29 指名手配:クロード、罪状『ちょっと怪しかった』
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馬車の中でアダリナは真剣な眼差しでエイシャを見つめるが、当の本人はエミリアーナの胸に顔をうずめて黙ったままだ。
「エイシャ!」
彼女は眉を吊り上げ、まるで親が子供を叱りつけるかのように大きな声を出した。
いつもは冷静な彼女の変わりように、エミリアーナとリリーは目を丸くする。
「ア、アダリナ。無理に聞き出さなくてもいいのよ?」
「いいえ、それでは駄目です。このまま原因が分からなければ、何も解決しません」
彼女の口調はひどく厳しかったので、声をかけたエミリアーナはそれ以上口を出せなかった。
リリーは口をつぐんで様子を見守っている。
「私達はエミィ姉様にご迷惑を掛けているのよ? 逃げ続けていてもしかたないの。
それにおふたりならきっと味方になってくださるわ。そうでしょう?」
「ええ、もちろんよ」
「わたくしも微力ながら、お力添え致します」
エイシャは彼女達の会話を聞いて、ついに観念したのか気まずそうにそっと顔を上げた。
「両親には内緒にするって約束してくれる?」
「ええ、約束するわ」
時と場合にもよるだろうが、今は理由を聞きたい。
エミリアーナが頷くと、彼女は座席に真っ直ぐ座り直して目を伏せた。
「……以前バートに、パーティーに連れて行ってもらったことがあるって話したでしょ?」
「ええ、覚えてるわよ」
「そのとき賭場も一緒に開かれていて、誘われて参加したの。会場にいるほとんどの人が仮面を付けていたわ。
もちろん私も仮面で顔を隠したけど」
「エイシャ、貴方……」
「未成年の女性をそんな危険な場所に連れ出すなど。……許せませんね」
アダリナは呆れた顔をして溜息を吐く。
リリーの顔が、怒りの形相に変わっていくのが恐ろしかった。
「アダリナもリリーも落ち着いて、話の続きを聞きましょうよ。それからどうなったのか話せる?」
エミリアーナがエイシャに優しく問いかけると、彼女は小さく頷いて口を開く。
「叔母様が縁談を進めている、グッドマン伯爵家のアダム様は覚えてる?
彼とバートは仲が良いの。私アダム様に勧められて……、お酒を飲んでしまったみたい。本当に知らなかったのよ?
いつの間にか眠ってしまって、起きたら仮面は外されていたわ。
その時部屋の中には、私に付き纏っている準男爵家の男性とふたりきりだったの」
「……彼は何か言っていた?」
「私のこと知ってるみたいで、ハウスマン家のエイシャ嬢でしょって。お酒飲んじゃ駄目だよってにやにやしながら言われて。
両親にはパーティーに行くことを禁止されていたから、人違いですって言ってすぐに帰ったわ」
「ちょ、ちょっと待って。貴方はパーティーへの参加を禁止されているの?」
エイシャは綺麗に整えた眉を八の字にして、黙って頷いた。
「それについては、私からご説明致します」
それまで黙って聞いていたアダリナが口を開く。
「私達の母――正確にはエイシャの実母ですが、彼女は元々屋敷に勤めるメイドだったのです。
父と結婚して今は子爵夫人ですが、それをわざわざ話題にしてエイシャを揶揄う者もおりました」
「他人の噂話が好きな貴族は沢山いるでしょうからね」
「エイシャには相手にするなと言っていましたが、我慢できなかったのでしょう。相手の方と口論になることもしばしばありまして」
「それで、パーティーへ参加が禁止されたのね?」
アダリナは黙って頷いた。
「お母様だって、元は男爵家の令嬢だったわ。没落してしまったけど……。
嘘をついてパーティーに参加したから、彼が誰かに話すんじゃないかって不安だったの。
それに私を脅して、縁談を結ぼうとしてるんじゃないかと思ったのよ」
「それで逃げていたのね?」
エミリアーナは、エイシャの珊瑚色の髪を優しく撫でた。
「エイシャが子爵家を継ぐ予定ですので、爵位狙いの縁談はそれなりに多かったのです。
それに彼自身も、爵位を持っていません」
「そうだったの。大抵は長子が継ぐことが多いけれど、アダリナは嫁ぐ予定なの?」
「私は帝国に留学するつもりです。あちらで植物学を専門としている学校がありますから」
リリーとエミリアーナはやっと納得できる理由を知った、と相槌を打った。
「しかし嘘をついたことはともかくとして、その他のことはエイシャ様には責任はありません。
責められるべきは、ひとりだけですね。エミリアーナ様」
「ええ、私もそう思うわ」
当然のように言うリリーは、地獄の門番のような顔をしている。
「とにかくどういうつもりなのか、その男性に問い質してみない? 彼を辺境伯の屋敷に招待してみるわ」
「エミィ姉さん――!」
「大丈夫、私達に任せて。あなたは隣の部屋に隠れていればいいわ。それに問い詰めたい人は、別にもうひとりいるわね。リリー?」
「ええ! さすがに見過ごせませんね」
