187話 カルカリーアス
ヴォディカ国に慣れてきた頃の早朝国中に響き渡る音量の風魔法で俺たちは叩き起こされた。
『カルカリーアス出現!ヴォディカ港沖十キロほどの場所に複数の群れ有り!魚人及び、冒険者は直ちにヴォディカ港で迎撃準備!』
俺たちは何事かとすぐには理解できなかったが、イシュが身支度を急いでしていることで緊急事態なのだと理解できた。俺たちはすぐに身支度を済ませ風魔法で上空からヴォディカ港に向かった。沖の方を見てみるとサメのようなヒレが数え切れないほど港に向かってきていた。俺が火魔法を使おうとした時イシュが止めた。
「他の魔物を刺激して被害が大きくなるからやめろ!」
俺はいつもの感じで魔法を撃とうとしたことが軽率な行動だったと反省した。海は陸と違い、そこら中に魔物がいる。だから広範囲高威力の魔法を撃つと他の魔物も刺激してしまい被害が大きくなるのだ。港に着き降り立つとプサーリが銛を構えていた。
「プサーリ、状況は?」
イシュがそう聞くとプサーリは俺たちに気がつき説明してくれた。
「奴ら賢いのか群れごとにいろんな所で待ち伏せてやがる。魔物のくせに俺たちが飛び出してくるのを待ってるんだ。だからと言って、港の守りをやめると奴らがチャンスとばかりに襲ってくるからどうしようもできない。」
かなり厄介な状況であるのは間違いないのに、打開策がないのが一番辛い。適当に攻撃しても敵を増やすだけなのが余計に厄介だ。そんな膠着状態が続いていると俺たちの背後から鎧を着込んだ精鋭部隊らしき人たちがやってきた。左手には大盾を持ち右手には杖を持っている。魔法使いには見えない装備に困惑しているとその人たちが俺たちを掻き分けて港の最前列に陣取った。俺たちはこの人たちの実力を知らないため大丈夫か心配だったが、周りの魚人、冒険者たちは安堵の声を漏らしていた。でも、イシュとプサーリは未だ警戒し続けていた。そんな混沌とした状況をまとめ上げるために精鋭部隊らしき人たちの一人が叫んだ。
「私たちが来たからにはもう心配ない!ヴォディカ国の精鋭部隊にして最高戦力である新聖隊が奴らを撃ち倒してみせよう!」
「「「おーーー!!!」」」
神聖隊という人たちのおかげで現場の士気は数倍に跳ね上がった。でも、状況は何も変わっておらずどうするのか見ていると神聖隊は左手に持っていた大盾を地面に突き立て自分たちを守るようにした。何をしているんだと思っていると、後ろの方にいた神聖隊の十人が右手に持った杖を空中に突き出した。周りの冒険者たちは皆歓声を上げていた。少しすると直径五メートルはあろう巨大な火魔法を出現させて言った。
「「「メガリ・ボリーダ!」」」
俺は無闇に攻撃しない方が良いと聞いていたのに、神聖隊がカルカリーアスたちに向かってその火魔法を撃とうとしたのにも驚いたが、魔法を撃つ時に技名のように叫んだのにも驚いた。エクサフォン国とジャドゥー帝国では魔法を撃つ際に技名を叫んだりしない。それが普通だとリベルから教えてもらった。でも、ヴォディカ国は違った。俺が知っている異世界のように魔法の技名?というか名前を叫んだのだ。俺はそのことに興奮と驚きを隠せず、口から自然と困惑の言葉が漏れていた。リベルたちも魔法を撃つ時は無言なのが常識だったから驚いていた。イシュは驚いている俺たちに問いかけた。
「何となく思っていたが、お前らは沈黙圏出身だったか。ここは発言圏だからあれが普通なんだ。慣れないとは思うが、受け入れてやってくれ。」
俺は初めて聞く単語ばかりでイシュに詳しい説明を求めようとしたが、その瞬間カルカリーアスたちに向かって撃った火魔法が海面に着弾して突風と爆発音が辺りに響いた。その衝撃に今は何をする時なのか我に帰った。
「「「うおーーー!!!」」」
周りの冒険者たちはこの件が終わったのだと思い歓声を上げた。神聖隊を持て囃す声もあれば称える声もあった。神聖隊もその声に酔いしれていた。でも、これで終わりではなかった。沖の方からバシャバシャと魚たちが泳いでこちらに向かってくる音が聞こえてきた。
「来るぞ!」
イシュが周りの冒険者たちに聞こえるように叫んだ。俺は咄嗟にみんなを守らないとと思い、周りにいる冒険者たちと神聖隊全員を守れるぐらい大きな断絶壁を出現させた。それを確認したイシュは魔物たちに向かって空から雷を複数回降らせたように思えるほど強大な雷魔法を使った。その威力と範囲、即時性に俺たちは言葉が出なかった。でも、イシュの雷魔法の効果範囲より外にいた魔物たちはまだまだいて俺の断絶壁に向かって突撃してきた。断絶壁には夥しい数の魔物たちの血が付いていた。神聖隊は俺の断絶壁に驚いていたが、今は魔物討伐が先だと再び魔法の準備を始めた。周りの冒険者は魔物たちに恐れをなして逃げ出したり腰を抜かしていた。
「「「ケラブノス!」」」
神聖隊はイシュの雷魔法に匹敵する一撃を放った。でも、魔物たちは止まることを知らないようでいつまでも俺たちに向かって来ていた。このままでは埒が明かないと思った瞬間、海面に一際大きなヒレがあった。イシュもそれに気づいたのか魔法のイメージを始めた。リベルたちもできる限りのことはやっていた。ルナに頼めば楽なのだろうが、ルナが悪魔だとバレるわけにはいかないため何もさせずにいた。ルナはもどかしさを感じているのか拳を硬く握りしめていた。海面に目をやると、さっきまでそこにあった一際大きなヒレがなくなっていたことに気がついた。その瞬間、体長十五メートルはあろう超巨大なカルカリーアスが水底から飛び上がった。その姿は水族館のシャチのように綺麗なフォルムをしていた。そのカルカリーアスは俺の断絶壁飛び越えてこちら側に来ようとしているのだと理解したが、遅すぎた。カルカリーアスがこちら側に落ちて来そうになった時、イシュの火魔法が炸裂した。右手から放たれたその火魔法はカルカリーアスの巨大を押し飛ばした。そして、カルカリーアスの決死の特攻はイシュのおかげで被害は出ずに済んだ。
次回もお楽しみに




