19 従姉妹、暴れすぎ注意報。誰かバートにツッコミを
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エミリアーナが辺境伯領へ来てから数日後。
今日は別邸に住んでいるバートランドの両親の元へ、朝から挨拶に向かうことになっている。
「リリー、おかしくないかしら?」
「完璧でございます、お嬢様」
リリーと数人のメイド達に手伝ってもらい、なるべく派手な装いは避けた。
最近は彼らと親しくなり、言葉を交わすことも増えている。
「みんなありがとう」
エミリアーナがお礼を言うと、メイド達は嬉しそうに微笑む。
彼女は立ち上がり、エントランスに待っているであろう馬車へと向かう。ロビーにはすでに、バートランドが待っていた。
「お待たせ致しました」
「わっ! ああ、き……来たんだね」
「驚かせてしまいましたか? 申し訳ありません」
彼女が謝罪すると彼は慌てている。
「いやいや! 大丈夫だよ。私の方こそ申し訳ない」
「どうかされましたか?」
「ううん、……何でもないよ。さあ、行こうか」
何だか落ち着かないようだ。別邸は馬車を使えばさほど遠くはなく、すぐに到着する。
玄関前には使用人達と、執事らしい男性が待っていた。
「ようこそお越しくださいました」
年老いた執事は丁寧に挨拶をすると、バートランドの両親が待っている応接室へと案内した。
「遠いところ、よく来たね」
「こちらまで来てもらってごめんなさいね。ふたり共もう年だからか、あちこち痛くって」
前辺境伯夫妻は、一見大人しそうに見える。
母親のバーバラは良く喋るが、父親のレインハートは無口で大人しい。
エミリアーナから見てふたりの印象は良かった。
ひとしきり話し終えた頃、廊下の方がバタバタと騒がしくなってノックも無しに扉が開かれた。
「叔母様ぁ! お邪魔するわね!」
甲高い声の女性が飛び込んできた。エミリアーナは驚いて目を見開く。
「あらぁ? 貴方がバートの婚約者?」
「エイシャ! 駄目って言ったでしょ!」
いきなり話しかけてくるエイシャと呼ばれた女性の後ろから、もうひとり顔を覗かせた。
「申し訳ございません!」
「アダリナ、大丈夫だって」
薄い栗色の髪の眼鏡を掛けた女性が、勢いよく頭を下げる。エイシャと呼ばれた女性は失笑すると、許可も無く夫人の横に座った。
「まあエイシャちゃん、今は駄目よ?」
「だってぇ、我慢できなかったんだもん」
エイシャはその珊瑚色の髪を手で弄びながらふてくされた。夫人は、エミリアーナが無言で見つめているのに気が付いたようだ。
「あら、おほほ。ごめんなさいね。ええと、紹介するわね。私の姪で、座っているのが妹のエイシャ。そこにいるのが姉のアダリナよ」
夫人はエイシャの髪を撫でる。 エミリアーナは二人に挨拶をした。
「ほら、ちゃんと挨拶しないと駄目よ。エイシャちゃん」
「はぁい。エイシャでぇす」
「アダリナと申します。よろしくお願い致します」
何とも対照的な挨拶が返ってくる。
「おい、いい加減にしろ。お前がキチンと躾けないからだぞ!」
「叔父様、ごめんなさぁい」
唐突にレインハートが夫人を責めるが、エイシャは咎められてもどこ吹く風だ。
「ねぇねぇ、婚約式はもうすぐなのよねぇ?」
「ええ、そうです」
「うちの親族は何かあれば、みんなが動いて手伝うから。座ってじっとしてる人はいないの。……覚えておいてよね?」
「……?」
何が言いたいのか分からず、エミリアーナは無言になる。
「貴方が聖女なのぉ?」
「……え? はい」
「えぇ? 本当にそうなの? 見たことなぁい」
「……」
エミリアーナは失礼な物言いに、呆れを通り越して固まってしまう。バートランドも夫妻も何も言わない。
その場に沈黙だけが流れた。
「あぁ! そうだ。もう顔合わせは終わったんでしょ? バート、これから出掛けない?」
エミリアーナは信じられないものを見るように、目を見開く。
多分この場にいる、ニコニコ微笑んでいるバーバラ夫人以外はそう思っただろう。チラリと横に座っている彼の方を見た。
「いや、今日は帰ってからやらないといけないことがあるから。また今度ね」
「えぇ! そうなの? 聖女に任せて出掛ければ良いのに」
