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嘘つきの護衛に助けられたら皇子でした〜婚約解消から人生逆転〜  作者: 秋月 爽良


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40 変身完了、名前は『クロエ』 夫婦設定で国境突破!?

いつもご覧くださって本当にありがとうございます。

 木々が生い茂り差し込む太陽の光を遮る薄暗い森の中を、息を切らしながら走り続ける。


「……うっ。はぁっはぁっ」

「そこの草むらに隠れましょう。さあ、早く」


 彼は苦しそうに息をする彼女を見て、腰の高さまである草むらを見つけ指差した。

 追っ手に見つからないように、ふたりは身を低く屈め息を殺す。


「もう少し俺の側に来てください、見つかってしまいます」

「ええ、分かったわ」


 彼は彼女の腰に手を回し、グイと自分の方へ抱き寄せる。

 彼女がバランスを崩して逞しい胸に抱かれ見上げると、至近距離で目が合って彼は安心させるようにフッと微笑んだ。

 

「体勢がキツいでしょうが大丈夫ですか?」

「……ええ、大丈夫」


 彼女は驚いて曖昧に微笑んだ。


「……でもしばらく離しません」


 彼は彼女の耳元に唇を寄せるとそっと囁いた。吐息が耳にかかると、ドキンと彼女の心臓が跳ねる。

 顔を真っ赤にして恥ずかしくて逃げ出したいが、今は彼の言う通り大人しくしているしかない。

 彼女の背中に回った手で更に強く引き寄せられ押し返そうとするが、ひとまわりも大きな身体はビクともしなかった。

 追っ手の目がこちらを向いていないのを確認すると彼は彼女に顔を寄せ、その低く彼女の脳を痺れさせるような声でそっと囁いた。


「そろそろ行きますよ、心の準備はいいですか?」


 彼の合図で一気に草むらから飛び出した。

 彼女は彼の足手まといになりたくなくて、せめて木の根に足をとられないよう用心深く走る。

 胸の鼓動がドキドキと早鐘を打ち、身体がブルブルと震えた。熱くなった身体と恐怖で頭がどうにかなってしまいそうだった。


「いたか! クソッ、どこへ行ったんだ!」

「どこにも見当たりません!」

「草の根分けてでも絶対にふたりを探しだせ! 捕らえて差し出せば一生遊んで暮らせるぐらい、報奨金がたんまりもらえるぞ!」


 ふたりが森の奥に逃げ込むにつれ、闇はどんどん深くなっていく。

 彼女達が振り返ると、ゆらゆらと揺れていた追っ手の松明の明かりが、少しずつ遠くなっていった。


「その岩の後ろに隠れられないかしら? 少しだけ休ませて、息が苦しいの」


 彼が素早く辺りを見回すと、そこには大人ふたり分はありそうな大きな穴がぽっかりと空いていた。


「ここなら何とか隠れられそうですよ。先に奥へ入ってください」


 彼女を奥にグイグイと押し込むと、彼は剣の柄に手を当てたまま入り口に立ち塞がり、辺りを警戒している。

 大きな身体に入り口を塞がれたことで、彼の香りが彼女の香水と混ざり合って辺りに充満した。

 立ち上る(たちのぼる)その香りと見つかってしまうかもしれない恐怖に、彼女の頭はクラクラとしてふいに彼の背中に縋り付きそうになるのを必死に堪える。

 押し込まれた彼女は、その誘惑を断ち切ろうと大きな彼の背中に不満をぶつけた。


「私、貴方のこと何も知らなかったのね。そこまで長い付き合いではなかったけれど」

「まぁまぁそう言わないでくださいよ、聞きたいことがあれば答えますから。

帝国に何とか入国できれば、俺の仲間がいますし国が保護してくれるでしょう。国境まであと少しですからね」


 彼は辺りをキョロキョロと警戒しながら岩の外に出ると、振り返りその大きな手を彼女に差し出した。

 まだ熱を持った顔を見られたくなくて、彼女はプイとそっぽを向く。


「やっぱりバートとアダム様が計画したのかしら? 婚約を解消するとは言ったけど、そこまで彼に憎まれていたの?」

「……まだハッキリとは言えませんが、彼らが関わっているのは確かです。それに、敵はそれだけだとは限りません」

「どういうこと? それにしても何人ものならず者達を雇ってまで、私を捕まえようとするなんて」

「あまりにも敵が多すぎるんですよ。伯爵風情が雇ったにしては統制がとれすぎています。

まるで国で訓練された、近衛兵や騎士団のように……」


 彼は額の汗を拭う。


「貴方一体何者なの? それに、もうお嬢様呼びは止めてくれないかしら?」

「では聖女様とお呼びしますか?」

「……エミィでいいわ。さあ、早く行きましょう」

「承知しました。エミィ様」


 彼は中々手をとってくれない彼女に痺れを切らすと、その小さな手を優しく包み込むように握った。

 反対の手でグッと細い腕を引っ張り自分の方に引き寄せると、両腕で抱きしめる。


