10 治療しますか?→はい/いいえ
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今回の目的地コウィには、本来なら馬車で5日はゆうに掛かる。
しかし急を要する事態のため、途中の休憩は最小限にとどめられた。夜は運良く町に着けば宿を取り、無ければ野営。
朝早く出発し、日が落ちるギリギリまで馬車を走らせる。
流行病だった場合、王都まで広まるのを少しでも遅らせたい、というのが王家の考えだ。
エミリアーナは野宿はもちろん初めてで、テキパキと火をおこし寝床を用意する護衛達を、興味深げに眺めていた。
「それはどういう手順でしているのかしら?」
「これは聖女様! こちらでございますか?」
邪魔にならないように隅の方で待っていたが、好奇心旺盛な彼女は我慢できなかった。
一番年上らしい男性の側に彼女が近寄ると、彼は一瞬驚くが丁寧に説明を始める。
真剣に話を聞くエミリアーナに気を良くしたのか、彼は上機嫌だった。
「教えてくれてありがとう。邪魔をしてごめんなさいね」
「いえいえ、この程度どうということもございませんよ。明日にはコウィに到着予定だそうですから、もう少しの辛抱です。
……おっ、そろそろ食事が出来上がりそうですよ」
「もう着くのね。思っていたより随分早かったわ」
一緒に限界ギリギリの生活をしていると、ある種の一体感が芽生える。同行した者の中にはコウィに家族がいる者もいた。
誰かのはやる気持ちが他の者を奮い立たせ、5日掛かるところを彼らは3日で駆け抜けた。
翌日のちょうど昼頃、一行はコウィに入る。直ぐに領主館へと向かった。
先触れを出していたため、エントランス前にはこの地の領主と思われる、銀髪の男性と使用人が待っていた。
「遠いところおいでいただきまして、誠にありがとうございます。さあ、こちらへ」
領主館の応接室へ案内されてエミリアーナ達がソファに座ると、彼はロンド・ムールと名乗った。
まずは代表者であるママコルタが、彼に問いかける。
「病の状況はどうなっていますか?」
「今は小康状態です。領民には必要な時以外は、外出を控えるよう指示しております。
そのため、以前よりは発症する者が減ってはいますが……」
「……が?」
「発症した場合は症状が改善せず、悪化する者が後を絶ちません」
「そうですか」
部屋の中にいる者達は嘆息する。
「できる限り急いでこちらへ向かいましたので、馬も我々もかなり疲弊しています。
申し訳ないが、少し休息をとらせてもえらないでしょうか?」
「それはもちろんでございます!私共もこんなに早く来ていただけるとは、思っておりませんでしたので。
本当に有り難いことです。感謝致します」
ママコルタの言葉に、ロンドは慌てて使用人共々深々と頭を下げる。
各自割り当てられてた部屋へ移動となり、エミリアーナとリリーは扉で区切った二間続きの部屋を使わせてもらうことになった。
ベッドも大きく、調度品は年代物で上品だ。領主の趣味だろうか。リリーは早速荷物を片付け始めている。
「素敵な部屋ね。領主のムールさんも誠実そうな方で良かったわ」
「途中どうなることかと思いましたが、これで少しは疲れもとれそうですね。お嬢様、お風呂を用意しますのでお待ち下さい」
「ありがとう、お願いするわね」
彼女は領主館の使用人にお湯を張ってもらえるよう頼んでくれている。
リリーに手伝ってもらい湯浴みを済ませると、エミリアーナは動きやすい服装に着替えた。コンコンと扉をノックする音がする。
「失礼致します」
「聖女様、落ち着かれました?」
リリーが扉を開けると、ママコルタと領主のロンドが立っていた。
「はい、人心地つきました」
「急がせて申し訳ないのですが、これからの予定を話し合いませんか?」
「ええ、構いませんわ。どちらへ?」
「執務室を用意してあるそうなので、そちらへ行きましょうかね」
ママコルタも、旅の汚れを落としたようでサッパリとした顔をしている。
エミリアーナがリリーと部屋を出ると、ロンドは頭を下げ先を歩いて行く。
執務室に入るとティアナも既に着替えて、部屋のソファに腰掛けていた。
皆が座ると、使用人がティーカップに香茶を用意し始める。リリーは壁の側に待機した。
ロンドは書類の束を執事に持ってこさせ、テーブルの上に大きく広げる。
「こちらをご覧下さい。発症した者の分布図です」
「見る限り、全体的に散らばっているようですねぇ」
「そうです。井戸の周りなど地区単位にではなくバラバラに発症しておりまして」
1枚の紙には領地の地図が描かれ、所々バツ印が付けてあった。
ママコルタが地図をしげしげと見ながら呟く。
「特定の地域ではないという事は、飲み水という可能性は低いのかもしれませんねぇ」
その場にいた者達も頷く。飲用水は井戸から引き上げられていた。
幾つかの井戸から毒物が出たのなら、その周辺に集中して発症するはずだ。
