5 聖女のお仕事は、想像力と薪割りから始まる
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3日後。
エミリアーナは馬車に揺られて、神殿へ向かっている。相変わらず無駄に大きな門をくぐり抜け、神殿へと到着した。
今日の出迎えは壮年の優しそうなシスターと、若い神官だった。
「おはようございます。さあ、お手を」
エミリアーナは彼の手を借り、馬車を降りる。
中へ入ると三日前に会ったばかりの司教と、聖女見習いであるティオナが待っていた。
「おはようございます、お待たせ致しましたか?」
「いいえ、大丈夫よ。エミリアーナ久しぶりね」
エミリアーナは、小さな頃からティオナのことが大好きだった。
皆に優しく親切で慎ましい。その佇まいはまるで女神のように美しく、民からも人気があった。
なにより彼女が養女だということに悩んでいた時、ずっと話を聞いて慰めてくれたのはティオナとリリーだったからだ。
「3日ぶりですな、さあこちらへ。これからの予定をお話ししましょう」
随分と増えた護衛と共を引き連れ、ゾロゾロと別室へ移動する。もちろんリリーはエミリアーナの真後ろを歩いていた。
彼女はティオナの横に並ぶと、子供のように満面の笑みを見せる。
「ティオナ様、お久しぶりです」
「ええ、本当にね。しばらく忙しくしていたから、あなたに会えてとても嬉しいわ」
ティオナの動きに合わせ、ストレートブロンドがさらさらと流れる。彼女はすみれ色の瞳を細めて、エミリアーナを見ていた。
「聖女様、あれから何かお身体に変化はございましたかな?」
「何かと慌ただしく過ごしておりましたので、特に気付きませんでした」
「そうでしたか。それでは本日から、少しずつ神聖力の高さを測ってまいりますか」
司教はエミリアーナの答えに満足そうな表情をすると、ピカピカに磨いてある頭を撫でた。
「おはようございます、早いですねぇ」
いつの間にか後ろにいたママコルタが挨拶をすると、司教は彼に指示を出し始める。
彼は頷いて、腕に怪我を負った兵士を一人連れてきた。えぐられたような傷の跡が痛々しい。
「聖女の務めは怪我人の治療が主です。……こちらの兵士の右腕をご覧下さい。
比較的軽い怪我ですので、まずは彼を治療する事から始めましょう」
ママコルタはエミリアーナと兵士を向かい合わせに椅子に座らせた。
彼女は側に立っているティアナを見上げると、彼女は優しく見守ってくれている。
前回と同じように、兵士の腕に片手を近づけ女神に祈る。……しかし何も起こらない。
今度は兵士の腕が丸太のように太くなり、素手で薪割りが出来るぐらい元気な様子を想像をしながら祈る。
彼女の想像の中の兵士は高速で薪を割りながら、こちらに笑顔を向けていた。
ぼんやりと白く淡い光がエミリアーナの手の平からゆっくりと溢れていき、兵士の全身を包むと彼の痛々しい傷が綺麗に跡形もなく消えた。
「なんと! やはり聖女様の誕生だ!」
その場にいる者達から、驚きの声が上がる。エミリアーナは、成功したことにほっと胸を撫で下ろした。
「違和感や、どこか痛いところはございませんか?」
ティオナが彼女の不安げな表情に気付き、兵士に声をかける。
「全くございません! 心なしか腕も太くなった気がします。それに古傷も綺麗に無くなってしまいました!
