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嘘つきの護衛に助けられたら皇子でした〜婚約解消から人生逆転〜  作者: 秋月 爽良


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43 あなたが微笑むたび、私は力を失っていた

いつもご覧くださって本当にありがとうございます。

「……ティオナ嬢のことです」

「ティオナ様?」

 

 名前を聞いた瞬間エミリアーナの表情がこわばった。彼女の驚いた顔を見てママコルタはゆっくりと頷く。


「ハイゼン様が侯爵家の屋敷を出た頃からでしょうか。街では奇妙な噂が流れ始めましてね。ティオナ嬢の『神聖力』が、以前よりも明らかに弱まったというのです」

「それは……、どういうことだ?」

「療養院にいた者の話では、以前は一度に複数の患者を癒やしていたのに、今では軽い怪我の治癒にも時間がかかるようです。

……頻繁に目眩を訴えることもあるそうです」

「そんな……」


 エミリアーナは息を呑んだ。まるで自分のことを言われているかのようだった。

 ハイゼンの低い声が響く。


「エミィ、この症状……。何か思い当たる節はないか?」

「まるで私と同じ……」

「ええ、そうなんです。最近神聖力を大量に使うような、大きな怪我はありませんでしたか?」


 思い返すように眉を寄せ、エミリアーナはぽつりと答える。


「小さな怪我の治療なら何度かありましたが……。あっ、馬車を襲撃された時に瀕死の御者を治療したんです。

その後火傷の治療も……」

「その時何か異変は? 目眩や力が抜けるような感覚とか」

「いえ……、その時は夢中で。症状に気づく余裕はありませんでした」

「なるほど……」


 ママコルタの表情が一瞬だけ険しくなる。


「まるで奪われたエミィの力が戻ってきたような、不思議な話ですな」


 屈託のない笑顔のグレゴリーを見て、ママコルタは何事か思い付くとエミリアーナの首元を確認した。


「エミィ嬢。今日はティオナ嬢から頂いたネックレス、身に着けていますか?」

「ええ。それに後日指輪も頂きました」

「見せてもらえますか?」

「……俺が外そう」


 ハイゼンがネックレスと指輪を丁寧に外し、ママコルタに手渡した。


「ありがとうございます」


 ママコルタはアクセサリーを手に取ると、じっと観察しながら言った。


「――仮説ですが、エミィ嬢の神聖力がこれらを媒介にしてティオナ嬢に移った可能性があります。あるいは、奪われたのかもしれません」

「そんな……。ティオナ様が、そんなことをするなんて」


 動揺を隠せないエミリアーナ。ハイゼンは腕を組んで呟く。


「お前は最初から彼女を疑っていたからな……」

「大丈夫かい? エミィ」


 その時、そっとエミリアーナに寄り添ったのはグレゴリーだった。


「逆に否定する証拠があるなら私だって知りたいですよ。だけど今は、これが最も自然な説明なんです」


 ママコルタにハイゼンが問いかける。


「確かにお前の言うことも一理あるな。……ティオナ嬢の神聖力が強くなったのはいつ頃だ?」

「確か……、コウィに滞在している時ですよハイゼン様。突然でした」

「で、でもその時は、ネックレスは着けていませんでした!」

「そうなんですよねぇ……。リリーさんがそう仰って(おっしゃって)いましたね?

