167話 発表本番
目を覚ますと日がようやく昇ったぐらいの時間だった。俺は自分の影を見た。するとチャヤが俺の影の中で左右にウニョウニョと動いていた。その様子に何だか可愛く思えてふふっと笑みが溢れた。
(何笑ってるの?)
(いや何だか可愛く思えたんだ。)
チャヤの問いかけに素直に答えた。するとチャヤは恥ずかしそうに言った。
(か、可愛くないし!)
(そう言うところが可愛いんだよ。)
(もういい!)
チャヤは恥ずかしくなったのか一言も話さなくなった。そんなところも可愛いなと思ったが、口には出さなかった。眠気を覚ますためにコーヒーを淹れた。ゆっくりとコーヒーを飲みながら発表原稿を読んだ。流石リベルといった完璧な文に惚れ惚れした。しばらく読み耽っていると影の長さが長くなっていた。日の光がリベルたちまで届いており眩しそうにしていた。このまま眩しさで起こすか、カーテンを閉めて自然に起きるのを待つか悩んだ。どちらにしても自然に起きるのに変わりはないと考えそのままにしておいた。
「んん…」
リベルが起きそうになったが、寝返りを打ち眩しさで起きることはなくなった。その間原稿を何度も読み直し違和感を感じるところがないか確認した。それでも違和感を感じるところは全くなく読んでいて楽しくは感じなかった。カップに入っていたコーヒーが底をついた。
「おかわりを入れましょうか?」
「!?あ、あぁ頼む…」
いつの間にか起きていたルナがコーヒーを入れたポットを手に持ち隣に立っていたため、お願いすることにした。ゆっくりコーヒーを嗜んでいるとユディも目を覚ました。それから少ししてみんなも目を覚ました。ユディが朝食を作りそれをみんなで食べリハーサルをすることにした。リベルが原稿を読み、俺が場面に合う絵や素材を風魔法で教員たちに見せる。ジュナたちは登場人物として役割を持ち、それ以上でもそれ以下でもない。何か他の役割を持たせようとも思ったが、特にやらせる内容もないし、無駄に役割を持たせてややこしくなったら面倒だから何もさせないようにした。
「それじゃあ行くかの。」
リハーサルも終え特にやることがなくなりぼーっとしていると学園長が言った。俺たちは学園長の後ろをついて行った。俺は猫の姿に戻りしばらくの間歩いた。その間ジュナたちは学園を眺めていた。一方俺とリベルも学園を眺めた。俺とリベル、ジュナたちとでは学園に対する考え方が異なっており、俺とリベルはしんみりとジュナたちは笑みを浮かべながら眺めていた。そして俺たちは会議室と書かれた看板がある部屋の前についた。
「準備は良いな?」
学園長が俺とリベルの肩に手を置きながら言った。
「「はい。」」
俺たちは何も恐れることはないと自信を持って答えた。中に入ると机と椅子がコの字形に並べられていた。一番手前にマリー先生やハイネ先生など見知った人もいた。奥の方には一度も見たことのない先生もいた。マリー先生がほんの少しだけ微笑んでくれており少しホッとした。俺たちは教員の前に立ち学園長が正面に座った。学園長が目線で合図してくれたためリベルが開始の言葉を言った。
「それでは始めさせていただきます。」
俺たちの発表はそつがなく進みミスも起こらず終えた。ダンジョンの話では先生方が絶句していた。学園長も驚いていたが、すぐに平静を装った。質疑応答もあったが、俺とリベル、ジュナたちもいたことで答えられないものはなく先生方は非の付け所がないと賞賛してくれた。会議室を後にするとマリー先生が飛び出してきた。マリー先生は猫の俺を抱き抱えてからリベルと一緒に俺たちを抱きしめた。そして小さく呟いた。
「お帰り。」
「「ただいま。」」
その言葉に俺とリベルは無意識にただいまと返事をしていた。久しぶりのマリー先生に安心感を覚えたのか定かではないが、自然とただいまという言葉が口から出たのだ。するとハイネ先生も会議室から出てきた。マリー先生は恥ずかしそうに俺たちから離れて咳払いをした。
「お疲れ様。来年はゆっくり休んでね。」
「「はい。」」
俺たちはハイネ先生の心遣いに敬意を表すために答えたが、実際にゆっくり休むことはない。むしろ来年は今年と同等かそれ以上に大変な一年になるだろう。それを先生方に伝える方が良いのか伝えない方が良いのかまだ分からない。俺たちは学園長を待ちマリー先生たちとは別れた。
「戻ろうか。」
俺たちは学園長室に戻った。おそらく学園でやらなくてはいけないことは全て終えた。リベルは心残りなんて一切ないみたいな清々しい顔をしていた。でも俺には心残りがあった。それはハーリーたちだ。特認実習の出発前もみんなに別れを告げないまま去っている。このまま出発してしまってはみんなと壁を作ってしまいかねん。俺はそれを忌避している。それをリベルに言うことにした。本当にみんなとこれっきりになるかも知れないのに別れて良いのかと。
「なぁ、リベル。みんなにお別れの言葉を言ったりしないのか?特認実習出発前もそうだったけど、寂しくないのか?」
リベルは少し黙ってから話し始めた。
「寂しいよ。でも、また会うことでその寂しさが倍増する気がするんだ。それに今はジュナたちが仲間になってくれたからそんなに寂しいと思わないし。僕たちと会うことでみんなが寂しくなったら嫌だから…」
そう言うリベルの顔は申し訳ないような寂しいような複雑な感情が読み取れた。覚悟を決めているからこそみんなとは会わないというリベルの選択を尊重することにした。きっと会ってしまうと別れが苦しくなるだけだ。再会してしまうと、たった一年時間を共にしただけの今より、死線を何度も越えてようやく再会できた友人になってしまう。それだったら会わない方が苦しくない。辛くない。そう言い聞かせてみんなに会いたい気持ちを抑え込んだ。




