178話 結果
チャヤが俺の近況報告をリベルたちにしてくれた。帰ってきたチャヤにみんなはどんな状況だったか聞くと、案外俺なら大丈夫だろうとケロッとしていたそうだ。信頼されているからこその反応なのだろうが、もう少し心配してくれても良くないかと少し寂しかった。そして、裁判所と役人議会によってマーラの身辺調査が行われていること、もうそろそろそっちに戻れそうなことを伝えてもらうように頼んだ。
グラヴが裁判所と役人議会にマーラの身辺調査を依頼してから三日が経った。俺は毎日を自堕落に過ごしていた。そんな日グラヴが俺とカミーヤを集めた。俺は何か進展があったのだと確信した。カミーヤを待たずにグラヴの部屋に入るとグラヴが一通の手紙を机の上に置き待っていた。
「来たか。分かっているかも知れないが、マーラの件だ。」
グラヴは手紙を手に取り中の書類に目を通すように渡してきた。そこに書かれていたのは、マーラの奴隷がマーラに暴行されていたことを証言したこと、マーラはその事実を認めていないこと、過去数十年に渡り奴隷に暴行を加えていた可能性があることなど、マーラの悪行についてがびっしりと書かれていた。書類の最後に、マーラの裁判は二日後に行われると書かれていた。そして、俺もマーラが奴隷に暴行を加えていた現場を見た証人として裁判に出頭することを命じると明記されていた。実際に話したりしたのはリフォンの姿であるため、側から見ていたという設定にしないとボロが出るだろうと思い、出頭までに言い分を考えておかなくてはいけないなと思った。そんな考えをしているとグラヴが言った。
「イナームのおかげでマーラは役人の地位を剥奪されるだろう。だからと言ってそれを自慢したり、可哀想と思ったりしないことが重要だ。悪党を正義の名の下に制裁したのは誇らしいことだが、それを自慢するようでは品性に欠ける。悪党を可哀想と思うのは善性に満ち過ぎている。この世界では必ずしも善性が優位に立つとは限らない。時には悪性が優位に立つ場合がある。自分の中で善性と悪性を飼い慣らすことがこの世界を生きる術だ。君はこの一件が終わったらここを離れるのだろう?役人として生きてきた私の知恵を教えておこう。」
俺は自分の考えが見透かされていることに動揺を隠せなかった。でも、グラヴはそんな俺を気にすることなく続けた。
「他者を蹴落とすことに罪悪感を持つな。たとえ、蹴落とした者が善人であってもだ。罪悪感はいつか自分を押し潰すことになる。溜め込むのでも、発散するのでもなく受け流せ。それが一番良い対処法だ。弱点を作るな。もし作ってしまったとしても、自分がそれを補えるほど強くなれ。私は運が良いから失っていないが、知り合いの話にはなるが、悲惨な運命を辿った者もいる。もし、カミーヤのことを好いてくれているのなら、誰からも守れるぐらい強くなってくれ。」
俺はなんと答えるのが良いのか分からず沈黙を貫いた。そんな時誰かがドアをノックした。グラヴが中に入れるとカミーヤだった。
「二人で何の話してたの?」
カミーヤの問いに俺はマーラの悪行が書かれた書類を渡した。書類を読んでいくうちにカミーヤの表情は険しくなった。そしてこう呟いた。
「クソ野郎ね。」
その言葉には私怨と怒りなどマーラに対する負の感情が溢れ出そうなほど込められていた。そんなカミーヤを見たのは初めてなのかグラヴは動揺していた。
「ま、まぁそういうことになったから、イナームは答弁の用意をしておくように。カミーヤも行くのであれば、イナームの手伝いをしてあげなさい。」
「はい、分かりました。」
