4 リーバスの猛攻と、救世主(ただし粘着質)
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「新たな聖女の誕生で、城では上を下への大騒ぎだったよ。
陛下に拝謁したが、王妃や王子達も同席されていてな……。200年ぶりだから、まあ気持ちも分からんでもないが」
父親のレンブラントは、眉間に皺を寄せる。
「明日、お前を登城させるよう仰せつかった。……謁見後、王妃の茶会に参加させるようにと」
彼は呆れ顔で言うと、エミリアーナをじっと見つめる。
「え? ひとりでですか? 嫌です」
「あくまでも王妃の『個人的な茶会』だそうだ。他の貴族に取られる前に、王家に取り込みたいのだろうよ。
そりゃ嫌だよなぁ、私だって嫌だ」
彼女は貴族としての教育を小さな頃から叩き込まれている。
マナーには問題ないが、王妃の思惑が絡んだ個人的な茶会となると話は別だ。
「お断りしてください」
「いずれは王子妃という事だ。茶会に王子達が参加してくる可能性もあるぞ? 油断するなよ?」
「……お父様、話を聞いてますか? 他人事だと思っているでしょう? お断りしてください」
「失礼にならない程度にはハッキリお断りしたんだが、向こうが聞く耳を持たなかったんだよ。
ある程度大きくなってからと思って、婚約者を決めていなかったんだが……裏目に出てしまったな。
まあ、私も城には一緒に行くから。何とか耐えろ」
レンブラントは両手を顔の前で組むと、はぁと溜息を吐いた。
◇◆◇◇◆◇
翌朝エミリアーナは、レンブラントと城へ向かっていた。馬車の周りには城から派遣された護衛達が張り付いている。
謁見室の玉座には国王が座り、宰相などの高官達が彼女を値踏みするように見つめていた。
「顔を上げよ。……よく来てくれた、楽にするがいい。
聖女の誕生は実に200年ぶりでな、皆そなたに関心を向けておるのだ。
……聖女に関する文献も戦争で焼失してしまった。質問ばかりにはなるだろうが、出来るだけ答えるように」
「は、はい……」
城の高官達はエミリアーナに次々と質問をし、記録係が紙に書き込む。国王も頬杖をつきその様子を興味深く見ていた。
「スタイナー、次の予定を中止にしてくれ。もう少し彼女の話を聞きたい」
「駄目です。何を仰っているんですか、無理に決まっているでしょう?」
「な、何!? ワシは国王だぞ?」
「国王だろうが女神様だろうが関係ありません。仕事が溜まっているんです。
今日だって本当は来週に行う予定でしたのに、無理矢理捻じ込んだではありませんか。さ、行きますよ!」
宰相にぴしゃりと拒否された国王は、あからさまにガックリと肩を落とす。
「もう少し話を聞きたかったが。……エミリアーナ嬢、また来てくれるか?」
「はい、仰せのままに」
次の予定が押しているようで、宰相に急かされながら国王は渋々退席していった。
◇◆◇◇◆◇
「やっと終わりました……。疲れた」
「そうだな。やれやれだ」
解放されたエミリアーナは息を吐く。レンブラントはそんな彼女の様子を見て、隣で笑っていた。
「さあ、もう一息だ。行ってきなさい」
彼女は側で待機していた城の侍女に、王家の個人的な庭へと連行された。
連れて行かれた東屋には、真っ白なテーブルと椅子がセットされている。
「はぁ……相手が他の人なら楽しめるのに」
彼女はボソッと呟いて席に着く。しばらくすると侍女や護衛と共に、王妃がゆっくりと近づいて来るのが見えた。
贅沢なドレスを彼女は上品に着こなしている。
「お待たせしてしまったかしら?」
「いいえ。お気遣いありがとうございます」
彼女の口調は穏やかだった。挨拶を済ませ王妃と共に椅子に座ると、良い香りの香茶と菓子が手際よく用意され始める。
勧められるまま、そのうちのひとつを摘まんだ。
「お茶はどうかしら? 今日の為に他国の茶葉を用意させたのよ?」
「大変美味しゅうございます」
「そう良かったわ。これはなかなか手に入らないの」
「そうでございましたか。わたくしなどに貴重な品をありがとうございます」
エミリアーナは少しだけ皮肉を交えて答えるが、彼女は気付いているのかいないのか、判断が難しい。
「エミリアーナ嬢と呼んでもいいかしら?」
「仰せのままに」
あまり効果が無い気もする。彼女は社交界で培ったスルースキルを駆使しているようだ。
一進一退の攻防で時間があっという間に過ぎるが、控えていた侍女が王妃にそっと耳打ちをした。
エミリアーナが辺りをうかがうと、離れた場所に派手な金髪が揺れている。
薄い金色に、空色の瞳。白い肌に、薄っぺらい華奢な身体。
ピカピカと太陽の光を反射し、その眩しさに彼女は目がやられそうだった。
彼は磨き抜かれた靴のつま先をこちらへ向け、手をブンブン振りながら軽快に歩いてくる。
「母上!」
「リーバス、偶然ね。こっちへいらっしゃい」
王妃は彼を招き寄せる。
「二人は初対面だったかしら? 紹介するわ、第1王子のリーバスよ」
エミリアーナは彼の特徴を姉から聞いていたし、遠目に見たこともあったのですぐに誰だか分かった。
