13 次の候補は……辺境伯!? 父と侍女が全力で止めにかかる件
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「実は辺境伯からの要請もあって、聖女と医師達を派遣することになっていたんだよ。
魔獣の被害が酷くて、領地の医師達だけでは手に負えないらしい」
エンデルクは香茶を一口飲んで喉を湿らせる。
「ただそれは聖女が君だけだった場合だ。
幾ら被害が酷いと言っても、国にひとりしかいない聖女を辺境の地に長期間派遣する訳にはいかなくてね。
あくまでも聖女は王家のもので、手放したくないのだろう」
エミリアーナはバレないように、小さく嘆息した。
「しかし今は新たな聖女が誕生している。東の王都にひとり、西の辺境伯領にひとり……。
そう考える者がいてもおかしくないだろう?」
「ちょうどバランスが取れるということでしょうか。
それに辺境伯領に定住が必須となるでしょうから、どちらかが嫁ぐ可能性もあるかと」
「恐らくはね。それに辺境の地に聖女の子孫が誕生すれば、魔獣対策も容易になるかもしれない。
国王はそう考えているようだよ。……更に今、君に白羽の矢が立っている」
エミリアーナはおおよそ予想していた言葉に、息を呑む。エンデルクは憐れみの眼差しをエミリアーナに向けた。
「それとなく侯爵に打診してはいるが、断られているらしい。当然だ。
……しかし王命となれば拒否出来なくなる」
彼女は悲しそうな諦めたような顔をしていた。エンデルクは頭を下げる。
「王家の都合で振り回してしまって申し訳ない」
「殿下、王族が簡単に頭を下げてはいけません」
「僕の気が済まないんだよ、これぐらいさせて欲しい。力不足で申し訳ない」
「殿下、顔をお上げ下さい。実は私そんなに嫌ではないのですよ」
エミリアーナは慌てて止めるよう言うが、エンデルクは頑なだった。
彼は彼女の言葉に驚いて、パッと顔を上げる。
「いずれはどなたかの元へ嫁がなければならなかったのです。それが辺境伯様というだけで。
侯爵家でも領地の仕事を勉強しておりましたし、きっと私でも何かのお役に立てるかと思います」
「エミリアーナ嬢……」
「ですから、ご心配には及びませんわ」
「君のその前向きな性格にはいつも感心するよ」
エンデルクは呆れたような、申し訳ないような顔をして彼女を見ていた。
エミリアーナ達は城での用事を全て済ませ、帰りの馬車に揺られ侯爵邸へと向かう。
車内では誰も口を開かない。
息苦しい沈黙の中、ついにレンブラントが不機嫌さを隠しもせず言い放つ。
「エミィ。無理に王家の言いなりになる事はないんだ。お前が嫌なら侯爵家の全てを懸けてでも、断固拒否する!」
「お父様!? 大変嬉しい申し出ですが私なら大丈夫ですよ。それに拒否すれば、侯爵家のみんなに迷惑がかかってしまいます」
レンブラントはうっと口ごもる。
「しかし今回の事は、あまりにも薄情ではないか……。クソッ、忌々しいあの小僧め。
王も王妃も貴族をただの駒と思っている節があるからな。……エミィ、お前は悔しくはないのか?」
「悔しくないかと言われればそうだとも言えますけど。元々私は、リーバス王子との結婚は望んでおりませんでしたし」
「だが辺境伯など。あまりにも王都と距離があり過ぎるではないか」
「いつかは嫁ぐものだと理解しておりましたから、その時が来たのですよ。それに私とても期待しているのです。
辺境伯領は帝国と隣り合わせでしょう? きっと珍しい花茶や、見たこともない食べ物があるのではないでしょうか。
落ち着いたら帝国にも遊びに行ってみたいわ。あの国にはどんな書物があるのかしら? 今から楽しみなのです」
「はぁ……自分が不甲斐なくて情けなくなってくるよ」
レンブラントはガックリと肩を落とす。
「まあ! お父様は最高のお父様ですわ」
「そうかい? ありがとう」
エミリアーナがそう言うと、レンブラントは寂しそうに笑う。彼は彼女をぎゅっと抱きしめた。
今日も従者のライオとリリー、いつもの顔ぶれで馬車に乗っている。
エミリアーナがチラリとリリーの方を見ると、彼女は目を真っ赤にして泣くのを我慢していた。
馬車が侯爵邸に着くまでもう少し。今は何も考えず、エミリアーナはただ父親に甘えていた。
とっぷり日も暮れる頃、屋敷に到着すると家族が待ち構えていた。
母親のマレインは震える声で名前を呼び、彼女を抱きしめる
「エミィ。……お帰りなさい」
「遅くなった」
レンブラントは早足にエントランスへ入ると、そのまま執務室へ向かうようだ。
エミリアーナもリリーと共に自室へと向かった。彼女はテキパキとエミリアーナの身の回りの世話を焼く。
「お疲れでしょう、お嬢様」
「それは貴方もでしょう? そうだわ、エンデルク殿下からお土産にクッキーを頂いたの。
沢山あるからみんなで食べて」
「わあ、嬉しいです。ありがとうございます」
彼は他にもエミリアーナの好きそうな菓子や茶葉をお土産に持たせてくれていた。
リリーは包みを受け取ると顔をほころばせる。
家族との食事を終えエミリアーナが執務室へ入ると、向かいに両親が座った。
