32 ゼン、またの名を『本気モード』
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リリーとエミリアーナが部屋でのんびりしていると、誰かが扉をノックする音がする。
エイシャとアダリナがぴょこんと元気な顔を覗かせた。
「エミィ姉さん! 今、時間ある?」
「お邪魔してもいいですか?」
「ええ、ふたりともこっちにいらっしゃい」
「今、香茶をお出ししますね」
ふたりははぁいと返事をして、我先にとソファに座る。リリーはふふっと微笑んで早速お茶の準備を始めた。
「ねぇ、エミィ姉さん。4人で収穫祭に出掛けない?」
「あら、私達もあなた達を誘おうと話し合っていたのよ」
「では、エミィ姉様のご都合の良い時に致しましょうか」
◇◆◇◇◆◇
「わぁ! 見てアダリナ。出店で一杯よ!」
「1年で1番大きなお祭りの最終日だから、人で揉みくちゃにされるのを覚悟しなさいよ。エイシャ」
「それは覚悟の上よ。今日は護衛もたくさん付いてくれているから、きっと大丈夫だわ」
エイシャは次々と目に飛び込んでくる景色を、楽しそうに眺めている。アダリナが言うように最終日は1番人出が多い日だ。
クロードの件が無事に解決したこともあり、傍目から見るとふたりの仲は更に良くなったように見えた。
彼女達が乗った馬車は人混みを避け、祭りのメインストリートより少し離れた場所に停まった。
「ここで待機していてもらえるかしら?」
リリーは御者台に座っている、若い青年に指示を出している。
彼は軽く頷くと腰に付けていた薄汚れたハンチング帽を頭に深く被る。
ズボンのポケットから煙草を取り出し、火を付けると馬車にもたれかかりプカプカと吸い始めた。
エミリアーナ達は護衛に守られながら、気になる出店をのぞいて回った。
「エミィ姉さん。私、あれが気になるわ」
エイシャは甘い匂いを辺りに漂わせている、可愛らしい装飾のお店を目ざとく見つけて指差す。
若い夫婦らしく男性が調理をし、お客の対応は女性がしているようだ。
エミリアーナ達が近づいてみると、小さな丸いパンを油で揚げたものに蜂蜜や砂糖をまぶしてある。
「いらっしゃい、ミニどーなっつです! 揚げてあるので外はカリッと中はふんわりしてて美味しいですよ!
本日は最終日ですので1個おまけしております!」
女性は周りに聞こえるように大きな声を出すと、エミリアーナ達に目を向ける。
彼女は小さな串を刺したパンを皿に幾つか載せて、アダリナの前に差し出した。
「いらっしゃいませ。おひとついかがですか?」
「頂いてもよろしいのですか?」
「はい、是非味見してみてくださいな」
アダリナがどれにするか迷っていると、女性は商品の説明を始めた。
「このふたつは揚げたパンに、砂糖と蜂蜜をそれぞれまぶしてあります。
こちらはパンの生地に花茶の粉を練り込んであるんですよ。上にシナモンが振りかけてあります、珍しいでしょう?」
「わあ、本当ですね。いい香りがします」
「私、全部食べてみたいわ」
「そうねエイシャ、全部美味しそうで決められないわ。多めに買って帰りましょうか」
少々行儀が悪いが、ミニどーなっつを口に放り込みながらそぞろ歩く。
その後も棒に薄く巻いたオムレツや野菜をカリッと揚げた物など、次々と店をのぞいては熱に浮かされたように購入する。
ひとつひとつが安価なこともあり、こうなると人はなかなか止められないものだ。
しかもスポンサーは、潤沢な資金を持っているエミリアーナ。
たくさん買いすぎて彼女達は両手が塞がってしまった。
