78話 俺は猫を被る
誰もが寝静まった深夜俺は行動に移した。まず魔神城でリザードマンに姿を変えた時のことを鮮明に思い出した。俺はリザードマンの姿を想像しただけでリザードマンの姿になれたからあまりにも思い出す情報が少なかった。本当にあんなに簡単にできるのかと不思議に思いつつ俺はリベルの姿を思い浮かべた。目を開けると何も変わっていなかった。俺はおかしいなと思いもう一度試した。
「あれ?何で?」
何度試してもダメだった。だからイメージの仕方を変えた。さっきまではなりたい姿を想像しただけだったが、今回は自分の体の上になりたい姿を想像してみた。少しして目を開けると地面が遠かった。久しぶりの地面を眺める感覚に俺は自然と涙が出てきた。人間の手、人間の足一挙手一投足全てに感動して涙がとめどなく溢れてきた。
「うぅ…人間だ…人間になれた…」
俺は号泣した。心の奥底では人間に転生することを望んでいたのかも知れない。そうじゃなかったら今こんなにも涙を流す事はなかっただろう。しばらく泣いた後俺は涙を拭い水魔法で自分の姿を確認することにした。そこにはリベルと似ているが鼻の高さや眉の角度や些細な違いはあれどほとんど同じ顔だった。目の色は紫で髪は金と白を混ぜたような色、綺麗なフェイスライン、高い鼻、小さな口、キリッとした眉。十人中十人が美男子と答えるその容姿に俺はニヤケが止まらなかった。さっきまで涙を流していたのにそれにもかかわらず美男子なリベルの顔面に嫉妬すら覚えた。でもこれからは俺もリベルと同じ顔をできることに再びニヤケてしまった。
「えへへ、えへへへへ…」
あまりの美男子っぷりに口から勝手に言葉が出ていた。それから俺は人間の体に久しぶりになったから慣れるために走ったりジャンプしたりした。しばらくして人間の体の感覚を思い出した俺が取った行動は一つだ。それは風魔法で空を飛ぶことだ。
「うひょー!人間の体最高!」
俺は人間の体で飛べることに感動した。前世では絶対に叶わなかった事を今こうして叶っているのだから感動しない方が無理だ。猫の体では長毛のせいで風を実感する事が難しかったが、人間の体だと気温や風の冷たさ、全身を風に包まれる感覚全てが繊細で不思議な感覚だった。
「これが飛ぶってことか…」
俺は空を飛ぶ楽しさと感覚によりアドレナリンが分泌され、今が冬の深夜だという事も忘れて空を飛び回った。ひとしきり楽しみ地面に降りると今の気温を実感した。あまりにも寒く体が震えていた。俺は猫の体に戻った。すると猫の体温の高さと体毛のありがたみを理解した。
「リフォン起きて。」
「ン〜。」
俺は昨日はしゃぎ過ぎたせいか寝起きがすこぶる悪かった。
「朝御飯食べに行くよ。」
リベルが俺の体を揺すりながら言ってくれたがそれでも俺の瞼は開かなかった。おそらく人間の体になって飛び回ったり、いろいろな事をして疲労が溜まったのだろう。
(もうちょっと寝てる。)
「おばさんたちには後で食べるって伝えておくね。」
(ありがとう…)
俺は睡魔に勝てず再び眠りについた。
「今日はリフォンが寝坊してるから僕だけだけどいつも通りやるよ。」
「はい!今日は何をしますか?」
「今日は水魔法をやろうと思う。火魔法が使えるなら水魔法も使えると思ってるけど、もし使えなかったら他の魔法適性を探すことにシフトチェンジするからね。」
「はい!」
俺がいなくてもリベルはきちんと師匠していた。しばらくしてジュナは水魔法も使えることが分かり、水魔法の特訓に移った。それまでに日は完全に昇りきっており、俺はようやく睡眠から目を覚ました。朝御飯を食べて二人の元に行くとジュナが水魔法を使っていて俺は少し驚いた。ついこの間魔法を使い始めたのにもう二種類の魔法を使える才能があるのだ驚くのも当然だろう。
(ジュナはかなり才能があるな。)
(おはよ。そうだね僕たちには及ばないけどかなり才能に溢れてると思うよ。)
(もうちょっと自重したらどうだ?)
(事実だから仕方ないよ。)
(いやあんまり親しい人には言うなよ…)
(直接は言わないよ。僕そんなに性格悪く見える?)
(見えない。)
(でしょ?)
そんな話をしていると突然爆発音が聞こえてきてジュナの方を見ると、そこには唖然としているジュナがいた。
「どうしたの?」
「水と火を合わせたら爆発しちゃった…」
ジュナは怒られないか心配そうな目でリベルを見つめた。一方リベルは目を見開いて興奮していた。
「ジュナ君は天才だよ!二種類の魔法を同時に使う融合っていう技術を先取りしたんだよ!それを自分で見つけたのがすごいよ!ねぇリフォンもすごいと思うよね?」
「ニャーン!」
「ほら!」
「そ、そうなんですか?やったー!」
「でも今みたいに周りに影響が出るかも知れないから注意しなくちゃだからね。」
「はい分かりました!」
「今日はもう終わりにしようか。」
ジュナは家に戻り俺たちはやることがなくなり俺はリベルに猫被りを伝えることにした。
(リベルちょっと良いか?)
(ん?どうしたの?)
俺はリベルに抱き抱えてもらい一緒に飛んでビリヤーの巣穴付近に行った。ここなら誰かが来る心配もないから猫を被れるのだ。
「何も教えてくれないけどどうしたの?」
「今からやるから見てて。」
俺は自分の姿にリベルの姿に重ねた。
「え!え?え!?」
リベルは驚きを顕にした。それもそうだ自分の使い魔が急に自分と瓜二つの双子のように変わったのだから驚かない方が無理だろう。
「どうかな?」
「ど、どうって言われても…」
「そうだよな。これ俺の見えざる手と同じような魔法なんだ。ちなみに今はリベルに似せてるだけでどんな容姿にもなれるぞ。これからは使い魔としてじゃなくて一人の人間としてリベルと特認実習できるぞ。これなら俺が攫われる心配もないし、テレパシーを介する必要もない。どうだ?」
「うん良いと思う!いや最高だよ!もちろん猫のリフォンも良いけど、これならいろんな事を一緒にできるね!」
「あぁ…」
俺は何故か涙が止まらなくなった。
「ど、どうしたの?僕何かいけないこと言った?」
「い、いや違うんだ。なんだが嬉しくて…ごめん…」
俺が俯いて涙を見せないようにするとリベルはそっと俺のことを抱きしめてくれた。その暖かさに俺は何度も救われてきて今もまた救われてしまった。俺は人間として弱い部分が多いから今後幾度となくリベルには救われるだろう。だからと言って救われるだけではリベルの負担が大き過ぎる。俺の課題は明白だ。俺は特認実習を通じて人間として弱い部分を直して、リベルを助けられる使い魔になることだ。
次回もお楽しみに