17 辺境伯より側近が本体説
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「お嬢様、聞きましたよ? 辺境伯に嫁がれるんですね」
「ええ。お母様とアッシュには大反対されたけど」
ゼンが傍らの木の枝を拾いながら、エミリアーナの座る場所を作ってくれる。
彼女は木の下に座って、最近気になっていた本を広げた。
数日前グリーンムーン辺境伯が侯爵家を訪れてから、母のマレインと弟のアッシュは大反対していた。
「駄目よ! あんな方では先行き不安だわ」
「そうだよ、僕驚いちゃった。エミィ姉様が来てくれたら楽って言いかけたよ。絶対だめ!」
マレインはすこぶる不機嫌で、アッシュはエミリアーナに抱きついてくる。
父のレンブラントは王家からの縁談という事で、難しい顔をしているが一応反対なのだろう。
「ちょっ……と……面白い人じゃ……ない」
アンネに至っては笑いが止まらないようだ。
「さっきも言ったが、お前の意思を優先する。エミィはどうしたい?」
「私は辺境伯に嫁ぎたいと考えています、お父様」
「えっ!」
「エミィ! 貴方何を言っているの」
マレインとアッシュの驚いた声が、同時に口をついて出る。
「確かに変わった方でしたが、側近の方はまともでした。
周りの者がしっかりしていれば何とかなるものです。それに私もいずれは何処かへ嫁ぐ立場なのですから。
しかも辺境伯領では領民が苦しんでいるそうです。これは私が嫁ぐのが良い選択かと。
この時期にこのタイミング、女神様のご意志ではありませんか? ですので、辺境伯領へ参ります」
「そうか……。分かった、お前の言う通りにしようエミィ」
エミリアーナの言葉を聞いて、家族は何も言えなくなってしまった。レンブラントは大きく嘆息する。
彼は執事のセバスチャンに何事か命じていた。
◇◆◇◇◆◇
パラリ、パラリとエミリアーナが本のページを捲る。
「お嬢様がいらっしゃらないと寂しくなりますね」
「ありがとう、わたしも寂しいわ」
ゼンはそう言って寂しそうに笑うと、彼女の隣に腰を下ろした。
彼の香りがふわっと漂ってきて、エミリアーナの鼻腔をくすぐる。何故だかとても安心できる気がした。
触れそうで触れない距離に彼の逞しい腕が近づくと、彼女の心臓がドクンと跳ねた。
「そうだ、指笛。吹けるようになりましたか?」
「えっ! あ、まだ駄目なの」
脇に抱えていた木の枝を地面に置くや否や、彼はピューッと指笛を吹いた。
その姿さえもさまになっている。エミリアーナはドキドキしながら、ぼうっと彼の仕草を見つめていた。
鳥の鳴く声が僅かに聞こえたかと思うと、バサバサッとアイビスが舞い降りてくる。
「そ、そういえばアイビスって雄と雌どっちなのかしら?」
「コイツは雄ですよ」
エミリアーナがそっと背中を撫でてみると、彼は大人しくしている。
「アイビスにも会えなくなってしまうのね。貴方に摘ままれた手の痛み、忘れていないわよ?」
「ハハハ、そうでしたね。それで挙式はいつ頃なんです?」
「それなのだけど、お母様が大反対していたでしょう? せめて準備には時間を掛けたいと仰って、1年後ぐらいになりそうよ」
「そうですか。まあ妥当な時期ですね」
エミリアーナが苦笑していると、ゼンはそっと彼女の耳元に唇を寄せた。
「向こうが嫌になったら、何時でもここに帰って来てくださいよ。ずっと貴方を待ってますから……」
彼が微笑んだ様に見えたがエミリアーナは日に照らされ眩しくて、その表情はよく見えない。
それからしばらくふたりで指笛の練習をして、彼女は少しだけ吹けるようになった。
◇◆◇◇◆◇
婚約式と結婚式の準備は思ったよりも大変だった。出席者の選定から案内状の作成。
今回は王家も絡んでいるので辺境伯領での警備体制の確認。
生活に必要なドレスや雑貨等、あちらでも手に入る物はあっても王都にしかない物も沢山ある。
そもそも結婚相手のバートランドが頼りない。
最初は彼と手紙のやり取りをしていたが、あまりに返事が返ってくるのが遅く準備が全く進まなかった。
苦肉の策で側近のダッドリーと直接連絡をとるように変更し、何とか今の状態だ。
「側近の彼に任せておけば大丈夫でしょうか? お父様」
「彼らの方に任せていれば、ギリギリかもしれないな」