 「もう! 離して」

 「嫌です、もうちょっとだけこのままで。

今は逃げの一手ですが、必ずこの国に戻って貴方をこんな目に遭わせた奴らに報いを受けさせましょう」


 彼は彼女の首筋に顔を埋め、胸いっぱいに息を吸い込んだ。腕の力を緩めると、慌てて離れていく彼女に苦笑する。


 「さあ、行きましょうか」


 一息ついて手を取り合い、ふたりでまた駆け出した。


「ここまで来れば、大丈夫ですかね」


 ゼンは辺りを見回すとふぅと息を吐き出す。エミリアーナは肩で息をしていた。


「……普段あまり運動しないから、さすがに辛いわね」

「国境はもう目の前ですからね。少し辛抱してください」

「ええ、頑張るわ」


 ふたりは森の中で見つけた小屋や洞窟などで休憩を取りながら、数日掛けて国境を目指す。


「街道が塞がれていなかったら、もっと早く着くんですけどね」

「仕方がないわ。地道に行きましょう」


 夜は危険な獣がうろついている可能性が高く、安易に進むこともできない。

 エミリアーナにとっては、歩き疲れた足を休められるので有り難かったが。


「国境の検問所に、手配書の類いが出ていないといいんですが」

「手配書!? バートと言えど、そこまではしないでしょう?」

「それについてですが……、雇われたならず者達は手練れの連中が多かったんですよ。借金を回収する者達にしては、統制がとれすぎていたんです。

「そういえば、そんなことを言っていたわね……」

 

 エミリアーナは薄ら寒いものを感じて、身体をぎゅっと縮こまらせた。


「俺が必ず守りますから、安心してください」

「ありがとう、頼りにしているわね」


 ゼンが彼女の肩をそっと抱き寄せると、彼女は彼を見上げ弱々しく微笑んだ。


「さあ、そろそろ着きますよ。準備をお願いします」

「分かったわ」


 エミリアーナは指輪にもう片方の手を当て力を込める。ゆっくりと彼女の髪と瞳の色が変化した。

 彼女は可愛らしい帽子を手提げ袋から出すと、ポスンと頭に載せる。耳から上の髪が隠れるように深く被った。


「これ、リリーに貰ったの、どうかしら?」

「ええ、完璧じゃないですか?」


 ゼンは彼女の周りをぐるっと回る。


「では行きましょうか、エミィ様」

「ねぇ、その呼び方だと気付かれない?」

「そうですね……。じゃあ、夫婦という事にしておきましょうか」

「ええ、そうね。名前は……ガイとクロエで。いいわね?」


 エミリアーナはスタスタと足早に彼の先を歩いていく。


「早く行かないと変身が解けてしまうわよー」

「……あんまり意識はされていないか。まだまだ先は長そうだな」


 ゼンは嘆息すると、待ってくださいよと彼女の後を追いかけた。


 ◇◆◇◇◆◇


 大きな石造りの頑丈そうな建物がそびえ立っている。左右には見上げるほど高い塀が、国境に沿って遙か遠くまで建てられていた。

 塀の上には見張りだろうか、武装した男達が目を光らせているようだ。


「私、ここに来たのは初めてだわ」


 エミリアーナは気が張っているせいか落ち着かない。キョロキョロと辺りを見回す。


「落ち着いてください。目立ちますからね」

「そ、そうね」

 

 ゼンはそっと彼女の耳元で囁いた。

 エミリアーナは早鐘を打つ胸を両手で押さえ、息を吐き出した。


「次!」


 検問官に呼ばれ、少し俯きぎみに建物の中に進む。

 大きめのテーブルと椅子が設置してあり、剣を携えた数人の衛兵が部屋の隅に配置されていた。

 壁には手配書が数枚貼ってあったので、エミリアーナは自分のものではないかと気が気ではない。


「名前は?」


 椅子に座っていた口髭を生やした男性がふたりに質問する。身分証は辺境伯邸で事前に作成したものだった。


「私はガイ。彼女は妻のクロエです」

「……ガイとクロエだな。出身は?」

「私達は帝国出身です。貴族様のお屋敷で働いておりましたが、このたび帝国に戻ることになりました」


 名前と身分以外は嘘は言っていない。

 検問官は書類に書き込むと、確かめるように二人の顔をじろりと見据えた。


「クロエと言ったな? 顔をよく見せなさい」


 エミリアーナはゆっくりと顔を上げると、彼の顔を見る。


「……よし、いいだろう、次!」


 検問官はサラサラと書類に署名すると、近くにあった印をバンと押した。


「さあ、行こう」


 エミリアーナはゼンに促され、奥の重厚な扉へ震える足で向かう。

 衛兵が扉を開くと両国の間に流れる川の上に、石で造られた吹きさらしの橋が架かっていた。

 真ん中辺りには赤い線が引いてある。

 これさえ超えれば帝国に入国することができるようだ。他にも検問を通った者達がいたが、荷物を背負い直したりと忙しそうにしていた。


「さあ」

「知り合いがいなくて良かったわ」

 