レンブラントは手紙を彼女に手渡す。
辺境伯領の惨状と、一度顔合わせがしたいという内容が丁寧な字で書かれていた。
「実は今日、辺境伯から手紙が届いたのだよ。読んでみなさい」
「随分手回しのいいこと」
「おい」
マレインは気に入らないようで毒づく。レンブラントが窘めるが。
彼女はふんと鼻を鳴らし、香茶を一口飲んだ。
「だってそうでしょう? まだ何も決まっていないうちから会いたいだなんて」
「もうすでに王家と辺境伯で、話がついていると考えても?」
エミリアーナが尋ねると、レンブラントは不愉快そうな顔をして頷いた。
「断ってもいいんだぞ。いや、いっそ延ばしに延ばしてみるか」
「そうですわ。エミィでなくとも、もうひとり聖女はいるのですから」
「お父様お母様。辺境に住む領民が苦しんでいるそうです。それに私は辺境伯様にお会いしてみたいわ」
ああだこうだとふたりで文句を言っているが、エミリアーナが窘めるとふたりは諦めたようで溜息をつく。
「分かった。後日手配しよう」
顔合わせの日程は最短で決まった。今日からおよそ数週間後。
西の地区コウィでさえ王都から5日は必要だったので、更に西の辺境伯領からは1週間はゆうにかかる。
お互いの中間地点辺りでと侯爵家側から提案したが、辺境伯の方が王都へ向かうと引かなかった。
エミリアーナは無事にリーバス王子殿下との婚約が解消となり、今はほぼ毎日神殿へ顔を出している。
「リリー、忘れ物はなかったかしら?」
「はい、お嬢様」
彼女は今日も侍女のリリーと共に孤児院を訪問し、今はその帰り道の馬車の中だ。
慣れたもので、最近ではママコルタや神官達は同行しなくなった。護衛だけは数名付けられてはいるが。
逆にティアナには以前のエミリアーナのように常に護衛が付き、その一挙手一投足が注目されている。
エミリアーナはのんびりと馬車の車窓を眺めている。
「そういえばティアナ様にお渡しする髪飾りだけど、無事に届けてもらえたかしら?」
「以前頂いたネックレスのお礼の品の事ですよね?
侍従に確認いたしましたから、受け取っていただいていると思いますよ」
「そう良かった。今はお城の方にいらっしゃることが多いから、なかなかお会いできなかったもの」
「そうでございますね」
エミリアーナの質問にリリーは淡々と答える。
「リリーは私の婚約が解消になってから、何だかティアナ様に冷たくない?」
「当然でございます。本来ならお嬢様が、ティアナ様のお立場になられていたはずなのに」
彼女は口を尖らせ、不満を口にする。
「あら、リリーは私が王子妃になった方がいいの?」
「……そうではないのです。私はお嬢様が唯一の聖女様であって欲しかったのです。
しかも王家は、人を利用するだけしておきながら。辺境伯様とのお話だってあんまりではございませんか」
「もうその話は納得したはずでしょう?」
「そうですが……。お嬢様」
リリーは真剣な顔をしてエミリアーナを見つめる。
「もし辺境伯様に嫁がれるのなら、私もお連れ下さいませんか?」
「私に付いて来るというのは、辺境伯領に永住するという事よ。それは分かっているの?」
「はい。もちろんそのつもりです」
リリーは王都出身なので、家族もこちらへ住んでいる。辺境伯領に住めば彼らにも気軽に会えなくなるということだ。
「お父様の許可が出ないと無理でしょうね」
「私からお願いさせていただきますが、お嬢様からもお口添えしてもらえませんか?」
「貴方は本当にそれでいいの?」
「はい。私の一生はお嬢様に捧げるつもりです」
彼女はまるで騎士の誓いのように言う。
「そう……、分かったわ。貴方の人生だもの、生きたいように生きるといいわ」
「ありがとうございます、お嬢様」
かなり反対されると思っていたのか、拍子抜けした彼女は幸せそうに笑う。
リリーとの出会いはエミリアーナが8歳の時だった。
その頃彼女の家族は、父親が寝込みがちで母親の稼ぎだけで何とか生活していたという。
「ちょっと! 止めなさい!」
「うわ! 見つかった、逃げろ!」
子供達に虐められている彼女を助けたのが、エミリアーナだった。
「貴方、名前は?」
「リリーと言います」
「大変! 怪我しているわ。馬車に乗りなさい、早く」
「えっ? だ、大丈夫ですから……」
嫌がるリリーを無理矢理馬車に乗せ、侯爵邸へ連れ帰って怪我の手当をした。
彼女はとても萎縮していたが、平民の子にしてはその所作が美しかった。それがマレインの目に留まる。
リリーの父親は元々帝国の子爵家の嫡男で、母親は男爵家出身。
父親の屋敷の侍女をしていたそうだ。
そのためリリーは、マナーや一般的な教養は教え込まれていたらしい。
彼女の両親はいわゆる駆け落ちというもので、帝国から王国へと密かに渡ってきた。
子爵家に連絡を取るよう勧めたが、妻と引き離されるのを嫌がった父親は断固拒否した。
その後、リリーはマレインに気に入られ侯爵家の侍女となる。
父親は適切な治療を受け今は元気に働いており、リリーはエミリアーナに忠誠を誓っているのだ。
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