46 ティオナの寿命、あとわずか!?
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エミリアーナ達は、すでに重厚な扉の前に辿り着いていた。
どこか荘厳な雰囲気を漂わせるその扉の前に立つだけで、胸の奥が自然と引き締まる。
「ハァ、ハァ……待たせたな」
「大丈夫でした?」
息を整えつつ声をかけるハイゼンに、ママコルタは何かを察しているような気配があった。
「問題ない。……エミィ、扉を開けてみてくれるか?」
「分かったわ」
エミリアーナは小さく頷くと、慎重に取っ手へと手を伸ばす。だが──。
「駄目ね、びくともしないわ」
「俺と替わってみろ」
入れ替わり立ち替わり4人全員が挑戦するも、扉はまるで岩のように静まり返っていた。
「エミィ嬢、神聖力を込めてみたらどうです?」
ママコルタの提案に、エミリアーナは再び取っ手に手を当て意識を集中させる。
その瞬間彼女の手の平から柔らかな光が流れ出し、金属の取っ手を伝って扉全体へと這うように広がっていく。
やがて部屋中を包み込むような眩い閃光が満ち、気づけば彼らはまるで異世界のような空間に立っていた。
天井が見えないほど高く、空に届くかのような本棚が幾重にも連なっている。ぎっしりと詰め込まれた書物たちは、知の重みをそのままに沈黙していた。
「ママコルタ、ここが悠久の間なのか?」
「恐らく。しかし圧倒されますねぇ……。これほど天井が高いのなら、少なくとも城の中という線は無さそうです」
その異様な空間の中、彼らは慎重に一歩また一歩と前に進んだ。
「エミィ、俺の側を離れるな」
「ええ、分かったわ」
ハイゼンは素早く彼女の肩を引き寄せ、そっと抱き寄せる。
その様子にグレゴリーは一瞬だけ、なんとも言えない表情を浮かべたが何も言わなかった。
そんな様子を横目に、ママコルタは1冊の本に手を伸ばす。
「あれ? 取り出せないようになっていますよ」
「本当だ。エミィ、お前も触ってごらん」
グレゴリーに促されエミリアーナも試みるが、やはり本は棚から動かなかった。
「私も駄目だわ」
「それはそうだよ。ここは、僕の意識の中だから」
突然、空中から少年の声が降ってきた。静寂を破ったその声に、場の空気が緊張に染まる。
「何者だ!」
即座に反応したハイゼンは、エミリアーナを後ろへと庇いながら剣の柄に手を掛けた。
「そんなに警戒しないでよ。君たち、知りたいことがあって来たんでしょう?」
声の主はふわりふわりと空中を漂う少年だった。まるで重力すら忘れたような浮遊感をもって彼は笑っていた。
「ハイゼン、待って」
エミリアーナは咄嗟に手を伸ばし、彼の腕に触れて静かに制した。
少年の視線が彼女に向けられる。
「彼女は話が分かるみたいだね? 時の愛し子ちゃん」
「!?」
一同の息が止まった。空気が張り詰める。
「……貴方は、誰なのですか?」
「僕? 僕は、ここの『管理人』とでも言えばいいかな、今は」
「今? なぜ『今』なのです?」
「その時々で、立場が変わるからかな?」
エミリアーナの問いに少年はあっさりと答えたが、彼女にはいまいち腑に落ちない。
「私ではよく分からないわ……」
「では、私から質問させていただきますよ」
ママコルタが一歩、前へと踏み出す。
「うん、いいよ!」
少年は嬉しそうににっこりと笑った。
「まず、時の聖女の力についてですね。聖女には『先を見通す力』があるのですか?」
「うん、あるよ。……ただし全員じゃないし、全部が見えるわけでもないよ」
「やはりそうですか。では、彼女にも?」
「それは僕にも分からない。覚醒しないとね」
「なるほど。つまり、それぞれ力が違うということですね」
少年はひらりと上着の裾を翻すと、くるくる回り始めた。
「その『覚醒』とはどうすれば?」
「あれ? 君、知らなかったの?」
エミリアーナの質問に、少年は本気で不思議そうに首を傾げた。
「はい。何も……」
「シルバーの連中に会ったでしょ? シルバーウッド」
「……アイオロスのことですか?」
「そんな名前だったっけ? まあいいか。で、『欠片』は受け取らなかった?」
「いいえ、何も貰っていません」
「ええっ? どういうこと? まさか知らないわけじゃ……うーん……」
