7 デビュタントの裏側で、父は小窓を叩いていた
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「アンネお姉様、助けてくれてありがとう」
「ふふふ、殿下の困った顔ったらないわ。お父様達も見たでしょう?」
「アンネ、不敬だぞ」
エミリアーナは揺れる馬車の中で、向かいに座って笑いを噛み殺す姉にお礼を述べる。
レンブラントがアンネを窘めながらも苦笑していたので、彼女もつられて笑ってしまった。
「そうよアンネ、笑ってはいけないわ。……でもあなた、殿下もちょっと強引ではないかしら?」
「そうだな。不参加だと聞いていたから油断していたよ。
気付いてすぐに移動しようとしたのだが、他の貴族に引き止められてしまってね。
しかし、向こうも簡単には諦めないだろうなぁ」
「そうでしょうねぇ……」
レンブラントは困った顔をしている。マレインも呆れていた。
「しかし王命となれば、断る事は出来なくなるだろうな……。エミィ」
「はい」
「私達はお前の意思を尊重したい」
「そうね。エミィでなくてはいけない理由はないわ。うち以外にも令嬢は沢山いるもの」
マレインは不機嫌そうに言う。
「私は王子妃になりたくありません。……しかしお断りすることで、我が家に不利益があるのも嫌です。
我が儘を言えば、神殿で一生を女神様に捧げたいと思っています」
「ティアナ様と一緒に、でしょ?」
「もう! お姉様」
「……分かった。できるだけの事はするが、いよいよの時は覚悟しなさい」
レンブラントは座席に背中を預け嘆息した。
◇◆◇◇◆◇
公爵家パーティーの数日後。
エミリアーナは執務室に呼ばれ、悲しそうな顔をするレンブラントを見ると、彼が今から何を言うのか察してしまった。
「リーバス王子との婚約について王命が出た……」
「そう……ですか」
「聖女としてお前が活躍しているのはとても嬉しい。だがあまりにも存在が大きくなってしまった。
聖女を将来の王妃に、と望む者が増えている」
「お父様、ご心配には及びません」
覚悟はとうに決めていた。彼はハッとした後、寂しそうに微笑む。
「そうか、なら何も言うまい。お前がどんな立場になろうとも、私達の大切な家族だよ」
「ありがとうございます。お父様」
デビュタントの数日前、王家から侯爵家に贈り物が届いた。
淡い色の布地に金の刺繍のドレス。一緒に届けられたアクセサリーは、綺麗な空色で第1王子の色を連想させる。
「デビュタント用のドレスは用意しているのに……」
エミリアーナは呟く。王命である以上婚約も拒否できない。家族も苦い顔をしていたが、どうする事もできなかった。
「届いた以上は仕方がない」
レンブラントはそう言ってはいるが、悲しそうだ。
「エスコートはお父様がしてください」
そうだね、と彼はエミリアーナの髪を撫でた。
◇◆◇◇◆◇
たまの休日以外は、聖女は忙しい。女神に祈りを捧げ、孤児院や療養院での奉仕活動。
今日はその合間の休日で、エミリアーナは趣味の読書を楽しむ。
「お嬢様。ここで過ごすのは久しぶりですね」
「そうね。……そのうち妃教育も始まるわ。そうすれば今よりもっと忙しくなるもの。
いまのうちに自由を満喫しておきたいの」
ゼンは相変わらず護衛だ。エミリアーナは、日焼けした彼を見上げる。
「ちょっと待っていて下さいよ」
彼は辺りをキョロキョロと見回し、指笛を吹いた。
「上手なのね。どうやって鳴らして――」
ピィィ――!
