコルタ司祭。最近忙しかったせいで、少しだけ疲れが顔に出てるだけですよ。お気遣いありがとうございます」


 彼はずり落ちそうな眼鏡を指で上げつつ、にこやかに笑う。


「そうですか、無理しないで下さいね。それと本日から、聖女様にお願いしたいことがありまして」

「今日は療養院でのお勤めだと聞いておりましたけど……」

「それについてですが、医師の手に負えない重症の患者は聖女様に診ていただくとして」


 彼は手に持っていた書類を捲る。


「今のところ重傷者はいないようです。

それでですね。貴方様には神殿を訪れる人々の、相談相手になっていただきたいのです」


エミリアーナは初めての仕事に興味が湧き、琥珀色の綺麗な瞳を輝かせ目を見開いた。

いつも同じお勤めを繰り返すので、たまには他の仕事もしてみたかったのだ。


「相談相手ですか? 私にもできるかしら」

「そんなに大袈裟な事でもないのです。ただ話を聞く、それだけで良いのです」


 エミリアーナは不思議に思いながらも分かりましたと頷き、指定された部屋へ移動する。

 随分と小さな造りで、丸い窓がひとつ高い場所にあるだけ。

 左壁の一部が細かい格子になっていた。

 教会でよく見かける懺悔室を大きくしたような造りだった。


「向こうの部屋と対になっているのですよ」

「そうなの。あら、ここに少し隙間があるわ」


 格子状になっている壁には、手を入れられる程度の穴が空けてある。

 エミリアーナを案内して来たママコルタは、自分の手を差し込んでみた。


「聖職者によっては、相手の手を握って話をする者もおりますからね。

ここは迷える方々の心の拠り所となる場所です。お越しになられた事は?」

「いいえ、ないわ」


 彼女は神殿によく通っていたが、ティアナに付きまとっていたのでこの部屋に入ったのは初めてだ。


「左様ですか。聖女様には、こちらにいらっしゃる方のお話し相手をお願いします」

「分かりました。……慣れるまで少し不安だけど最善をつくします」

「何かございましたら、外に護衛の者がおりますのでお呼び下さい」


 エミリアーナは頷き、早速椅子に座って相手が部屋へ入ってくるのを待った。


 暫くして入ってきたのは小さな男の子のようだった。

 エミリアーナは、彼が緊張しているのが手に取るように分かる。


「お、お願いします」


 彼はオドオドと挨拶すると、エミリアーナの反対側の椅子に座る。

 部屋の扉が閉じられると、彼女はこの空間に少年とふたりきりとなった。


「今日はどうされましたか?」

「わ! シ、シスター様? 今日は神官様じゃないんだね」

「ええ、私では駄目だったかしら?」


 エミリアーナがなるべく優しく問いかけると、相手が女性だった事で少年は驚いたようだ。


「ううん! 僕、シスター様とお話しするの初めてなんだ。あっ、……ごめんなさい。失礼な言い方をしてしまいました」

「あら、いいのよ。その方が私も話しやすいわ。孤児院の子供達ともこんな風にお喋りしているの」

「本当? じゃあ、このままでいい?」

「ええ」


 この国に関わらず、地位の高い者と平民との立場の違いは厳密だ。たとえ子供であったとしても。


「そうだわ。あなたの事、名前で呼んでもいいかしら?」

「うん! 僕ねホニっていうの」

「ホニね。ようし、覚えたわ。じゃあお話ししてくれる?」

「あのね、僕の兄ちゃんの事なんだ。ちょっと前から夜中に家を抜け出して、朝早く帰ってくるようになったの。

僕は一緒の部屋だから気付いたけど、母ちゃんと父ちゃんは知らないと思う」


 声の調子から兄を心配している様子が、エミリアーナに伝わってくる。


「それは心配ね。どうしてそんな事をしているか聞いてみたの?」

「うん。そしたら心配するなって。何度も聞いたけど教えてくれないんだ」

「そう。でもその様子だと眠れてないでしょうから、辛いのではないかしら?」

「うん。僕もそう思って手伝うよって言ったんだけど、危ないから来るなって」


 少年は興奮してきたのか、矢継ぎ早に家族の事を教えてくれた。ホニは10歳、兄は13歳だそうだ。


「親にも絶対に言うなって、兄ちゃんに言われたけど心配で。

今は新しい父ちゃんがいるけど、前は母ちゃんと兄ちゃんと3人で住んでたんだ。

僕が近所の子に意地悪されても、兄ちゃんがいつも追い払ってくれてた……。僕、どうしたらいいと思う?」


 エミリアーナは、ホニの両親に伝えた方が良いのではないかと思った。

 しかしそうすることで、ホニの兄が落胆するのは目に見えている。それに兄弟の仲も拗れてしまうかもしれない。

 彼女はしばらく考え込んでいたが、ふと思い出しポケットを探る。


「ホニ。少し女神様にお祈りを捧げてもいいかしら? 私では判断がつかないの」

「うん。僕も一緒に祈るよ」


 エミリアーナは手にカードを持ち、ふたりで女神様にお祈りを捧げた。


「私はこんな事しかできなくてごめんなさいね。

これは占い師のお婆さんに頂いた物だけど、良かったらこのカードを使ってみない?

