8 婚約と贈り物と、父の小窓の記憶がまだ消えない
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それからしばらくして、リーバスとエミリアーナの婚約式が、厳かに神殿で執り行われた。
両家と聖女に深く関わる者、また高位貴族が参列している。
祭壇の前でお互いに宣誓し、誓約書に署名を済ませた。リーバスは終始微笑みを浮かべ、嬉しそうだった。
正装した彼は今日も白く輝いていた。
王子妃教育は数日後から始まる。彼女が未来の王妃となる可能性も非常に高い。
エミリアーナは王宮に部屋を与えられ、そこから神殿や学園へと通うことを強いられた。朝から晩まで勉強漬けの毎日だった。
「忙しすぎて目が回りそうだわ」
城と神殿の往復に加えて、リーバスとの定期のお茶会。王妃の誘いでパーティーに参加する時もあった。
彼女の妃教育を優先させるため、必然的に神殿へ通う回数は激減していた。
久しぶりに神殿へ向かう許可が出た日。エミリアーナは孤児院を訪問する予定となっていた。
馬車に同乗したママコルタが心配そうに、彼女に声をかける。
「聖女様、少し顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」
「最近忙しくて、睡眠時間があまりとれないのです」
「それはいけませんね。今日は早めに切り上げましょうか」
「でも子供達は寂しがるのではないかしら?」
「またお元気になられたら再訪しましょう。そうですねぇ、彼らの好きなお菓子を沢山持って」
ママコルタはよく気が付く男性だ。彼と同じ時間を過ごすことも多く、自然と気のおけない間柄となるのも早かった。
本日の馬車には、珍しくティオナも同乗している。
「私はエミリアーナが元気になれるように、何か贈り物をするわ」
「良いのですか。とっても嬉しいです!」
「楽しみにしていてね」
嬉しさのあまり、エミリアーナはすっかり元気になってしまった。ママコルタはティアナをじっと見つめる。
「贈り物が何なのか気になりますねぇ、具体的にはどういった物を?」
「ふふっ、秘密です」
「僕も欲しいなぁ、駄目ですか? 最近すぐに疲れてしまうんですよ」
「あら、ママコルタ司祭も休息日が必要だわ。司教様にお願いしないと」
「ええ聖女様、そうなんですよ! もう毎日馬車馬のように働いていますからね」
彼はエミリアーナに、悪戯な少年のように笑う。彼女はクスクスと笑った。
「あ、やっと笑顔になりましたね」
そう彼に言われ、エミリアーナは少し呆気にとられた。
「そういえば笑ったのは久しぶりね」
流れる景色を見ながらそっと呟いた。
馬車は無事に子供達が待つ孤児院に到着し、ママコルタは孤児院の園長と何やら相談している。
「次はみんなの好きなお菓子を持ってくるわね」
寂しがり抱きついてくる子供達を、何とか宥めて神殿へと戻る。
ママコルタは今日の報告をするため、司教の執務室へと向かって行った。
エミリアーナが城へ戻る準備をしていると、ティオナが小さな箱を手に近づいてくる。
「ちょっといい? エミリアーナ」
「ティオナ様」
「これ……、さっき馬車の中で話していたでしょう?」
彼女はそっとエミリアーナの目の前に、箱を差し出す。
「開けてみてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
中にはシルバーのチェーンに、可愛らしい四つ葉をモチーフにしたネックレスが入っていた。
グレーとピンクが混じったような、不思議な色合いの石がはめてある。
「不思議な色ですね……?」
「どう? 気に入った?」
「はい! とっても綺麗です。これを私に?」
「ええ、受け取ってくれると嬉しいわ。つけてあげるから後ろを向いて」
ティオナはエミリアーナの首にネックレスをつける。
「よく似合うわ。私の持っている物とお揃いなの」
「わあ! ありがとうございます。大切にしますね!」
エミリアーナは嬉しくて堪らず、ティアナの手を握った。
「聖女様。そろそろ参りましょうか」
護衛に促され、彼女は名残惜しそうに馬車に乗り込む。
「お嬢様、ようございましたね」
「ええ、本当に。こんな素敵な物を頂いてしまって」
向かいに座るリリーが、ネックレスを見ながらニコニコしている。
エミリアーナはそっとネックレスに触れ、ウットリと眺める。
「リリー、お返しをしたいのだけど何がいいかしら?」
「そうですね……、城のメイド達に流行の物を聞いてみましょうか?」
「彼女たちなら、気の利いた物を知っているわね。私はこんな時は役に立たないわ」
「お嬢様はお忙しいのですから、お任せください。必ずお気に召す物をご用意致します」
リリーは少しだけ困った顔をしたが、自分に任せろと言わんばかりに胸を張った。
「幾つか候補を絞ってもらえる? ティオナ様に差し上げるから、私も一緒に選びたいわ」
