3 聖女認定と、光る水晶と、不穏な眉間
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「ふあぁ……! んっ、ううん、ごほっごほっ」
エミリアーナは窓の方に顔を向け、欠伸を噛み殺す。明け方まで起きていたからだ。
馬車には父と従者のライオ、もちろん侍女のリリーも済ました顔をして同乗している。
(今日は珍しくお父様が静かね……)
レンブラントは彼女の視線に気づくと、任せろと言わんばかりににんまりと笑った。
しばらく街道を走って目的の場所、神殿に到着する。開け放たれた頑丈な門を馬車は静かに通り抜けた。
エントランスの前には、数名の神官が彼らの到着を待ちわびていた。
「はあぁー。随分と高い天井ですねぇ。レリーフも彫ってあるのですか?」
ライオは驚嘆しきりだ。珍しいのか上ばかり見て歩くので、何度も椅子の足に引っかかっては転びそうになっている。
お祈りに来た民達が腰掛けている椅子を蹴られるので、迷惑そうな顔でチラチラと彼を見上げるが、本人は上を向いているので気付いていない。
「ライオ。前を見て歩け」
「はっ、はい! 申し訳ありません」
彼はとうとうレンブラントに注意され、焦ってばつが悪そうな顔をした。
「お嬢様。ティアナ様はいらっしゃらないようですね?」
リリーがそっと彼女の耳元に顔を寄せて囁く。
◇◆◇◇◆◇
エミリアーナ達は、神殿の奥のこじんまりとした部屋に通された。すでに数名の聖職者達が部屋の中で待機している。
「ようこそいらっしゃいました、グランデール侯爵様。お久しぶりですな」
顔に柔らかな笑みを浮かべた老齢の司教が、口を開く。
「ご無沙汰しております。仕事が忙しくて、なかなかお伺いできませんでした」
彼は少し気まずそうに挨拶を返す。子どもの頃からお世話になっている司教には、頭が上がらないようだ。
「すでにお聞きになっているでしょうが――」
待ちきれないのか、若い神官のひとりが一歩前に進み出た。
「本日はエミリアーナ様のお力を確認させていただきます」
カレンヌ王国では聖女は希有な存在であり、前聖女が存在したのは200年以上前だった。
「聖女見習いの者はおりますが、力が弱く思うように発揮できておりませんでな。
皆、新たな聖女の誕生に浮き足立っておるのですよ」
司教は苦笑している。
「そうでしたか。ご期待に添えられるかは分かりませんが」
レンブラントはエミリアーナの背にそっと手を当て、優しく撫でた。
「では、エミリアーナ嬢こちらへ。早速お願いできますかな?」
司教が祭壇の上に載せられた水晶へと、彼女を招く。
「お嬢様……」
心配そうに見つめるリリー。
彼女に向かって静かに頷き、エミリアーナはゆっくりと祭壇横の階段を登った。
目の前には綺麗に磨かれた丸い水晶が、台座の上に載せられている。聖女の力があれば白い光を放つ、と聞いたことがあった。
エミリアーナはドキドキと胸が高鳴り、心臓が早鐘を打つ。
静かにしてと願いながらそっと両手をかざし、目を閉じた。しばしの沈黙の後、水晶から白く淡い光が放たれ辺りを明るく照らす。
「おお! ひ、光が!」
集まっていた神官達がどよめいている。新たな聖女の誕生にその場にいる者達は沸き立っていた。
エミリアーナが隣にいる司教を見上げると、彼は彼女の小さな手を両手で包み込む。
「貴方は正式に聖女と認められたのですぞ。誰か城へ早馬を飛ばしなさい! さあ、これから大変だよ?」
数名が慌てて扉の方へと駆け出して行く。
「お嬢様!」
「両手の震えが止まらないわ」
ライオはポカンと口を開けたままだったが、リリーもレンブラントも喜んでくれている。
「さあさあ、こちらへ。今後のことを話し合いましょうか」
司教に促され、別室のソファへ腰掛けた。
「失礼しますよ」
眼鏡をかけた真面目そうな司祭が、両手に書類を抱え入ってくる。
司教が何事か囁くと、彼は深々と礼をした。
「では僭越ながら。司祭のママコルタ・レッドスターと申します。どうぞお見知りおきを」
彼は眼鏡のブリッジを、クッと人差し指で上げる。
「早速ご説明させていただきます。まずエミリアーナ嬢の聖女としての力、神聖力と言いますが。
その強さを確認することが必要です」
「先ほど聖女見習いのティオナは在籍していると申し上げましたな?
