41 涙と笑いと過剰な歓迎! お父様、感情がダダ漏れです
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「殿下」
「殿下はやめてくださいよ。今まで通りゼンでいいですから」
「それは出来かねますわね」
「では私と同じく、ハイゼン様とお呼びしたらどうです? ハイグレイゼンだと長ったらしくて、言いにくいですからねぇ」
頑ななエミリアーナに、ママコルタは必死だ。
「長ったらしいってお前な……。エミィ様、そうしてくれますか?」
「仕方ありませんわね。ところで帝国の皇子殿下は、他国に留学しておられると聞いていましたよ?」
彼女が呆れたように言うとハイゼンはニヤリと悪そうな顔をした。
「ああ。動き易いように噂を流しました」
「そうでしたか……。でも皇子の貴方がわざわざ私を探しにいらしたのは何故です? 他の方では駄目でしたの?」
「我が国ではより優秀な者が跡を継ぐ、実力主義の国ですからね」
「……私を連れ帰るのがその証明になる、ということですか」
ママコルタは心配そうにふたりの会話を聞いていた。
「他にも理由はありますが……、今言えるのはこれだけです。しかし俺は、貴方を利用するつもりはありませんから」
「……分かりました」
エミリアーナはそのまま黙り込んでしまった。
空気が重くなる中、沈黙を破るのはまたママコルタだった。
「ハイゼン様……」
「お前は黙っていろ」
「はい……」
しばらく馬車の中では誰も口を開かず、沈黙が流れていった。
「……あ、ああそうだ。ハイゼン様はエミィ様とお呼びになっていましたよねぇ? 私もエミィさんとお呼びしても構いませんか?」
ママコルタが無理に話を振り、ハイゼンは少し驚いた表情をする。
「ええ、構いませんよ? ママコルタさんのお好きなように」
「や、やったぁ、ありがとうございます」
「何でお前がその呼び方を許されるんだ」
ママコルタは重い空気を変えたかったのだろうが、ハイゼンはやきもちを焼いている様子だった。
「はぁ? 知りませんよ。では貴方もエミィさんとお呼びすればいいではないですか?」
「ええ、もちろんです。ハイゼン様もエミィで構いませんよ?」
「いや、それは……。でも貴方がどうしてもと言うなら」
ハイゼンが片手を口に当て、少し赤くなりながら言った。
「照れてますねぇ。フフフフ」
「お前は余計なことを言うな」
馬車の中で、また二人のじゃれ合いが始まってしまった。
エミリアーナはそのやりとりを見て、ふふっと笑みを浮かべた。
「おっと、大事なことを忘れていました。これが届いていましたよ」
彼は小さな紙切れを取り出し、エミリアーナとハイゼンにそれぞれ手渡す。
「リリーさんとアイオロス君からですよ」
「リリーから!? 読んでもいいですよね」
彼女は返事を聞くまでもなく、丸められた紙切れを開いた。
「もちろんですよ。……彼女は馬車で移動していましたが、昼も夜も休まずコウィを目指していたようです。
途中で何度も馬車を乗り換えて」
「まあ! 辛かったでしょうに……」
「少しでもエミィさんの役に立ちたかったのでしょうねぇ。予定よりかなり早く到着したようで、アイオロス君も驚いていましたよ」
ママコルタの言葉に、エミリアーナは目頭が熱くなる。
「さあさあ、手紙を読んでみてくださいよ」
―― 親愛なるエミィ様へ
今、私はコウィにいます。
アイオロスさん達に良くして頂いておりますので、
心配なさらないでください。
明日には王都に向け出発するつもりですよ。
いつか必ずお会いできると信じています。
どうかご無事で――。
貴方の親友 リリーより ――
エミリアーナの頬を涙がひとしずく流れた。彼女は胸にリリーからの手紙を抱きしめる。
「今日届いたんですよ。間に合って良かったです」
「エ、エミィ。これを使ってください」
「ありがとうございます」
エミリアーナはハイゼンが手渡してくれたハンカチを受け取り、そっと目に当てた。
「アイオロスからは何が書いてありましたか? ハイゼン様」
「……リリーさんの無事と、バートランドが貴方を探しに来たと書いてありますね。領主のロンド・ムールが上手くあしらったようです」
「エミィさんはあの地で大活躍でしたからねぇ。当然ですよ」
ママコルタはうんうんと頷く。
「そうでしたか。本当に有り難いことです。王都までの帰りの馬車の中で、3人で王都まで馬車でおしゃべりしましたね?