「はい、もちろんです。ご期待くださいね?」
城までの帰り道、ふたりでああでもないこうでもないと話し合った。メイド達はとても優秀で、贈り物に最適なお店を知っている。
最終的にティオナの瞳の色である、菫色の宝石がちりばめてある髪飾りに決定した。
エミリアーナは非常に悩んだが、リリーの後押しもあり彼女に頼んで購入してきてもらった。
ウキウキしながらそっと引き出しにしまい、次回の神殿へ行く機会を楽しみに待つ。
喜んでもらえるかしらと考えながら、眠りにつくエミリアーナだった。
季節が変わり、エミリアーナの妃教育はほぼ終了となる。
「これ以上はお教えする事はございません。頑張りましたね、エミリアーナ嬢」
教育係は太鼓判を押した。
「あとは学園の卒業に向けて勉強するだけね? リリー」
「はい、あと少しでございますね」
エミリアーナの卒業を待って、リーバスとの婚姻が結ばれる。その前に彼の立太子が発表される予定だ。
彼女は王妃のお茶会のことが切っ掛けとなり、エンデルクと学園で昼食をともにする機会が増えていた。
もちろん数名の護衛が周りに付いている。彼とは話しやすくなった分、お互いについつい思った事を口にしてしまう。
「僕は王位に就くなんてお断りだね、兄上の方が相応しいよ」
「……それは必然的に私が王妃になってしまう、ということなのですが?」
「まあまあ。もう観念して諦めるしかないよ」
すこぶる笑顔でエンデルクが言うので、エミリアーナはちょっとだけ彼が憎らしい。
「リーバス殿下の立太子について、エンデルク殿下はあまり興味が無いようですね?」
「うん、そもそも王位に興味がないからね。エミリアーナ嬢は王妃になるのは嫌かい?」
エンデルクは学食で購入してきたらしい、お昼ご飯のサンドイッチを頬張る。
「それは……私は侯爵家の実子ではありません。それはご存じかと思います。
実母は侯爵夫人の妹だったそうですが、実父と共に馬車の事故で亡くなりました。」
「痛ましい事故だったそうだね、盗賊に襲われたと聞いたよ」
「私もその様に聞いております」
彼女が小さな頃の話だが、記憶にはない。
「侯爵家に引き取られ成長し、親族と顔を合わせる機会も多くございました。
ただ何と言えば良いのか……似ていないのです、誰にも」
エンデルクはきょとんとする。
「そうなのかい? うーん、先祖返りという言葉もあるからね」
「私の出自が不確かである限り、この国の王妃になる資格はないと思うのです」
「真面目だなぁ。養女だとしても今の君は侯爵家の次女だ。しかも今をときめく聖女じゃないか」
エミリアーナは黙り込む。
「気にしすぎだよ。君はよく頑張ってる」
「ありがとうございます」
彼女は常に不安が胸をよぎっているが、今は与えられた課題をこなすことしかできない。
「おっと、午後の授業が始まる。そろそろ行こうか」
「はい」
椅子から立ち上がると彼女は少しフラついて、椅子の背もたれを掴む。
エンデルクが驚いて、慌てて彼女を支えた。
「大丈夫かい? 午後は欠席した方がいいんじゃないか?」
「いえ、大丈夫です」
「しかし――」
「授業に遅れてしまいますよ。行きましょう」
心配そうな顔をして見つめる彼にお礼を言って彼女は立ち上がると、教室へ向かって歩き出した。
当初エミリアーナの元には、病気や怪我に苦しむ人々が大勢詰めかけた。
しかし、今はそれも少しずつ落ち着いてきている。
療養院では治療の対価をお金で払うが、貧しい者もいるので全ての民がそうとは限らない。
代金の代わりに、己の持ち物や食べ物を差し出す者もいる。エミリアーナが治療した際も例外ではなかった。
ある日エミリアーナが老婆を診察したが、彼女は流浪の民で十分なお金を持っていない。彼女は占い師でもあった。
「代金の足しに占ってあげるよ」
「まあ! とっても綺麗」
「そんなに気に入ったのかい?」
老婆は苦笑しながらも、彼女にカードを譲ってくれるそうだ。
占い方を老婆に教えてもらい、エミリアーナはそれを紙に書き留め冊子にする。
彼女はすっかりカードの虜になっていた。
その頃ママコルタは、あまりに忙しいエミリアーナの体調を不安視していた。
「エミリアーナ嬢ですが、最近体調があまり芳しくないようで顔色も悪いです。
城での妃教育に加え、聖女としての慈善活動に学業。王族と共に茶会へも参加されているとか。
彼女の負担が大きすぎます、もっと他の医師に任せてはどうでしょう?」
「彼女の負担はそこまで多いのか。それは気付かず申し訳ないことをしてしまったな。
……療養院の方には私から連絡しておこう」
「ありがとうございます。早速彼女に会い次第お伝え致します」
「ああ、よろしく頼むよ」
少し急ぎ足で去って行く司教を見ながら、ママコルタは嘆息した。
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