リリーは手に持った荷物を握りつぶしかねない勢いで、ググッと両手に力を入れた。
◇◆◇◇◆◇
「そこにお掛けになってください」
「は、はい! 失礼致します!」
彼は緊張しているのか、ぎこちなくソファに座った。
「リリー、お願いね」
「畏まりました」
彼女は軽く頭を下げると、手際よく香茶の準備をしている。
扉で隔てた隣の部屋では、エイシャとアダリナが息を呑んでこちらの様子を窺っていた。
街へ出掛けた日から、数日後。
エミリアーナはエイシャに付き纏っているという、準男爵家の嫡男クロード・ライバーを屋敷に呼び出していた。
「ライバーさんとお呼びすればよろしいかしら?」
「は、クロードでもどちらでも構いません」
「ではライバーさんとお呼びしますね」
リリーが良い香りを放つ香茶を入れたカップを、静かにテーブルに置く。
「お口に合うか分かりませんけれど。お菓子もどうぞ召し上がってください」
「い、頂き……ます」
クロードが震える手でカップを持つと、茶器がカチャカチャと鳴った。
エミリアーナはそんな彼の方をちらりと一瞥すると、そっとカップをソーサーに戻す。
「ところで、ライバーさん」
「ははは、はい!」
「落ち着いて。貴方に聞きたいことがあるだけなんです」
クロードは慌ててカップを戻したので、ガチャンと音がした。
エミリアーナは気を落ち着かせようと、すうと深く息を吸って深呼吸する。
「貴方、エイシャのことは知っていますね?」
「もももちろんです!」
「単刀直入に聞きます。彼女に付き纏っているのはどうしてですか?」
「えっ! ぼ、僕が付き纏っている!?」
意外なことに、クロードは目を見開き心外そうな顔をして驚いている。
「ええ。エイシャのあとをつけたり、子爵邸の周りをうろついていたと聞いていますよ?」
「そそそれは! か、彼女のことが心配で!」
「……どういうことでしょう?」
「ぼ……、私はエイシャ嬢が、またアダムに酷い目に合わせられないかと不安だったのです」
「アダムってグッドマン伯爵のご子息?」
何度か聞き覚えのある名前が、彼の口から発せられた。
エミリアーナがアダム違いかもしれないと確認のため聞き返すが、クロードははいと頷く。
「以前彼がその……。パ、パーティーでエイシャ嬢の飲み物に、何か混ぜているのを偶然見たのです」
「それは私設の賭場でのことですか?」
クロードはハッと顔を強張らせる。
「もしかして、彼女から何かお聞きになっておられますか?」
「ええ、大体は。でも本人はあまり覚えていないそうなんです」
「そうでしたか。エイシャ嬢はまだ未成年ですから、お話ししない方がいいかと思いまして」
クロードは緋色の瞳を伏せ、溜息をつく。
「彼女は覚えているか分かりませんが、アダムは寝入ってしまったエイシャ嬢を放置していました。
放置していたというよりは、他の男性にあてがおうとしたように見えたのです。
他にも男性の参加者は沢山いまして、……彼らは面白がって彼女に群がっていました」
「まあ! なんてことを……」
エミリアーナは、隣の部屋に続く扉に視線を投げる。
「あ! 安心してください、何もありませんでしたから。それは私が保証致します。
アダムとバートと私は、元々学友だったのです。彼は昔から女癖が悪いというか……、常に周りに女性を侍らせていました。
次期辺境伯ということもあって、金遣いも荒かったのをよく覚えています」
彼はエミリアーナが安堵したのを確かめると、ひとつひとつ思い出しながらゆっくりとした口調で話す。
冷えてしまった香茶を、リリーが温かいものに入れ直してくれている。
クロードはそれを眺めながら、両手を膝の上で組みソワソワと落ち着きなく言った。
「その……、エイシャ嬢にアダムとの縁談の話が出ていると聞きまして、いてもたってもいられなかったのです。
パーティーで打ち明けようと思って、彼女に話しかけたのですが失敗でした。
なるべく優しくにこやかに接したのですが、逃げられてしまいまして……」
「それで、子爵家に縁談を申し込まれたのね?」
「はい、私は以前からエ――」
「聞いてないわ!」
扉を勢いよくバーンと開き、エイシャが飛び込んでくる。
「エイシャ!」
アダリナは止めようと一所懸命に手を伸ばしたが、間に合わなかったようだ。
「あわわわわっ! エ、エイシャ嬢っ! うわっ、アチチッ」
クロードは驚いて立ち上がろうとしたので、テーブルの端に膝を強かにぶつけた。
熱い茶が注がれているカップは、見事に彼の膝の上にひっくり返る。
「リリー、急いで水で濡らしたタオルを!」
エミリアーナは療養院での患者の治療の経験を活かし、周りに冷静に指示を出す。
「早く彼に手当を!」
リリーも叫ぶと、大急ぎで使用人が部屋へ飛び込んでくる。クロードの服の上から、濡らしたタオルを何度も当て冷やした。
彼のズボンは水でグシャグシャになっていった。
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