エミリアーナは進まぬ準備が心配だった。レンブラントは腕組みをしながら書類に目を通している。
執事のセバスチャンも困り顔だ。
「招待状はもう出してあるからな。日をずらすわけにもいかん」
「あちらの夫人が、会場の確保をされてはいらっしゃいますが……」
セバスチャンは言葉を濁す。
結婚式は辺境伯の領地で行われる。
前辺境伯夫人のバーバラは何を血迷ったのか会場の確保のみならず、エミリアーナのドレスや髪のセットなど侯爵家に確認もせず勝手に決めてしまった。
披露宴の会場も、王家の人間が来る可能性があるにも関わらず、小さなホールを借りようとしていたようだ。
流石に一方的な彼女に腹を立てたマレインが猛抗議し、白紙となった。バーバラ曰く費用が安く済むらしい。
貧乏くさいとマレインはぶつくさ文句を言っていた。
そもそも新婦の準備は、女性側の親がするのが一般的である。それには持参金も含まれている。
これは嫁ぐ者が、相手先でも困らないようにするためのお金でもあった。
「お父様。私、予定よりも早くあちらへ行こうかと思います」
「なにっ!」
「お嬢様!」
レンブラントとセバスチャンは驚いて大きな声を出す。
「このままでは何時まで経っても終わりません。どうせあちらへ行けば、領地経営や屋敷の管理など覚えなければならないのです。
少し早めに行っても式の準備で忙しいでしょうし、なにより領地の状態を知りたいのです」
レンブラントは眉間に皺を寄せ黙り込む。彼は頭を抱えてしまった。
「駄目でしょうか?」
「分かっている。分かってはいるが……」
「お嬢様、少しお時間を差し上げては?」
彼女はセバスチャンの言葉に頷くと、執務室を出た。
数日後レンブラントの承諾を得られたエミリアーナは辺境伯に手紙を出し、着々と出立の準備を始めていた。
結婚式やその後の生活に必要な物は後で送ってもらうことにして、馬車に載るだけの最小限の物を鞄に詰めていく。
エミリアーナが早めに引っ越すことになったので、レンブラントは不安に駆られたようだ。
リリーは一緒に辺境伯領へ付いて行くことを許された。
「お嬢様、これはどういたしましょう?」
「それは急がないから、後で送ってもらうわ」
「承知致しました」
二人でせかせかと忙しなく動く。リリーは手を動かしながら、他のメイド達に指示を出している。
「驚きました。急にあちらへ向かわれるなんて」
「何だかそうした方が良いような気がしたのよ。リリーも婚約式の前でいいのよ? ご家族とも急に離れるのは寂しいでしょう?」
「いいえ、私はお嬢様に付いて行きますよ。止めても無駄です」
リリーは口を一文字に結び、エミリアーナを見る。エミリアーナは分かったわと答え手元に集中した。
数日後には準備も終わり、早馬で手紙をやり取りしたので辺境伯からの了解も得た。
朝早く家族全員で朝食をとった後、数台の馬車に乗り込み出発する。家族、使用人達総出で見送ってもらった。
ゼンは後ろの方で優しく微笑んで、手を振っているのが見えた。
「お嬢様、晴れてようございましたね」
「そうね、途中で雨に降られないことを女神様に祈るわ」
天気は快晴でどこまでも青空が広がっている。リリーは少し緊張しているようだ。
エミリアーナはぎゅっと両手を組み、胸の前で合わせると女神に祈った。
「どうか無事に到着できますように」
ゴロゴロと馬車は王都の舗装された道を、ゆっくりと進んで行った。途中で宿に宿泊し、日が昇ると馬車で進む。
天候には恵まれて雨が降ることは一度も無かった。それを繰り返しながら、辺境伯領には1週間後に到着することができた。
到着をあらかじめ知らせておいたのでエントランスには、辺境伯やダッドリーなど屋敷の者総出で出迎えていた。
前辺境伯夫妻は引退して少し離れた別邸に住んでいるようで、今日は顔を見せていない。
バートランドの手を借りてエミリアーナが馬車を降りると、流石に国境近くだからか頑丈な造りの大きな屋敷が目の前にあった。
「まるでお城のようですね」
「ああ、魔獣の襲撃があった際に対処できるような設計にしてあるんですよ」
エミリアーナが屋敷を見上げる。バートランドは見慣れているからか素っ気ない。
「ではどうぞ、中へ」
彼女達は案内され、大きな玄関扉を抜けて応接間へと向かった。
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