どこからか鳥の鳴く声がする。
「アイビス!」
ゼンが腕を前に差し出す。アイビスは彼の腕に止まり、ぶわっと全身の羽を膨らませ羽を左右に大きく開いた。
庭で弱っていた鳥だ、すっかり元気になったらしい。
「どうです? 仕込んだんですよ」
「そんな事もできるの? 凄いわ。ねぇ、撫でてみてもいいかしら?」
「頭や顔より、背中を軽く撫でてやると喜びますよ」
エミリアーナは立ち上がりそっと手を伸ばす。今回は大人しく撫でさせてくれた。
「アッシュはもちろん知っているのよね?」
「ええ。今は一所懸命に、指笛を練習されていますよ」
「いつも食事を一緒にとっているけれど、それは知らなかったわ」
「指笛が綺麗に吹けるようになったら、お嬢様に見せるんだとおっしゃっていました」
「そうだったの。それは楽しみね」
アイビスは気持ちよさそうに目を閉じている。
「ねぇ、私にも教えてもらえないかしら?」
「指笛をですか!?」
「そうよ。女性でもできるでしょ? お願い」
「それは構いませんが。旦那様には内緒ですよ」
ゼンは人差し指を口に当ててにやりと笑う。暖かな日差しが差す庭で、何度も指笛の練習を続けるふたりの姿があった。
デビュタント当日。
美しく着飾ったエミリアーナは、レンブラントと共に会場へ向かう。
「今夜お前は聖女として、皆の前でお披露目されるだろう。リーバス王子の婚約者としても」
「はい。承知しております」
彼はエミリアーナの方を窺う。レンブラントが心配しているのが分かった。
「お父様。私は大丈夫だと申し上げたはずですよ」
「…………」
しばらく馬車の中に沈黙が流れた――。
「頭では分かってはいるんだ……。ああぁ、それにしても腹が立つな!」
「お父様!?」
向かいに座るリリーも、父の豹変ぶりに顔を引きつらせる。
「大事な娘を王家になどやりたくないんだよ。
それに妃教育って何だ。うちのエミィは完璧だぞ? 今のままで十分なんだよ。
なあ、ライオ。お前もそう思うだろ? そうだよな、フハハハ!」
急に大声を出すレンブラントに、馬車に同乗している者は恐怖で動けない。
「あ、このまま侯爵邸に引き返すか? そうしよう。おい、引き返すぞ!」
馬車の小窓を叩き御者に指示する彼を、ライオとエミリアーナは必死に止める。
御者は驚いて、何度もこちらを振り返っていた。
「旦那様! 落ち着いて下さい! 旦那様!」
「お父様! 駄目ですよ!」
彼はクソッと呟き、ドカッと座席に座る。
「早く婚約者を決めてしまえば良かった。簡単に帰ってくる事も出来なくなるなんて。
……アイツが気に入らなければ離縁すれば良い。エミィは俺が養う。
ドレスの件も忘れてないぞ。あの小僧め、エミィを泣かせたら許さんからな!」
荒れるレンブラントを見ながら、何だか冷静になるエミリアーナ。
人は混乱している相手に接すると、逆に落ち着くのだろう。何とかライオと父親を宥め、会場に到着した。
レンブラントはお酒を飲み続けているので、エミリアーナは途中で放置した。
他の参加者と歓談していると、楽器隊の演奏が始まる。
「皆、注目するように」
台座の後方の扉が開き、次々と王族が入場していく。
「グランデール嬢、こちらへ」
城の侍従に呼ばれ、エミリアーナが案内されたのは玉座だった。
国王が軽く手を上げると、辺りは静まり返る。
「この度聖女としてその力を発現し、水晶に認められたエミリアーナ・グランデール嬢だ。
侯爵家次女であるため、見知った者もおるだろう。
彼女の神聖力は傷ついた者達を癒やし、その力は溢れん程だと聞き及んでおる。
……前聖女が亡くなり二百年あまり経つが、新たな聖女の誕生でこの国の更なる発展を願うばかりだ。
また前例に倣い、第1王子リーバスと婚約を結ぶこととなった。
この場で異議がある者はおるか?」
エミリアーナは、レンブラントの方をちらりと見る。
彼は不機嫌そうに、眉間に皺を寄せていた。
かなり飲んでいたので暴走しないか心配だったが、異議を申し立てる者はいなかった。
「では、みな引き続き楽しんでくれ」
国王はそう言うと玉座へ座り、侍従が手渡したワイングラスを高く掲げ口を付けた。
そもそも王宮の舞踏会の方が参加する貴族も多く、周知するにはうってつけなのだが。余程囲い込みたいらしい。
エミリアーナは貼り付けた笑顔で微笑んでいた。
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