少年は唸りながら、さらに回転のスピードを上げた。
「説明してくれないか?」
ハイゼンが少し強めの声で呼びかけると、少年はくるりと一度回って彼を見た。
「知らないのならしょうがないか。――愛し子が『覚醒』するには、『欠片』が必要なんだよ。
シルバー家の守護をしていた家門が持ってるんだ」
「それが……シルバーウッドという一族なのですか?」
エミリアーナが慎重に問い返す。
「うん。でも、守護者は他にもいたよ。彼らはそのうちのひとつ」
「では、他の家門はどこへ?」
「本当に何も知らないんだね……。まあ、アンリエッタは早くに亡くなったし」
「彼女のことをご存じなのですか!」
グレゴリーがアンリエッタの名前が出たことで、目を見開く。
「彼女も聖女だったもん。……でもね、シルバーウッド家以外は戦争で滅ぼされちゃった」
「誰にだ?」
「カレンヌ王国」
「……っ!」
ハイゼンの問いに少年は淡々と、しかし当然のことのように答えた。
「なんてことだ……。この国の書庫には、そんな記録は一切残されていなかったぞ」
「そりゃそうだよ。また燃やされるかもしれないもん」
「つまり、カレンヌ王国は意図的に記録を消したということですかねぇ?」
ママコルタが静かに確認すると、少年はけらけらと笑った。
「その通りだよ」
「では、記録を残したのは?」
「シルバー家と、シルバーウッドの一族さ。この部屋を造ったのも、記録を消されないようにするためだったんだ。
君たち、本当に何も知らされてないんだね」
少年はあきれ顔で、エミリアーナをじっと見つめた。
「あの……申し訳ありません」
「しょうがないなあ。じゃあ、僕が知ってることなら教えてあげるよ。何が聞きたい?」
「なぜ、記録を燃やしたのか……分かるか?」
ハイゼンはしょげたようにうつむくエミリアーナの肩に手を置いた。
「全員殺しちゃったからさ。都合が悪かったんじゃないの? カレンヌ王国にいた聖女の力が無くなって、シルバー公国と揉めたんだ。もともと同盟国だったのに、それが原因で戦争になったんだって」
「力が……無くなった?」
「そう。突然ね」
少年はぺたんと座り、あぐらをかいた。
「ティオナ嬢のことを聞いても構いませんか? エミィ嬢」
ママコルタがエミリアーナに確認を取る。
「ええ、もちろんよ。私も知りたいわ」
「なになに?」
少年が目をきらきらと輝かせて顔を寄せてきた。
「では、私から……。カレンヌ王国にいる、ティオナという聖女についてです」
「今、あの国に聖女はいないよ?」
「えっ!?」
「どういう意味ですか?」
「どうって……聖女は不在だよ。時の愛し子ちゃんは、ここにいるでしょ?」
「……」
部屋に、ひやりとした沈黙が落ちた。
「では、ティオナという女性は聖女ではない……?」
「うん」
「では、何者なのです?」
「今は……人、かな?」
ママコルタは眼鏡のブリッジを指で押し上げる。
「『今は』、ですか? 彼女はとても長い間生きています。それでも人と呼べるのですか?」
「そうだよ。でもそろそろ寿命かも?」
少年は首を傾げている。
「寿命が分かるのですか!?」
エミリアーナは目を見開いた。
「うん。もうすぐ200年経つもん」
「なっ! 彼女はそんなにも長く生きているのか」
ハイゼンが叫ぶと、少年は楽しげに体を揺らした。
「お兄さん、驚きすぎ」
「まさか……、そんなことがあり得るのか?」
「元は女神だったからね。――時の女神の妹」
少年はまた楽しげにくるくると回転を始める。
「君の『女神様』は、お姉ちゃんの方だよ」
「……なぜ、彼女は人間になったのでしょうか?」
「自分で望んだから、じゃない? 愛した誰かのそばにいたかったのかもね」
少年はエミリアーナに微笑みかける。
「女神の座を捨てて人間になるとはな……。グレゴリー、お前の話の信憑性が証明されそうだ」
「ええ……。私も、まさか本当に事実だったとは」
グレゴリーは額の汗を拭う。
「あの、ひとつ尋ねたいのですが……よろしいですかねぇ?」
少しおとなしくしていたママコルタが、手を挙げた。
「うん、どうぞ」
「ありがとうございます。……人間になった彼女が、どうしてそんなに長生きなのですか?
