59 帝国軍、ルート間違えてません?(※間違えてません)
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証言台から連れ出されるバートの背中を見送ると、会場にはどこか重い空気が残った。
リリーが小さく息を吐き、エミリアーナの隣で彼女の手をそっと握る。
「お嬢様。やっとですね……」
その言葉に、ハイゼンが静かに頷いた。
エンデルクは、観衆を見渡すように新たな書類を手に、一歩前に出る。
「では――次の審問に入るとしようか。カレンヌ王国第1王子リーバス。そして、王妃にお尋ねしたい」
会場に緊張が走った。
リーバスが椅子をきしませながら立ち上がるが、王妃はわずかに眉をひそめ無言で座ったままだった。
「まず、こちらを見て欲しい。これはバートランド・グリーンムーン辺境伯が所持していた文書だ。
先ほどの彼の証言と照合したところ、借金の肩代わりをする代わりにエミリアーナ嬢の身柄を引き渡す、という内容が確認された」
エンデルクの手元の書類が、裁判官の席へと渡される。
ハンが受け取り、バレルカ嬢、ジャッジへと順に回っていく。会場はざわつき、王妃がゆっくりと立ち上がった。
「そのような文書、存じ上げませんわ。まさか、捏造されたものではないでしょうね?」
「証人と証拠、両方揃っています。まさか王妃ともあろうお方が、言い逃れされようとするとは思いませんでしたね。
それにおふたりの署名もありますよ?」
エンデルクの静かな声に、王妃の表情がわずかに引きつった。
「……兄上。あなたの口から、この件について説明していただけますか?」
「ふん……茶番だな」
リーバスが腕を組み、会場を睨みつけるようにして言った。
「俺はただ、国の未来を考えたまでだ。ティアナの力が失われれば、聖女の代わりが必要だ。
それがエミリアーナ嬢だった、それだけのことだろう」
「それは誘拐を正当化する理由にはなりません。しかもその行動は、貴族の協力を得て計画された犯行だった。
あなた方は、彼女を地下牢に監禁しようと計画していたとも聞いています」
エンデルクの声が厳しさを増す。
「すでに帝国では、この件に関する証言と記録を確保しています。
辺境伯領で起きた襲撃事件も、王家に雇われた騎士の存在も確認済みです。……兄上。王族の責任として、今こそ真実を語っていただきたい」
「真実……? そんなもの今さら語って何になる! この国のためだった、それで十分だ!!」
会場にいる貴族達から、怒号が上がる。
「静粛に!」
ハンが一喝する。場の騒然とした空気を押し黙らせるように。
エミリアーナはまっすぐにリーバスを見つめていた。もう迷いはなく、目を逸らすこともなかった。
そして彼女の隣、ハイゼンが静かに、しかし確かな声で言葉を放つ。
「あなた方が奪おうとした女性は、帝国が守るべき誇りだ。絶対に奪わせない。……その罪、しかと受け止めてもらう」
「お言葉を返すようですが、そのような契約書が存在していたとして、それが真実であったと誰が証明できるというのです?」
そのときだった。
会場の隅に置かれていたアダペペの錬金植物が、グチャァ……と音を立てて口を開く。
牙のようにぴくぴくと動く葉が、今にも何かを噛みたそうにうねっていた。
証言台の脇で、植物がぐるりとリーバスの方へ顔を向けた――ように見えた。
彼はエンデルクを睨みつけたまま、叫ぶ。
「……これは陰謀だ! 証言も証拠も、全て作り上げられたものだ! 帝国による……!」
その瞬間、嘘喰い草の葉がパサリと跳ね、茎がびしりと伸び上がった。
――パチン。
音を立てて、空中を何かがはじけたような音を立てる。
まるで『嘘』を感知したかのように、植物の舌がリーバスの方へピクリと反応した。
「ひっ……!?」
彼は明らかに怯えた声を漏らす。後ずさる彼の姿を、王妃は冷めた目で見ていた。
「リーバス、落ち着きなさい。取り乱してはなりません」
「母上……! 誰かその気味の悪い物を片付けろ! 早く――!」
怒鳴るリーバスの言葉が会場に響く。彼の近衛隊が動き出したとき扉が勢いよく開かれた。
「た、大変です!! て、帝国軍が!」
「どうした!?」
慌てる兵士が駆け込んできた。
「――はぁっはぁっ! ほ、報告致します! 帝国軍が王都周辺に集結しています!!」
「何だと!!」
「……詳しく説明しろ!」
国王は玉座から立ち上がる。
「帝国軍およそ1万5000! 国境沿いにも、続々と集結しています!」
「ハイグロウゼン殿下! これはどういうことですか!」
国王の言葉に、周りを警備していた兵達が剣を抜く。
「フン。こうでもしなければ、お前達は罪を認めないだろう? エミリアーナは帝国人だ。自国の民を守って何がおかしい。
それに剣を抜いたな? 交戦の意思ありとみて、こちらもそれ相応の対応をさせてもらう」
ハイゼンは剣を抜くと、真っ直ぐ彼らの方へ向ける。
リリーは腰に手をやると短剣を取り出し、エミリアーナを庇うように前に出た。
彼女は逆手に剣を構える。
「リリー!? 貴方……!」
「今度こそエミィ様をお守りできるよう、アイオロスさんとクルーニさんに鍛えてもらったのです」
「クルーニ!? 庭師の彼がどうして?」
「ご存じなかったでしょう? 彼は昔凄腕の冒険者だったそうですよ。危ないですから、お嬢様は後ろに下がっていてください――」
エミリアーナはアッシュが言っていた言葉を思い出していた。
「これだけの数の騎士達が周りを囲んでいるのですよ? 貴方に勝ち目は無い」
「そう思うか? 一国の主にしては、周りのことには無頓着なんだな」
余裕たっぷりの彼に国王は怖じ気づく。
「こちらは罪を犯した者が粛正されれば文句はない。それに俺達を倒したところで、すぐに軍がなだれ込んでくるぞ?」
「……」
「陛下!!」
騎士団長と思われる男性が、黙ったままの国王に叫ぶ。
「みな、剣を下ろせ!」
「早く! 下ろしなさい!」
彼は分が悪いことを瞬時に理解し、部下達に命令する。宰相のスタイナーもそれに続いて声を張り上げた。
彼らはハイゼンの前に進み出ると、深く頭を下げる。
「殿下、申し訳ありません。ここは穏便に済ませていただけないでしょうか?」
「ふん、部下に庇われるとは何とも情けないな」
「ハイゼン――」
普段の彼からは想像できない言葉に、エミリアーナはそっとハイゼンの腕を引っ張る。
「さあ、始めてもらおうか。裁判の続きを――」
王妃の隣で、ティアナの表情がわずかに崩れていた。
その美しい顔に、ほんのひと筋の汗が伝う。彼女が握っていたグラスの中身が、手の震えで静かに波打っていた。
そして、彼女の視線が再びエミリアーナと交差したとき。
わずかに、唇の端が――不自然なほどゆっくりと吊り上がった。
エミリアーナはその笑みに、かすかな異様さを感じ取っていた。
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