183話 望まぬ再会
ヴォディカ国に着いた翌日、俺たちは冒険者ギルドに向かった。ヴォディカ国は海に面していることから海の魔物が討伐依頼にあるのではないかと思ったのだ。その予想は当たっており聞いたこともない海の魔物であろう名前の討伐依頼が多々あった。ルリは水の精霊アプサラスだから水の中でも自由自在に動き回れるだろうが、俺たちは人間だから水の中では常に風魔法を展開しておくなど対策が必要だ。無策で飛び込んで痛い目に遭うのは避けたいと考えていた俺たちはヴォディカ国の冒険者たちにどうやって魔物討伐をしているのか聞き込みをすることにした。
「あのーすみません。俺たちは初めてここに来たんですけど、みなさんどうやって水中で魔物討伐してるんですか?」
俺は男性冒険者であろう人に尋ねた。当たり障りのないように注意して聞いた問いに、その人は不機嫌そうに答えた。
「私が海洋生物の魔族に見えてその質問をしているのか!?それとも、私が不機嫌なのを分かって聞いているのか?」
その人の声を聞いた瞬間俺はダンジョンでの死がフラッシュバックした。その人がこちらを向いた瞬間俺と目が合った。切れ長の目に瞳孔は縦長、背丈は180センチはゆうに超える体躯、目にかかりそうなほどの長さの茶髪。ダンジョンで見た姿と一緒だった。どうして後ろ姿、雰囲気、威圧感で気づかなかったのかと心底後悔した。その人はダンジョンで俺を殺したその人だった。こちらも俺に気づいたのか驚いていた。そして、その人が何か言おうとした瞬間、リベルが俺とその人の間に割って入った。
「お前!お前!」
リベルは今までにないほど激昂していた。今にも殴りかかりそうになるのをユディが必死で止めていた。でも、ユディも怒りに満ちた顔で仕方がなく止めているようだった。
「怖い怖い。」
その人の顔に焦りは一切見えず、言っておいた方が良いと思ったから言ったような口調だった。ギルドの中であったため周りの冒険者がこちらを見て口々に何かを言っていた。リベルはずっとその人のことを睨んでおり、状況が悪くなる一方だと感じた俺が言った。
「場所を変えて話しませんか?」
「何で!?コイツなんかと話す必要なんてないじゃん!そんなことより一発殴らせろ!離せよユディ!」
リベルは自分の感情を抑えられておらずどうもできなかった。俺が風魔法でリベルの周りだけ囲おうとした瞬間その人が口を開いた。
「なぜ貴様が怒る?貴様は何もされていないだろう?なのになぜだ?私に教えて欲しいぐらいだ。」
その言葉を聞いてリベルが何か言おうとした瞬間俺はリベルの周りを風魔法で囲った。断絶壁を出現させてリベルがその人に殴りかかれないようにした。リベルが俺に何か文句を言っているのは分かったが、気にしなかった。
「場所を変えましょう。」
俺がそう言うとその人は素直に着いてきてくれた。良い場所はないかと歩いている最中、ルナが不思議そうに尋ねてきた。
「こちらの方は?」
「後で話すよ。」
今話してしまっては余計にややこしく、面倒なことになると思った俺は右から左に受け流した。少し歩いているとその人が先導し始めた。良い場所を知っているのだと思いついて行った。人が全く来ないような中心街から離れた場所に着いた。そこは公園のようになっておりベンチがあった。そこに腰掛けその人が話し始めた。
「どうやった?」
その一言に俺は一瞬何を言っているのか分からなかった。でも、おそらくはどうやって生き延びたのかを聞いているのだろう。流石にこの人に猫の神様の加護のことは話せないからどうしようかと思っているとルナが言った。
「まず名乗っていただけませんか?」
「そうだったな、私はイシュ・ヒ・ローテロスだ。私も名乗ったのだからそちらも名乗ってくれるのだろう?」
「リフォンだ。こっちはリベル。ユディ、ルリ、ルナだ。」
俺が簡単にみんなの名前を言うとイシュは続けた。
「よろしく。ところでリフォン、どうやってあの状況から生き延びた?心臓を貫いたのにどうやった?見るに貴様ほど光魔法を使える者はいない。なのにどうしてだ?私に教えてくれ。」
イシュの追及心と言うか好奇心と言うか知識欲が凄まじく、さっきまでイシュに対して恐怖心を抱いていたのにリベルと同じ感じがして少し気持ちが穏やかになった。でも、加護について話すには信用に足らないため話を変えることにした。
「それより俺を殺した理由と仲間になるという言葉が本当か教えてください。教えていただけるのであれば、俺も話せる限りのことは話します。」
