72話 別れ
俺とリベルは特認実習の用紙を持ちマリー先生の部屋に向かった。もう年末ということもあり、学園は冬季休暇に入っている。冬季休暇では来年度の準備や休暇自体が短いことが起因して実家に帰る人はかなり少ない。気温が低いためか年末でみんな部屋でゴロゴロしているのか分からないが、学園の中を歩いているにも関わらず人と全くすれ違わない。人がいない寂しい学園を見渡しながら歩いているといつの間にかマリー先生の部屋の近くまで来ていた。1年も過ぎるとボーッとしていても目的の場所に辿り着けるぐらい学園の事を把握できたのに、お別れとなると何だか淋しくなってくる。
「マリー先生持ってきました。」
「本当に受理して良いんだね?」
マリー先生は心配そうな顔で問いかけてきた。俺たちを引き止める最後の手段であるにも関わらずリベルはあっさりと言い放った。
「はい大丈夫です。」
「リフォンは良いの?」
「はい、決めた事ですから。」
「分かったわ。出発する前に学園長先生と話してみたらどう?何か為になる話をしてくれると思うわ。」
マリー先生は肩を落として言った。
「ありがとうございます。そうしてみます。」
リベルは一礼をして部屋から出ようとした。それに続き俺も出ようとした。その時マリー先生が言った。
「2人とも気をつけてね。」
「「はい!」」
俺はマリー先生を不安にさせない為に元気良く返事をした。リベルがどう考えているのかは分からないが、その返事にはリベルの覚悟が込められていたような気がした。
俺たちはマリー先生の部屋を後にして学園長室のある塔の下に着いた。毎度恒例魔法を使用しての塔の階段登りが始まった。リベルは学園長から貰った風のアイテムを使おうと提案してきたが、今回は各々この1年間でどれだけ成長したのか確認するのも兼ねて1人だけの力で塔を登ることにした。
(俺からやるよ。)
(分かった。)
俺は塔が螺旋階段になっている事を利用して空洞となっている中央に火柱をイメージした。そしてその火柱の上昇速度を極限まで高めた。その火柱が出てくる所の真上にいることで、火柱が出現すると俺が体ごと上に押し上げられるというものだ。イメージは完璧に整った。今まで魔法に込める感情はプラスのものを多く使ってきたが、今回はチャヤを忘れてしまっていた罪悪感と魔物が怖いという恐怖心のマイナスな感情2つを込めて使うことにした。上手くいくか少し心配だったが、それは杞憂だった。使ってみると今まで魔法を使って階段を登ってきてたのが馬鹿らしくなるほど早く登れたのだ。
次はリベルの番だ。リベルも俺と同様に塔の空洞となっている所の中央に立ち魔法をイメージし始めた。10秒ほど経つとリベルは足元から水を噴出させて登ってきた。俺はリベルの魔法のことばかりを考えていてリベルの魔法を防ぐことを忘れていて全身ずぶ濡れになってしまった。それをみたリベルが仕方ないなと言いながら風呂上がりに毛を乾かしてくれる要領で毛を乾かしてくれた。
「失礼します。」
リベルは旅立ちの挨拶だからと気を張って入室した。中には学園長とその使い魔サラーマがボール遊びをして待っていた。リベルの緊張は何の意味もなかった。リベルは安心したようにため息をついた。
「学園長今日はお話があります。」
「魔法競技部に入部してくれるのか!?」
思っていた返事とは全然違って俺たちは唖然とした。
「いえ学園長入部の話ではなくて来年度の話です。」
リベルの真剣な態度に察したのか学園長も真剣な態度になった。
「申してみよ。」
「僕とリフォンは来年度特認実習に行って参ります。その用紙をマリー先生に提出した際に学園長と話してみてはと勧められたので来ました。何かアドバイスなどあれば教えていただきたいです。」
「そうかそうか。特認実習か…」
学園長は長い髭を触りながら少し考えてから言った。
「ワシがこの世界を旅した時に役立った物を渡そう。」
そう言うと学園長は部屋の後ろの方にある戸棚を開けて中から筒状の物と一冊の本を取り出した。
「これがその役立った物じゃ。」
俺たちはそれが一体何なのか全く理解できていなかった。それを見かねて学園長が丁寧に説明してくれた。
「まずこっちは世界地図じゃ。各国の位置と点在している町村が記されている。かなり古い物じゃが現在でもあまり変わっておらん。町村は増減しておるじゃろうからあまり当てにしないように。」
学園長は地図を開けながら説明してくれた。そこにはジャドゥー帝国の他に6つの大きな国が記されていた。霞んでいて国の名前は読み取れなかったが、国の大きさではジャドゥー帝国が1番大きく3番目に大きいのがエクサフォン国だった。あと7国もあると思うと少しワクワクしてきた。
「次はワシの魔導書じゃ。特に説明はいらんじゃろ?」
「いやいや1番欲しいですよ!」
「そうだ流石に説明してもらわないと困る。」
「この魔導書は火、水、風、雷、氷、光の順に並んでおる。そしてこれにはワシの使える魔法全てを書き記しておる。メモ書きのように書いてしまっているが役には立つじゃろう。何か他に知りたいことはあるか?」
「ないです。」
「俺も。」
「そうかそれなら気をつけて行くんじゃぞ。帰ってきたくなったらいつでも帰ってきなさい。そうじゃ最後にこれを持っていきなさい。」
そう言って差し出したのはいつぞやの魔法適性を伸ばせるアイテムだった。1人一つだった記憶があるがそんな簡単に渡して良いものなのか疑問に思った。
「良いんですか!?」
「これは毎年1人一つ作っておるから大丈夫じゃ。先取りだと考えてくれれば良い。毎日朝起きてからと夜寝る前に行うことを習慣付けなさい。1年で飛躍的に成長できるじゃろう。」
「はいありがとうございます!」
「何から何まで俺たちは先生を頼りっぱなしだな。」
「良いんじゃよそれが生徒と先生じゃ。それでは改めて気をつけて行くんじゃぞ。」
「「行ってきます!」」
俺は最後にクラスのみんなに挨拶をする為に寮に向かおうとしたが、そんな俺をリベルは抱き抱えて止めた。それに疑問を持ちリベルに聞いた。
(みんなに挨拶しないのか?)
(うん。きっと止められるだろうからね。流石の僕でもクラスのみんなから止められたら覚悟が揺らいじゃう自信があるから…)
そう言うリベルの声色は少し震えていた。今まで気丈に振る舞っていたが、やっぱり心のどこかでは俺と同じなのだと思い安心した。
(それじゃあ早く行こうぜ。)
(うん。)
俺たちは風魔法で王都を後にした。
次回もお楽しみに