54 クセ強三裁士を召喚しました in 王国裁判 〜全員クセ強すぎ問題〜
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「エミィ……!」
「お父様、お母様。ただ今戻りました……」
――ここはカレンヌ王国の王城の一室。
モンストロ帝国からはるばる訪れたエミリアーナたちに、ひそかに用意された部屋だった。
入国の少し前から、エミリアーナはベールで顔を隠している。素顔が知られれば、大騒ぎは避けられない。
エンデルクの厚意で、特別に両親との再会だけが許された。
「よく……、よく無事でいてくれたね。心配したんだよ……!」
「ごめんなさい、お父様。でもどうしても、こうするしかなかったの」
言葉を交わす間もなく、エミリアーナは父と母の腕に飛び込んだ。
「アンネお姉様やアッシュは……、屋敷のみんなは元気にしていますか?」
「ええ、みんな元気よ。あなたのことをとても心配していたわ」
マレインは彼女の頬を何度も撫で、その目には涙が浮かんでいた。
「お父様、お母様。私、ハイゼン様からすべて伺いました……」
「言ったでしょう、エミリアーナ。あなたは何があっても私たちの子供だって」
変わらぬふたりに、エミリアーナはほっとしたように微笑んだ。
王国に到着してから数日が経ち、今晩はハイゼンとの婚約を祝うお披露目パーティーが開かれる。
エミリアーナは朝から、リリーや帝国のメイドたちによって完璧に仕上げられていた。
「エミィ様、そろそろお時間ですよ」
「ええ……お父様、お母様。会場でまた会いましょう」
リリーの手で、そっとベールがかけられる。
扉のそばには、帝国の礼装に身を包んだハイゼンが、腕組みをして待っていた。
第1王子らしい威厳と優雅さをまとった姿――、だが、どこか彼らしさも残っている。
「エミィ、手を。……ゆっくり行こうか」
「ええ」
周囲を護衛に囲まれながら、ママコルタは横に。リリーも後ろを警戒しつつついてくる。
「ハイグロウゼン第1皇子並びに婚約者様、ご到着されました!」
開いた扉の向こうには、きらびやかな世界が広がっていた。すでに多くの貴族たちが集まり、会場は華やかな熱気に包まれている。
最奥のひときわ高い場所には、この国の王が玉座に腰掛けており、王族たちがずらりと並んでいた。
「ハイゼン、エンデルク殿下がいらっしゃるわ」
「今回の作戦には、彼の協力が欠かせないからな。それに――」
ハイゼンの視線が、会場の片隅にいるひとりの老人に留まった。
にこやかに顎髭を撫でながら、皿にケーキを山盛りにしている人物――。アダペペを見つけると、ハイゼンはにやりと笑う。
「……目当ての人物も、見つけた」
ニヒルな彼の笑顔に、会場の令嬢たちから黄色い悲鳴が上がる。
「あら、大人気ね? ハイゼン」
「……嫉妬してくれたのか?」
「ふふ。……ええ、そういうことにしておいてあげる」
彼はエミリアーナの耳元でそっと囁くと、髪に口づけを落とした。
再び会場の女性たちから悲鳴が上がる。
「俺は君を舐めるように品定めしてる男たちを、今すぐ叩きのめしたい気分なんだがな?」
ママコルタが呆れたように小声でハイゼンに耳打ちすると、彼がこくりと頷く。
王の玉座へと向かう彼らに合わせ、楽器隊が華やかな旋律を奏で始めた。
「皆、静かに!」
宰相スタイナーの声が響き渡ると、会場がしんと静まり返る。
彼が王へと恭しく一礼し、それに続くように貴族たちが一斉に頭を下げた。
「本日は、モンストロ帝国ハイグロウゼン第1王子の婚約を祝う、お披露目の宴である。
この縁が両国の繁栄へとつながることを、心より願っている。どうか、楽しんでいってくれ」
王がグラスを高く掲げると、祝福の声が場内に広がった。
パーティーは和やかな雰囲気のなか進み、挨拶もひととおり終わったころ。
「エミィ、そろそろ行くか?」
「ええ、準備はできてるわ」
エミリアーナは顔にかけていたベールを外し、にっこりと微笑んだ。
