34 聖女、誘拐される(ただし主導権は渡さない)
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頭目と呼ばれていたアイオロスは、エミリアーナをじっと見つめている。
エミリアーナも彼を真っ直ぐに見据えた。
「アンタ、本物の聖女だったんだな……」
「あら、正確には聖女だっただわ」
「はぁ? でも神聖力で、血まみれの御者を治療したじゃねえか」
「……貴方、神聖力なんて言葉よく知っているわね?」
「おい、いちいち揚げ足を取るんじゃねぇよ」
デリーが口を尖らせて文句を言うが、彼女の言葉が図星だったようで彼は黙り込む。
エミリアーナの言葉にアイオロスは語気を荒げた。
「ふふ、ごめんなさいね? いろんなことがあり過ぎて捻くれてしまったの」
「お、おう。そうやって素直に謝るんならいい、許してやる」
「ありがとう」
アイオロスは素直なエミリアーナに照れたのか、少し恥ずかしそうにポリポリと頬をかく。
「ぎゃははは! 頭目、照れてんですかぁ? 似合わねぇ、ぎゃはは……痛ぇ!」
ジャハはまた拳骨をもらっていた。
「お前は黙ってろ! ……それでその、アイツは助かるのか?」
「御者の彼のことかしら?」
「そうだ。……アンタのドレスが真っ赤に染まるぐらい出血しただろ?」
「彼は完全に治療したから大丈夫だと思うわ。気を失っていたけれど」
「そ、そうか」
アイオロスは明らかにほっとした顔をしている。盗賊にしては珍しいとエミリアーナは思った。
「貴方達、彼にあんな怪我を負わせて――」
「ちょっと待て。あの時も言ったが、アイツは自分で馬車から落ちて頭をぶつけたんだ」
「でも貴方達が馬車を襲わなければ、彼は怪我をしなかったのよ?」
「それについては悪かったと思ってるよ。アンタがいてくれて助かった」
アイオロスはエミリアーナの言葉にぐっと詰まるが、本当に悪いと思っているのか素直に感謝している。
「俺っち達は殺しはやらないんすよ」
「そうなの?」
「ああ、性に合わねぇんだよな」
ハンターの言葉にデリーとジャハも頷いた。
「今更だから言うが、アンタを引き渡すように言われていた」
「誰に?」
「誰に引き渡すか、は俺にも分からねぇ。ただ小屋に閉じ込めて、出られないようにして去れと言われたからな。
依頼してきたヤツは顔を隠していたが……。俺は辺境伯と、伯爵の息子絡みだと思ってる」
「やっぱり彼なのかしら……。貴方はどうしてそう思うの?」
「バートランドの奴は借金で首が回らないんだよ、賭場でカモにされた。伯爵の息子のアダムも一緒に。
アイツら阿呆そうだからなぁ……。それよりアンタ……、知ってたのか? えらく冷静だが」
能面のような顔をしているエミリアーナの顔を見て、アイオロスは意外そうな顔をする。
「賭場に通っているのは知っていたから、借金のことはなんとなくそう思ったのよ。エイシャとは口論になっていたし。
あの男は私達をどこかに売り飛ばすかして、借金を全額返済しようとしたのかしら? ふふふふふ」
「アハハハ。姉さん楽しそうっすねぇ!」
「でしょう? ふふふふ」
彼女が笑いだしたので、ハンター以外の男達はギョッとしてエミリアーナを見る。
ハンターも笑うので彼女も一緒になって更に笑った。
「お、おいアンタ。大丈夫かい?」
デリーが恐る恐るエミリアーナに声をかけると、エミリアーナはスッと真顔に戻った。
「心配しないで、いま私はとっても冷静だわ。それにしてもバート様――、様はもう必要ないわね。
バートはなぜ私に相談してくれなかったのかしら? 多少なら援助できたと思うのだけど……」
「そりゃ、借金の額がデカすぎだからじゃねぇの?」
ジャハは詳しい金額を知っているような口ぶりだ。
「あら、幾らぐらいかしら? 教えて欲しいわ」
「アンタらの屋敷や財産を全部差し出したとしても、到底足りねぇ額だよ」
「そうなの。それは無理ね、ふふふふ」
「怖いから笑うなって」
デリーは嫌そうな顔をする。
「だって考えたら可笑しくって。貴方達、私がバートの婚約者って知っているでしょう?
どうして、辺境伯領に来たか知っているのかしら?」
「い、いやそこまで詳しくは……」
デリーはニコニコと、朗らかな表情で問いかけてくるエミリアーナに戦慄した。
「そう、じゃあ教えてあげる。神聖力を発現したばっかりに、望んでもないリーバス王子の婚約者にされてしまったの。
私、妃教育も頑張って全部終わらせたのよ。でもね? 力が弱くなったらゴミのようにポイよ!