気が済むまで出店を見て回った後、ここを最後と決めて小さな飴玉を並べている店に入る。
動物や果物の形をした親指ほどの飴は、数種類はありそうだ。小さなカゴに好きな飴を入れていくシステムらしい。
エイシャとアダリナは、まだ夢中で商品を選んでいる。
そろそろ帰ろうかとエミリアーナはふたりに声をかけようとするが、体勢を崩してしまい後ろに倒れそうになる。
危ないと思った瞬間、大きな手が伸びてきて彼女を支えた。
「おっ……と。危ないですよ、お嬢様」
「あ、ありがとう。……ってお嬢様!? それにこの声……」
辺境伯領では彼女をお嬢様と呼ぶ者はもういない。エミリアーナは聞き覚えのある声に、パッと振り返り顔を見上げた。
「ゼン!」
「シーッ。静かにしてください」
彼は人差し指を口に当てて、イタズラ好きな少年のように笑っていた。
「ゼン、貴方どうしてここに?」
「お嬢様、静かにしててください。あとで説明しますから」
「えっ……、ゼン! どうしてここにいるの?」
「おふたりとも静かにしてくださいって。今はそれどころじゃないんですよ」
「どういうことなの、ゼン?」
リリーも彼に気が付くと驚いて大きな声を出したので、彼は慌てて彼女を窘める。
「この店の外に、物騒な連中が数人待ち構えているんですよ。奴ら、お嬢様達の後をずっとつけてましたから」
「警備の者に通報して取り押さえられないの?」
「まだ奴らは何もしていませんからね。捕まえたところで、うまく言い訳して逃げられるだけですよ」
「そう……。リリー、少し落ち着いて」
「はい、エミリアーナ様。申し訳ありません」
リリーは恐怖で小さく震えている。エミリアーナは彼女の肩を抱きよせた。
「今、馬車を店の裏に回してもらっていますから。あ、俺はその青いやつがいいですね、あとこれも。
それと俺のことは、知らない振りをしてもらえると助かるんですが」
彼はちゃっかりエミリアーナのカゴに、自分の好きな飴を幾つか入れさせている。
「それもあとで説明してくれるのね?」
「ええ、お嬢様。……エミリアーナ様とお呼びした方が都合が良さそうですね。とにかくおふたりともお願いしますよ?」
「分かったわ。リリーもいいわね?」
「畏まりました」
「そろそろいい頃か……? ちょっと見て来ますね」
彼女達が頷くと彼は安心させるように、笑顔を見せる。
ゼンは他の護衛にエミリアーナ達の側にいるように頼むと、店の裏手に続く扉へ向かった。
エミリアーナはリリーとヒソヒソ話しながら手早く会計を済ませると、すぐにエイシャとアダリナを連れゼンが向かった扉の前へ移動した。
「エミリアーナ様。私、彼がいることに全く気が付きませんでしたわ」
「私もよリリー。一体いつからこっちに来ていたのかしら?」
「どうしたの? エミィ姉さん」
「大丈夫よ、ふたりとも心配しないで」
エミリアーナは不安そうにしている彼女達の頬を撫でた。
「皆さん、もう行けそうですか?」
「ええ、大丈夫よ」
「では今のうちに、急いで乗ってください」
扉の向こうからゼンが顔をのぞかせると、彼に手伝ってもらいながらエミリアーナ達は次々と馬車に乗り込んだ。
「小麦畑を避けて民家のある街道沿いを行ってくれ。急いで頼む」
ゼンは御者に指示すると、エミリアーナのそばに来て彼女に小さな指輪を手渡した。
「これ無くさずに持っててください。貴方の母上様の形見です。俺もすぐ追いますから」
「えっ、形見? ちょっと!」
彼は何も答えず、軽く手を振って店の表側へ行ってしまった。
◇◆◇◇◆◇
馬車はかなりの速度で走る。座席はそれなりの造りだったはずだが、かなり揺れていた。
