16 イメージと違います! 辺境伯、推定もやし系
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老紳士が神殿へやって来てから数日後。
エミリアーナは月待草の種を手に入れていた。
レンブラントはすぐに手配してくれていたようで、有り難いことだ。
「エミィ、屋敷の花壇に植えるのかい?
しかしそれはもう少し北の寒い地域でないと、芽が出ないのではないか?」
「手始めに庭の風通しの良い場所に、何カ所か植えてみます」
彼なりに調べてくれていたようだ。失敗しても大丈夫な程、種は沢山ある。
エミリアーナは学園の卒業まで残すところあと少し。
既に必要な課題は済ませ提出してあるので、今は侯爵家の屋敷から通って神殿へも顔を出すだけだ。
先日訪れた老紳士からはまだ連絡がないので、彼女は気にはなったがのんびりと報告を待つことにした。
種を持ち庭へと向かうと、花壇には綺麗な色とりどりの花が咲き誇っている。
途中アッシュが居たので一緒に植えようと誘った。
「いつ見ても綺麗ね」
「クルーニ!」
風に乗って芳しい花の香りも漂ってきていた。
ちょうど侯爵家お抱えの庭師、クルーニが一所懸命に草花の世話をしている。
彼女達は彼を驚かせようと、後ろから静かに近づき肩を叩いてみる。
「ハハハ、お嬢様方。気が付いておりましたよ」
「ああもう、何で分かっちゃうの? クルーニってさ、何者? もしかして、騎士だったとか?」
「もしかしたら凄腕の冒険者かもね?」
エミリアーナが探るように言う。
可愛いアッシュも尋ねてみるが、クルーニはふたりを見てニコニコしているだけだった。
「だったら凄いや。僕も剣を習ってみたい」
アッシュは最近武術や剣に目覚めてきているようで、指導してもらえるようレンブラントに懇願していた。
「ワシは花いじりの好きな、ただの老いぼれ爺ですよ。それより今日はどうされましたかの?」
「この種を植えてみたいの」
「ほう、これは珍しい形をしておりますなぁ。何の種です?」
「月待草って言うんだって」
エミリアーナが手に持っていた、種が入った袋を彼に見せる。
「寒い土地の方が良く育つらしいのだけど、無理かしら」
「なるほど、その名前は耳にした事がございます。ひとまず植えてみますかの」
クルーニはエミリアーナから袋を受け取ると、しげしげと眺めている。
彼が比較的涼しそうな風通しの良い場所を選んだので、ふたりで後ろをついて行く。
「ここなら良さそうだがなぁ」
彼は花壇の土を掘り返している。全ての種を植えて全滅してしまっては困るので、量は半分にすることにした。
全て植え終わりエミリアーナが部屋へと戻ると、リリーが温かい香茶を用意してくれる。
「育つといいですね、お嬢様」
「ええ。芽が出たら品種改良して、最終的にはどこでも育つようにできるといいわね」
彼女が入れてくれたお茶を飲むと、外で冷えたエミリアーナの身体が暖かくなる。
しばらくして執事のセバスチャンが、レンブラントが呼んでいると伝えに来た。
彼女は足早に執務室へ向かった。
「エミィ、辺境伯が明後日こちらへ到着するようだ」
「あら、思っていたより時間がかかりましたね」
「途中で何かあったのかもしれないな」
エミリアーナは準備も含め2週間程度で到着すると考えていたが、当初予定していた日よりも5日ほど遅れての到着だった。
「随分とのんびりだったわね」
「途中で馬車が故障したのかもしれません」
「そのままこちらへ来るそうだよ」
母のマレインは最初から辺境伯が気に入らないのか素っ気ない。レンブラントは腕組みをする。
「そうですか。ではお部屋を用意するのですか?」
「宿屋に泊まるそうよ」
「まあ、まだ婚約している訳でもないしな」
侯爵邸に宿泊させるか、町に宿をとらなければならない。マレインは、フンと鼻息が荒い。
「それもそうですね。お母様、後でドレスを選ぶのを手伝ってもらえますか?」
「ええ! もちろんよ。じゃあ夕食の後に、アンネも一緒に選びましょ」
結局リリーも加わり、ああでもないこうでもないと夜遅くまで盛り上がった。
◇◆◇◇◆◇
その2日後。ついに辺境伯との顔合わせの日が来た。
朝からリリーとメイドは大忙しで、エミリアーナを磨き上げていく。
「そんなに着飾らなくても良いわよ」
「何を仰っているのです?」
「駄目でございます、お嬢様」
エミリアーナは玄人の動きをしている彼女達にそれとなしに提案してみるが、次々に反論され彼女はうっと言葉に詰まる。
「私たちにお任せくださいませ。王国一の美女に仕立て上げて見せます」
「そ、そう? ありがとう」
「お嬢様、辺境伯様はどんなお方でしょうね」
「お優しい方だと良いわね」