しかし、ネックレスを受け取った直後から、あなたの神聖力が低下し始めた。それもまた事実です」

「……もしかして、呪いの類いですかな?」


 グレゴリーの言葉に、その場の空気が凍りついた。


「呪いというより『まじない』に近いかもしれません。私が昔、アンリエッタから聞いた話ですが」


 グレゴリーの語りが始まる。 かつて、人間の男に恋をした女神がいた。想いは報われず、失意の末に女神はすべてを失う。

 その恨みは、呪いという形で人間の女性たちを病に陥れたという。身に着ける物――アクセサリーにまじないを込めて。


「まさか、そんな伝承が……現実に?」


 ママコルタにアクセサリーを返してもらったエミリアーナは、じっとそれらを見つめていた。


「なぜそんなことを……。私のことがお嫌いだったのでしょうか?」

「まだ確定ではありませんよ、エミィ嬢。その可能性があるというだけですから気を落とさないでください。

ねっ、ハイゼン様」


 元気がなくなり俯く彼女に、ママコルタは慌てている。


「そうだな。まだ決定するには時期尚早だ」

「さあさあ、本当に今晩は終わりにいたしましょう。エミィも疲れている様子ですしな。

誰かこの子をを部屋に案内してやってくれるか?」


 グレゴリーが声をかけると、メイド達がエミリアーナを部屋へと連れて行った。


 ◇◆◇◇◆◇


 ハイゼンは深く息をつく。


「……この話、エミィにはまだ話すな。俺から話す」

「承知しました」


 ママコルタは神妙に頷いた。


「それにしても、姿が変わらないというのはどういうことだ? ティオナ嬢はどう見ても20代だが……」

「ええ、ですから調べましたよハイゼン様。 彼女は王国の各地を転々としていました。数十年……いえ、100年以上前から存在していた可能性があります」

「何だと!?」

「彼女は、薬を売って生計を立てていたようです。神聖力を使うこともなく。――ただその薬が、よく効くと評判だったらしいですね」


 誰もが言葉を失う中、ママコルタが静かに言った。


「エミィ嬢の神聖力を奪ったとすれば、聖女を害した重罪です。

証拠がなければどうにもなりませんが、何らかの形で真実を掴まなければなりません」


 グレゴリーがふと首をかしげる。


「でも、なぜ今なのでしょうか? 帝国には聖女が存在していたこともございます。

それなのに、そのティオナという女性が力を奪ったのはエミィだけ。どうして今、あの子を狙ったのか……?」

「確かにグレゴリーが言うように、タイミングが妙だな……」

「考えられるとすれば……、エミィ嬢の神聖力が特別に強かったからかもしれません」


 答えの出ない問いが、部屋を静かに包み込んだ――。


 ◇◆◇◇◆◇


 エミリアーナは出された軽食に手をつけることもなく、静かにベッドの上へと身を投げ出していた。

 高い天井、重たげな静寂、カーテンの隙間から差し込む月光すらも、今夜の彼女を慰めてはくれなかった。


「……ティオナ様」


 その名を唇からこぼした瞬間、胸の奥にあった疑念がまたひとつ疼いた。

 ――本当に、あの人が裏切ったのだろうか?

 信じたくないという想いが、何度も言葉を呑み込ませる。


 手元には、母アンリエッタから届いた一通の手紙。

 封を切ったときの紙の匂い、丁寧に並んだ筆跡がどれも懐かしく、しかし――どこか異質だった。


「……あら?」


 ふと目に留まったのは、便せんの片隅。

 そこには小さくまるで誰かがこっそり忍ばせたかのように、かわいらしい絵が描かれていた。


「これは……お花かしら? それともクローバー……?」


 線は細く、色も淡い。けれど確かに存在していた。

 不思議な温かさと、微かな違和感。まるで、それが『ただの飾り』ではないと告げているようだった。


「……母様が好きだったのかしら?」


 エミリアーナは絵に込められた意味を探るように、じっと目を凝らしたまま次第にまぶたを閉じていく。

 やがて、夢の深みへと静かに落ちていった。


 ――明日、父に訊いてみよう。この絵が、ただの装飾ではない気がしてならないから。


 ◇◆◇◇◆◇


 翌朝ダイニングルームの扉を開いた瞬間、あたたかな香りとともに人の声が耳に届いた。

 けれどその空気は、どこかぴんと張りつめている。


「おはようございます」

「おはよう、エミィ」


 テーブルにはすでに全員が揃っていた。

 エミリアーナは用意された席、グレゴリーの隣へと静かに腰を下ろす。


「よく眠れましたか?」

「ええ、気がついたら眠ってしまっていました」

 

 ハイゼンが尋ねると、彼女は柔らかく微笑んで答えた。

 目の前に運ばれてきた料理は美味しそうだったが、彼女の心は別のことで満たされていた。

 手紙のあの絵のことが、どうしても気になって仕方なかった。


「昨日の手紙なんですが……、母様の便せんに小さな絵が描かれていたんです。父様はお気づきでしたか?」


 一瞬、グレゴリーの眉がわずかに動いた。


「絵だって? いや、そんなものがあったとは……。後で見せてくれるかい?」

「もちろんです」


 エミリアーナは自分の記憶が確かであることを、言葉に強く込めた。


 ◇◆◇◇◆◇


 食事を終えると、ハイゼンが静かに言った。


「もし体調がよければ、今日は王城をご案内しようと思っています」

「承知いたしました」


 その返答に、ママコルタが苦笑する。


「……あのぉ、もっと肩の力を抜きませんか? 我々は一蓮托生でしょう?

私のこの話し方は元々ですが、そもそもエミィ嬢は私よりも地位が高いお方なんですから。息が詰まりそうですよ。

それから私のことはママコルタと呼んでください」

「せめて俺たちだけのときは、砕けた話し方にしてくれないか? エミィ」


 エミリアーナは一瞬戸惑いながらも、隣にいる父が頷くのを確認する。


「……ええ、わかったわ」


 彼女のその言葉とともに、部屋の空気が少しだけ和らいだ。


 ◇◆◇◇◆◇


 彼女は手紙を持ってグレゴリーのもとへ赴いた。

 昨夜、母の痕跡を感じたあの便せんを丁寧に差し出す。


「ここです、父様。この部分と、それからここにも」


 エミリアーナの指先が、便せんの隅を示す。

 だがグレゴリーは何度見直しても、首を横に振るばかりだった。


「……すまない、エミィ。私には何も見えない」


 その瞬間、彼女の心臓がひとつ大きく跳ねた。


「見えないのですか……?」

「お前には、確かに絵が見えているのかい?」

「ええ、はっきりと」


 父には見えないものが、自分には見える。そんなことが果たしてあり得るのだろうか。

 不意に部屋の空気が重くなった気がした。

 それはまるで母がこの手紙に仕掛けた何かが、いま目を覚ましかけているかのような……不穏な気配だった。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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