26 預かりものは、菓子好き×2
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「……」
「叔母様、どういうことですか!?」
エミリアーナの笑顔が凍りつく。
アダリナは聞かされていなかったのか、大きな声を出してバーバラを咎めた。
「……お義母様、理由を教えていただけますか?」
「最近子爵家に、エイシャ宛ての求婚の手紙が届いたのよ」
「求婚ですか?」
「ええ、それが準男爵家の嫡男らしいの。
準男爵と言っても父親の一代限りらしくて、領地は持っていないけれど商家だそうよ」
バーバラは嫌そうな顔をして、眉間に皺を寄せる。
「お断りしたいということですか?」
「それがね……」
「叔母様! それ以上は言わないでってお願いしたじゃないの!」
「でもここに置いてもらうのに、理由は話せませんでは済まないでしょう?」
エミリアーナに説明しようとするが、エイシャが大きな声を出して邪魔をする。
バーバラは当たり前だとでも言うように、彼女を窘めた。
目の前で繰り広げられる口論を眺めながら面倒臭い問題を持ち込んできたわね、とエミリアーナは香茶を一口飲んだ。
「エイシャ、少し黙っててちょうだい」
バーバラはピシャリと言い放ち、エイシャを黙らせた。彼女の方を見るとふてくされている。
周りに聞き取られないように少し前屈みになりながら、バーバラはエミリアーナに顔を寄せた。
「最近その男性が、子爵家の屋敷の周りをうろつくようになったのよ。エイシャの後ろをつけ回したりもしたらしいわ」
「それは……危険ではないですか? 相手の家には苦情を入れられたのですよね?」
「それが、エイシャが放っておくようにと言ってきかないの」
バーバラが彼女をチラリと見ると、エイシャは気まずそうに目を逸らした。
「いくら理由を聞いても言わないから、私達ではどうしようもなくて……」
「そうでしたか……」
「だからしばらくここで預かってもらえないかしら?
この場所は相手の男性も知らないだろうし、何より護衛の数が多いから安心だわ」
確かに子爵家も決して小さくはないが、辺境伯と比べると大きさも護衛の数も雲泥の差だ。
「この子には良い縁談を用意しているの。邪魔されたくはないのよ」
「私、アダム様と結婚するのは嫌! 複数の女性と親密にしているもの。結婚したとしてもいつかきっと浮気するわ」
「何を言っているの? 相手はグッドマン次期伯爵なのよ。この上ない最良の相手だわ。
それにこの縁談を取り次いでもらうのに、私達がどれだけ苦労したと思っているの。
お金が潤沢にあって、毎日が充実していればそのうち気にもならなくなるわ」
ある程度人生を経験をした女性にはそうだろうが、結婚を夢見る少女にとってはひどい助言だ。
エイシャは嫌そうな顔をしているが、バーバラは気にもしていないようだった。
ふとエミリアーナがアダリナを見ると、彼女は恥ずかしそうに顔が真っ赤になる。
にこっと微笑むと、気まずそうだが微笑み返してくれた。
「アダリナさん、どうぞ、召し上がってみて?」
「は、はい!」
バーバラとエイシャの口論が終わらないので、彼女にテーブルの上のお菓子を勧めてみる。
今回のお菓子はリリーとふたりで厳選したものだ。彼女は元気よく返事をすると、お菓子をひとつ摘まんだ。
「わあ、美味しい! こんなに美味しいお菓子は初めて食べました」
「そう? お口にあって良かったわ」
あれもこれもと次々に勧めると、彼女はひとつひとつ美味しそうに食べてくれる。
嬉しくなったエミリアーナはもっと食べろと言わんばかりに、彼女の前にお菓子を積み重ねていった。
バーバラのお説教から逃げたいのか、じっと見ていたエイシャもお菓子を摘まみだした。
「これ本当に美味しいわ、他にも種類があるのね。アダリナそっちと交換してくれる?」
「エイシャ、まだ話は終わっていないわよ」
バーバラが彼女を窘めるが、彼女は今はお菓子に夢中だ。
溜息をひとつ吐くと、彼女はエミリアーナの方を向いた。
「ごめんなさいね。こういう事情なのだけど、こちらでお願いできるかしら?
