95話 今後の展望
俺たちがシュルラーに来て一月が経った。俺たちは毎日魔法の実戦訓練と称して何らかの依頼をこなす日々を過ごしていた。ただ何事も慣れてくると新しい発見がなくなり惰性で物事に取り組むようになってしまう。かく言う俺たちも惰性で依頼を受けるようになってしまった。ただ魔物を討伐し素材をギルドに売り、御飯を食べる。そんな毎日を過ごしてしまっていた。そんな毎日を過ごしていたある日俺はいつの間にか魔物への恐怖心がなくなっていたことに気がついた。場数を踏めば慣れるというのは本当だったようだ。でも俺は魔物への恐怖心が消えてしまったことに恐怖した。命を奪っていることに対して何も思わなくなるのは由々しき事態だと考えて、御飯を食べる際にいただきますと言うように毎回ありがとうと心の中で言うように決めた。
「ねぇリフォン、今日はどうする?」
いつも通りだ。三人の内誰かが誰かに今日の予定を聞き一日をスタートさせる。俺はそんな毎日ではダメだと思ったが、何事も始まるまでが一番エネルギーを必要とするように、俺はこの毎日から抜け出せそうにはなかった。
「リフォンさん?」
俺がリベルに返事をしないことからジュナが不審に思い俺に問いかけてきた。俺はどう返事しようか悩み何も言えなかった。二人は不思議そうに俺のことを見つめた。俺は新しい毎日にするために何かを提案するでもなく、魔物を討伐しに行く提案をするでもなくただ黙っていた。
「どうしたのリフォン?体調悪いの?」
「そうですよ大丈夫ですか?俺にできることがあれば何でも言ってください!」
俺は新しい毎日と今の毎日のどちらを選択するのかで揺れていた。シュルラーでの生活が安定してきたから惰性で毎日を過ごせるわけで、この安定を手放して新天地に行くのはかなりの覚悟がいる。俺がどうしようか必死で悩んでいると声が聞こえてきた。
(シュルラーから離れなさい。そのままでは成長できませんよ。)
その声は女神だった。俺はいつも助けてくれていた女神の言葉を信じて二人に提案した。
「シュルラーから離れよう。きっとここにいても成長できない。俺たちはシュルラーで経験を積んだんだ。成長するのは違う場所じゃダメか?」
俺は内容が頭の中でまとまっていないまま口に出したせいで変な文章になってしまった。でも二人は言葉の真意を受け取ってくれておりニコッと笑った。二人がなぜ今笑ったのか俺には理解できなかったが、二人の話を聞いていくうちに理解できた。
「やっと言ってくれた。僕たちがどれだけその言葉を待っていたと思ってるの?」
「そうですよ。俺たちは結構前からここを離れたいと思ってたんですけど、リフォンさんって結構消極的だしリフォンさんが言い出すのを待ってようかって二人で決めたてたんです。」
俺は二人の言葉を聞いて申し訳なく思った。俺の性格は二人とは真逆と言っても良い。だから二人の成長を停滞させていたのは俺だったのだ。俺がもっと積極的だったらもっと早く行動に移せたであろう。俺は今までの自分と変われたと思っていたが、そんなことはなく心根は変わっていなかったようだ。俺はそんな自分を一発殴った。
「え!?」
「な、何してるんですか!?」
二人は俺の奇行に動揺した。でもこれが俺の頭をスッキリさせるのには有効だった。殴ったことで消極的だった考えを追い出し、リベルとジュナのように積極的な考えを持つようになった。
「ごめん!俺が悪かった。俺が臆病なせいで二人の成長を停滞させてしまっていた。明日から、いや今からでもシュルラーから出て行って魔法の修行に行こう!」
俺の意気込みに二人は目を見開いて驚いていたが、俺の覚悟が伝わったのか二人も覚悟を決めたようだ。俺の話の腰を折るようにリベルが言った。
「お世話になった人に挨拶してから行かない?しばらくシュルラーには戻らないだろうし挨拶ぐらいはしておきたいなって。」
話の腰を折られた俺はアドレナリンが一気に抑制されて落ち着いてしまった。でもリベルの言い分は正しいから今日はお世話になった人に何かを持って行って挨拶をする日に決めた。
まずはジャンタの店主だ。毎日俺たちの御飯を作ってくれていた母親のような存在だった店主には調理器具を渡すことにした。
「今日も魔物討伐かい?大したもんだねぇ!」
そう言う店主にリベルが言った。
「いえ、今日はお世話になったお礼として調理器具を持ってきました。フライパンと包丁です。」
「え!?こんなに良いの受け取れないよ!」
店主は俺たちが選んだ物を申し訳なさそうにして受け取らなかった。俺たちは毎日魔物討伐や依頼を受けていたことから金が余るほどあったため、フライパンと包丁だけで銀貨五枚はする結構良い物を選んだのだ。それが相手に申し訳ない気持ちにさせてしまうことは考慮できていなかった。何度かの押し問答の末何とか受け取ってもらえた。
「「「お世話になりました。」」」
「どこに行くのかは聞かないけど元気でね。」
店主はどこか寂しそうに笑っていた。その笑顔が俺の心にグッときて込み上げるものがあった。俺たちは店主とは違う笑顔で返事をした。
「「「ありがとうございました!」」」
