57 こんな大事になるなんて聞いてませんわよっ!!
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エンデルクの優しい言葉が、ハウスマン夫人の心を奮い立たせる。
「……わ、私はモンストロ帝国の男爵家で生まれ、カレンヌ王国へ来る前はお屋敷で侍女をしておりました。
ある日私の主人である女性が倒れ、お亡くなりになったのです。人がひとり亡くなったにも関わらず、簡単に捜査は終了しました。
私を含め、雇われていた数人の使用人は責任を問われ、解雇されました」
彼女は震える手で、証言台の手すりを掴む。
「私の両親は商売を営んでおり、そのお屋敷にも出入りさせていただいておりました。
しかし彼女が亡くなったことで、商品を卸していた私の実家にも悪い噂が流れ、商売を辞めざるを得なかったのです。
……私は、彼女の死に思い当たることがございました。
急に増えた使用人達によって、毒と思われる物を混入されている現場を目撃したのです――」
ハウスマン夫人の頬に、静かな涙が伝って落ちる。
「怖かったのです。自分も同じ目に遭うのではと……。逃げるように両親を連れ、このカレンヌ王国へと参りました。
しばらくしてバーバラ様と知り合い、縁あって夫と結婚致しました。ただ、彼女にこちらへ来た理由を詮索され、つい話してしまったのです……」
「……夫人、証言してくれてありがとう。少し落ち着こうか」
エンデルクは引きつるようにしゃくりあげる彼女を気遣う。
「いいえ、私の咎でございます。お聞き苦しいでしょうが、このまま続けてください」
「では、ここからは私が質問しよう。それに答えてくれればいいからね」
「はい、承知致しました」
エンデルクは証言台に歩み寄る。
「バーバラ夫人に毒の混入を目撃した時の話をしたそうだが、どんな風に話したのか今、言えるかい?」
「は、はい。……帝国のメイフラワー伯爵家の使用人が毒を食事に混ぜていた、そう申しました」
「――な、何だと!!」
「どういうことだ!」
会場は一気にざわつく。
「静粛に!! 静粛に!」
ハンが大声で制止するが、ざわめきは止まらない。
グッドマン夫人は俯き、両手をぎゅっと握り締めている。
「静かにしなさい! 退廷させますよ!」
騎士達が剣を抜くと、やっと収まりを見せた。
「そうか……。ハウスマン夫人はその使用人とは知り合いだったのかい?」
「はい。私は小さい頃両親の手伝いで、メイフラワー家にも何度も行ったことがありますので。
彼女とはその時に知り合い、よく一緒に街へ出掛けました」
「そうだったんだね。彼女の他にも毒を混入していた者はいたかい?」
「直接見たのはその時だけでしたが、メイフラワー家から持ち込まれた香茶や食べ物は沢山ございました。
私の両親が伯爵家にも商品を卸していましたので、確かでございます。
当時はメイフラワー家のみに販売した物がございましたが、なぜかそれがお屋敷に置いてあったのです。
我々がすぐに判別できるよう、印も押してありましたので間違いありません」
「そうか、ありがとう」
エンデルクはハウスマン夫人の肩にそっと手を添えると、証言台からゆっくりと離れた。
両手に持った書類を、周りに見えるように掲げる。
「ここに帝国からの報告書がある。当時の使用人達の供述調書だ。
これによると、彼女の他にも毒の混入を見た者や疑っていた者はいたらしい。
ただし、メイフラワー家の使用人達も進んで犯罪を犯していたわけではない。主である伯爵に強制されたと書かれている」
エンデルクは怒りを発散させるように、書類を丸めてバシッと手の平に打ち付けた。
「ところでここにいる諸君らは、亡くなったその女性が誰だったのか気にはならないか? 夫人、彼女の名前を教えてもらえるかい?」
「はい、アンリエッタ・イエローライン様。エミリアーナ様のお母上です」
一気に会場が騒がしくなる。驚いて声が出ない者。両手で口を押さえ、気絶しかけている女性。
「な……、何ですって!!」
バーバラは、知りえなかった事実に驚愕し声を上げる。
ハンが怒鳴るような声を出すが、興奮した会場はしばらく収まらなかった。
「やっと静かになったようだね? ハウスマン夫人、証言してくれてありがとう。もう下がって良いよ」
「はい。……あの、エミリアーナ様に謝罪の言葉を述べさせていただきたいのですが」
「ん? ……エミリアーナ嬢。いいかい?」
「はい」
