74話 ビリヤー
俺たちは王都から飛び出して北西に進んでいた。しばらくすると人口100人ほどの大きさの村が見えてきた。その村はビリヤー山脈から少し離れた場所にある。被害が出たりしないか少し心配になる距離だ。
「あそこ寄ってみる?」
「御飯食べて行くか?」
「そうだね。」
俺たちは人目の付かなそうな近くの森に降りた。
「え!?」
こんな所には誰もいないと思っていたがそんな事はなかった。俺たちが空から降りてくるところを小さな子どもに見られたのだ。何か見られて困る事はないのだが、長居するつもりもなかったから少しめんどくさいなと思った。
「すごいすごい!お兄ちゃんたち魔法使いなの!?」
「そうだよ。君は魔法使いになりたいの?」
「うん!だって魔法使いってカッコいいじゃん!」
「でも大変なこともあるんだよ。毎日たくさん練習しなくちゃいけないし、自分の才能に嫌になる時もあるから大変だよ。」
「へーそうなんだ。なんか拍子抜けだなぁ。ま、良いやバイバーイ。」
「バイバーイ。」
最初はとても楽しそうに話していたのにリベルが現実を突き付けると、素っ気なくなってしまい森の奥に行ってしまった。
(あの子あっち行って大丈夫なのかな?)
(さぁ?俺たちには分からないけどここを遊び場にしている子どもなら庭のようなものだろう。)
(そうかなぁちょっと心配だな…)
俺たちは森を抜け村に入った。
「おや客人ですかな?」
「旅の途中で腹ごしらえでもと思いまして。」
「それなら夫婦で営んでいる食事処に案内します。」
「ありがとうございます。」
俺たちは村の長老みたいな見た目のお爺さんに案内してもらい食事処に入った。
「珍しいね旅の人かい?」
「道中で見かけまして腹ごしらえをしようと思い訪れました。」
「なら頑張らなくちゃね!何か食べたいものはあるかい?」
「お2人の得意料理お願いします。」
「座って待っててね!」
店のカウンターに座って待っていると奥さんと旦那さんが2人で何か生地をこねるような動作をし始めた。俺は何ができるのかワクワクしながら待った。およそ20分ほど良い匂いがし始めた。パン屋の前を通った時のような良い匂いで俺はよだれが出そうになった。
「お待たせ!チャパティと牛すじ煮込みだよ!そっちの猫ちゃんには塩分控えめな牛すじだよ!」
「いただきます!」
「ニャー!」
俺たちは美味い美味いと言いながら食べていたがふとある事を思い出した。それはインドでは牛や豚は食べないという事だ。この世界はインド神話があるためインドのような世界観なのだと勝手に解釈していたが、根本的に違うのかもしれない。牛や豚を食べないのは宗教上の理由なためこの世界ではそのような宗教が存在していないのだと解釈した。リベルが何の躊躇いもなく食べていることからこの解釈は当たっているだろう。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです!」
「ニャーン!」
「そりゃあ良かった!ねお父さん。」
「うちの料理が美味いなんて当たり前だ。」
「ごめんねうちの旦那無愛想で。」
「いえいえ全然大丈夫ですよ。お代はここに置いておきますね。」
「はいよありがとうね!」
店を後にして俺たちはビリヤー山脈に向かった。
「なぁリベル、今更だけどビリヤーって何なんだ?」
「狼の魔物だよ。ビリヤーは集団で行動してるから討伐難易度が高いんだ。それを2人で討伐しようって感じ。」
「そんな呑気で大丈夫か?」
「大丈夫最悪飛べば良いんだから。」
「あっそっか。」
俺は目から鱗だった。狼だから飛べないし魔法を打てるわけでもない。つまり飛びながら魔法を打てば一方的に討伐できるのだ。
「でも飛びながら魔法を打つなんて卑怯な事はしないよ。正々堂々と戦って実力をつけていかないといつか後悔するだろうからね。」
「それも一理あるか…」
怖いけどリベルの言い分も間違ってはいない。いつ自分たち以上の敵に出会うかも分からない世界で強くならないのは愚の骨頂だ。
しばらく飛んでいると急に獣の匂いが漂ってきた。その臭さに思わず顔を顰めた。リベルも気づいたようで鼻を摘んだ。
「もうそろそろだね。」
「あぁ。それにしても臭いな…」
「きっと自分たちの縄張りだって主張してるんだろうね。」
「賢いな…」
その賢さが俺たちに致命傷を負わせる可能性は十分にある。俺は怖いながらも緊張感を持ちビリヤーとの戦闘に挑んだ。
「僕が前を警戒してるからリフォンは後ろをお願い。」
「分かった。」
鬱蒼とした森に降りるとそこは鍵が密集しており視界がかなり悪い。いつビリヤーたちが襲ってきてもおかしくない状況に俺たちは背中合わせになり警戒している。
「リフォン見つけたよ。」
しばらく歩いてビリヤーたちの巣穴をを見つけた。そこにはビリヤーと思しき体毛がいくつもあった。でもそこには動物の血や骨の類は一切なかった。おそらくビリヤーたちは狩りをしたその場で全て済ませて、ここは安心して眠るだけ場所と認識しているのだろう。俺はそこでふと気がついた。今ここにビリヤーたちがいないという事は狩りに行っているのではないのかと。俺はそれをリベルにすぐに伝えた。
