20 この屋敷、実質ふたりで回してます。レーモンとダッドリー、時々バート
いつもご覧くださって本当にありがとうございます。
「やあ、お待たせ。何の話で盛り上がってるの?」
「香茶の話ですよ。今度3人で、お茶談義をするのです」
ダッドリーが楽しそうにバートランドへ説明する。
「僕はお茶には興味が無いからなぁ」
「では辺境伯様のお好きな物は?」
「やっぱり買い物かな? この前王都に行った時は、沢山買い物ができて楽しかったよ」
エミリアーナの質問にバートランドが答えるが、ダッドリーは気まずそうだ。
「そうでしたか、それはようございましたね」
「それと、辺境伯は止めて欲しいな。バートランドかいっそバートでもいいよ。僕もエミリアーナと呼ぶから」
「承知しました。ではバート様とお呼びしますね」
その日の午後からは、数日掛けて婚約式と結婚式の詳細を決めた。
細かなことは、執事のレーモンが手配してくれるそうだ。
「これで何とか間に合いそうね」
「一時はどうなる事かと思いましたよ」
ダッドリーがブツブツと愚痴をこぼしている。
思ったより早く片付いたので、食事の席でエミリアーナはバートに気になっていることを尋ねた。
「バート様、領内の魔獣の被害の程度と領民について教えてもらえますか?」
「……それについてはダッドリーに任せてあるから」
「そうですか。では彼に聞いてみます」
彼は一瞬嫌そうな顔をした気がしたが、エミリアーナはそれ以上口には出さなかった。
「僕は今日、取引先へ行ってくるよ」
「どちらの方へ?」
「何軒か回るから遅くなるかもしれない。もしかしたら泊まりになるかも。君は気にしないでいいからね」
「はい、承知しました」
食事を済ませると、バートはすぐに準備をして出掛けるらしい。
「じゃあ、行ってくるね! 後は頼むよ」
「行ってらっしゃいませ」
彼を見送った後、エミリアーナは早速執務室へと向かう。
辺境伯であるバートが不在のため、ダッドリーとレーモンが仕事を片付けているようだ。
「ねぇ、バート様はよく出掛けられるのかしら?」
「……そうでございますね」
「ダッドリー、どうかしたの?」
「……いいえ、何でもございません」
彼は何だか言いにくそうにしている。エミリアーナは並べられた書類に目を通し始めたが、ふと思いつく。
「ダッドリーはバート様の側近よね? 貴方は同行しなくてもいいの?」
「それについてはですね……、付いて来るなと命令されております」
「そうなの!?」
「はい。交渉事は自分の力のみで行いたいと、そう仰って」
彼は明らかに様子が変だった。
「一人だと補佐してくれる人がいなくて困るでしょう?」
「交渉が主だと言っても、それだけが目的ではないようですよ。
旦那様が仰るには、魔獣が出没しそうな地域を馬車で偵察して回っているとか」
「馬車? 馬ではなく、馬車で回っているの? それに魔獣の討伐には参加しないと言っていなかったかしら?」
「それはその通りでして。旦那様は討伐には参加されません」
「偵察中に偶然出くわすこともあるのではない? 危険だわ」
「私もそう思って同行した護衛の者に尋ねましたら、魔獣を見かけた際はそっとその場を離れるそうです」
「そうなの。いろいろと彼にも事情があるのね」
エミリアーナは確認し終わった書類を纏めた。
「バート様は泊まりになるかもしれないと言っていたわね? 決済が必要な書類は纏めておけばいい?」
「最低でも3日は戻られないと思いますよ」
レーモンが澄ました顔で言う。
「最低3日という事は、それ以上掛かるかもしれないのね?」
「いつもそうでございますからね……」
「いつもって、彼はそんなに頻繁に出掛けているの?」
「はい。仰る通りでございます」
「え? では決済はどうしているの?」
レーモンとダッドリーは渋い顔をして、顔を見合わせる。