わざとらしい登場の仕方に呆れながらも、立ち上がり丁寧に挨拶をする。
「グランデール侯爵家次女、エミリアーナと申します」
「初めまして、リーバスだ」
そっと彼に手を取られ、甲に軽く口づけをされた。
全身に鳥肌が立ち彼女は手を引っ込めたいが、不敬にあたるので貼り付けた笑顔で耐える。
レンブラントの『耐えろ!』の言葉が、歌詞のように何度も頭の中で繰り返し流れる。
ここは今までの教育の成果を試す試験場だと思うことにした。
「まあ、リーバスったら積極的ね。一緒にお茶でもどうかしら? エミリアーナ嬢も良いわよね?」
「ではご一緒させてもらうよ」
王妃は嬉しそうに微笑んでいるが、そもそもエミリアーナに拒否権はない。
彼女は王子用のカップが用意されるのを、じっと見つめているしかなかった。
「学園では入れ違いになってしまったから、顔を合わせるのは初めてだね。デビュタントはもうすぐかな?」
「左様でございます」
「あら、エスコートのお相手はもう決まっているのかしら?」
「……父にお願いするつもりです」
「失礼だが、婚約者はまだ決まっていないのだったかな?」
リーバスは、エミリアーナの『痛いところを突く攻撃』を繰り出した。エミリアーナはカウンターの機会を狙いながら、『防御』に徹している。
「まあ、そうなの。ではエスコートはリーバスではどうかしら? 周りのご令嬢達は羨ましがるわよ」
「……それは、父に相談してみませんと。わたくしからはお答えできません」
「では正式に侯爵に申し込もう。いいかな?」
「わたくしのような者よりも、もっと殿下には相応しい方がおられるかと――」
エミリアーナは『かわす』を駆使したが、効果は半減しているようだ。
「兄上!」
突如聞き覚えのある声にパッと目を向けると、ひとりの少年がこちらへ急ぎ足で向かっていた。
「やあ、エミリアーナ嬢」
「エンデルク王子殿下。ご無沙汰しております」
「嫌だなぁ、エンデルクって呼んでよ。君と僕の仲じゃないか」
「エ、エンデルク殿下」
「うーん、まあ合格! さあ、座って」
彼はテーブルの側まで来ると笑顔で彼女に挨拶する。エミリアーナは強力な味方の出現に、反撃の機会を見いだした。
若干粘着質なところが短所ではあるが、彼ならば通常の『攻撃』に加え状態異常を付与できるスキルを持っているはずだ。
エンデルクとは、同じ学園の生徒同士で学年も同じ。彼女を椅子に座らせると、彼は兄に向かって抗議する。
「兄上、抜け駆けは無しですよ」
「そんなつもりは無かったんだがな」
そ知らぬふりをして『防御』を選択するリーバス王子。
「では僕もご一緒しても良いですよね?」
エンデルクは、返事を聞く前に椅子に座った。王妃は顔が引きつっているが、嫌とは言えないようだ。
エミリアーナはリーバスと王妃の相手を彼に任せ、やや口論しているふたりをそっと見比べながらお茶を楽しむ。
侯爵家でもお目にかかれないレベルの茶葉は、何度も嗅ぎたくなるような不思議な香りがした。
彼女はテーブルに並べられたお菓子を、一種類ずつ順番に摘まんでは口に放り込む。
バレないようにそっとふたりの顔を見比べた。
エンデルクの母は側妃で、彼の精悍な顔つきは国王に似ているようだ。逆にリーバスの端正な顔立ちは王妃似に思えた。
「エミリアーナ嬢、学園に提出する課題はもう済んだかい?」
「それが最後の仕上げがまだなのです。もう少し調べなくてはなりませんわ。神殿へも参りませんといけませんし、なかなか時間が取れませんの」
「それは大変だ。締め切りももうすぐだし、急がなくてはね」
「ええ、そうですわね」
のらりくらりと『かわす』を選択するリーバスに、エンデルクは『必殺の一撃』を繰り出す。
「グランデール侯爵もそろそろ帰る頃だろう。僕が送っていくよ」
「ありがとうございます。……申し訳ございません王妃様、リーバス王子殿下。父も待っておりますのでそろそろ失礼致します」
「そうかい? もう少し話したかったが、またの機会にするよ」
エミリアーナは差し出されたエンデルクの手を取り、立ち上がった。彼女達の完全勝利の瞬間だった。
頭の中で英雄の歌が繰り返し流れている。
リーバスは、ただ微笑んでいた。王妃は何か言いたげな顔をしていたが。
◇◆◇◇◆◇
「……ありがとうございました、エンデルク殿下」
エミリアーナが、深々と頭を下げる。
「ああ、いやいや。気にしないで良いよ。
……おかしいと思ったんだ。いつも兄上の仕事を手伝うけど、今日は用事で出来ないから全部やってくれなんて変でしょ?」
「まあ、そうでしたか」
レンブラントの元へ向かう廊下で、ふたりでヒソヒソ話す。
「心強い味方がいて安心です、エンデルク殿下」
「そうだよ。これからもどんどん頼ってよ」
エミリアーナはにっこり微笑み挨拶を交わすと、踵を返す。
英雄の歌はまだ流れ続けているがこれ以上誰かに捕まりたくないので、急いで彼女は父親の元へ向かった。
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