「エイシャ! いい加減にして! 帰るわよ!」
「はいはい。もう、アダリナは真面目なんだから。じゃあまたね、バート」
側でずっと立っていたアダリナが、エイシャを叱りつける。エイシャは立ち上がると、ツカツカと部屋を出て行った。
「大変失礼な態度をとりまして、申し訳ございませんでした!」
「あらあら、いいのよアダリナ。貴方も帰りなさい」
アダリナは必死になって謝罪しているが、何故か夫人が謝罪を受け入れる。
「あの、お気になさらず……」
「ほら、もういいのですって。さあ、気を付けてね」
夫人はアダリナの腕を掴み、部屋の外へと追い出した。
「……」
リリーはもの凄く怒っている……、般若の様な顔をして。周りの使用人達も、気まずそうに目を逸らした。
夫人はソファに戻ってくるとニコニコしている。
「お転婆でごめんなさいね」
「バート、庭でも案内してあげなさい」
「ああ、そうするよ。行こうか」
レモンハートは空気を変えたいようだ。エミリアーナは放心状態で、バートランドの後を付いて行く。
庭に出ると流石に伯爵家なだけあって、色とりどりとまではいかないが沢山の花々が咲いている。
ゆっくりと眺めながら歩いていると、隣からふあぁと欠伸が聞こえた。
「お疲れですか?」
「うーん。昨日ベッドに入るのが遅かったからね」
彼は再度欠伸をする。
「そろそろ帰ろうか」
「ええ、そうですね」
エミリアーナも疲れてしまったので早く帰りたかった。
「では、ご挨拶をしませんと」
「いいよいいよ。このまま帰ろう」
「そういう訳には――」
「大丈夫、大丈夫。行こう」
バートランドは挨拶もせずに帰るつもりだ。彼女は無理矢理馬車に乗せられてしまった。
馬車の中では向かいに座るリリーの顔が怖すぎた。誰も一言も言葉を発しない。
あのまま帰ってしまって礼を欠いてしまったことが、エミリアーナは不安だった。
◇◆◇◇◆◇
「何ですか、あの女性は!」
屋敷に戻ってからのリリーの怒りは凄まじく、無礼な態度を咎めない周りにもその矛先は向いていた。
「私も驚いたわ。夫人の姪だと言っていたから、子爵令嬢かしら?
流石に貴族のマナー教育は受けているでしょう? アダリナさんは礼儀正しかったもの」
「そうでございましたね。是非彼女とはお付き合いしたいものですわ」
エミリアーナが執務室へ向かうと、ダッドリーが頭を下げる。バートランドはまだ来ていないようだ。
「エミリアーナ様。別邸では大変失礼を」
「驚いたけれど、もう大丈夫よ。きっとまだ幼いのでしょう?」
「いえ。貴方様と少ししか違いません……」
彼は悲しそうに呟いた。
「そ、そう。ごめんなさい、何と言っていいか分からないわ」
「貴方様はお気になさらずとも良いのです。全ては子爵家の責任ですから」
ダッドリーはキリッとした顔で断言する。
「そういえば、姉のアダリナさんは礼儀正しいのね?」
ダッドリーは周りをキョロキョロと見回した。
「あの……この話はあまり大きな声では言えないのですが。
おふたりは腹違いの姉妹でして。アダリナ様は前子爵夫人のひとり娘です。
夫人が亡くなった後、後妻として嫁がれたのが現在の子爵夫人ですね。元はどこかの屋敷のメイドだったとか」
「そう、貴族にはよくある話ね?」
「現子爵夫人と大奥様は仲が良いそうで親友だそうです。その縁で子爵家に嫁がれました」
「そうだったの。教えてくれてありがとう、ダッドリーさん」
「礼など要りませんよ。それと、ダッドリーとお呼びくださいませ」
彼は内緒ですからねと念を押して微笑んだ。
「では、ダッドリーと呼ばせてもらうわね。またお茶談義しましょう?」
「いいですね、賛成です」
彼とは気が合いそうだ。後ろから執事のレーモンがひょこっと顔を出す。
「わたくしも仲間に入れていただけませんか?」
「まあ! 勿論よ、レーモンさん」
「わたくしはレーモンと呼んでいただけないので?」
彼はにっこりと微笑む。
「では、レーモン。よろしくね」
「はい、承知致しました」
彼が丁寧にお辞儀をすると、バートランドがようやく来たのが見えた。
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