辺境伯では魔獣の被害が酷いから、バートと協力して対処しろですって。
肝心のバートは執務も何もかも全部私に押しつけて、蓋を開ければ借金まみれ。
挙げ句に私と従姉妹でさえも売り飛ばすなんて。
これって笑っちゃうわよね、貴方達もそう思うでしょ? うふふふふ」
「そうっすね、姉さん。アハハハ」
他の3人はしばらく気まずそうな顔をしていたが、アイオロスが口を開く。
「俺はアンタを向こうに引き渡す気はねぇ。ただ、今回は俺達だったからこうなっただけだ。
他にも傭兵みたいな奴は沢山いたからな。
アンタの護衛で大柄の腕の立つヤツがいただろう? アイツが大暴れしてぶちのめしてたが」
「他の護衛の人達は無事かしら?」
「さあ、分からねえ。俺達は馬車を襲撃するのが与えられた仕事だったからな」
エミリアーナは目尻を拭いながら笑うのを止める。彼女はずっと不思議に思っていたことがあった。
「それで、貴方達はなぜ私を助けてくれるのかしら?」
「アンタ、コウィって行ったことあるだろう?」
「……ええ、行ったわね。確か、領主はロンド・ムールさんだったかしら?」
「そうだ。あそこは俺達の故郷みたいなもんなんだ」
「まあ、そうだったの」
「姉さんが、病気を治してくれたんでやんしょ?」
「ハンター、私の力だけではないわよ?」
「いいんだよ、謙遜しなくってもさ。5日は掛かるところを、2日で来てくれたんだっけかぁ?」
「2日じゃさすがに無理だろ、ジャハ」
「それで私を助けてくれたの?」
エミリアーナがコウィのことをすぐに思い出すと、隣でハンターはニコニコしている。
彼女は自分の髪の毛をじっと見つめるデリーのことが不思議だった。
「いいや、それだけが理由じゃねぇよ。……アンタ、シルバーウッドって知ってるかい?」
「……シルバーウッド。貴方達もそれに関係してるのね?」
「やっぱ知らないか……」
デリーは残念そうな顔をして溜息を吐く。
「それと貴方とか鳥肌立つからさ、名前で呼べば? なぁ、兄ぃ達もそう思うだろ?」
「では、私もエミリアーナかエミィでいいわよ?」
「俺っちは姉さんって呼んでもいいっすか?」
デリーが面倒臭そうにするのでお互い名前で呼ぶことにした。ハンターは彼女が頷くと嬉しそうな顔をする。
「エイシャって子は子爵家の次女だろ?」
「ええ、アイオロスはよく知っているのね?」
「あらかじめ情報は集めておくもんだ。さっきの話を聞いていると、その子はただの怨恨で標的にされただけじゃないのか?
バートランドと揉めたと言っていたな。しかもヤツの母親が、無理にアダムとの縁談を進めてたらしいじゃないか。
俺達はエミリアーナだけは、必ず連れてこいと指示されていたんだ」
「私だけは?」
「そうだ。だが俺達にとって、アンタが聖女かどうかは重要なことなんだよ」
アイオロスは不思議そうに首を傾げるエミリアーナをじっと見つめた。
「でも私の力はとても弱くなってしまったわ……」
「そうっすかぁ? そんな風には見えなかったすよぉ」
「ありがとう、ハンター」
ハンターはげへへと照れ笑いをする。
「とにかく、どうするかよく考えろ。俺達も逃げられたとは報告するがすぐにここを離れる。
こいつらを危険な目に遭わせる訳にはいかないんでね」
「分かったわ。……それと貴方達と連絡を取りたい時は、どうしたらいいのかしら?」
「エミィ、何を言ってんだよ? せっかく自由になれんのに」
「だってデリー、シルバーウッドについて何か思い出すかもしれないでしょう?」
「それはそうだけどさ……」
エミリアーナは彼らが辺境伯の内情に詳しい事に驚くが、今は文句も言っていられないので追求しなかった。
「あとはエミリアーナ、アンタだ。出来ればあの屋敷を離れろ。
標的はお前だから他のヤツはどうにかなる。絶対に見つからないようにしろよ? 味方になってくれそうなヤツはいるか?」
「ええ、侍女のリリーっていう女性がいるわ。黒髪の護衛も。そもそもあの屋敷の使用人は、みんな私に協力的だわ」
「そうか、それなら何とかなりそうだな」
さっきまで逃げることばかりを考えていたエミリアーナだが、アイオロスの指示に従った方が良さそうだと感じていた。
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