リリーは早く相手を見てみたくて堪らないらしい。
エミリアーナはエンデルクから辺境伯の話を聞いていたので、あまり期待していなかった。
不安そうな顔をしていたのが見てとれたのか、リリーが心配そうに覗き込む。
彼女に大丈夫よと曖昧に笑って誤魔化した。
準備も終わり皆で応接室で待っていると、エントランスの辺りが騒がしくなる。
「来たか」
「来たわね」
「いらっしゃいましたね」
両親と執事は同時に呟く。エントランスに続く階段を降り、ロビーへと向かった。
玄関前には辺境伯の家紋が描かれている馬車が、ずらりと列をなして停まっている。
降りてきたのは明るい菜の花色の髪の色をした、金髪の華奢な男性だった。金色が目に眩しい。
彼は目を細めて微笑んでいるが、瞳は茜色だろうか。肌は色白で、ぱっと見でも軟弱そうな体型をしているのが分かる。
第一印象は多少既視感があったが、彼女はすぐに記憶から消した。
「いやいや、お待たせしてしまって」
「遠い所お疲れでしょう? グリーンムーン殿」
彼は頭をかきながら、ロビーへと入ってくる。
「さあどうぞ、応接室までご案内します」
彼の侍従か側近か、そう歳も変わらない男性が丁寧に頭を下げ後に続く。護衛はさほど多くはないようだ。
エミリアーナとアッシュ達も、揃って応接室へと向かった。
「ねぇ、どう思う?」
横に居た姉のアンネローゼが、コッソリと彼女に耳打ちしてくる。
「何だか想像していた方とは随分違うわ」
「そう?」
「ええ。もっと筋骨隆々としている方かと思っていたわ」
「確かに魔獣と戦うこともある辺境伯にしては、痩せているわね」
「でしょう?」
コソコソとふたりで話していると、目的の部屋に着いた。
「私、あとでお伺いしてみるわ」
アンネはエミリアーナにウィンクすると、澄ました顔をしてソファに座った。
「今日はこのような場を整えていただき、誠にありがとうございます。
バートランド・グリーンムーンと申します。こちらは私の側近のダッドリー・フロトーです」
側近のダッドリーは恭しく頭を下げる。
「丁寧なご挨拶をありがとうございます。さあ、香茶を用意させましたのでどうぞ」
レンブラントはそう言うと、彼らに家族を順番に紹介していった。
今日の茶葉は特別良い香りがしている。彼らも気に入っているようだった。
「ところで、辺境伯様はあまり日焼けしておられませんのね?」
「ああ、私は魔獣の討伐には参加しません。ですから、身体を鍛えることも特にはしていないのですよ。
……ダッドリー、僕そんなに色が白いか?」
唐突に姉のアンネローゼが尋ねたので、バートランドは一瞬きょとんとした顔をする。
家族は呆気にとられていたが、レンブラントが笑って誤魔化した。アンネは肘でつんつんとエミリアーナをつつく。
今度はマレインが口を開いた。
「ところで途中で何か事故でもございましたの? 到着が予定していた日より随分遅れていましたでしょう?」
「えっ。ああ、実は少し前に到着していたのです。
ですが王都に来るのは初めてで、沢山ある店を覗いていたらとても気になってしまって。我慢できなかったのです。
こちらへ連絡をしてお伺いしようとも思ったのですが、宿をとって先に観光をしてしまいました」
彼はあっけらかんと答えた。これには執事のセバスチャンも呆れている。
アンネは吹き出しそうになるのを唇をかんで堪えていて、アッシュはずっと口をポカンと開けたままだ。
マレインの方は見ないようにしよう、とエミリアーナは思った。
しばし沈黙が流れるが、側近のダッドリーが申し訳ございませんと頭を下げた。
当の本人はどこ吹く風で、しれっとしているが。
「ところで王家の方からも話があったと思います。私とお嬢様の結婚についてですが、侯爵家ではどうお考えです?
手紙にも書きましたが、辺境伯領では魔獣の被害が増加しています。
聖女様にお力添えいただければ、こちらも楽でき……あたっ! ダッドリー、何で叩くんだよ!」
ダッドリーが彼を叩いた後、咳払いをひとつする。
「我々にとっては願ってもない縁談です。是非このまま進めていただきたいのです」
「……それは、娘の気持ち次第ですな」
ダッドリーが誤魔化そうとしたが、レンブラントは答えたあとは無言になってしまった。
その後はマレインの冷たい目線に耐えられなかったのか、あまり会話が弾まず早々にお開きとなった。
彼らを見送るため、エントランスまで移動する。
「これからのご予定は?」
「観光も十分満喫しましたので、宿に1泊してから辺境伯領に帰る予定です」
「そうですか。ではお気を付けて」
彼らが去った後、家族会議が開かれたのは言うまでもない。
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