イシュは悩むそぶりもなく即答した。でも、それ以上にルナが俺を殺したという言葉に動揺していた。
「分かった。私が貴様を殺した理由は、あの時も言ったように時間がなかったのだ。私は魔神教団という組織を追っている。そして、あの時より少し前に私の仲間から通信が入ったのだ。魔神教団を見つけたと。一秒でも早く外に出るために壁を殴ったりしたのだが、びくともしなかった。ダンジョンが特定条件を満たしたとか言っていたからそれが理由だろうと思った俺は、貴様らを探しに行っていた。そして、リフォン貴様を殺した。というのが理由だ。仲間になるという話は半分本当で半分嘘だ。さ、次はリフォン、貴様の番だ。」
とりあえず、今入ってきた情報を整理するのは後にして半分本当で半分嘘というところに突っ込んだ。
「半分本当で半分嘘ってどういうことだ?」
「先ほども言った通り、私には別に仲間がいる。魔神教団を追ってる仲間だ。だから、貴様らと本来の仲間を天秤にかけた時、必ず貴様らは優先されないということだ。だが、意味もなく貴様らを殺したりはしない。もし、貴様らが魔神教団の一員なら容赦なく殺すがな。」
何となく言っていることは分かるが、なぜ俺たちの仲間になると言い出したのか分からずそこについて聞くことにした。
「ならなぜ、俺たちの仲間になると言ったのですか?」
イシュは少し間を置いて言った。
「暇なのだ。基本的に一人一国担当だから暇で暇で、あの時も暇つぶしでダンジョンに入っていたのだ。幸か不幸か貴様らと出会い魔神教団を取り逃がした。」
俺はそんな理不尽な理由で殺されたのかと怒りが湧いてきた。でも、殺されていなかったら加護の存在も知らなかったかも知れないから、俺も幸か不幸かイシュと出会ったのかも知れない。俺は話せるだけ話してみることにした。
「俺があの状況から生き残った理由なんだけど、俺は普通の人とはかなり変わっていて、みんなが使えないような魔法も使えたりするんだ。そのおかげで何とか助かったって感じだ。」
俺がそう言った瞬間、イシュが食いついた。
「一体どんな魔法が使えるんだ!?教えてくれ!」
鼻息を荒くしていかにも興奮状態だった。イシュに教えて良いのか分からず、言うのを渋っていると断絶壁の中に閉じ込められたリベルと目が合った。冷静になったのか先ほどのように激昂したりはしていなかった。俺はもう大丈夫だろうと思い断絶壁を消した。すると、リベルがイシュを思いっきり殴った。と思ったが、イシュは凄まじい反応速度で躱していた。
「良いパンチだ。だが、殺気がダダ漏れだ。それでは魔物にすら当てられないぞ。」
リベルは繰り返しイシュの顔面に向かってパンチを繰り出したが、全て避けられていた。疲れたのかリベルのパンチが止まった。すると、イシュが言った。
「リフォンを殺そうとしたのは謝る。だから、貴様らの仲間となり罪滅ぼしをさせて欲しい。」
そう言う魂胆だったのかと思った時、リベルが言った。
「一度殺されそうになったやつを仲間にするわけないだろ!」
リベルの言葉に俺以外全員頷いた。俺も最初はそう思っていたが、完全な悪人ではなくむしろ魔神教団という最終目標は一緒だから共に行動しても良いのではないかと思った。
「リフォン、貴様が決めろ。拒絶されたら貴様らの元に現れないと誓おう。」
一度深呼吸をして自分を落ち着かせて言った。
「俺はイシュを許す。」
俺の言葉にその場にいた全員が驚いていた。俺はそんなみんなを制するように続けた。
「俺たちも魔神教団を追ってるんだ。それにイシュの強さは俺の目標とするところにある。それに、一人は寂しいから…」
俺は前世のことを思い出しながら言った。生きている時も死ぬ時でもずっと一人だった俺には孤独の辛さがよく分かる。たとえ遠く離れた場所に自分を信じてくれる仲間がいたとしても孤独は耐え難い辛さだ。その辛さからイシュを救ってあげたい。そう思った。
「リフォンがそう言うなら…でも、お前のことを認めたわけじゃないからな!」
リベルは嫌々ながらも俺の言うことについてきてくれた。みんなも俺が許すならと腑に落ちていない顔で言った。
「本当に良いのか?一度自分を殺そうとした相手を許すのか?」
イシュが不思議そうに聞いてきた。俺は微笑みを浮かべながら言った。
「死んでないし良いよ。それに一人は寂しいでしょ?」
「よろしく頼む。」
俺がそう言うとイシュは優しく笑い、俺の手を握り固い握手を交わした。
次回もお楽しみに