大抵の人間は、せいぜい70歳前後でしょう?」
「……罰だからだよ。人間になった罰」
少年の顔からすっと笑みが消えた。彼の声は、先ほどまでの無邪気さとは別物だった。神託のように静かで重く、そして抗いがたい。
「さむっ!」
急に部屋の空気が冷え、冷気が4人の体を鋭く突き刺した。
「エミィ、こっちへ」
ハイゼンは即座にエミリアーナの手を引き、自身の腕の中に彼女を閉じ込める。
「出た、全力ボディガード皇子」
「黙ってろ、ママコルタ。エミィ、寒いか?」
「い、いいえ。だ、大丈夫よ……」
エミリアーナの耳元で囁かれ、彼女の体はむしろぽっと熱くなる。
グレゴリーとママコルタはふっと視線を合わせたが、あり得ないとばかりにすぐ目を逸らした。
「あ、あの……どうか、お怒りをお鎮めください」
エミリアーナが懇願すると、少年はふっと笑みを戻した。
「ああ、ごめんごめん。寒かったかな?」
少年が軽く腕を振ると、一瞬で冷気が消え去る。
「……彼女は、自分の役目を放棄した。唆されて、ね」
少年は目を閉じ静かに続けた。
「彼女のせいで、聖女の力が失われてしまった。そりゃそうだよね、力の源が無いんだもん」
「それが戦争の原因に?」
ハイゼンは、まだ彼女を抱きしめたまま少年に問いかける。
「原因のひとつになったのは確かだよ。でも、力がなくても生きてはいける。人には知恵があるから。
だけど、カレンヌ王国は欲を出したんだ。戦争はそれから」
「なるほどな……」
「ハイゼン。そろそろ離してくれる?」
「もう寒くないか?」
「ええ、大丈夫。……あの、他にも聖女は存在するのですか?」
エミリアーナは、ハイゼンの腕を無理やりほどいた。
「今は、愛し子ちゃんだけだよ」
「そうですか……。残念です」
「もうひとつ、質問しても?」
ママコルタが再び手を挙げる。
「うん、いいよ」
「ありがとうございます。ティオナ嬢ですが、どうやらエミィ嬢の神聖力を奪っていたようなのです。なぜだか分かりますか?」
「ああ、それね……」
「ご存じだったのですか?」
「以前も病気を流行らせたんだよ、残りの力を使って。その代わり少し寿命が縮まったけど。ルティオ・ナリス症候群って知ってる?」
「我々はルティオ症候群と呼んでいます。原因不明の奇妙な病気ですよねぇ」
ママコルタは腕を組み、眉をひそめた。口元に浮かぶ微かな苦笑には、どこか思い当たる節があるようにも見える。
「ママコルタ……。ティオナ様の名が病名に入っているわ」
「……ああ、本当ですねぇ」
「不思議な話だな……」
「ええ、全く。我々の常識は通用しない次元の話ですな」
ハイゼンの呟きに、グレゴリーは静かに相槌を打つ。その声音は、すでに理解を超える世界を受け入れ始めているかのようだった。
「そろそろいいかな? ちょっと飽きてきちゃった」
くるくると前転する少年が、猫のようなしなやかな動きでエミリアーナの前に降り立つ。無邪気な笑みを浮かべながらも、どこか底知れぬ空気を纏っていた。
「はい。いろいろと教えていただきありがとうございました」
「うん! また遊びに来てよ、ね?」
エミリアーナが丁寧にお辞儀をすると、少年はふいに抱きついてきた。
子供らしい仕草だったが、その行動には一瞬空間がざわつくような異質さが滲む。
「あっ、彼女から離れろ!」
ハイゼンが素早く手を伸ばすが、それより早く少年の姿はふっと消えた。
「またね! 楽しかったよ――」
その声を聞き終えるより早く、景色が一変する。気がつけばエミリアーナたちは、元いた扉の前へと戻っていた。
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