女神様にちょっとだけ後押ししてもらうの」


 エミリアーナは手に持っているカードを差し出し、ホニに見せる。少年は珍しそうに眺めていた。


「これ、ジプシーの人達が使っているのを見たことあるよ。……でもこんなに近くで見たのは初めて」

「じゃあ、早速使ってみるわね?」


 ミリアーナはカードをシャッフルした後、テーブルの上に綺麗に広げていく。


「ここから2枚引いてみてくれる?

最初に引くカードがご両親にお話する方で、2枚目が内緒にする方ね」


 少年は迷いながら慎重に2枚のカードを選び出した。


「じゃあこっちは内緒にする方。……一度に捲ってみるわ」


 カードの裏面は建物が崩壊するものと、綺麗な女性が描かれている物だった。


「私もまだ勉強不足だけど……、内緒にしていた方が良さそうね」

「そうなの? これはどんなカードなの?」


 ホニは焦りながら、エミリアーナに尋ねる。


「これは崩壊という意味のカードなの。衝撃的な出来事で、1度全て壊れてしまうという意味よ」

「えっ! 壊れちゃうの? じゃ、じゃあこっちは?」


 彼女が説明するとホニは驚いたようだ。彼はもう片方を指差す。


「これはすごく良いカードだわ」

「そうなの?」

「最終的に物事が丸く収まったり、纏まるっていう意味ね。沢山あるカードの中でもとびきりいいカードなの」

「そうなんだ! じゃあ内緒にしてたほうがいいのかなぁ」

「でもお兄さんの具合が悪そうだったらご両親に相談するか、私も心配だからまたここに来てくれる?」

「うん、分かったよ。じゃあ、僕そろそろ行かないと。今日はありがとうございました」


 ホニは兄を裏切らなくて済むのが嬉しかったようだ。椅子から立ち上がると丁寧に頭を下げ、足取りも軽く部屋を出て行く。

 エミリアーナも外で待機している護衛に終了を告げた。

 しばらくしてママコルタがやって来ると、エミリアーナに興味深げに尋ねる。


「お疲れ様でした。どうでした?」

「話を聞くだけって言われたけど、結局いろいろと話してしまったわ。大丈夫だったかしら?」


 エミリアーナは片手を口元にやり、ヒソヒソと話す。ママコルタは満面の笑みを見せた。


「おや、そうだったんですか。最初は緊張していらっしゃったから、どうなる事かと心配でしたが。

少年も晴れ晴れとした顔をしていましたので、良かったのではないでしょうかね」

「上手くいくと良いのだけど。後でもう一度女神様にお祈りを捧げておかないといけないわね」


 ◇◆◇◇◆◇


 数日後。

 エミリアーナは王都を離れ、コウィと呼ばれている西の地域へ馬車で向かっていた。

 同乗しているのはママコルタ、エミリアーナの侍女のリリーと聖女見習いのティアナ。

 少なくはない人数の護衛の者達が、馬に騎乗し馬車を守る様に周りを囲んでいる。

 他の医師や聖職者達も前後の馬車に乗り、荷物を載せたものも合わせると大所帯となってしまった。

 しばらくの間、馬車の中は誰一人として口を開くこともなく静かに進む。


「先日もご説明しましたが……。コウィで流行っている病についてですが、未だに原因が判明しておりません」


 ママコルタは書類をパラパラと捲りながら、そこに書かれている文章を食い入るように見ている。

 顔をあげると、眉間に皺を寄せ溜息を吐いた。


「この数日間で届いた調査票では、高熱が出て亡くなる者が最も多いそうです。症状が酷いものだと、顔の一部が溶けるそうですよ」

「ヒイッ」

「なんてことかしら……」

 

 リリーは小さな叫び声を上げ、身体を震え上がらせる。エミリアーナは想像していたよりも酷い症状に呟いた。

 ティアナの方を見ると、彼女は両手で口元を押さえて顔が真っ青だった。


「ああ、怖がらせてしまいましたか。調査の結果、女性の罹患率は割と低いそうです。あとは……、年老いた方ですか。

まあ、これでご安心いただけるかは分かりませんが」

「女性の体質が影響しているのでしょうか?」


 リリーを落ち着かせようとするママコルタに、ティアナが尋ねる。


「全くいないという訳ではないそうです。割合としては男性が多いということですねぇ。」


 彼自身も原因が分からないので、手に持った調査票を眺めていた。


「リリー、大丈夫よ。私があなたを絶対に守るわ」

「お嬢様、申し訳ありません。我が儘を言って同行いたしましたのに」

「ごめんねリリー。ありがとう」


 エミリアーナは顔色の悪いリリーの背中を摩る。彼女は今にも泣き出しそうだ。

 今回は王命のため、エミリアーナが参加するのは当然だった。

 リリーには屋敷で待機しているように言ったが、同行すると頑としてきかなかった。エミリアーナを心配してのことだろう。

 彼女を抱きしめ、赤子をあやすように背中をポンポンと優しく叩く。

 ティアナと目が合うと、彼女は柔らかく微笑み返してくれた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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