7話 入試前日
異世界に転生した俺はリフォンという名を貰い猫生を送る事になった。でも優雅に生きて死ぬだけでは面白く無い。異世界に転生したのに勿体無い。異世界を思う存分堪能してやる!
今日はエクサフォン学園入試の前日だ。俺とリベルはエクサフォン学園の近くにある学園生専用の宿舎に向かう事になった。ペタフォーン家の屋敷は学園から通うには遠く不便だから、そういう人のために宿舎が用意されているのだ。
「リベル、忘れ物は無いか?」
「はい大丈夫です!」
グロウは心配なようで落ち着かない様子だ。一方マイヤーは俺たちが受かるのが当然かのように落ち着いている。
「リベル、リフォン、自信を持って挑みなさい。入試なんてただの通過点よ。あなたたち二人なら私とグロウを超えることも容易い事よ。」
いつもお嬢様口調のマイヤーが今日は強い口調で言ってきた。その言葉には不思議と説得力があり俺たちは背中を押された。
「頑張ってきますお母様!」
「マイヤーに実力と才能を認められたからには受からないと泥を塗る事になるな。」
俺たちはグロウが用意した馬車に乗り込んだ。扉を閉めようとしたらリーンが呼び止めた。
「何で俺を置いて行こうとしてるんだよ。」
「え?リーンも来るのか?」
「一緒に行った方が何かと楽だろ?それにもう時期長期休暇が明けるんだ。だから二人と一緒に学園に戻るんだ。」
そう言いリーンは馬車に乗り込んだ。俺たち三人はグロウとマイヤー、ガイン、シータに別れの挨拶をした。
「次会うのは夏の長期休暇になるからそれまでにみんなが驚き過ぎて腰が抜けるぐらい強くなって帰ってくるからね!」
リベルは少し悲しそうにしながらもそれを上手く隠しつつ別れを告げた。
「俺もリベルと同じぐらいかそれ以上に強くなって帰ってくるから楽しみに待っててね。父さん、母さん、ガイン、シータ。」
俺は初めてグロウとマイヤーの事を父、母と呼んだ。
「無理して父さん、母さんなんて言わなくて良いんだぞ!リフォンはリフォンのままで良いんだから!」
グロウは俺の頭を目一杯撫でて言った。
「行ってきます。」
「「「「行ってらっしゃい。」」」」
グロウ、マイヤー、ガイン、シータと離れ離れになるのは初めてで少し怖かったが、子供とはいつかは親元を離れるものだ。
馬車が進み始めた。俺とリベルは振り返らなかった。リーンはみんなに対して少しだけ手を振っていた。リーンは三年も学園に通っているからもう慣れているのだろう。
「リーン兄さんはみんなと離れるの寂しくないの?」
リベルの目には涙が浮かんでいた。
「寂しいけどもう慣れたよ。今生の別れじゃ無いんだから大丈夫だって!」
リーンはリベルの肩に手を励ました。
「夏には帰って来れるんだから心配する必要は無いぞ。」
俺もリーンに倣ってリベルを励ました。
「ありがとう!僕頑張るよ!」
そう言うとリベルは手のひらに小さな火を作っては消してを繰り返していた。リベルの魔法の適性は火、水、氷の三種類だ。その中でも火が一番得意でその実力はマイヤーも唸る程だった。
「リフォンもやったら?」
リベルが誘ってきた。俺も仕方ないと同じようにやった。俺は三ヶ月の間に魔法の腕をかなり上げ、リーンからは学園にいる先輩より魔法のコントロールが上手いそうだ。
「リーン気になったことがあるんだが聞いても良いか?」
「構わないぞ。」
「使い魔と人間ってどっちの方が魔法の扱いに長けているんだ?」
俺はリーンが学園にいる先輩より魔法のコントロールが上手いという言葉が引っかかっていたので聞いた。
「基本的には妖精が一番上で人間と使い魔は同じぐらいだな。才能によりけりって感じた。」