「……!? なっ、なんでエミリアーナがいるんだ!?」
「ちょっとっ! バート! どうして彼女があそこにいるのよ!?」
バーバラがバートの肩を掴んで、ガクガクと揺さぶっている。
「おい、あれはグランデール侯爵の令嬢にそっくりじゃないか……」
「俺もそう思った。彼女はたしか、グリーンムーン辺境伯と婚約していたはずだぞ?」
貴族たちがざわざわと騒ぎ出す。
「皆、静かにしなさい!! エンデルク殿下からお言葉を賜ります!」
カレンヌ王国の礼服に身を包んだエンデルクが前に進み出た。
「皆が思っている通り、彼女は正真正銘グランデール侯爵家次女、エミリアーナ嬢だ。
なぜ彼女がハイグロウゼン殿下の婚約者としてここにいるのか――。それを今から説明する。
それには少し準備が必要でね。真ん中を空けてくれるかな?」
彼が軽く手を上げると、会場を警備していた騎士や使用人たちが一斉に動き出す。
左右に分けられた貴族たちの中央には、まるで即席の裁判所のような場が設けられていた。
準備が終わると、騎士たちは会場の出入口を固めて誰も逃がさないように配置につく。
物々しい雰囲気に、ざわめきはさらに大きくなった。
「父上、ここからは私にお任せいただけますね?」
近衛隊に守られたエンデルクは、王に向かってにこりと微笑んだ。
「どういうことだ、エンデルク!」
「……今、兄上には聞いていません」
「なに……?」
「まあ待て、リーバス。……エンデルク、何かあれば分かっているな?」
「ええ、その覚悟はできています」
エンデルクは会場をぐるりと見回すと、さらに声を張り上げた。
「エミリアーナ嬢は、皆が知っている通りグリーンムーン辺境伯の婚約者だった。
しかし、収穫祭の最終日に何者かにより馬車を襲撃されている。実行犯は捕らえられたが、それを指示した黒幕は未だ野放しのままだ。
これより関係者に裁判を受けてもらう!」
ざわめきが一層強まる中、彼は続けた。
「まずはこの場の公平性を保つため、裁判官を3名。諸君らの推薦によって選出したい。ふさわしいと思う者がいれば、声を上げてくれ」
静まり返っていた場内で、ひとりの貴族が名乗りを上げた。
「私は……。ハン・ケツギ殿を推薦する!」
その名に、再びざわめきが起こる。
「あの《鉄仮面の裁き人》か……」
「100件以上の審問を仕切ったという噂もある。公平だが冷徹――。だからこそふさわしい」
ハン・ケツギは会場の一角から、堂々と壇上へと進んだ。
「……ご推薦、お受け致します。責任をもって務めさせていただく所存です」
次に、別の貴族が声を上げる。
「私はバレルカ・ナイカ嬢を推したい! 王宮仕えの頃から《静かなる目》と呼ばれた方だ」
「真実を映す鏡のような目を持つらしい……」
「彼女なら、余計な情を交えず見極めてくれるだろう」
名を呼ばれたバレルカ・ナイカが、静かに壇上へと歩み出た。
所作はひとつひとつが凜としていて、鋭い眼差しが場の空気を引き締める。
「……目は口ほどに嘘を物語る。見せていただきます」
最後のひとりに誰を選ぶか、会場が再びざわついたそのとき。
「……ジャッジ・ミチャダメ殿では、いかがか?」
控えめな声が上がると、場に一瞬の間が走った。
「えっ……。《見ちゃダメ資料を読む男》の?」
「でも彼が目を通すと、解決するって噂あるよな……」
「彼は、記録魔だと聞いたぞ」
ざわつく会場に、書類を小脇に抱えたひょろっとした男が現れた。
ジャッジ・ミチャダメは咳払いをひとつして言う。
「……ジャッジ・ミチャダメです。今日は《見ちゃダメ資料》は、たぶん持ってきてません」
会場にくすくすと笑いが広がる。
しかし3人が壇上に並んだその瞬間、空気は再び張り詰めた。
「この3名を、本件の裁判官として選出する。異論のある者は?」
エンデルクの声に、誰一人として異を唱える者はいなかった。
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