14 お兄ちゃんはヒーローだった! 謎の草とママコルタの言い訳祭り
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神殿に到着するとママコルタに報告するため、エミリアーナは馬車を降り奥の部屋へと向かう。
最近では司教と顔を合わせることも少なくなり、実質ママコルタが彼女の担当となっている。
「ただ今戻りました、ママコルタさん」
「あっ、お帰りなさい。どうでした?」
書類とにらめっこしていたらしい彼は顔を上げ、ふたりに尋ねる。
「子供達はいつも通りでしたよ。来月のバザーの出し物について相談したいと、園長が仰っていました」
「そうですか、では近いうちに私も行かなければなりませんね」
エミリアーナはリリーに手伝ってもらい、外套を脱ぐ。
彼は眼鏡をくいっと上げると、ポケットからメモ用紙を取り出し予定を書き込んでいる。
リリーはそっと後ろから覗き込んだ。
「ママコルタさん、予定がいっぱいですねぇ」
悲しいものでも見るかのように彼を憐れむ。
「そうなんですよ、もう手一杯で。最近では神殿へ訪れる者が増えまして。
寄付金が増えるのは良いんですが。あ! 危ない、忘れるところでした。聖女様」
「もう聖女様はお止めください、エミリアーナでいいですよ。様も必要ありません」
「ではエミリアーナ嬢」
エミリアーナが少しふてくされて言うと、ママコルタは口論するのが面倒くさいのか、あっさりと呼び方を変えた。
「以前少年が神殿に訪れたのを覚えていらっしゃいますか?」
「確か……ホニ、だったかしら?」
「ああ、そんな名前でしたかねぇ」
「貴方は覚えていないんですか!?」
飄々と答えるママコルタにリリーの指摘が入る。
「昨日でしたか、彼が訪ねてきて貴方に会いたいと言っていましてね。ご不在でしたので、今日来るように伝えましたが」
ママコルタはリリーの指摘も意に介さず、平然としていた。
「確かお兄さんの事だったかしら? 夜中に家を抜け出しているから心配だと。
私も気になっていたから丁度良かったわ。あ! 内容を口にしてはいけなかったかしら」
「いえ、私も貴方に会っていただく前に内容を聞いていますから大丈夫ですよ。
聖女様相手に良からぬことをしでかす愚か者も、全くいないとは言えませんからね。
ただ他の者には漏らさないようにお願いしますね」
「ええ、気を付けます」
3人で話し込んでいると部屋の扉をノックする音がする。
「はい」
「あの、昨日の少年が来ていますがどうします?」
ママコルタが返事を返すと、若い神官が扉の陰から顔を覗かせる。
彼はエミリアーナとリリーがいるのに気が付いて軽く会釈をした。
「ああ、ここに通してくれるかい?」
ママコルタがそう言うと、承知しましたと彼は少年を案内しに戻って行った。
「私は部屋の外で待機しておきます」
「こんにちは!」
リリーが退出しようと取っ手に手をかけると同時に、開いた扉からホニが顔を覗かせる。
元気な声で少年は挨拶をすると、キョロキョロしながら部屋へ入ってきた。
「あのね!あのね! 兄ちゃん凄かったんだよ! あの時言う通りにして良かった!」
エミリアーナは早口で喋るホニを落ち着かせ、椅子に座らせた。
リリーは部屋を出るタイミングを失ってしまったのと、ちょっとだけ気になってしまったのかそのまま部屋の中に残っている。
「それでどうなったか詳しく教えてもらえるかしら?」
エミリアーナは丁度孤児院の子供達と作った菓子があったので、テーブルの上に出しホニに勧める。
彼は最初遠慮していたが、甘い香りの誘惑には勝てなかった。リリーは気を利かせて温かい花茶を用意してくれた。
菓子を美味しそうに頬張りながら、ホニはあった出来事を語り出した。
「僕が家に帰ってからも、兄ちゃん夜中に抜け出してたんだ。でもここで何もしない方が良いって言われたから黙ってたの。
母ちゃんは今お腹に赤ちゃんがいて、いつも辛そうにしてたし心配させたくなかったんだ。
そしたら僕たちが出掛けてる間に、母ちゃんが倒れちゃって」
「お母様は無事だったの?」
エミリアーナが尋ねるとホニはニカッと笑う。
「うん! 大丈夫だったよ。すぐにお医者様に診てもらったんだけど、何とかって難しい病気らしくてさ。
母ちゃん具合悪いのに僕たちに黙ってたんだよ、お金掛かるからって。
それで治すのに月待草? っていうのがいるみたい。市場でもほとんど見かけないんだ」
ホニはもうひとつ菓子を口に放り込むと、モグモグと咀嚼する。
「そしたらね、兄ちゃんが生えてる場所知ってるって。すぐに取りに行ってくれたんだ!」