「じゃあ使い魔がいた方が闘いで有利になるんじゃないか?自衛にも使えるだろうし、何で使い魔を召喚しない人が多いんだ?」
「使い魔召喚も才能が無いと出来ないんだ。リベルは魔法の才能がすごいから使い魔召喚も出来たんだ。俺は才能は無いけど魔力量が多いから使い魔召喚出来なくも無いって感じなんだけど、才能が無いとリスクを伴うからやらないんだ。」
リーンは努力型でリベルは才能型兄弟で分かりやすいぐらい差が出るんだな。
「ところでリスクって何だ?」
「使い魔が主人の命令に従わない場合があるんだよ。リフォンみたいな特例でも無い限り使い魔は主人に対してだけ従うんだけど、さっき言ったみたいに才能が無かったら主人の命令に従わず殺すしか無くなるんだ。」
俺は自分の立場に置き換えて考えると恐ろしいので考えるのをやめた。
「主人の命令に従うって事は他人を守るとかも出来るのか?」
「その程度なら出来るが、他人を一日中守れといった命令は従わないんだ。」
「そういう感じなのか、ありがとう。」
リベルは俺たちが会話をしている間も魔法コントロールの練習をしていた。この集中力には誰も敵わないと改めて実感した。
「ここで休憩しましょう。」
御者が馬車を止め馬に水と餌を与えている。馬車を降りるとそこは小さな村だった。
「ここは?」
リベルが御者に聞いた。
「ここはグロウ様の領地のスイール村です。」
俺はこの世界に来てから魔法の事しか興味が無くペタフォーン家の領地や外の世界の事は何も知らなかった。
「学園まではあと半分だ。」
俺たちの元に一人の老人がやってきた。
「何も無い村ですけどどうかごゆっくりして行ってください。」
「ああ、くつろがせてもらう村長。」
リーンはこの村長と知り合いなのか気さくに話をした。
「リベル、リフォン、こっちに美味い飯屋があるから教えるよ。」
「リーン兄さんはここに来たことがあるんですか?」
「長期休暇ごとにこの村に寄るからな。」
この村はペタフォーン家と学園の中間にあり休憩にはちょうど良いのだろう。
「とりあえず飯を食いに行こう。俺は腹が減った。」
俺は周りに誰もいない事を確認してから正直に言った。
「行こうか。」
少し歩きリーン行きつけの飯屋に着いた。
「おやリーン様じゃないか!もうそんな時期かい?」
給食のおばちゃんを体現したかのような女店主がいた。
「今年は弟が入試を受けるから少し早いんだ。」
「リベル様も学園に通うのかい?兄弟揃って仲良いねぇ!」
「リベルこれから世話になるだろうから挨拶しておきなさい。」
「リベル・ペタフォーンです。そしてこっちはリフォンです。僕の使い魔です。これからお世話になります。」
「ニャーン。」
俺はグロウの言いつけをきちんと守り猫になる事を徹している。
「まあ!大きな猫だね、リベル様の使い魔となればさぞかし優秀なんだろうね!」
「はい。リフォンは自慢の使い魔です。」
「ニャー。」
「今日はリベル様の合格祝いとしてお代は要らないよ。」
「え?それは申し訳無いですよ。」
「子供は大人に甘えるもんだよ!それとあたしはマリネ。みんなからはマリネおばちゃんって呼ばれてるからそう呼んでくれると嬉しいね。」
「じゃあマリネおばちゃん、ここのオススメは何?」
リベルの環境適応能力は目を見張るものがある。
「ここのオススメは鹿肉煮込みだね!リーン様もそれが好きなんだよ。よく煮込んでるから舌で肉が解けるぐらい柔らかいんだよ。」
「じゃあそれで!」
「リーン様もそれで良いかい?」
「頼む。」
マリネおばちゃんは黙々と料理に取り掛かった。俺は疑問に思ってる事を聞いた。
(何で合格するのが当たり前みたいな感じで話してるんだ?普通合格祈願とかじゃないのか?)
