175話 カミーヤ
俺がカミーヤを撫でていると組合の人が申し訳なさそうに話しかけてきた。
「もうそろそろお時間ですので…」
「そうだったわね。ごめんなさい。行きましょイナーム!」
「はい。」
俺はとりあえずカミーヤに身を任せた。カミーヤが少し前で俺の手を握りエスコートしてくれている。組合の人とは少し違い不慣れなのが伝わってきた。組合の人は俺の手をそっと握るようにしていたが、カミーヤは俺の手をぎゅっと握っている。もしかしたら不慣れではなく昂る感情のまま行動した結果こうなったのかも知れない。そんなカミーヤを愛おしいなと思いつつついて行くとそれはそれは豪華な馬車が停まっていた。俺を3億で落札するような役人だから、この馬車なんて端金で買えるような物のような感覚なのだろう。そうでなくてもこの馬車の豪華絢爛さは本物だった。
「さっ、行くわよ。」
「ふふ、はい。」
カミーヤが先に馬車に乗り込み俺に手を差し出した。その様子がどうも可愛らしく微笑みながら返事をした。カミーヤは少し恥ずかしそうにしていたが、やってしまった以上後に引けず俺が馬車に乗るまでエスコートしてくれた。俺たちが乗り込んだのを確認した御者が馬車を出発させた。
「ねぇねぇ、イナームはどうしてそんなに綺麗なの?」
カミーヤの純真無垢な問いに俺はどう答えれば良いのか分からなかった。女性がどのようなケアをしているのかも知らず適当に答えてはボロが出てしまう。俺は一か八かの賭けに出た。
「特に何もしてません。何分奴隷ですので、カミーヤ様たちほど美容にお金をかけられないのです。」
「それにしては肌なんてスベスベだし、血色も良い、私なんかよりずーっと綺麗だわ。」
お世辞抜きの褒め言葉に俺は心が痛んだ。猫被りでどんな姿でもなれるからそのような苦労を微塵も必要としないのだ。俺はカミーヤのテンションを下げないように気をつけて発言した。
「私なんかと自分を下げないでください。カミーヤ様は私のご主人様です。ご主人様はご主人様らしく気丈に振る舞ってください。」
「そう?イナームに言われると嬉しいわありがとう。」
ニコニコと笑っていたカミーヤが俺の隣に座った。今までは向かい側に座っていたのにどうしたのかと思っていると、カミーヤが大きなあくびをした。時間的にも眠いのは仕方ない。俺は自分の太ももをトントンと叩いた。
「ありがと。」
そう言うとカミーヤはすぐに寝息を立てた。よっぽど眠かったのだろう。俺はカミーヤの頭を優しく撫でた。馬車の揺れと深夜という時間帯が重なり俺も眠たくなってきた。このまま寝てしまってもカミーヤなら許してくれるだろうと思い寝ることにした。
「お嬢様、イナーム様着きました。」
御者が俺たちを起こしてくれた。ものの数秒に感じるほど熟睡しており俺はまだ少し眠かった。カミーヤもまだ眠たいのか俺の太ももの上でうーんとまだ寝たいと駄々をこねているような反応を見せた。
「カミーヤ様、ご自分のベッドで寝られた方が寝心地が良いのではないですか?」
俺はカミーヤを馬車から降ろそうという意思を見せずに誘導してみた。でも、その返答は俺を困らせるものだった。
「イナームの太ももの方が良い!」
カミーヤはそう言うと俺の腰に手を回して意地でも馬車から降りようとしなかった。というか、俺も馬車から降りられなくなってしまった。カミーヤは見た目もかなり幼いように見えるし、言動も子どもっぽいからもしかしたら二十歳にも満たない可能性まで出てきた。俺はどうしようかと困っているとカミーヤの家であろう屋敷の扉が開く音がした。俺は誰なのかとそちらに視線を向けた。すると、そこにはグロウと似た雰囲気を纏っている顎髭が立派な男性が現れた。その男性は風貌からしてカミーヤの父親だろう。カミーヤの父親は小さくため息をつき言った。
「カミーヤ!」
怒っているわけではないが、子どもを制するよく通る声に、カミーヤはビクッと肩を跳ねさせた。それでもカミーヤは俺から離れようとしなかったので俺が声をかけた。
