27 散財は、全部バート様がやってます
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翌日エミリアーナが朝食をとっていると、アダリナとダイニングルームで顔を合わせた。
彼女らしく丁寧にお辞儀をする。
「お、おはようございます」
「おはよう、よく眠れたかしら?」
はいと元気のいい返事が返ってくる。
エミリアーナは遠慮がちにしている彼女を自分の近くの席に座らせた。
「昨夜遅くまでお喋りしていたから、エイシャはまだ休んでいるのね。今日の予定は何か決めているの? アダリナ」
「本日はこちらの庭に生えている、植物の研究をする予定です」
「あら、興味があるの?」
「はい」
アダリナははにかんでいる。
「そういえば侯爵邸から持ってきていた種が半分残っていたわね。私も仕事が終わったら、今日は庭で作業しようかしら?」
「何の種ですか?」
「月待草っていうのだけど、知っているかしら?」
「ええ! もちろんです。確か寒い地域でないと咲きませんが、その実は動物たちが好んで食べるようです。
ですので、わりと広範囲に生えているらしいですよ」
「そこまでは知らなかったわ。侯爵邸の庭にも植えてみたのだけど今どうなっているかしら?」
エミリアーナはアッシュと庭師のクルーニに手伝ってもらいながら、一緒に植えたことを思い出す。
「では、お仕事を終えられるまでお待ちします。エミリアーナ様」
アダリナはそう言うと、エミリアーナに微笑み食事を続けた。
「エミリアーナでいいわ」
「で、ではエミリアーナさんと呼ばせていただきます」
恥ずかしそうに頬を赤く染める彼女は可愛らしい。楽しいお喋りと食事にふたりはいつもより沢山食べてしまった。
予定通り執務を終えたエミリアーナは、廊下を庭へ向かって歩く。
「あっ! いた!」
振り返ると、エイシャがこちらへ走ってくる。
「走っては駄目よ、エイシャ」
「そうだったわ。ごめんなさい」
初めて会った時と比べると、彼女は見違えるほど素直になった。
「お仕事は? もう終わったの?」
「ええ、これからアダリナと一緒に、庭の花壇に種を植えるの」
「私も一緒に行ってもいい?」
「もちろんよ。行きましょう」
花壇にはすでにアダリナが待っていた。
「お待たせしたかしら?」
「いいえ、私もさっき来たばかりです」
アダリナは厚い植物図鑑を手に持ち、大きめの手帳に何やら書き込んでいる。
「私達が住んでいる子爵家の屋敷では、ここまで沢山の植物は植えられていないんです。
ここは花壇がとても広く造ってありますから。
しかも屋敷の裏には林があって、そのまま広い森に続いています。
珍しい植物の種が、森の生き物によって運ばれてくることも多いのではないかと」
「詳しいのね」
彼女は思っていたよりかなり本格的に勉強しているようだ。
「アダリナは学園でも家でも、図書館ばっかり通っているのよ」
「だって本が好きなんだもの」
「さあさあ、早速始めましょう!」
また口論が始まりそうだったので、エミリアーナはふたりの間に割って入る。
3人で、庭師に手伝ってもらいながら種を植えていった。
「ねぇ、エミリアーナ」
「エミリアーナさんでしょ!」
エイシャがちょっと口を開いた途端、アダリナはすでに喧嘩腰だ。
「あら、呼び捨てでいいわ。エミリアーナは長いからエミィでも。親しい人にはそう呼ばれていたの」
「じゃあ、エミィ姉さんでどう? いずれ従姉妹になるのだし」
「じ、じゃあ私もエミィ姉様と呼ばせていただきます」
ひととおり植え終わるが、人数が多かったせいか案外早く終わってしまった。
「ねぇ、エミィ姉さん。今から3人でお茶会でもしない?」
エミリアーナもアダリナもいいわねとすぐに賛成した。
少し冷えてきたので、室内へと入る。
「私、エミィ姉さんの部屋がいい!」
エイシャに強請られ、エミリアーナの部屋へと移動した。小さな丸いテーブルを囲むように3人で座る。
リリーは珍しい高価な香茶を出してくれた。もちろん美味しそうなお菓子の準備も忘れていない。
「うわぁ、良い香り」
「ありがとう、リリー」
彼女の気遣いにエミリアーナがお礼を言うと、リリーは黙って微笑む。
バラの香りのお茶に、ふたりはとても喜んでくれた。
「案外質素なのね? もっと家具とかドレスとか、沢山あるのかと思っていたわ」
「エ、エミィ姉様、バート様はお出掛けなのですね。お仕事ですか?」
「そういえば彼はいないわね?」
エイシャは相変わらず遠慮がないので、慌ててアダリナは誤魔化そうとする。
昨日から姿を見せないバートのことも、ふたりは気になるようだ。
「ええ、今回もかなり前から出掛けていらっしゃるわよ」
「今回もっていつもってこと? でも屋敷の執務は、バートがいないと困るんじゃないの?」
「今は私が処理しているわ。まだ入籍していないから署名できないけれど。
バート様には、戻られた時にまとめて署名をお願いしているわね」