「じゃあ、お母さんはその月待草で良くなったのかい?」
ママコルタは興味が湧いたのかホニに尋ねる。
「うん。お医者様がすぐに薬にしてくれて、母ちゃんずいぶん良くなったんだよ。
本当は乾燥させた方がいいらしいけど、そのままでも大丈夫だって。ちょっと苦いんだ。
それで大人しくしてれば大丈夫だって言われたよ!」
「そう、それは本当に良かったわね!」
エミリアーナが彼の頭を撫でると、ホニは照れくさそうに笑う。
「父ちゃんずっとベッドの側で泣いてたよ。兄ちゃんにありがとうって何回も言って」
ホニはリリーが入れてくれた花茶を、美味しい美味しいと感激しながら飲み干した。
ついでにお代わりも貰っている。
「しかし、お兄さんはお母さんの病気によく気付きましたね?」
「兄ちゃんが働いている貴族様のお屋敷に、同じ病気の人がいたんだって。母ちゃんと症状が似てるからもしかしたらって」
「なるほど」
ママコルタは頷いている。
「月待草が生えている場所はどうやって知りました?」
「そのお屋敷に出入りしてる商人の人に聞いたらしいよ。
でも凄く狭い岩の間を通り抜けて、その先の崖に生えてるらしくて。採るのも大変なんだって。
だから僕には来るなって言ってたんだ」
「そうだったの」
「大人の人が生えてる場所に行くには、ぐるっと遠回りをしなくちゃいけないんだけど、
兄ちゃん位だったら岩の間を通り抜けて近道を通れるんだ」
「それですぐに手に入れられたのですね」
ついにリリーも口を挟んできた。ホニは次々と問いかけられるので、お菓子が中々食べられない。
「うん。それに夜じゃないと咲いてないから、いつも夜遅く出掛けてたみたい。
それに沢山咲いてるわけじゃないって、兄ちゃん言ってた。ずっと探してたんだって」
「それは運がよかったですねぇ」
ママコルタはそう言うと、菓子をひとつ摘まみ口に放り込んだ。ホニはやっと菓子を頬張ることができた。
「本当にありがとうございました」
「いいえ、私はただ助言をしただけよ。実際にお母様の命を救ったのは、貴方達兄弟だわ」
椅子から飛び降りると、ホニはぴょこんと頭を下げてお礼を言う。
エミリアーナはその仕草が可愛らしくて、優しく微笑んだ。
「ううん。父ちゃん達に話してたら、きっと危ないから止めろって言われてたと思うんだ。
毎日兄ちゃんが探してくれてたから見つかったんだよ。
この辺よりちょっと寒い場所じゃないと咲かないんだって、お医者様が言ってた」
ホニはそう言うとお土産に袋いっぱいに詰め込んだ菓子を受け取り、母親に食べさせるんだと足取りも軽く家族の元へ帰って行った。
「お嬢様、ようございましたね」
「ええ、話を聞いて安心したわ」
「高価な薬は庶民には手の届かない物も多いですからねぇ」
ホニが帰った後、リリーが入れ直してくれた花茶を3人で頂く。
ママコルタは一口お茶を飲むと、腕を組み何やら思案しているようだ。
「種を手に入れてどうにか栽培出来ないかしら?」
「たしか、少年は寒い場所でないと駄目だと言っていましたね」
「もしかしてまた彼の名前忘れていませんか?」
「いやぁ、私は人の名前を覚えるのが苦手なんですよ。まあ覚える気もあまりないですが」
リリーの鋭い指摘が入るが、ママコルタはヘラヘラと笑っている。
彼女はそれを見て、呆れた顔をしていた。
「ところでその月待草でしたっけ? 種を入手して育ててみませんか?」
「そうですね、……お父様にお願いしたら手に入れてもらえるかしら?」
「そうでございますね。旦那様なら可能かと」
「では、この件はお願いしますね」
ママコルタの申し出に、好奇心が強いエミリアーナが即賛成したのは言うまでもない。
彼はぐーっと伸びをして、ではまた今度と部屋を出て行った。
エミリアーナはその夜の夕食の席で、父親に種を手に入れてもらえるようお願いした。
彼女は食事が終わると早速侯爵邸にある書物庫に向かい、ホニの母親が患っていたという病気について調べてみる。
「ルティオ症候群。これかしら? 治療法は現在は月待草のみ。
妊婦のみがかかる病気で、症状は初期は目眩やふらつき。放置しておくとベッドから立ち上がれなくなる程酷くなるみたいね。
衰弱していくので母子ともに危険――か」
エミリアーナが病の原因について更にページを捲ってみるが、不明のようだった。
栽培出来ればルティオ症候群で苦しむ妊婦が減るだろう。
彼女は本を閉じると、やりがいのある新たな目標ができたことに喜んだ。
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