「リベル、奴らは今狩りをしているんじゃないか?」
「なら探し出すのは困難だね。」
「どうする待っていても良いがそれだと数の暴力で押されるぞ。」
「待つだけじゃなくて罠を仕掛けよう。」
リベルはそう言うと巣穴から出て巣穴の上にある山肌を見つめた。それに何の意味があるのか分からなかった俺は何をして良いのか分からず周りを警戒することにした。
「よしできた!」
リベルがどんな罠を作ったのか後ろを振り返るとそこには高音で溶かされた山肌が徐々に垂れてきていた。それはまるでマグマのようになっており罠とは言えない代物だった。
「これは罠じゃないだろ…」
思わず本音が口に出てしまった。
「ダメかな?」
「罠としてはダメじゃないかな?これじゃあ時限爆弾だよ。」
「じゃあリフォンがやってみてよ。」
急な無茶振りに俺は少しどうするか考えた。とりあえずリベルが溶かした山肌を水魔法で冷やした。俺はアイテムを使って風魔法で山肌を巣穴の大きさに合うように切り出した。それを見えざる手を使って巣穴の真上に持ってきてアイテムの氷魔法でストッパーを作りその上に置いた。かなりの強度を氷魔法に持たせたが、切り出した岩が支えられるかどうかは心配だった。その時リベルが俺に叫んだ。
「ビリヤーだ!」
俺は急いで振り返り氷魔法の準備をした。ビリヤーたちは50頭ほどいて背後は山に前方はビリヤーに塞がれていて逃げ場なしだった。その時リベルが水魔法を使い、ビリヤーたちの足先20センチ程が浸かるぐらいの波を出現させた。ビリヤーたちはそれを嘲笑するように互いを見つめた。その油断した隙を俺は見逃さなかった。俺がリベルが出した水魔法を全て凍らせビリヤーたちを拘束した。ビリヤーたちは動けなくなり吠えることしかできなくなった。
「リフォン僕の火魔法じゃ森を焼いちゃうからお願いできる?」
「任せろ。」
俺はビリヤーたちの頭部の高さに無数の氷の槍を出現させて放った。ビリヤーたちは声を上げることもなく死んでいった。俺たちの初めての魔物討伐は大成功に終わった。それから御飯を食べた村に戻ると村中人が誰かを探しているようだった。リベルが村の住人に話を聞いた。それから血相を変えて俺の元に駆け寄ってきた。
「僕たちが森で会った子が帰ってきてないんだって…」
俺は嫌な予感がした。あの子は森の奥に行った。流石に地元の子とは言え森は危険だ。さらにその森にはビリヤーが出る。言いたくも、思いたくもないがもう手遅れかも知れない。でも一縷の望みがあるならと思い俺は飛び出した。リベルが下で何か言っていたがそんなこと気にも止めず飛び回りあの子を探した。上空からだと木が邪魔で地面が見えなかったから木々の間を飛んだ。必死に探し回っていると何度も木々にぶつかり痛かったがそんなこと無視した。夜だったことと冬なのもありかなり寒く早く見つけないと助かる命も助からないと思い必死に飛び回った。
「助けて…」
消え入りそうなあの子の声が聞こえた。俺はその方向に小さな火の玉を放ちその後を追った。すると地面に人体が見えた。その子の傍には一頭のビリヤーがいた。そのビリヤーにやられたのか切り傷と噛み傷がいくつもあった。俺はすぐに光魔法を使った。憶測でこの子の性格や人間性を推測し光魔法の効果を底上げしようとした。その推測が当たりその子の傷はみるみる回復した。水分不足の可能性もあったので少量ずつ水を与えた。意識をギリギリの状態で保っており水を数回飲むと気を失った。俺はその子の背中に何とかして潜り込み低空飛行で村を目指した。その子の体温が低いと感じ、その子が暖まれるように火魔法を焚き火のようにした。しばらくそのまま飛んでいると村の明かりが見えた。
「おい!あれ!」
「「ジュナ!」」
この子の両親が駆けつけたと思ったら食事処の夫婦だった。
「猫ちゃん!?君が助けてくれたの?」
「ニャーン。」
「ありがとうありがとうありがとう…」
無愛想親父が涙を流しながら俺に何度も感謝を伝えてきた。俺がどうしようか困っているとリベルが後ろから代弁してくれた。
「助けられて良かったですと言ってます。」
「ありがとうこの恩は一生忘れん!私にできることなら何でも言ってくれ!」
(その分をこの子の為に使ってあげてください。)
「その分をこの子の為に使ってあげてくださいと言ってます。」
「優しいだけじゃなくて男気もあるなんて…本当に何とお礼を言えば良いか…」
無愛想親父は号泣しながら言ってくれてこっちまで泣きそうになってしまった。誰にも助けてもらえない辛さをこんな幼く未来のある子に感じさせるわけにはいかないと思い行動した結果助けられて本当に良かった。
「ありがとう本当にありがとう!」
「助けてくれてありがとう。本当に感謝しておる。ワシらにできることなら何でもする。いつでもワシらを頼ってくれ。」
それから俺に対する宴が開催された。ジュナが助かったことに対する宴でもあるだろうが、それでも俺が主役の宴は気分が良かった。ジュナを助けた見返りを求めていたわけではないが、それでもジュナを助けられて良かった。小さな子どもでも死ぬの可能性がある世界だからこそ生きていて欲しいと思ったのは俺のエゴだったかも知れない。