しかし僅かな力しか持っていないようでして……。確認のためにも、ご息女に是非とも協力していただきたい。」
「確認というのはどのように行われるのでしょう? 覚悟はしておりますが、やはり親として娘が心配なのです」
司教はレンブラントに願い出るが、彼はとても困惑している。養女だが、彼はエミリアーナを実の娘のように思っていた。
ママコルタは、ブリッジを人差し指と中指で上にあげる。
「いえ、ご心配には及びません。まずは軽症の怪我人の手当や、毒の浄化から始めます。
段階を踏んでいきますが、決して無理な事は行わないとお約束致します」
「そういう事なら大丈夫かい? エミィ」
「は、はい。ご期待に添えるよう尽力致します……」
レンブラントはママコルタの方を見て頷いた。
◇◆◇◇◆◇
「では3日後から、という事でよろしいですかな?
……それでは今日はこのぐらいに致しましょう。お気を付けてお帰りください」
「ええ、失礼致します。では行こうか」
司教に挨拶を済ませると、エミリアーナ達は馬車へ乗り帰路の途についた。
侯爵家へ戻ると、家族が今か今かと彼らの帰りを待ちわびていた。
「お帰りなさい、エミィ姉様! やっぱり聖女様だった?」
アッシュが勢いよく抱きついてくる。
エミリアーナは彼の頭を撫でながら、そっと抱きしめた。
「ただいま、アッシュ。それがね――」
「報告は後にしないか? まずは夕食だ。話はその時に」
レンブラントはお腹が空いているようだ。
「えぇ? ……じゃあ楽しみは夕食の時に取っておくわ」
姉のアンネローゼも、楽しみにしてくれていたらしい。
「疲れたでしょう? さあ、一度部屋へ戻って着替えていらっしゃい」
母親のマレインはエミリアーナを抱きしめ、頬を愛おしそうに撫でる。
彼女は着替えを済ますと、ダイニングルームへ急ぐ。すでに家族は着席し、彼女が最後だった。
「お待たせ致しました」
使用人達が配膳を始めると、賑やかな夕食が始まった。
「それで? どうだったの?」
「一応聖女だそうよ。水晶が反応したから」
「やっぱり!」
ナイフとフォークを器用に使いながら、アンネローゼが問い掛ける。
淡々とエミリアーナが答えると、アッシュは大喜びした。
「3日後から聖女としての実力を試すようだ。既に城にも報告が行っているだろう。
明日王宮から呼び出しがあるかもしれん。セバスチャン頼むぞ」
「畏まりました」
「まあ……。あまり日がないのね? ドレスは新しく仕立てた方が良いかしら?」
のんびりとした口調で、マレインが言う。
「すでに沢山持っていますから、お母様。その中からなるべく派手でない物を着て行きます」
エミリアーナは着る物に興味がないので、いつも姉や母に選んでもらっている。あり過ぎても着られないのだ。
彼女は残念そうな母親を横目に、黙々と食事を進めた。
早めに自室に戻ると、ひとりになったところでベッドに飛び込む。多少胸がざわつくが、疲れていたのかいつの間にか眠ってしまった。
翌朝エミリアーナは、遅い朝食をとろうとダイニングルームへと向かった。やはりレンブラントは、王宮から呼び出され外出している。
午後帰宅した彼は、エミリアーナを執務室へ呼び出した。
「お呼びでしょうか? お父様」
「大切な話がある。今日私が王宮へ行っていたのは知っているね?」
いつもちょっとお茶目な彼とは違う様子に 彼女は戸惑った。レンブラントは眉間に皺を寄せる。
彼はセバスチャンと侍女のリリー以外を退室させ、王宮であった事を話し始めた。
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