(え?確かに言われてみればそうだね。でも僕とリフォンの実力で落ちる事は無いってお父様もお母様も言ってたからじゃない?)
俺はそういうものかと飲み込んだ。
「お待たせ!リフォン様には小さめのやつだよ、熱いからリベル様にでも冷ましてもらってから食べな!」
「ニャー!」
「「いただきます。」」
俺も心の中でいただきますを言いリベルに冷ましてもらい食べる。鹿肉とは思えない程柔らかくそして上品な脂が噛むたびに溶け出してきて絶品だ。
「マリネおばちゃんこれ王都で出せばすごく儲かるんじゃ無い?」
リベルがそう提案するとマリネおばちゃんは静かに言い返した。
「そうしたら二人の幸せそうな顔をじっくりと見れないだろ?」
二人は少し恥ずかしそうに俯いて食べるようになった。
「やっぱり子供はそれぐらい可愛くなくちゃね!」
マリネおばちゃんは笑いながら二人の頭を撫でた。俺たちは食事を終え店を後にした。
「準備はよろしいですか?」
「ああ。」
御者は再び馬車を走らせ学園に向かった。
「リベルさっき言ってた王都ってどこなんだ?」
「そっかリフォンは魔法の事しか勉強してなかったもんね。王都はエクサフォン国の中心にあってそこに学園もあるんだ。僕たちもそこに住もうと思えばそこに住めるけど、お父様が静かな所がいいらしく今の所に決まったらしいよ。それに倣って爵位を持ってる人たちはエクサフォン国を取り囲むように屋敷を建てたんだ。そしてその外側は村々が点在している感じだね。」
俺はこの世界に魔物などはいないのかと疑問に思った。
「さらにその先はどうなってるんだ?」
「その先は魔物たちが住んでるよ。魔物たちと言っても理性があって人間とほぼ同じだから、共生してる村もあるよ。」
なら何故魔法を習う必要があるのか、単純に魔法は生活に役立つそして自衛も出来るから学ぶのかそれとも、何か別の意味があるのかは分からない。
しばらく馬車に揺られていると大きな壁の前で馬車が止まった。
「着きましたよ。」
御者は俺たちに馬車から降りる事を促した。
「馬車はここまでなので後はリーン様にお任せします。」
「ああ、ご苦労だった。」
リーンはそう言い五百円硬貨ほどの大きさのコインを御者に渡した。
(リベル、今リーンが渡したのは何だ?)
(あれはエクサフォン国で使われてる金貨だよ。)
金貨とは羽振が良いと思ったが一日中馬車を運転させしかも馬たちにも苦労をかけたのだからそれぐらいは当然だと思った。
「二人ともこっちだ。」
俺たちはリーンに着いて行った。俺はリベルに抱き抱えられていた。でないと逸れてしまうからだ。
王都は様々な服の人で賑わっていた。旅の者から行商の者、防具を着込んだ者もいた。しばらく歩くと人混みから抜けて静かな所に来た。
「ここから先が学園だ。」
前を見ると五階建ての大きな校舎がありその手前には大きな門があった。
「立派だね。」
リベルはそう俺に問いかけてきた。
「ニャー。」
俺はいつもの癖で普通に返事をしてしまうところだった。
リーンが開けてくれた門を潜ると門番らしき人がこちらを睨んできた。
「なんか感じ悪いね。」
リベルは俺だけに聞こえる声で囁いた。
「これが仕事ですので。」
その目つきの悪い門番が返事をした。俺たちは驚いて声すら出なかった。リベルに抱き抱えられてる俺でやっと聞こえるぐらいの声量だったからだ。
「こいつらは俺の家族だ。」
「そうでしたか申し訳ありません。」
俺たちはリーンの近くに寄った。初めての場所で緊張と恐怖から体が震えていた。それはリベルも同じだった。
「ここが宿舎だ。向かいにあるのが学生の寮だ。何かあれば部屋に一台電話があるからこの番号に掛けてくれ。」
リーンはリベルに一枚のメモを渡し寮に入った。
(俺たちが泊まる部屋はどこだ?)
