6 華やかな社交界と、私の全力ステルス行動記
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「お父様、何かございましたか?」
「ああ、来たか。そこに掛けなさい」
エミリアーナはレンブラントに促され、静かにソファへ座った。
「旦那様、何かご用意致しましょうか?」
「そうだな、お前に任せるよ。エミィもどうだ?」
「では頂きます。お願いできるかしら?」
セバスチャンは弁えたように、侍女に茶葉を用意させている。
カップに注がれた香茶を、エミリアーナはゆっくりと一口飲んだ。
「……それで話というのは、ひとつではないのだが」
「そうですか」
「……よく聞きなさい。そう悪い話でもない、侯爵家の令嬢としてはな」
決心したようにレンブラントが口を開く。彼は嘆息し、探るようにエミリアーナを見た。
「想像がつくだろうが、ひとつはデビュタントのエスコートだ。王家から打診があった」
「もうですか? 随分早いですね」
数日前の話なのに、とエミリアーナは眉をひそめた。だが、まだ正式にではない。
「お前の希望を優先したいそうだよ。貴族の場合、父親がエスコートするのが習慣だからな。
デビュタントで我が子の手を引くのが、親としての楽しみでもあるのだが」
彼は少し表情を和らげる。
「お前はどうしたい?」
「そんなこと決まっております。お父様と一緒に参加以外ありえませんわ」
「そうか! では王家にはそのように伝えておこうな。
王宮でリーバス王子と会っただろう? 彼の方がいいと言われるかと、内心ヒヤヒヤしていたんだ」
「そのようなこと、あるわけがございません。そもそも王子殿下に興味ありません」
「よく分かったよ、エミィ。この話はここまでにしよう」
彼は破顔して、フンフンと今にも鼻歌を歌い出しそうだった。
セバスチャンの方に顔を向けると、書類の束を持ってくるように告げる。
「こ、これは何ですか……?」
山の様に積まれた釣書の束と、パーティーの招待状を前に彼女は目を丸くする。
レンブラントはフフンと笑った。
「今日1日でこれだったからな。明日からも届くだろう」
何故かセバスチャンも自慢げだった。リリーも両手を組み、感嘆の声を上げている。
「お前が聖女だとバレたようだ。城でエミィを待っている間、何人もの貴族に話しかけられてな。
是非パーティーに招待したいのだと。……現金なものだ」
「行きたくないです。面倒くさいのでお断りします」
「と、取引先だけは出席しないか? セバスチャン、マレインを呼んでくれ。私より彼女の方が詳しいだろう」
マレインと、何故か姉のアンネも一緒にくっ付いてきた。二人は釣書を見てはしゃいでいる。
「この方はちょっとね……。あら! この方は条件が良いわ、ねぇエミィ?」
「お母様が決めていただいた方が早いかと」
「そう? ではこちらのお宅と、あとこちらも。アンネはどう思う?」
「確かこの伯爵家のご子息は、素敵な方でしたよ」
「まあ、そうなの。……釣書は届いているかしら?」
アンネはすでに社交界デビューしており、案外交友関係が広い。かしましい侯爵家の夜は更けていった――。
◇◆◇◇◆◇
「ただのパーティーなのに、準備に気合いを入れすぎだわ」
今夜はスタイナー公爵家子息の誕生日パーティーだ。彼らの誘いを断る勇気がある者は、そうそういないだろう。
エミリアーナは丁寧に磨かれ、メイド達に化粧を施されている。
「お嬢様。とてもお似合いです」
鏡にはサイドの髪を緩く編み込まれたエミリアーナが映っていた。
「変じゃない?」
「女神様が降臨されたと言われてもおかしくないですわ」
彼女達に褒められ、エミリアーナは満更でもない。
「では、行ってくるわね」
彼女はリリーと共に馬車の待つエントランスへ向かう。ロビーには既に両親と姉が待っていた。
「お待たせしました」
「エミィ、よく似合っているわ! 素敵じゃない」
「ドレスを仕立てておいて正解だったわね」
アンネも綺麗に着飾り、マレインは満足げだ。
「うむ。父親としては多少複雑な心境だが。とても綺麗だよ、エミィ」
「旦那様。そろそろ参りませんと」
「行ってらっしゃい」
セバスチャンが促すと、お留守番のアッシュが手を振る。