ママコルタがロンドに問いかける。
「原因を探りたいので、患者に話を聞いても?」
「ええ、勿論です。これから向かわれますか?」
「そうしましょう。早ければ早いほうが良さそうだ」
議論している間にも、次々と発症の知らせが領主館に入ってくる。彼らは急いで診療所へと向かった。
「確認ですが、咳や同じ食器を使用することで感染する事はありましたか?」
「いいえ、私の知る限り無いように思います」
「そうでしたか……」
ママコルタは何やら考えているようだった。
そうしている内に診療所へ到着し、固く閉じられた扉を開け中へと入る。リリーは、エミリアーナに外で待っているように言われたが断った。
部屋の中には何台ものベッドが置かれ、顔に包帯を巻いた者や高熱で唸っている者。エミリアーナは比較的症状の重い患者を診ることにした。
ベッドの側に座り直接患部に触れないよう気を付けながら、いつものように手をかざす。
ゴッソリと彼女の力を持っていかれるような感覚がして、クラクラと目が回った。
「お嬢様!」
「大丈夫よ、ありがとう。もう少し頑張れるわ」
すぐにリリーが駆け寄り、エミリアーナを支えてくれる。
いつもより時間は掛かったが、みるみるうちに患者の様子が変化していった。
「聖女様――!」
ロンドや領地の医師は息を呑んでその様子を見守った。
エミリアーナが治療した男性はすっかり元気になったようで、起き上がると目をパチパチと瞬いていた。
「お、おい……」
「あ、あれ? 領主様? 俺は一体……」
「苦しくはないか? 何処か痛い所は?」
「は、はい! どこも……」
ロンドが呆然としている患者の男性に呼びかけると、彼はペタペタと両手で自分の身体を触りその感触を確かめている。
「何てことだ。あっという間に治ってしまったようです」
医師は男性を診察すると信じられない物でも見たかのように、ロンドの顔をじっと見つめて言った。
彼らの驚きようは当然で、初めて聖女の力をその目で見たのだ。
「聖女様のお力で治療はできそうですね。体調はどうですか?」
ママコルタは、先ほど彼女がフラついたので心配してくれているようだった。
「ええ、もう少し頑張れます」
「お嬢様。あまり無理はされませんように」
「本当に辛くなったら休ませていただきます。それまでは治療に専念させて下さい」
「無理しないで下さいよ。では、我々もできうる限り治療にあたりましょう」
エミリアーナが言い出したらきかないのを知っているので、リリーはそれ以上何も言わなかった。
ママコルタの言葉を切っ掛けに王都から来た医師や聖職者達は、それぞれ患者のいるベッドへと散らばっていく。
「あなたには少しお話をお聞きしたいんですがね」
ママコルタは、先程の男性の側へ来ると彼に話しかけた。
「ああ、はい。構いませんが……」
「ここだと他の方もいますから……。何処か座って話せる部屋はありますか? ムールさん」
「でしたら、あちらの部屋をご案内致しましょう」
ママコルタはロンドが指さした場所を確認し、男性の方に向き直る。
「では行きましょうか。立てますか?」
護衛を伴って、ふたりは奥の部屋へと消えていった。エミリアーナは次の患者の元へと移動する。
彼女が思っていたより時間が掛かってしまった。だが今は、そんなことに気を取られている場合ではない。
隣のベッドの側の椅子に腰掛けると、横たわる女性を見た。
「ううっ。お助けください……」
患者はエミリアーナに手を伸ばしてくる。彼女もまた、包帯をグルグルと身体に巻き付けられていた。
エミリアーナはそっと彼女の手をとると、祈りを込める。
淡い光に包まれ時間は掛かったが、爛れていた女性の患部が少しずつ綺麗になっていった。
エミリアーナはいつの間にか額に大量の汗をかいているのに気が付くが、リリーがハンカチで丁寧に拭ってくれた。
「ありがとうございます! うぅっ……。もう助からないものと思っておりました」
「もう大丈夫ですよ、安心して下さい」
女性は何度も頭を下げ、両手で顔を覆う。エミリアーナはそっと彼女に触れ、震える身体を撫でる。
ハッと彼女は慌てて周りを確認するが、夫が居ないことが分かると動揺し始めた。
「夫は? 夫はどうなりました? 隣のベッドで寝ていたのです」
「アイツはさっき聖女様に治療していただいて、今は奥の部屋にいるよ」
「ほ、本当に? ……ああ、ありがとうございます。聖女様」
近くにいた領民が彼女を落ち着かせるように優しく告げると、女性は顔をクシャクシャにして激しく泣き出してしまった。
「今は司祭様とお話しされているようですから、終わればすぐにこちらへいらっしゃると思いますよ?」
彼女に声をかけエミリアーナは次の患者の所へ向かうため、椅子から立ち上がる。
同時に、眩いキラキラとした光が部屋の反対側から広がり、ワッと歓声が上がった。
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