誰一人として口を開かないのは、今感じている不安に目を背けたいからだ。
エミリアーナが目の前のエイシャとアダリナを見ると、お互いにぎゅっと手を握り合っていた。
街を抜けしばらく走ると黄金色に染まる小麦畑が見える。
まだこの辺りは収穫されていなかったようで、背の高い穂がゆらゆらと風に揺れていた。
突然馬車がキイィーッと嫌な音をたてて急停車する。エミリアーナはのめり込み、危うく頭をぶつけるところだった。
「みんな、大丈夫!?」
「ええ、何とか」
彼女が呼びかけると全員無事のようだ。馬車の外で男達の争う声が聞こえてくる。
「い、嫌ぁ!」
エイシャはガタガタと震えだした。エミリアーナは彼女を抱きしめると、大丈夫よと何度も励ます。
争う声が聞こえなくなると外が静かになった。エミリアーナは3人を後ろに庇う。
彼女はリリーが前に出ようとするのを手で制した。彼女はエミリアーナの耳元で小声で囁く。
「エミリアーナ様、私が出ます」
「駄目よ、後ろにいなさい」
「しかし……」
「これは命令です!」
リリーは彼女の剣幕にぐっと黙った。
馬車の扉は内側からも鍵が掛けられるようになっているが、ガチャガチャと乱暴に鍵を壊す音がして扉がゆっくりと開かれる。
エミリアーナは、地面に御者が血を流して倒れているのが見えた。
「申し訳……あ、ありま、せん……」
「なんて酷いことを……」
途切れ途切れに言葉を発する御者は、かろうじて生きているようだった。彼女は目の前のならず者達を睨み付ける。
「げへへっ、こりゃあ美人さんばっかりじゃねぇですかぁ」
「ほんとか! どれ……。おっ、いいねぇ。ぎゃははは」
「売っぱらっちまった方がいいんじゃねぇの?」
「それもそうだな。高く売れそうだ」
埃まみれの薄汚れた4人の男達が馬車を覗き込んでいる。
「貴方達、一体何者なのです!? なぜこんなことをするのですか!」
「おーおー、威勢がいいねぇ。俺たちが誰かって? アンタはそんなこと知らなくて良いんだよ」
リリーが叫ぶと、彼らの中でも年上の額に傷のある男が彼女を嘲う。
「目的を言いなさい」
「目的ぃ? そりゃ、アンタ達だよ。なぁ頭目」
「ああ、一緒に来てもらおうか」
エミリアーナの問いに小柄な男が答えると、頭目と呼ばれた傷のある男が馬車の中に踏み込んで来た。
「離しなさい!」
「お嬢様に触らないで!」
「やめて!」
こういった事態では主の本名を呼ばないのは使用人の鉄則だ。
エミリアーナは抵抗するが、腕を男に掴まれ馬車から引きずり出される。
エイシャは泣きながら叫び、アダリナはガクガクと震えて彼女に抱きついている。
「ぐっ――」
「お嬢様!」
「おっとぉ、アンタは出てくんなよ」
リリーは男に行く手を遮られた。エミリアーナは引きずられて、地面に倒れ込んでしまう。
「彼女達に手を出さないで! 他の3人は私の侍女達よ。お金目当てなら私だけで十分でしょう!?」
「そうさなぁ……。あとはアンタだ」
エミリアーナが3人を庇って男達に向かって叫ぶが、頭目と呼ばれた男が綺麗に整えられた口ひげを撫でながらエイシャを指差した。
「おい! アイツを引きずり出せ」
「い、嫌ぁ!」
「止めて!」
命令された手下の男が馬車に乗り込みエイシャの腕を掴む。彼女は半狂乱になっていた。
エミリアーナは咄嗟に彼女の方へ駆け寄ろうとするが、頭目に腕を掴まれて動けない。
「アンタは俺達と来るんだよ。それにしても美人だなぁ」
男はエミリアーナの顎を掴み、自分の顔を近づける。彼女は男を睨み付けた。
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