「では行こうか」
3人は馬車に乗り込み公爵邸へ向かった。屋敷には、続々と馬車が到着している。
マレインはレンブラントにエスコートされ、エミリアーナとアンネはその後ろを歩く。
「レンブラント・グランデール侯爵様、マレイン夫人。ご息女アンネローゼ様、エミリアーナ様ご到着でございます」
その場にいる人々の目が、こちらへ一斉に向く。視線が痛い。
「やあ、久しぶりだね」
両親は慣れたもので、軽く挨拶をしながら奥へと進んで行く。
エミリアーナはしばらく、両親と他の貴族達との会話を側で眺めていた。
「ねぇエミィ、あっちに美味しいケーキがあるんですって。行ってみない?」
アンネに誘われ、空腹を感じていたのでそそくさと移動する。
「あら、美味しいわ。家でも作ってもらおうかしらね、エミィ?」
果物が沢山のったケーキを頬張っていると、入り口の辺りがざわっと騒がしくなった。
人の波が半分に分かれ、金髪が軽快に歩いてくるのが見える。その場にいる者達は、皆一様に頭を下げていた。
「エミィ、リーバス殿下よ」
小声でアンネが囁き、エミリアーナもさっと頭を下げる。
貫禄のある公爵が慌ててリーバスを出迎え、何やら言葉を交わしていた。
「今日は親友を祝福に来ただけだよ、そう畏まらないで。引き続き楽しんでくれ」
誰かを探すように、彼は辺りをぐるっと見回す。エミリアーナはそっと姉の陰に隠れた。彼に見つかると面倒だ。
彼女は少しずつ移動し、王子の視界に入らないように気を付ける。美味しそうな菓子を摘まみながらも、彼女は警戒を怠らない。
「あ、グランデール嬢」
パーティーも終盤に差し掛かり、アンネと両親を探していると不意に声を掛けられた。
伯爵子息で彼女の知り合いらしい。ふたりは話し込んでしまった。エミリアーナは貼り付けた笑顔で会話の終わりを待つ。
「みーつけた! 先日の茶会以来だね、エミリアーナ嬢」
彼女が振り向くと、金髪がニッコリと微笑んで立っている。エミリアーナは諦めて、渋々リーバスに挨拶をした。
「リーバス王子殿下」
「嫌だなぁ、リーバスって呼んでよ。弟はエンデルクって呼んでるんでしょ?」
エミリアーナはグッと詰まる。
「……リーバス殿下」
「他人行儀だね。まあ合格!」
案外粘着質なのは兄弟だからなのだろうか、と彼女は思った。
「アンネローゼ嬢も久しぶりだね」
「ご無沙汰しております」
アンネはカーテシーをすると微笑んだ。
「リーバス殿下お久しぶりです」
伯爵子息も挨拶を交わす。3人は同じ時期に学園に通っていたので顔見知りだそうだ。何やかやと話している。
エミリアーナは微笑みながらそっと後ろへ下がり、必死に両親を探した。
「そうだ! エミリアーナ嬢、また城へ遊びにおいでよ。今度は僕が城の中を案内するよ」
「王妃の茶会に呼ばれたと聞いたが……やはり彼女が聖女だという噂は本当か」
「すでに神殿にて、聖女としての力を発揮されているとか」
リーバスは周りに聞こえるように、わざと大きな声を出す。彼の言葉に、周りの貴族がざわめいた。
エミリアーナは返答に困ったが、隣にいたアンネが周りに聞こえるように大きな声を出した。
「あら殿下、私も参加したいですわ! ねぇ、皆様もそうでしょう?」
「まあ! 私達もよろしいのですか?」
周りにいた令嬢達が集まってきてリーバスを囲むと、期待に満ちた目で彼を見る。リーバスは見た目が良いので、人気があるのだ。
「んっ? そうだね……。では近い内に」
彼はモゴモゴ言うがハッキリしない。
「あら、父上だわ。では両親も参りましたので失礼致します。エミィ行きましょう」
「リーバス殿下、失礼致します」
両親がこちらへ早足で向かって来る。エミリアーナは彼に挨拶し、アンネと共にそそくさとその場を離れた。
リーバス殿下は令嬢達に囲まれて動けないようだ。
「うーん。また逃げられたかな」
「殿下? どうされました?」
「ああ、いや。何でもないよ」
彼は給仕の持つトレイからグラスをひとつ取り、ぐっとあおる。
「これは強硬手段に出るしかないかな? 逃がさないよ?」
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