(えーっと、108号室だって。)
(とりあえず荷物を置きに行こう。)
(そうだね。)
リベルは俺と荷物を持って長旅をしたからかなり疲れた様子だ。
「あー疲れた。」
リベルは部屋のベッドに倒れ込んだ。俺はそのリベルの顔の上に優しく乗った。
「リフォンはいつでもフワフワのサラサラだね。」
(当たり前だ。)
いつも通りリベルを癒してると誰かがドアをノックした。
「はい?」
「ルームサービスの説明に参りました。」
前世のホテルと同じようなサービスがあるのかと俺は驚いた。ルームサービスなんて縁もゆかりも無い人生だったけどな。
「翌日から入学試験が始まると思います。そこで受験生のポテンシャルを最大限引き出すために一部屋につき一人私のような者が配属されています。内容としましては、マッサージとお食事、魔力補給、雑務です。魔力補給はアイテムを用意しておりますのでいつでもお呼びください。枕元にあるベルを鳴らしてくださるとすぐに向かいます。それでは失礼します。」
(え?ベルなんかで気付けるの?無理じゃない?)
(おそらくこのベルが召喚アイテムなんだろう。このアイテムと一時的に契約をしていつでも駆けつけれるようにしているんだと思うよ。)
(アイテムって何だ?)
(簡単に言うと、魔法を込めた道具かな?お父様の剣にも魔法が込めてあるけどあれはアイテムって言っていいのか分かんないけど。)
俺は今日一日の情報量が多く整理するのも面倒になったからそのまま寝ることにした。
目が覚めると日はすっかり暮れていた。リベルはいつも通り机に向かっている。
(無理はしないようにな。)
(おはよリフォン。大丈夫だよ。)
(晩御飯持ってきてもらう?)
(うん。)
リベルはがベルを鳴らした。すると扉の前に誰か来た。
「お呼びですか?」
「晩御飯を持ってきて欲しいんだ。」
「分かりました。」
扉の前にいた人はどこかに行ったというか消えた。どこかに行く足音もしなかった。
(あの人、人間?全然そんな感じしないんだけど。)
(確かに人間業じゃないね。)
(ていうかどんな人何だろう?扉の前から部屋に入ってこないよね。)
(もしかしたら妖精かもね。)
「お持ちしました。」
「はーい。」
リベルが扉を開けるとそこにはリベルの上半身ぐらいの妖精がいた。なぜ妖精か分かったかと言うと、体の周りにキラキラとしたオーラを纏っていてそれで尚且つ浮いているからだ。
「やっぱり妖精だったんだね。」
「はい。私の説明はいらないと思ったので言わなかったのです。お気分を害されましたか?」
「いや、妖精は初めて見たから少し驚いただけだよ。ごめんね、それと晩御飯ありかどう。」
リベルはお盆ごと受け取り机の上に置いた。扉を様に戻るともうそこに妖精はいなかった。
(本当に妖精だったね。)
(俺も初めて見たけど、想像と少し違ったな。かなり人間らしいんだな。)
(そうだね。)
俺たちは運ばれてきたパンとシチューと肉を頬張った。マリネおばちゃんの肉には敵わないが柔らかく美味しい肉だった。俺には肉だけだったからパンとシチューはリベルのを少しもらった。こっちも美味しかった。
(リフォン、寝よー。)
(ん。)
俺はリベルの胸の中に入り幸せの温もりを感じながら瞼を閉じた。
次回もリフォンの猫生をお楽しみに。