エイシャも食べてばかりいないで、何とか言いなさい」
「お、お願いしまぁす……」
口をまだモグモグさせているが、きちんと頭を下げる。
「私は構いませんが、バート様の了解をいただかないといけません。ここの当主は彼ですから」
「それなら大丈夫よ! 絶対に嫌とは言わせないから、安心してちょうだい」
「承知致しました。ではいつから――」
「わ、わわわたくしも! わたくしもこちらへ滞在させていただいても、良いでしょうか!」
突然アダリナが椅子から立ち上がり、右手を真っ直ぐに上に挙げると顔を真っ赤にして叫んだ。
みな驚いて、呆然と彼女を見る。
「どうしてアダリナが出てくるのよ!」
エミリアーナは、エイシャの声にハッと正気に戻った。
「私が見張っていないと、エイシャがまた何か仕出かすかもしれないでしょう!?」
「しないわよ! 私だって切羽詰まってるの!」
「信じられないわ!」
また喧嘩が始まってしまった。
「まあまあふたりとも落ち着きなさい。申し訳ないけど、アダリナも一緒にいいかしら?」
「ええ、もちろんです」
「ええー、何でよ」
「ありがとうございます!」
エイシャは不満そうだが、エミリアーナはアダリナと一度ゆっくりお喋りしてみたかったのだ。
アダリナは嬉しそうに、両手の平を胸の前で合わせている。
「では日にちはいつにしますか? 準備などもございますでしょうから」
「私は早ければ早いほうがいいわ、叔母様」
「そうね、エイシャ。明日か、明後日ね」
バーバラはそう言うと、肩の荷が下りたのか冷えてしまった香茶を入れ直してもらっている。
しばらく歓談したあと、3人はご機嫌で帰って行った。
「お嬢様、お疲れになったでしょう?」
「血のつながりを感じられた気がするわ」
自室に戻るとリリーは苦笑していた。エミリアーナがしみじみと言うと、彼女はぷっと吹き出した。
「そうでございますね、案外エイシャ様も可愛らしいものです」
「少し楽しみになってきたわよ、リリー」
「それはようございました」
彼女との初対面は最悪だったが、今日の態度を見ると何だか和んでしまった。
エミリアーナはふふと思い出しては笑う。
リリーは久しぶりに彼女の笑顔が見られて嬉しかった。
「リリー。ふたりが来るのなら、私もお嬢様ではなくエミリアーナと呼んで欲しいわ」
「そうでございますねぇ。気を付けます」
「では午後は彼女達の部屋を用意しないといけないわね」
やる気の湧いてきた彼女は、食事をとると意気揚々と執務室へと向かった。
◇◆◇◇◆◇
「エミリアーナ様、到着されたようですよ」
「あら、早かったわね」
翌日の午後遅く、早速エイシャとアダリナは辺境伯の馬車に乗ってやって来た。
窓からダッドリーと覗くと門をくぐり、エントランスへ向かっている。
「窓には外から中が見えないように、厚めのカーテンが引かれているんですね」
「万が一を考えて、子爵家の馬車ではなく辺境伯の馬車で迎えに行かせたのよ。
護衛には、ふたりにカーテンを開けさせないよう注意してあるわ」
馬車がエントランスに到着すると、周りを護衛や使用人に囲ませふたりを屋敷内に招き入れた。
エミリアーナは少し早足で向かう。
「いらっしゃい、途中で何も無かったかしら?」
「はい、大丈夫でした。これからよろしくお願い致します」
「私も! お願いしまぁす」
「早速だけど、部屋へ案内するわね」
ふたりは辺境伯家の馬車で送迎してもらえたのが嬉しかったようで、上機嫌だ。
使用人に目配せすると、大量の荷物を持った彼らは一斉に部屋へと移動する。
エミリアーナと同じ二階の日当たりの良い部屋を、隣同士で使用してもらうことにした。
「足りない物があれば遠慮なく言ってね」
フカフカの大きなベッドに有頂天になっているふたりは、はぁいと返事をする。
「レーモン、あとをお願い」
エミリアーナは彼に指示すると執務室へと戻る。
その日の夕食は、賑やかで楽しい時を過ごしたのは言うまでもない。
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