エミリアーナはゆっくりと頷いて、夫人を真っ直ぐに見る。
「エミリアーナ様。私はアンリエッタ様のご息女でいらっしゃる、ということは最近になって知りました。お母上をお守りできなかったこと、お詫びのしようもございません。
……娘達からは、大変お世話になったと聞いております。
許していただきたいとは申しません。今更だと思われるでしょうが、私の知っていることは全てお話しするつもりです」
夫人はそう言うと、深く頭を下げた。
エミリアーナは涙が溢れそうになるのを、グッと歯を噛み締めて堪える。裁判はまだまだ序盤なのだ。
「……っ」
「大丈夫か、エミィ」
そっとハイゼンが彼女を支えた。エミリアーナは泣きそうな顔で頷くと、夫人の方に向き直る。
「いつか……っ。お嬢様方を交えて、は、母の……お話しを聞かせてくださいませ」
「……は! はい! いつか必ず――」
ふたり共これ以上は何も話さなかった。言葉にせずとも心は通じ合えた気がするからだ。
騎士達に連れられ、ハウスマン夫人は証言台を降りて行く。エイシャとアダリナに迎えられ、抱きしめ合っているのが見えた。
「……ここにいる諸侯らには、エミリアーナ嬢の出生について聞きたいこともあるだろう。
だが、まずはグリーンムーン前辺境伯バーバラ夫人においでいただこうか」
エンデルクが視線を動かすと、騎士が彼女の元へ向かった。
「わ、わたくしは関係ございませんわ! グッドマン夫人がわたくしを陥れようとしているのです」
「先ほどのやり取りを見て、誰が夫人の言葉を信じると思うんだい? それに証人は揃っている。
アダペペ殿の錬金植物も一切反応を示さなかった――。これがどういうことか分かるだろう?」
「……うっ」
既にレインハートとバートは衝撃を受けすぎて、何も言葉を発さなかった。呆然と彼女を見つめている。
「それとグリーンムーン辺境伯、君にもあとで聞きたいことがあるからね? せいぜい言い訳を考えておくんだね」
バートは自分のしたことをすっかり忘れていたのか、サッと顔色が変わった。
「さ、前へどうぞ」
騎士達に促され、ノロノロとバーバラは証言台へ向かう。
彼女の顔色は真っ青を通り越し、真っ白になって血の気が失せていた。
ガクガクと震える手ですがりつくように、手すりに手を置いた。
「夫人、何か言いたいことはありますか?」
ハンは表情を変えずに彼女に尋ねる。裁判官の彼らしく、衝撃の事実を知っても動揺を一切見せなかった。
ジャッジは忙しそうに、相変わらず何かをメモ用紙に書き込んでいる。
「わ、わたくしは……。何も、何もしていないわ……」
チリンと鈴の音が鳴った。彼女は忌々しそうにそれを睨みつける。
ここまで沈黙を貫いていたバレルカ嬢が、諭すように彼女に話しかけた。
「夫人。鈴の音が鳴っていますよ? もうお認めになってはどうですか?」
「こ、こんな物――! 何の証拠にもならないわ!」
「お、おい! 何を言っているんだ、帝国を敵に回す気か!」
「そうだ! いい加減罪を認めろ!」
「静粛に!!」
バーバラの発言を聞いて、見守っていた貴族達から批判の声が相次いで上がる。
「何とも往生際が悪いですねぇ……」
「ええ。どんな事情があろうと、罪は罪。キッチリ償っていただかないと」
「厳しいですねぇ、リリーさん」
「当然ですよ、ママコルタさん。お嬢様が彼らにどれだけ苦しめられたか。絶対に許しませんよ――」
厳しい目つきでバーバラを見据えるリリーの横顔を、ママコルタはじっと見つめていた。
「彼女が羨ましいですねぇ……」
リリーに聞こえないように、彼はそっと呟いて前を向く。
「ではバーバラ夫人には、聴取を受けてもらうこととしよう。ハン裁判官構わないね?」
「はい、殿下。ではそのように手配致します」
「ひ、ひぃっ!」
ハンが手を上げて、指示しようと騎士を呼びつける。
「ま、待って。待ってください――。それだけはどうか許してください」
ブルブルと震えながら彼女は懇願する。この国の聴取は尋問と同義だ。厳しく取り調べられる。
「仕方ないだろう? 夫人は否定しているんだから」
「み、認めますわ……っ。私が彼女を脅していました! でも、それは家の名誉のためでっ――。
わたくしはただ、グッドマン夫人が素直に従えばいいと思って……。なのに、こんな大事になるなんて聞いてませんわっ!!」
彼女は震える声で、力の限り叫んだ。
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