俺たちはそう言い残しジャンタを後にした。次はギルドのおじさんの元に向かった。おじさんには書類仕事で使える万年筆を買っておいた。
「今日も魔物討伐か?若いってすげーな!依頼書を出しな!」
いつも通りだと思ったおじさんは俺たちの雰囲気の違いに気がつき少し固まった。
「何かあったのか?」
「いえそういうわけではありません。今日はお世話になったお礼を渡しに来ました。」
ジュナがおじさんに万年筆を渡すとおじさんはポカンとしていた。受付という仕事の関係上依頼書や魔物の素材、収集物など依頼に関わる物しか受け取ってこなかったであろう人には理解するまでに少し時間がかかるようだった。
「ど、どういうことだ?」
「言葉の通りです。俺たちシュルラーを離れるのでお世話になった人たちにそのお礼を渡してるんです。」
おじさんは丁寧に説明されたけどまだよく分かっていないようだった。おそらく俺たちのような冒険者はレアケースなのだろう。でも人として感謝を伝えることは大切だと思ってやったことだからどう思われても良いと思ったのだ。
「そ、そうかお前らここを離れるのか…何か不満があったのか?」
おじさんは少し寂しそうな顔をしながら聞いてきた。
「いえそういうわけではありません。ここで成長できる限界まで成長したから離れるだけです。いつか戻ってきますよ。」
ジュナがそう返事するとおじさんは少し笑い俺たちを送り出してくれた。
「元気でな!」
短く思いの込められた言葉に俺たちは元気をもらえギルドを後にした。最後はルイバディだが、彼らがどこにいるのか検討もつかないからとりあえずシュルラー内を探すことにした。しばらく歩いていると見覚えのある背中が見えてきた。俺は見失わないように走ってその背中を追いかけながら名前を呼んだ。
「アイリーさん!アイリーさん!」
俺の言葉に気づいたアイリーがこちらに振り向いた。こんな俺を見たことがないアイリーさんは動揺してアワアワしていた。
「どどど、どうかしたのか?」
「お、落ち着いてください。今日はお世話になった人たちにお礼を渡しててそれで呼び止めました。これどうぞ。」
俺がそう言いながら渡したのはある程度の魔法なら火魔法で防げるネックレス状のアイテムだ。カラバザールで安価で買えたのがちょうど良いお礼になった。
「な、アタシたちの方こそアンタに世話になってるのに礼なんて貰っちゃ…」
アイリーは頭を掻きながらどうしようか考えていた。俺は結論を出させないように畳み掛けた。
「大丈夫ですよ。俺が渡したいと思って渡しただけですから。他のみなさんはどこにいるのか分かりますか?」
「え?あー他のやつらはきっと中央広場で酒でも飲んでるよ。」
「ありがとうございます。アイリーさんもお元気で!」
俺たちはアイリーの元を走り去り中央広場に向かった。するとそこには屋外テーブルで楽しそうに飲んでいるルイバディのみなさんがいた。
「みなさんお久しぶりです。今日はお世話になったお礼を渡しに来ました。」
楽しそうに飲んでいたのに急にみんな黙り込んで俺を凝視した。俺は酔っている人への接し方がいまいち分からず、とりあえずお礼を渡すことにした。
「ティスタさんには火の魔法石です。剣に嵌め込んで魔力を流すと擬似的に魔法剣士になれます。
ドールさんには大盾用の籠手です。かなり頑丈に作られているので安心して使ってください。
ユナさんには風の魔法石が嵌め込まれている弓矢です。これは事前に魔力を流し込むことで矢筒に戻ってくる優れものです。
フィーアさんには氷の魔法石です。水魔法がかかった相手なら凍らせることができる程度の魔法石ですが、逃げる際や新たな戦術になればと思います。」
俺が一人一人にお礼を渡し終えるとルイバディのみなさんは一同にリアクションをした。
「「「「えーーー!?」」」」
酔っているからか普段とは比べ物にならない声量で叫ばれて俺はそのうるささに耳を塞いだ。
「ちょっ、え?どういうこと?」
「俺たち何かしてあげれたか?」
「あ、お礼?何で?私たちが返す方でしょ?」
「こ、氷の魔法石…これ高かったんじゃないですか?」
各々面白い反応が見れて俺は笑ってしまった。流石に説明しないと理解できなと思い説明し始めた。
「俺たちシュルラーを離れるのでお世話になった人たちにお礼を渡してるんです。だからルイバディのみなさんにもお礼を渡してるんです。」
俺が説明してもルイバディのみなさんは俺たちが返す番だろや申し訳ないと言ったりしていたが、俺はその発言を一蹴して言い放った。
「いつかお返しは貰いますのでその時に返してください。物品でも素材でも何でも良いので用意しておいてくださいね!」
俺がそう言うとみなさんは肯定的に返事をしてくれた。そして別れの挨拶を済ませると励ましの言葉で俺たちの背中を押してくれた。俺はこんなにも想ってくれる人がいる幸せ者だと実感した。
俺たちはお世話になった人全員にお礼と挨拶を済ませてシュルラーを後にした。俺たちはどこに行くのかは先に決めず、目を瞑り何度も回転して目を開けた方向に飛んでいくという方法で行き先を決めた。この方法を提案したのはリベルだったりする。
次回もお楽しみに