この時にはいつものカミーヤに戻っておりさっきの怒りに満ちたカミーヤの影も形もなかった。俺たちはグラヴの部屋を後にした。カミーヤは花の手入れが残っているからと温室ハウスに戻った。俺は万が一のために答弁に必要そうな事をメモしておいた。獣人の奴隷が鞭で暴行されていること、リフォン(俺)とルナもその場面を目撃していることを証言するために書き留めた。
二日後、いよいよマーラが裁判にかけられる日となった。俺の付き添い人としてカミーヤも出頭してくれた。裁判中、マーラは黙って裁判官の話を聞いていた。反論するわけでも否定するわけでもなく、ただ黙って裁判官を見ていた。裁判官がマーラの罪状を言い役人議会とマーラが雇った弁護人の言い争いが始まった。
役人議会の言い分としては、マーラが奴隷に暴行を行った事実は覆せないこと、奴隷が証言していること、俺が暴行を行った場面を見ていたことなどだ。そして弁護人の言い分は、奴隷に行った鞭打ちは教育の一環であり、暴行ではないこと、鞭打ちは奴隷を教育する場面では広く用いられてきた物であるため罪には問われないことなどだ。どう見ても役人議会の言い分の方が正しくマーラは罪を認めるだろうと思われた。でも違った。
「私は必要以上に鞭打ちはしていない!粗相をした奴隷にのみ鞭打ちを行ったのだ。これは正当な教育であり、犯罪ではないはずだ!」
マーラが遂に言った。さっきまでただ黙っていたのは適切なタイミングを見計らっていただけだったのだろう。そして、その言い分に役人議会の人が反論した。
「今、教育と言いましたね?傍聴人の皆様に問います。我が子もしくはご自宅で雇っている奴隷が粗相をした場合、鞭打ちにしますか?」
傍聴人は口々に否定した。そんなことをするわけがない、鞭打ちなんて可哀想だとマーラを擁護する声は一切なかった。それを聞いた役人議会の人が続けた。
「これが現在の世論なのです。あなたのお父様は頑固な方でしたからそう教育されたのでしょうが、時代は変わったのです。それに倣うように法律も変わっています。奴隷を教育する場合に暴行を加える者は懲役10年又は罰金1,000万ソナーもしくはその両方が科されると。あなたがやっていることは紛れもない犯罪なのです。時代は変わったのです。罪を認めてはどうでしょうか?」
役人議会の人の完璧な反論にマーラはワナワナと震えるしかなかった。そして裁判長が言った。
「被告人マーラ・ガディ、あなたは自分の犯した罪を認め、その罪を償いますか?」
予想外に裁判長の言葉には計り知れないほど多くの慈悲が込められていた。即刻刑を下すのではなく、被告人に残った罪悪感、善性を問うている。でも、マーラはその言葉に耳を傾けることはなく沈黙を貫いた。そしてそれを見兼ねた裁判長が言った。
「ジュータ・ダルパンを。」
持ってこられたそれはグラヴが言っていた全ての悪行を映し出す鏡だった。それは人の大きさよりも遥かに大きく二メートルはありそうだった。マーラは嫌がりながらもジュータ・ダルパンの前に連れて来られた。そして、ジュータ・ダルパンの中にはマーラが奴隷に鞭打ちを行う場面や性暴力を行う場面、他者に賄賂を渡す場面など様々な悪行が世に晒された。マーラは膝から崩れ落ちていた。そんなマーラを気にも留めず裁判長が言った。
「マーラ・ガディを斬首刑に処す。」
俺はその言葉を聞いてその場を離れた。カミーヤも一緒についてきた。俺は最初、マーラに報復してやろうとは思っていたが、まさか斬首刑になるとまでは思っておらず罪悪感を感じた。でも、グラヴが言ってくれたことを思い出した。罪悪感は受け流せ。俺はその言葉通りマーラに対する罪悪感を受け流した。悪党は裁かれて当然だと言い聞かせた。
「帰りましょう。」
俺はカミーヤに言った。
「うん。」
カミーヤは優しく俺に寄り添いながら歩いた。
次回もお楽しみに