「大抵の物については、帰られた際に纏めて署名していただいています」
「そう……。では緊急の時はどうしているの?」
ダッドリーは気まずそうに執務机の引き出しを開けた。
「それについては、実はここに辺境伯の印がございまして……」
「まさか貴方達が押しているの……?」
二人は黙り込んでしまった。
エミリアーナは驚いて息が止まる。目眩がしてソファの背にもたれかかった。
「お嬢様! 大丈夫でございますか!」
「だ、大丈夫よ。ありがとうリリー」
一部始終を見ていた侍女のリリーが、すぐに駆け寄り支えてくれた。
エミリアーナは彼女の手をそっと握る。
「お嬢様、何かお飲み物をご用意致しましょう」
「そうね、お願いするわ。貴方達も一緒にどう?」
「いいえ、貴方様とご一緒するなど我々には許されません」
「リリーも一緒によ。だから貴方達ふたりも。いいわね?」
レーモンは拒絶したが彼女に強引に命令されて逆らえず、渋々ソファに腰掛けた。
「リリー、侯爵邸から持ってきた茶葉を出してくれるかしら?」
「では少し変わった物をお出ししましょうか?」
「そうね。お願い」
ダッドリーとレーモンの方を見ると、興味津々といった表情をしていた。
芳しい香りを放つ香茶が注がれたカップが、全員分テーブルに並べられた。
「さあ、リリーも座って。頂きましょうか」
エミリアーナが勧めると、ダッドリーとレーモンはカップを手に取り、まずはその香りを確かめる。
「どうかしら?」
「これは……、変わった香りですな」
「本当に」
レーモンが香りを吸い込みながら不思議そうに言うと、ダッドリーも頷いた。
ふたりはそっとカップに口を付け、一口飲むと目を見開く。
「これは飲みやすい! とてもまろやかですね」
ダッドリーは興奮して、少し大きな声を出してしまった。
「し、失礼致しました」
「私も最初に頂いた時は同じ様に驚いたの。そうよね、リリー」
彼女はそうですよと言いながら笑っていた。
「この茶葉はどちらで作られたのですか?」
「これもアッテム地方よ。確かハパルトだったかしら?」
「はい、お嬢様。そのように記憶しております」
彼女が答えると彼らはとても驚いていた。レーモンはカップの中の液体を珍しそうに眺めている。
「ハパルトの香茶は頂いた事がございますが、こちらは初めてです」
「この茶葉は、実は特殊な加工がしてあるの。小さく押し潰すように引き裂いて丸めてあるわ。
リリー、後で見せてあげて」
「すぐにご用意致しましょう。今持ってきます」
彼女はさっと立ち上がり、ハパルト産の茶葉を少し持ってきて彼らに見せる。
レーモンは茶葉を手に取ると、指先でクルクルと転がしている。
「本当に丸めてございますね。見てみろダッドリー」
「裂く事で抽出に掛かる時間が短くなるのと、まろやかで深い味わいになるそうね。
粒の大きさにもよるそうだけど」
「おお、本当だなレーモン。私、以前耳にしたことがありますよ。なかなか市場には出回らない物だとか」
エミリアーナの話を聞きながら、ダッドリーは茶葉をレーモンから受け取ると、鼻に近づけてその香りを楽しんでいる。
「色は……赤銅色でしょうか? 栗色より濃く、且つくすんだ色でございますね」
「ふたりに喜んでもらえたようで、良かったわ」
レーモンはカップをゆっくりと回しながら、色合いを確かめていた。
エミリアーナはカップを覗き込み、にこやかに笑い合っているふたりを眺める。今までの苦労を思うと気の毒だとも感じる。
彼らを質問攻めにするのは後にして、もう少しこの穏やかに流れる時間を楽しもうと思った。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
もしよろしければ、ブックマークや★評価をいただけると嬉しいです。今後の励みになります!