ついこの間のことのように覚えています。楽しかったですね」
エミリアーナは、当時を懐かしく思い出していた。
「ええ。またリリーさんも一緒にお話ししましょうね、必ず」
「お、俺がいる時にしてくださいよ、お喋りは。それと俺のことはハイゼンと呼ぶこと。いいですね?」
「は、はい! ハイゼン」
顔を赤くするふたりを、ママコルタはにやにやしながら眺めていた。
「あの……この馬車はどちらへ向かっているのでしょうか?」
エミリアーナは馬車の窓から外を眺めていたが、行き先が気になる。
「城へ向かう前に、貴方の父上の元へ行くつもりですよ」
「……そうですか。何だか緊張してしまいますわ」
「大丈夫ですよぉ。お父上はエミィさんに会えるのを、楽しみにしていらっしゃいますから。
もう連絡済みですからね、覚悟を決めてくださいよ?」
馬車は豪華な門をくぐり、広大な庭園を横目に走り続ける。侯爵家の屋敷も十分に広かったが、さすがは公爵家。
その規模は一目で違いがわかる。門から馬車止めまでの長い距離に、もうすでに格の違いを感じてしまう。
馬車が止まるとハイゼンが先に降りて、エミリアーナに手を差し出す。戸惑いながらも彼女が降り立つと、目の前には男性が立っていた。
明るい栗色の髪と琥珀色の瞳。その瞳が今、潤んでいるのが見えた。
「……エ、エミリアーナだね?」
呆然とするエミリアーナ。驚きと戸惑いが入り混じった表情で、コクンと頷く。
すると彼はあっという間にエミリアーナを抱き寄せた。
「……ああ、よく生きて――」
「お、お父様……ですか?」
涙がこぼれ落ちる。その顔を見た途端彼女の心が震えた。
言葉にならない感情が溢れ涙がとめどなく流れ出す。
「そうだよ、私がお前の本当の父親だ。顔をよく見せてくれ……。ああ、アンリエッタにそっくりだ……。なあ? コッコ」
彼はエミリアーナから少し身体を離すと、小さく震える手で頬や髪を愛おしそうに撫でる。
「ええ、グレゴリー様。本当によく似ていらっしゃいますね」
エミリアーナの目尻に涙が滲む。コッコと呼ばれた男性も、感情を抑えきれず目尻を拭っていた。
「殿下にご挨拶をしないとな。少し待っているんだよ」
グレゴリーはハイゼンの方を見て頭を下げる。
「ハイグレイゼン王子殿下。無事のお帰りを、首を長くしてお待ちしておりました」
「ああ、少し時間は掛かってしまったが」
グレゴリーが礼を取ると、それに続いて使用人たちも頭を下げる。
「私もいますよぉ」
「おお、お勤めご苦労様でしたな? ママコルタ殿」
ママコルタがひょこっと、横から顔を出す。彼もグレゴリーとは親しいようだ。
「さあ、お話しは中に入ってゆっくりいたしましょう」
コッコに促され頭を下げる使用人達の間を、応接室へと彼らは向かった。
「さあ、私の隣に座って。お二人はそちらへどうぞ。……コッコ、頼むよ?」
「承知致しました」
広い応接室へと入ると、グレゴリーがエミリアーナを自身の隣へ座らせた。
調度品は決して派手ではないが、趣味の良い落ち着いた物が揃えられている。
目の前のテーブルには、美しい細工が施されたカップに注がれた香茶が置かれていた。
準備が済むと、数名を残して使用人達は部屋から退出していく。
「さあ、どうぞ。美味しいから飲んでみて? お菓子もあるよ」
勧められるまま、エミリアーナはカップを手に取り口をつける。彼女は今まで味わったことのないような繊細な味わいに驚く。
「あ、美味しいです……」
「そ、そうかい? 良かった……」
向かいに座るハイゼンはその様子をじっと見守っていたが、エミリアーナが落ち着いたのを確認し口を開く。
「……そろそろ話を進めないか?」
「はっ! 申し訳ありません。余りにこの子が可愛いすぎて、夢中になってしまいました」
「そういうことなら気にするな。当然のことだからな」
「そうですよね!」
なぜかふたりは意気投合している様子で、コッコはグレゴリーの側でまた涙ぐんでいた。
エミリアーナはその情景に、少し呆れ顔のママコルタと目が合う。
彼は軽く頭を振って苦笑していたので、彼女もふふっと笑った。
「わ、笑った? 可愛い! 殿下エミリアーナが笑いましたぞ」
「は、はい?」
「うむ、実に可愛いな……」
彼女を見つめるグレゴリーとハイゼンに、エミリアーナは恥ずかしくて顔が真っ赤になった。
「本当にアンリエッタ様の生き写しのようです。ううっ……」
コッコも更に泣くので収拾が付かない。ママコルタはついに痺れを切らした。
「あのぉハイゼン様、そろそろ進めてもよろしいですか?」
「そ、そうだな。グレゴリー?」
「ええ、お待たせしましたな。エミリアーナも困惑しているようですから、まずは私の自己紹介から始めましょうか」
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