 ゼンに手を取られエミリアーナは一歩ずつ国の境目へと進むと、そっと彼に囁いた。


「手配書も回っていないようでしたね?」

「貴方も確認したのね? 私もよ」


 ふふんと彼女は自慢げに笑う。


「なかなかやりますね」


 国境辺りで、帝国側の扉が衛兵によって開かれていくのが見えた。


「この身分証で、帝国側の検問官に疑われないかしら?」

「大丈夫ですよ」

「随分自信があるのね?」

「元々俺は貴方を探すように命令されて、この国に来たんですから。何かあれば国が保護してくれますよ」

「それもそうね」


 ゼンは無事に検問を通ったからかご機嫌だった。橋の途中で男性がひとり川の方を向いて佇んでいる。

 側を通り過ぎる時、その人物がふいにこちらを振り向いた。


「エミリアーナ嬢。お待ちしていましたよ」

「……!」


 エミリアーナは恐怖で後ずさる。


「マ、ママコルタさん……」

「随分印象が変わりましたねぇ。おや?  髪は染めたんですか?」


 彼はニコニコと目を細めて笑っていた。


「おい! 彼女を怖がらせるんじゃない」

「……!?」


 聞こえてきた声に、彼女は混乱する。


「ああ、すみませんね。そんなつもりはなかったんですよ」


 二人の男性の言い争いが始まった。


「あ、あの……貴方達」

「取り敢えず行きましょうか? 混乱されているようだ」


 ママコルタはさっさと先へ行ってしまう。


「道すがら説明します」


 ゼンは困ったように微笑むと彼女の手を引いて国境を越えた。帝国側の建物に入ると衛兵達が次々と敬礼をして彼らを見送る。


「ゼン、貴方本当に……?」


 検問所を通過し開いた扉を出ると、そこには四頭立ての豪華な馬車が用意されていた。


「さあ、エミリアーナ嬢。乗ってください」


 ママコルタは手を差し出すが、彼女は戸惑っている。


「大丈夫ですよ、そんなに警戒しなくても。私は貴方の味方ですから」

「そう言われて、はいそうですかとは言えんだろ」


 ゼンが未だに呆然とする彼女を馬車の中へと座らせた。


「嫌だなあ。私とエミリアーナ嬢は、一緒にコウィまで旅した仲なんですよ?」

「やめんか」


 文句を言いながら座るゼンと、にこやかに微笑むママコルタが対照的だ。 エミリアーナはふたりのやり取りをじっと見ていた。

 全く喋らなくなった彼女を心配してか、ママコルタが声をかける。


「あ、あのエミリアーナ嬢?」

「はい、何でしょう?」

「……いや、普通に話してもらえませんか?」

「エミィ様。怒ってます?」

「いいえ、全く」


 無表情の彼女に、男ふたりはたじろぐ。エミリアーナはゼンに向かって深く頭を下げた。


「これまでの無礼をどうかお許しください」

「やめてくださいエミィ様。隠していたのはこちらですから」

「そうですよ。貴方様が謝る必要なんてひとつもありません」

「どうぞエミリアーナとお呼び下さい」


 彼らは困った顔をしてお互いの顔を見る。


「これは参ったな」


 ゼンは天井を仰ぎ見ると嘆息した。彼はママコルタに目で合図する。


「そ、そうだ! 何か聞きたいことはありませんか?」

「聞きたいことですか……。あなた方のご身分でしょうか? 差し支えなければで構いませんが」

「そうですよね! まずはそれですよね?」


 チラリとママコルタはゼンの方を窺う。彼が頷くと説明を始めた。


「私は帝国のレッドスター伯爵家の三男です。今は目の前にいらっしゃる、ハイグレイゼン様の側近をしています」

「そうでございましたか。その節は侍女ともども大変失礼な態度を。申し訳ありませんでした」

「もう、止めましょうよぉ。お怒りは分かりますが」

「いいえ、そのようなつもりはございません。ただご身分の高い方ですので、このような言葉遣いになってしまいます。

ご不快でしょうが、どうかお許しください」

「俺は納得できませんね?」


 沈黙していたハイグレイゼンは突然口を開く。


「申し訳ないと思うなら、いつものように話してくださいよ」

「……ですが」

「お願いです。駄目ですか?」

「そうですよぉ。私からもお願いします!」


 ママコルタは両手を胸の前で組んで首を傾げた。


「……嫌と言えないのは分かっているのでしょう?」


 エミリアーナがママコルタの表情に我慢できずに吹き出す。


「笑ってくれたぁ……。良かったですね? ハイゼン様」

「ああ。嫌われたかと思いましたよ」

「しかし今までのようにはいきません。それは構わないでしょう?」

「ええ。構いませんよぉ」


 ママコルタはほっと安堵していつもの調子に戻ったようだ。


「それとおふたりとも、私への様付けは本当に止めてください。いいですね?」


 無事に帝国に入りママコルタに再会できたことで安心したのか、馬車の中ではお互いの近況報告がしばらく続いていた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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