「えっ」
ふたりはきょとんとした顔をする。
「ふたりともどうしたの?」
「私達が聞いていた話と全然違うわ、エミィ姉さん」
「エミィ姉様。バート様が仰るには執務はご自身で全て処理なさっている、と聞いているんです」
「そうなの? なぜそんな嘘を……」
「確かに親族が集まった時に言っていたわよね。……でも私ちょっと変だなって思ってたの」
エイシャは思い出しながら首を傾げた。
「エイシャ、どういうことかしら?」
「何度かバート様に連れて行ってもらったパーティがあるんだけど……。
参加した人達と賭場を何処で開催するか、相談しているのを見たわ。彼、頻繁に参加しているみたいよ」
「そうだったの。……お金をたくさん懸けていたかどうかは分かる?」
「うーん、ハッキリした金額までは分からないわ」
「私的な賭場でお金を懸けることは、この国では禁止されています。さすがにそこまではしていないと思いますが」
アダリナは眉間に皺を寄せている。
「賭け事ってそんなに頻繁にするものなの? そりゃあ、たまには息抜きに遊ぶこともあるだろうけど。
ああ、それと開催場所は参加者で順番を決めているみたいだったわよ?」
「私には、取引先と商談があると仰っていたわね。バート様は」
エミリアーナは溜息を吐いた。
「お仕事もあるのかもしれませんが、領主というのは屋敷での執務に追われるものです。
子爵の父でさえそうですから、辺境伯なら尚更だと思います」
「その賭け事に参加しているから帰って来られないってことかしら?」
エミリアーナの言葉にふたりは静かに頷いた。
「ありがとう、ふたりとも教えてくれて。バート様には私から確認してみるわ。
……そういえばドレスは何処で仕立ててるの? お勧めのお店はある?」
「私達ふたりとも、街で一番人気のお店よ」
重くなった空気に、エミリアーナはふたりが好きそうな話題に変えた。
エイシャは着ているドレスを見せつけるように、手でひらりと広げてみせる。
「レースが素敵なドレスね。私も一度お願いしてみようかしら?」
「えっ」
「えっ……と、どうかした?」
ふたりはまた驚いている。アダリナが恐る恐る口を開く。
「あの、街の方には出掛けられたことはないのですか?」
「あるにはあるけれど、ほとんど療養院と孤児院ばかりね」
「……エミィ姉さん。こっちに来てからドレスはどうしていたの?」
「ドレス? 実家から持ってきた物があるから、それを着ているわよ」
エイシャの質問にエミリアーナが不思議そうに答える。
「アクセサリーとかは?」
「そういえば、まだ購入したことはないわね。そうよね? リリー」
侍女のリリーの方へ、3人で顔を向ける。
「そういえば、こちらではまだございませんでしたね。……新しいお茶をお出ししましょうか」
「どうしたの? ふたりとも」
リリーが手早く準備するのを見ながら、エミリアーナは何故ふたりが呆然としているのか分からなかった。
「あの、エミィ姉様。私達はバート様から、貴方は頻繁に街に出掛けて散財していると聞いていました。
……それでお金の遣り繰りが大変だとも」
「まあ!」
「アダリナ。バートが言っていたあれは嘘だったのね」
「自分の物を購入するのなら、自分の財産から払うわよ? まだ私達は夫婦ではないから」
侯爵家から持参金を持たせてもらっているし、王家からも少なくはない額の慰謝料も頂いた。
バートに頼らずともやっていけるだけの財産を、エミリアーナは持っている。
「なぜそんな嘘をつくのかしら?」
なぜ彼がそんなことをしているのか分からなくて、エミリアーナは考え込んでしまう。
ふと彼女達が黙り込んでしまったのに気付いて、笑って誤魔化した。何とも気まずい。
「そ、そそそうだわ! わたくし、今度街をご案内致します!」
「アダリナ、声が大きすぎるから!」
「す、すみません……」
「いいのよアダリナ、ありがとう。是非お願いするわね」
アダリナがいきなり立ち上がり大声を出した。耳を両手で塞いでエイシャが叫ぶ。
しゅんとして椅子に座るアダリナの背中を、エミリアーナがそっと撫でる。
「ああっ、ずるい。アダリナだけ」
エイシャはなぜか嫉妬しているようだ。彼女の頭も撫でてやると嬉しそうに笑う。
「エミィ姉さん。初めて会った時は失礼なことを言ってごめんなさい」
「もう気にしてないわよ?」
エイシャは申し訳なさそうに謝罪すると、気にしてないと言われてバツが悪い顔をした。
エミリアーナは苦笑する。
「羨ましかったの。聖女様ってみんな大はしゃぎで……」
「そうだったの。でも確かに私も最初は驚いたわよ?」
「ごめんなさい……」
「明日か明後日、街を案内してくれる? 可愛いふたりに贈り物をしたいわ」
アダリナも俯いていたエイシャも、エミリアーナの言葉に顔をほころばせた。
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