以前はここに傷があって、腕が動かし辛かったのです」
「それはそれは、ようございましたな」
兵士は古傷があった場所を、周りを取り囲んでいる者達に見せながら小躍りする。
彼らも興奮しているのか、やいのやいのとかなり煩い。司教も聖女の存在が確実になったことに喜んでいるようだ。
「エミリアーナ様、体調は如何です? 吐き気やだるさなんかありませんか?」
「大丈夫です。次の方をお通しして下さい」
「無理はしないでね。具合が悪くなったらすぐに言うのよ? 私もすぐに目眩がするの」
ママコルタに問い掛けられたが、エミリアーナは特に問題なさそうだった。
ティオナは彼女の身体を心配して、優しく声をかける。
次に連れてこられたのは神官だった。見たところ特に怪我はしていないようだ。
「この者はつい最近、毒に身体を蝕まれてしまいましてな。原因は調査中なのです。
すぐに薬を飲ませましたが、未だに完全に解毒出来ておりません」
「毎日身体がだるくて体力が無く、何をするにもすぐに息切れしてしまいます。
どうか私の身体から毒を取り除いて下さい。……お願い致します、聖女様」
「……できる限りの事はさせていただきます」
司教の説明に、神殿は守られた場所という認識だったエミリアーナは恐怖を覚えた。
よくよく見ると、神官の顔色はすこぶる悪い。彼はか細い声でエミリアーナに懇願した。
彼女は、彼の胸の前に両手をかざす。なぜかこうした方が良いと感じたためだ。
全身の毛穴を通して、彼の身体から毒が抜けるよう祈る。エミリアーナの手の平から、強く光が放たれた。
「おお! 今度はかなり眩しいな!」
「少し静かにせんか!」
相変わらず周りの連中は大騒ぎをしているので、司教に叱られている。すでに部屋の中は人で一杯で、廊下にもワラワラと集まってきていた。
エミリアーナは身体から力が抜けるような感覚があったが、気のせいだろうとそのまま治療を続行する。
光が消えると神官の顔は血色が良くなり肌はツヤツヤ、瞳がキラキラと輝いていた。
確かめるまでもなく、元気になったのが分かる。
「如何ですか? 体調は?」
「だいぶ……いやかなり良いです! ずっと身体が重くてだるかったのが嘘のようです!」
わあっと歓声が上がり、少しはにかみながら神官は頭をポリポリとかく。
「いやっほぅ! 治ったぞ! 聖女様ありがとうございます!」
「こら! 何処に行くんだ!」
止められるのも聞かず、余程嬉しかったのか人混みをかき分け、彼は外まで駆けて行ってしまった。
完全に毒を取り除けたのか本人がいなくなったので確認が難しいが、様子を見る限り問題なさそうだ。
その後も次々と患者を治療していくと、ママコルタはエミリアーナの体調を気遣う。
「今日はこの位にしておきませんか? 無理は禁物ですから」
もう少し治療できそうではあったが、彼女は素直に従う事にした。
神殿の者達と挨拶を交わし、侯爵邸への帰路につく。少しでも役にたてたのなら本望だった。
「……ママコルタ司祭ね」
馬車の中でエミリアーナは呟く。
「お嬢様、どうしました?」
「ぶっきら棒だけど、いい人だったわね?」
「そうでございましたね。何事もそつなくこなしていらっしゃって」
彼は群がる神官達からエミリアーナを守りながら、彼女の体調を気遣いしっかり支えてくれていた。
良い人に巡り会えて良かったと、ふたりは馬車に揺られながら今日の出来事を語り合った。
◇◆◇◇◆◇
屋敷に到着すると、母親のマレインとセバスチャンが出迎えてくれた。使用人達が整列し、礼儀正しく頭を下げる。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「みんな、ただいま」
「お帰りなさい、エミィ。疲れたでしょう?」
「初めて事なので緊張していましたから、少し疲れました」
マレインはギュッとエミリアーナを抱きしめた後、そっと両手で彼女の頬を包む。
「お母様、今日は沢山の人々の治療が出来たのです」
「そう、よく頑張ったわね。……本当に私の娘が聖女なんて、何だか遠くに行ってしまうようでちょっと寂しいわ」
「心配しないでください。いつまでもお母様の娘に変わりはありませんから」
「そうね。……そうよね」
エミリアーナは、彼女の背中に腕を伸ばし抱きしめる。マレインは少し涙目になっていた。
「さあ、着替えていらっしゃい。夕食の時にもっと話を聞かせて? リリー、お願いね」
「畏まりました。お嬢様、参りましょう」
リリーは、軽くお辞儀をすると、エミリアーナの斜め後ろを歩く。
自室でリリーに手伝ってもらいながら、エミリアーナは楽なドレスに着替えを済ませた。
彼女はコルセットがとても苦手なのだ。
「できれば1日中楽なワンピースで過ごせたら最高ね」
「何を仰っているんですかお嬢様、駄目ですよ。すぐに夕食の時間になりますからね」
貴族である以上、よほど田舎の領地や別荘でない限り無理なことである。
しばらくして部屋の扉をノックする音がして、夕食の準備が出来たようだ。
家族との食事は穏やかに終了したが、食後に執務室へ来るようレンブラントに告げられていた。
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