「寝てる風を装うために私が抱き抱えます。ですから腰から手を離してください。」
カミーヤの父親には聞こえないように言ったため、カミーヤは素直に従ってくれた。俺はカミーヤを抱き抱えて馬車を降りた。
「君がイナーム君かな?」
「はい。カミーヤ様の父君とお見受けします。カミーヤ様はぐっすり眠られているので、このままベッドまでお連れしてもよろしいですか?」
「はぁ…まったくカミーヤときたら…すまないイナーム君。役人の娘としてきちんと教育してきたのだが、この子はどうも自由奔放で…今日も突然オークションに行くと飛び出して行ったんだ。まさか、君のような美しい方を落札するとは思っていなかったがね。すまない君も疲れているだろうに長話を。今メイドたちに服と寝る場所を用意させているからもう少し待ってくれるかな?」
「はい。それでは私はカミーヤ様を。」
「そうだったね、メイドに案内させるよ。」
そう言うとカミーヤの父親はどこかに行ってしまった。俺はメイドに案内されるままに歩いているとカミーヤが小声で話しかけてきた。
「お父様はイナームのことを知りたがってるの。私をベッドに下ろしたらお父様の部屋に案内されると思うけど、安心して。少し話をする程度だと思うから。」
俺は頷いた。しばらく歩いているとメイドが部屋の扉を開けた。俺はここがカミーヤの部屋だと理解し、部屋の中に入りベッドにカミーヤを下ろした。
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
カミーヤは幸せそうな表情のまま眠った。部屋から出ると、カミーヤの予想通り父親の部屋に案内すると言われ俺は黙って着いて行った。少しするとメイドが部屋の前で止まった。俺は三回ノックした。
「入りなさい。」
俺は部屋の中に入った。そこではカミーヤの父親が椅子に座りながらワインを嗜んでいた。
「こんな時間にすまないね。まだ自己紹介もしてないし君のことも全然知らないから少し話しておきたくてね。」
「いえいえ。私の方こそお話しできて光栄です。」
「改めて、私はグラヴだ。客人がいる時は旦那様と呼びなさい。いつもは様々付けで良い。それより君はカミーヤをどう思う?」
俺は急に踏み入った質問に驚いた。
「そ、それは言葉通りですか?」
「そうだ。カミーヤはどうも君のことを好いているようで、今日オークションに行った理由も君が目的らしいんだ。」
「そうなんですね…」
俺は何と答えれば良いのか困った。元より俺が奴隷になった理由がマーラだからそれを達成すればすぐに去るつもりだったのに、今はカミーヤに落札されてしかも好かれているときた。
「君にその気がなくてもカミーヤのことを嫌わないであげてくれ。あんなに楽しそうなカミーヤを見たのは久しぶりだったから…」
「分かりました。なるべく寄り添ってみます。」
「本当か、それは良かった。」
そんな会話をしているとドアを誰かがノックした。
「メイドだ。君の用意ができたのだろう。」
「それでは失礼します。」
「良い夜を。」
「グラヴ様も。」
俺が部屋を出るとメイドが待っており俺はメイドに着いて行った。着いて行った先はお風呂で俺は自分で入ると言ったが、聞いてくれず全身を洗われた。そしてその後の身支度も全部やってくれて俺は申し訳なさと心地良さに感情がぐちゃぐちゃになった。そして、全ての身支度を終えるとカミーヤの部屋の隣の部屋に案内された。俺は奴隷なのにこんな扱いをしてくれるんだと驚いた。それと同時にマーラの奴隷に対する扱いの酷さに腹を立てた。心を落ち着かせ寝ようとしていると誰かが部屋の扉をノックした。俺は誰だろうと扉を開けた。
「イナーム…一緒に寝たい…」
カミーヤが眠そうに目を擦りながら言った。俺はどう返事しても変な感じになると思いカミーヤの手を引いてベッドに案内した。カミーヤは俺に抱きつきすぐに寝息を立てた。可愛い寝顔を見ながら俺も静かに眠った。
次回もお楽しみに




